第百二十話 ヒルデリースへ
「戦況はこちらに有利だ」
リゲルはレストールの屋敷から遥か彼方の森の中で、そう状況を評した。
「幹部フルゴールは完全に足止めした。他に切り札がない限りは追撃できない」
《デミアダマンタイト・ゴーレム》とはじめとした、数々の魔石によって追っ手の妨害は万全。
万一他に切り札があったとしても、今すぐ追いつくことは不可能だろう。
〈でもリゲルさん、あの秘術の反動、大丈夫?〉
一緒に転移してきたメアが空中で心配そうに問う。
「問題ないよ。あれは対策も兼ねて活用した秘術だ。僕が今すぐどうこうなる心配はない」
緊急とは言え『記憶を代償』にする秘術を使ったが、いらない記憶など多数存在する。
一度や二度の使用なら耐えられる。
「それよりもヒルデリースに向かおう。今なら半日もあればたどり着けると思う」
メアをはじめ、マルコやテレジアが心配そうな顔を向けてきた。
レベッカは興味深げに「あれは……サクリファイス・ヒストリアですか。なるほど、彼は皇国の……」という声を片隅に聞きながらも、リゲルは続けていく。
「これまで楽園創造会の幹部は僕たちに関与してこなかった。それなのにここでわざわざ干渉してきたということは、計画に支障をきたす厳しい状況にあると思う。だから計画を頓挫させる良い機会と言えるよ」
「そうですねー、リゲルさんの言う通りです」
レベッカが杖をくるくる回しながら同意する。
「そうです。だから時間は惜しい。――メア、君は後方の警戒を。……マルコ、テレジアは防護の魔術を張って。ラッセルさんたちは、囮をお願い出来ますか」
「了解です」
「わかりました」「ええ」〈……うん〉
メアを除く全員が即答した。それぞれが内に秘めるものはあるようだが、時間が惜しい。今すぐに行動を起こすべき。
「――顕現せよ、《エルダーワイバーン》、《ドッペルトーテム》」
リゲルが魔石を投げ放つと、二種類の魔物が出現した。
片方は翼長三十メートルを超える竜種の一種。速度に秀でた飛竜。もう片方は目が虚のようになっているトーテム。『他者への変身の能力』を持つ魔物だ。
航続力や速度に秀でたワイバーンと変身に秀でたトーテム。
「ヒルデリースにはこのワイバーンで向かう。――ラッセルさんたちには《ドッペルトーテム》の力で『偽者の僕たち』に変身してもらいます。――楽園創造会にどれほど効果があるかは判りませんが、撹乱とするためです。お願い出来ますか」
「もちろん。重要な任務ですからな。謹んでお受けしましょう」
ラッセルら護衛騎士たちは喜んで快諾した。
――当初、ヒルデリース侵入のメンバーは、リゲル、メア、マルコ、テレジア、レベッカの五人に、ラッセルら騎士たちも含まれていた。
だが幹部フルゴールの出現で撹乱が必要と判断、そのための布陣である。
「もしひどい怪我を負った場合は無理せず撤退を。命には代えられない」
「いえ、リゲル殿。我々はギルドの騎士です。自身の危険などとうに覚悟しております。今、必要なのは、『緑魔石』の暴走を食い止め、楽園創造会の計画を阻害すること。心配は無用にございます」
一様に――ギルド騎士たちが毅然とした目でリゲルを眺め見る。
その精神力に、気概に、尊敬の念を抱きながらリゲルは強いな、と思う。
頼もしさと同時に敬意を抱きながら、リゲルは頷く。
「ありがとうございます。……《ドッペルトーテム》、やってくれ」
「BO、BO、BOBOBO!」
三つの人形の顔をした虚の目を持つトーテムが、奇妙な声を発しながら回転した。
その内から淡い光が帯び、ラッセルらを包み込む。
それぞれがリゲル、メア、マルコ、テレジア、レベッカへと変じていく。
「……素晴らしい再現度ですな」
ラッセルがリゲルの顔を声で感嘆する。
「再現度と効力の長さに重点を置いた魔物の魔石です。およそ三日間はその状態を保てます」
「なるほど。リゲル殿の胸板、以外とあって私としてはびっくりですな」
ラッセルは自分の胸を興味深げに触った。
「はは。まあこれでも探索者として鍛えてますので」
別の騎士がふと言った。
「あ、ではメア嬢やテレジア嬢の体になった我々も、少し確かめを……」
「ちょっと! あたしの体に変なことしないでよ!?」
〈さすがにあたしもちょっと恥ずかしいなぁ〉
女性陣二人に叫ばれて騎士たちは微笑を見せた。
ちなみにレベッカも女性であるのだが、担当の騎士たちは何もせず傍観していた。
レベッカは年齢不詳でバーサーカーとも言われていることもあり、ギルドでは取り扱い注意の扱いを受けている。
レベッカがにこにこしているのがそれに拍車をかけていた。
「……さて。皆の心も落ち着いたところで任務開始といこう」
リゲルが複数の魔石を取り出す。
「念のため、撹乱系の魔石を多数使用しておこう。フルゴール以外の追っ手対策。……それとレベッカさん、ギルドに一応応援の要請をしてほしいのですが、可能ですか?」
「厳しいですねー。先ほど魔術具で通信を試みましたが、あちらはあちらで何かあった様子。――襲撃か、妨害か。何にせよ人海戦術は難しそうですね」
「……そうですか。ならここも早く離れましょう。危険です」
思ったよりも楽園創造会の襲撃に念が入っている。
ここに一秒でも長居するのは危険と再認識する。リゲルは魔石を多数ばら撒いた。
「――幻惑せよ、《ミラージュラビット》、《エクサオウル》、《トリックスライム》、《ファントムオーブ》!」
ウサギ型、フクロウ型、スライム、宝玉の形をした魔物の魔物が、一斉に弾けてその力を行使する。
それぞれが隠蔽、透明、幻惑、錯覚など、撹乱に類する能力が発動。
傍から見ればまるで何もないように見えるが、実際にはワイバーンやこの場の十名以上の人間が隠れている光景となる。
「皆、乗って。――それではラッセルさん、ご無事で」
「はい。皆さん、ご武運を。――我らも任を果たすべく、奮戦するぞ!」
「「「おおおっ、おおっ!」」」
ギルド騎士が一斉に鬨の声を上げる。リガルは《エルダーワイバーン》の背に乗り、それにマルコ、テレジア、レベッカが続き、メアが幽体をひっつけた。
こうすることで高速で飛翔する物体に付随して飛ぶことが出来る。
《エルダーワイバーン》が、甲高い咆哮を奏でて翼を広げた。
強く、高く、どこまでも飛翔するために。
空中の覇者とも言える飛竜は、獰猛な顔に王者としての顔を貼り付け、大地より飛翔した。
地面が、森が、たちまち遠くなり模型のように小さくなる。
眼前に広がるは茫漠たる大地。そして無限に思える蒼穹。リゲルが、即席で取り付けた手綱をワイバーンの首にかける。一瞬だけ眼下を見て、それから彼は、高く強く声を張り上げた。
「――行こう、ヒルデリースへ! 全てを終わらせるために!」
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次の更新は12月31日、20時頃になります。





