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第十三話  最凶の襲撃者

「ねえ、メア。見つかった?」

〈うーん、こっちにはないみたい。おかしいね〉


 あれからリゲル達は、メアの『父の部屋』の捜索を試みていた。

 保管室については、困ったことに全体の半数が《錬金王》アーデルの襲撃で瓦礫の中。

 入り口はとてもではないが探せず、『魔石』の魔物の力で吹き飛ばすのは危険過ぎ、メアの《浮遊術》で運ぶのも、全体がどう脆くなっているのか判らないため試せない。


 貴重な資料が何かの拍子に閲覧不能になるのは避けたい。

 なので、ひとまず『地下全体図』を網羅した地図を得るため、メアの父の部屋を探しているのだが。


「メア、確かにお父さんの部屋に地図はあるの?」

〈うん。確かお父様、有事の際には見取り図を見て対処しなさいってあたしに言ってた〉


 しかし、それがなかなか見つからない。

 どうやらこの『地下施設』は、悪漢や野盗と化した探索者対策の『避難所シェルター』としても造られたらしい。

 メアの父は、非常時における措置としてメアにその旨を伝えていた。

 とは言え、緊急時における父の許可なく地下に入ったことはない。アーデルの襲撃で見取り図そのものが行方不明となっていた。


「……と言うか、メアの絵画多すぎだよ。どれだけ君のお父さん、娘が好きなんだ……」


 先程からどうれも良いメアの描かれた絵ばかりが見つかる。


〈えへへ、どのあたしも可愛いよね〉

「感心してる場合じゃないよ。さっきから部屋ひっくり返してるのにメアの絵画ばかり。どこを探せどメアの絵画、絵画、絵画! もう僕のまぶたの裏はメアの姿ばかりだ」

〈それはそれで嬉しいよ〉


 メアが笑う。リゲルは思わず頭を抱える。

『インプ』の魔石で探索すればいいのだが、保管室を探すのに使い通したため、在庫がほぼ無い。いざという時のためいくつかは確保しておきたいから、自力で見つけるしかない。


「……そう言えばさ、メア」

〈ん?〉

「こういうとき、普通は関係者に判るよう、暗号か合言葉を用意すると思うけど、その辺どうなの?

〈暗号? 合言葉?〉

「例えば開けゴマ的な、何か。お父さんから聞いてない? 緊急時に見つけられるようにしてると思うんだよ」


 災害などで屋敷が危機に見舞われた時、建物全体が崩れていても発見出来るような備えがあるはずと思ったのだ。

 言われてメアは記憶の底を手繰り寄せ、やがて首を横に振った。


〈聞いてないと思うけど……〉

「そうか。これだけの施設だ、きっとあるとは思うけど。というかメア、さっきから年号と君の名前っぽい綴りが三つ見つかったんだけど、心当たりは?」

〈数字?〉


 見れば棚や床の三ヶ所に、1395や1367だの最近の年号らしき数字と、メアを意味する単語が書かれている。

 それをしばし見つめ、メアは――。


〈あ! 思い出したよ! 確かお父様、有事の際はこの部屋の数字を見てキーワードを入力してって言ってた!〉

「キーワード? そうか、じゃあこれはヒントなのか? メア、答えは判る?」


 メアはしばらく頭の中の記憶を手繰り寄せるようにしていたが、やがて呟いた。


〈判るよ。答えは――84・54・86っ!〉

「……その数字の意味は?」

〈あたしのスリーサイズだよ?〉


 リゲルは唖然と固まった。

 すりーさいず。マジですか。


「む、娘のスリーサイズを合言葉に……? ホントなの?」

〈うん。お父様言ってた。確か有事の際には三つのヒントの年号のうち、一番最近のものを言えって。『お前のバストと腰とヒップが鍵だ』とか意味不明だと思ったけど、じつはこれが鍵だったんだね!〉

「ああ、そう。お父さん……」


 もはや突っ込みどころか多すぎてどうすればいいか判らない。

 娘のスリーサイズを父親が知っているのもそうだし、地下シェルターの合言葉にするのもそうだし、どんだけ娘を溺愛してたんだ、と言いたくなるリゲル。

 思いがけず、メアのスリーサイズを知ってしまった。リゲルは複雑な心境。


「(そうか、あのドレスの下になかなかの体が……)」


 いやいや、何を馬鹿な。そんな気持ちで見ては駄目だ。

 やれやれと肩をすくめ、苦笑してまうリゲルであった。


 やがてメアがキーワードを言ったため、床の一部が変形し、箱が現れた。その中から現れたのは地図だ。


〈あった! これが地下の見取り図だよ!〉

「お父さん、ありがとう、あなたの娘は立派に育ちました」

〈何を言っているのリゲルさん? それより早く見ようよ~!〉


 リゲルは苦笑して豪奢な装飾の箱から地図を取り出し、確認した。


「……どれどれ。……。……。……。メア、この地下施設、やっぱりというか、奇妙だよ」

〈え?〉

「見えるかな? この場所、最も厳重そうな一角に、『迷宮:階段』と書かれている」


 リゲルは地図の一角、厳重に壁などで封鎖されている場所を指し示す。

 そこには、明らかに他と比べて一段厳重な守りがある。


「この地下施設には、《迷宮》へ繋がる階段がある。――いったい君の父君は、何のために、何の研究をしていたんだろうね?」

〈あたしの絵画を描くための秘密の部屋……とかだったらいいのにね〉

「まったくだね」


 ともかく、一度行ってみなければならないだろう。

 リゲルたちは、地図を頼りに、廃墟と化した地下施設の中を歩いていく。



†   †



「深いな……」


 鋼と魔術の保護を組み合わせた扉をくぐると、その下には深い深い階段が続いていた。

 さらにその階段を下っていくと、待っていたのは砂、砂、砂……砂ばかり。


 踏みしめる足の感触、乾燥した空気、どこを見ても黄金色の砂――それのみだ。

 間違いない、十一ある迷宮のうち、ある意味最も厄介な洞窟、《砂楼閣》である。


「まさか、《第八迷宮》に続いているとはね」

「《第八迷宮》?」

「うん。地下に広がる十一ある迷宮、それくらいは知っているよね?」

〈あ、前にお父様が行ってた。世界の地下には、広大な大迷宮が広がってるって〉


 リゲルは軽く《迷宮》のことを補足した。

 中でもここ、第八迷宮は厄介な迷宮であると伝えると、早々に調査しようという事になった。

 『黄金の砂』――魔術を封じる砂に支配された洞窟の中を、リゲル達は歩く。


〈ふふ、見て見て、リゲルさん。砂の城!〉

「いやあの、空気読んでくれる?」


 《浮遊術》で辺りの砂をかき集めたメアがでかい砂城を作った。

 ドヤ顔で、しかもやたら精巧なのが鼻につく。


「……まあ凄いんだけど。やたらに砂を刺激すると、中から《マタンゴ》とか出てくるよ?」

〈きゃーっ〉


 言ったそばから黄土色のキノコ型魔物が出て胞子を振りまいた。

 危ういところでリゲルが《ハーピー》の魔石で風を起こし吹き飛ばす。


 数ある迷宮のうち、これほど探索者を翻弄するのもないだろう。

 火炎系も、氷結系も、雷撃系も、全てが無効化される。さらに回復魔術すら使えない。たった一つの傷が、致命傷になりかねない。

 よって、多くの探索者はこの第八迷宮、《砂楼閣》は避けて探索する事が多かった。


〈そんなに危険なの?〉

「うん、《迷宮》の中でも魔術が無効化されるのはここくらいだ。――そうだ、ちょっと試してみようか」


 リゲルは武器を構え付与の詠唱に入った。


[我が愛剣へ戦闘神の加護を望む。其は穿つ力。――付与エンチャント! 『腕力』!]


 けれど、いつもは詠唱を終えると現れる光は、いっこうに発しない。

 何度か付与魔術をかけようとしても、全て無効化された。

 同じく、回復魔術もまったく働かない。


〈うわー、びっくりだね〉

「そうだね。本当に一瞬でも発動しない。まさに『魔境』だよ」


 もちろん、他の十の《迷宮》も十分危険であることに変わりない。

 第一迷宮《紅蓮》は猛炎が、第二迷宮《氷河》は冷気が襲い来る。

 しかし、傷つけば回復魔術で癒やせ、大群が相手でも魔術の連発で薙ぎ払えるという安心感はあった。

 それが、ここ《砂楼閣》では出来ない。普段どれほど魔術に頼っているか痛感する話だった。


〈でも大丈夫だよ! あたしは《浮遊術》が使えるし、リゲルさんだって『魔石』が使えるでしょ?〉

「そうだね、こと僕達に限っては、他の人よりマシと言える。僕の『合成』はスキルだし、メアの《浮遊術》も同様。浅い層を探索するだけなら、それほど苦じゃない」


 体内、あるいは周囲の魔力を元に力を行使するのが『魔術』。対して、内にある生命力や精気、闘気を源に発現するのが『スキル』だ。

 似た効力を及ぼすものもあるとは言え、根本的には別物。


「ただ、そうは言ってもやはり《砂楼閣》。ろくな準備もなしに挑むのは命取りだ。慎重にいこう」


 『合成』は便利だが残存魔石は多いとは言えず、回復薬に至っては最低限しかない。

 メアの《浮遊術》も便利だが、それだけで走破できるほど第八迷宮は甘くない。

 それに、ここにアーデルの何らかの罠がある可能性もある。

 本格的な準備もなしに、潜って返り討ちされては目も当てられない。


 数階層ほど進み、リゲルは結論付けた。


「……やはり、まず上に戻って計画を練ろうか。本格的調査は明日からだ。ミュリーにも報告したいし。一度方策を――」


 ――その、直後だった。

 咆哮が上がる。

 びりびりと、砂で覆われた洞窟内に振動が響き渡っていく。


〈な、なに……?〉

「これは――」


 メアが瞠目しリゲルが咄嗟に短剣を構えた直後。

 通路の奥から、金髪の長剣を備えた青年が、突如襲いかかってきた。


「うわ!?」


 旋風のごとく斬りかかってきた相手に、リゲルは短剣を横にし防御しようとするが簡単に破壊される。まるで短剣の刀身をバターでも斬るかのように青年は両断すると、返す力で一撃、二撃、三撃、目にも留まらぬ怒涛の勢いで斬撃してくる。

 それを、咄嗟に《ハーピー》の魔石で風を発生させて反撃するリゲル。

 しかし相手はそれすら読んでいた。壮麗な盾で簡単に風を防ぐやそのまま突進、リゲルの体ごと押し潰しかけて――。


〈させないよ!〉


 メアが《浮遊術》で周囲の砂を大量に浮遊させ、一気に相手へ降り注がせる。

 振動――そして砂埃。濛々と立ち込める砂埃の外、リゲルは果敢に叫んだ。


「メア! 前衛を! 僕は援護する!」

〈わかった!〉


 ほとんど反射的に叫び、リゲルは魔石を取り出す。


「斬り裂け《ホブウルフ》! ――ぶちかませ《ハーピー》、《キラーバット》! 風を生み出し奴を押し潰せ!」


 風系の攻撃ができる《ハーピー》と《キラーバット》の攻撃に《ホブウルフ》の爪の攻撃を合わせ、リゲルは対抗する。

 さらにメアが浮遊術で『砂』を棒状のように寄り合わせ、即席の『棍棒』として相手に叩きつける。


 だが、相手は砂埃を突き破り全速で天井へと跳ぶと、天井を蹴り飛ばしながら一閃、二閃――鋭い短剣をリゲルへと投げてきた。

 とっさに《ストーンリザード》の石の鱗でリゲルはガードを試みるも、それも紙切れのように軽々と貫通されてしまう。


「まさか……! ちょっと待ってくれ、《ストーンリザード》を……! くっ!」


 とっさに屈んで辛くも避けるリゲル。反撃に《ケルピー》の魔石と《コボルト》の魔石を使い、蹄と爪牙の攻撃を差し向けるが、どちらも容易く青年の長剣が両断してしまう。


 峻烈にして凶悪なまでの斬撃。

 金髪の青年の瞳が、殺気と共にリゲルへ向けられる。


「凄まじい威力だ。並の武具じゃないね」

〈リゲルさん! 伏せて!〉


 続けて放たれた三段突きを、メアの『砂棍棒』が飛来し阻害しようとする。

 だが青年の長剣は、棍棒を受けてもわずかにぶれただけで弾くことも吹き飛ばすこともできず、あわやというところでリゲルは《ハーピー》の風を自分にぶつけ回避。


「一端下がるよメア! ――《ホブスカラベ》! 《ウェアウルフ》! 防御を! 《ベノムキャロット》、毒の粉で相手を止めろ!」


 《ウェアウルフ》の爪攻撃と、《ホブスカラベ》の甲殻防御の二段構え――それすらも効果がない。

 やすやすと青年の長剣に斬られ、吹き飛ばされ、《ベノムキャロット》の毒の粉も、剣圧だけで軽くいなされた。

 メアが合わせるように放った『砂』の槍すら、一刀のもとに斬り裂かれる。


「(剣だけでこの威力! 間違いない、高位探索者か!)」


 リゲルは確信する。相手は少なく見積もっても『ランク黒銀』以上。技術に至ってはゴブリンの仮面より高位だ。

 その動作一つ一つが一級品。悪魔的な戦技の連続に、リゲルは寒気すら感じた。


〈うわわわ、リゲルさんどうするの!?〉

「仕方ないな……『ランク六』の魔石を使う! メア、壁をっ!」


 切り札の一つとして温存していた魔石の発動。


 第五迷宮《岩窟》七十階層、『階層主』である《バーンゴーレム》の魔石が光る。

 直後、洞窟内で光が凝縮し、大爆発が巻き起こった。

 摂氏千五百度に達する、圧倒的な爆発と熱風が辺りを薙ぎ払う。

 あまりの熱量と豪風に、迷宮が悲鳴を上げるかのようだった。周囲の砂は吹き飛び、轟音と熱波が止まらない。迷宮内が振動する――。

 それでもリゲルは安心しない。メアが展開した『砂の壁』の内側から、彼はさらに叫ぶ。


「――噛み砕け《ベノムアント》! 《ホブウルフ》、《ダースラット》、《ウェアウルフ》、《コボルト》、奴を斬り裂け!」


 間断入れず、五種類の魔石による波状攻撃。

 爪が、牙が、空気を切り裂くような攻撃が、立て続けに敵へと殺到する。

 『ランク六』のバーンゴーレムによる爆発。さらに低ランクとはいえ《ホブウルフ》と《ダースラット》の突撃、さらに中ランクの狼の力を借りての攻撃だ。

 いかに相手が精強とは言え、これを受けて無傷で済む事はないはず。

 爆炎が晴れ黒煙が完全に失せたその直後。


「……これは」

〈え、え、そんな!〉


 相手は、まったくの無傷だった。

 しかもそれだけではない。

 いないのだ。先程リゲルたちを相手していた金髪の青年の姿はなく、代わりに『見上げるばかりの巨漢』が佇立していた。

 リゲルたちは混乱する。無骨、かつ巨大な体躯の男。しかも前には身長より大きな戦斧を構え、ぎらつく殺気を放ってくる。


「爆炎を斧で盾代わりにして防御した? いやそんなことより――」


 もう一人敵がいた? 違う。タイミング的に助太刀する暇はなかったはず。何よりあんな図体の敵を見逃すわけもなく、気配もなかった事は異常だ。


〈み、見てリゲルさん!〉


 メアが言う先、巨漢の姿が一度ぶれた。

 陽炎のように。亡霊のように。

 驚愕のまま立ち尽くす二人の前で、男は細剣二本の『青年』に、盗賊風の『少年』に、壮麗な容貌の『青年』へ、さらには凛とした『女武闘家』へと、『姿を変えて』いく。


〈ね、寝ぼけてるのかなあたし!? 少年とかが、お姉さんに見えるよ!?〉

「違うよメア……あれは、変身する魔物……? いや、そんなはずは」


 瞠目するリゲルの前、女武闘家は気勢を上げて躍りかかって来る。

 回転蹴り、正拳突き、裏拳、手刀、惚れ惚れするような速度と軌道にメアがとっさに防御。『砂』を壁のようにしなければ、リゲルの首は危うかった。


〈ひゃあああ~~っ!?〉


 それでも、粉砕された砂壁が飛びメアの視界を殺す。

 《ハーピー》と《キラーバット》の魔石で風壁を生み出しながらリゲルは思う。


 ――確かに魔物には『擬態』や『変化』する個体もいないわけではない。

 ――けれど、しかしそういった個体はもっと下の階層が住処だ。


 間違っても第一階層にいていい存在ではない、明らかな異常。


〈ま、まずいよ!? リゲルさん!? リゲルさん!〉

「わかってる。けれど手持ちの魔石では……」


 ほぞを噛む。用心のため、五十階層までは楽に戦える魔石は用意してきた。

 しかし七十階層の《バーンゴーレム》の攻撃を無傷で凌ぎ、なお攻めてくる敵の技量。相手は第七十階層――いやひょっとすると『八十階層』以上の魔物並みの実力だ。

 『悪魔の領域』と恐れられる階層の魔物と戦える準備は、流石にない。

 地上への被害を度外視すれば可能だが、それではメアの屋敷ごと破壊してしまう。


 それに――相手は姿を変えられる。それも能力もおそらく備えた状態でだ。


 その驚異が思考する時間すら奪う。

 刹那の間に、相手は短剣備えた青年、鉄球を持った老人など、多用な姿に変わって来る。

 その変身のタイムラグは一秒未満。

 これでは実質八人以上と戦っているのに等しい。


 いや、変身できる数がそれ以上なら、さらなる脅威と言える。その実力の底がどれ程のものなのか、見当もつかない。

 リゲルの体が、震える。

 冷や汗が何度も何度も、こめかみを伝う。

 彼が一つの決断をするまで、時間はそう掛からなかった。


「メア、一度地上に戻って」

〈え……?〉

「ここは僕が引き受ける。君は全速で地上へ離脱し、街へ」

〈え、い、嫌だよそんな……っ!〉

「聞くんだ。この敵、現状の僕らでは厳しい。少なくとも『ランク六』以上の魔石十個か、それ以上の戦力がいる。街で魔石を買って来るんだ。金は渡す。急いで!」


 鉄球持つ老人と化した『敵』が、雄叫び上げて襲いかかる。そこへ《コボルト》の爪牙を差し向かわせながらリゲルは財布を投げる。


〈駄目! それならあたしが時間を稼ぐよ! リゲルさんを置いてなんて――〉

「残念だけどメアの《浮遊術》はこいつには効果が薄い。威力が足りなくて止めきれない」


 既視感ある光景にリゲルは内心で笑う。しかしこれ以外に選択の余地はない。今の自分とメアでは相手を仕留められない。それだけは確かだから。

 だから、己の意思とメアへの信頼を込めて、リゲルは叫ぶ。


「それに、こいつは何故か僕だけを狙ってくる! だから行って! ――大丈夫、僕は勝てずとも、負けない戦い方を心得てる。一時間以上はもつさ」

〈リゲルさん……〉


 《六皇聖剣》として、探索者として、『時間稼ぎ』の技能は身についている。容易く死ぬリゲルではない。

 言っている間にも、相手の鉄球がリゲルを狙ってくる。

 棘付きの鉄球が壁を、天井を、穿って辺りに激震を響かせる。

 それを《コボルト》や《ハーピー》の魔石でしのぎながら、リゲルは振り返り、笑う。


「僕の窮地を救えるのはメアだけだ。君と君の浮遊術だけが頼りだ。……あとは、判るね?」

〈う、うぅ……リゲルさん……〉


 メアは哀しげな声を出した。当然だろう、父も使用人も亡くし、たった一人でゴーストとなっていた少女。更にはミュリーとは違い、メアは目の前で大切な人達を亡くしている。


 その悲しみを、想像できないリゲルではない。

 親しかった者たちが――《六皇聖剣》の皆が――殺され、廃人になった姿が思い起こされる。

 苦楽を共にした仲間が――《六皇聖剣》の笑顔が――絶望に染まったあの悪夢の光景。

 それをリゲルは忘れない。


 しかしメアは、この時間が長引くほど命取りになることもよく分かっている。

 彼女にできるのは魔石の補給だけ。

 だからどうか。

 ――お願いだ、行ってくれ!

 リゲルの必至のアイコンタクトに押され――悔しさに歯噛みしながらも、メアは頷いた。

 仲間であるリゲルのために。

 感情を押し殺し、彼女は叫ぶ。


〈わかった。でも死なないでね! 一緒に幽霊なんて嫌だよ!〉

「当然だよ、僕は生きて地上に戻るんだから」


 リゲルが《ハイオーク》、《ウェンディゴ》、《リザードマン》《ソードゴブリン》の魔石を発動させる。

 襲撃者の姿がぶれた、今度は霊剣携えた『美剣士』になる。

 爆炎が、剣撃が、《変幻》する襲撃者とぶつかり合う。

 メアはその衝撃音を背後に聞きながら、リゲルの身を案じつつ、地上へ向かったのだった。


 

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