第百十六話 精霊少女たちの祈り
――轟音が、屋敷の地下室内を揺れ動かす。膨大なる力と力の衝突が、耐震構造のち家にまで及んでいる。
ミュリーたちはレストール家の地下――シェルターへと避難していた。
複数の魔石によって構築されたその部屋は、例え《ゴーレム》が百体いようと侵入出来ない。
『物理減退』、『威力半減』、『破砕耐性』……その他様々な魔石の複合作用が働き、まさに地下要塞と化している。
元々はメアの父が残した地下室を改良した部屋。ゆえに守りは万全。
――にも関わらず、これほどの衝撃。それにミュリーたちは怯える。かつてないほどの危機に声を発する。
「まさか……こんなことになるなんて……」
「大丈夫。きっとリゲルさんが敵を倒してくれるから」
白のミュリーが嘆くと、すかさず桃のミュリーが励ます。
本来有らざる二人のミュリー。彼女らが手に手を取り合って地下で危機が終えるのを待つ姿は一見奇妙にも見えるだろう。
しかし、その胸中には不安、恐れ、焦燥はあれど、リゲルへの期待は揺るがない。
――彼はいつでも、自分のもとに帰ってきてくれた。
――今度だって、きっと戻ってくる。
――メアや、レベッカたちと一緒に。
そう考える。しかし一方で、不安も膨れ上がっていく。あれほどリゲルが準備した歯科室、ここまで衝撃が及んでいる。
それは状況がすでに彼の予測を上回っている証ではないか?
自分たちは助かるのか?
自分たちだけならいい。けれどリゲルがメア、レベッカたちが傷つくのは耐えられない。
精霊ならば尋常ならざる方法で生き延びることは出来るかもしれない。けれど、彼らは、命が奪われるときは一瞬だ。
――ミュリーたちは思う。
自分たちに戦う力があればいいのに。
状況を打破できる手段があればいいのに。
けれどそれは叶わない。それはリゲルが望んでいない。
厳密には、ミュリーたちが戦おうと思えば戦うことは出来るだろう。
リゲルの魔石の中には戦闘に秀でたものやそれらを売って得た魔術具がある。
高等な『魔杖』や『聖鎧』を身につければ、戦うことはおそらく可能だろう。
けれど。
それで勝てる相手なのか?
敵は屋敷の結界すら破る相手なのに?
戦闘の訓練も受けていない小娘が、貢献出来るのか?
無理だ。
空から襲来してきた楽園創造会の幹部の気配を覚えている。その場にいるだけで、見ただけで怖気が走るようなおぞましい相手。
恐怖が。
不安が。
爆発的に膨れ上がるほどの畏怖があった。何をしても自分が及ぶことの出来ない――圧倒的な猛威の塊。
それが――あのフルゴールという幹部だ。
「悔しい……」
白のミュリーは小さく呟く。
「わたしはいつもリゲルさん頼り。自分では何も出来ない」
祈るか。待つか。それだけしか出来ない。
「戦える力があればいいのに……わたしは……うう……」
「動じないで、もうひとりのわたし。今は『信じるしかない。祈るの。わたしたちに出来ること――それは、勝利を望むことだけだから」
桃のミュリーが懸命に励ます。
二人のミュリーが、より強く手を握り合う。
その体内の魔力が、徐々に、だが確実に増していく。
「いつものように祈るしかない。それがわたしたち」
「……ええ、わかっているわ。今はただ、信じる。そして想像する。リゲルさんたちが、わたしたちの元へ――またいつもの日常に帰ってくることを」
精霊にしか許されない特異な体質。
周囲に無数の木の葉が生まれていく。
触媒たるそれらは、超常の存在によって生み出された媒介となり、想う相手に膨大な力を授ける。
――『腕力の四倍化』、『脚力の五倍化』、『思考の五倍化』、『物理攻撃の限定無力化』、『魔石の威力2・5倍』、『幻影の構築』、『魔石の威力向上』、『分身の構築』、『障壁の防護四倍』――二人合わさったことで、より効力が増したミュリーの加護。
それがリゲルに力を与える。
鏡写しのように手を取り合い、目を瞑るミュリーたち。
その身から幻想的な光が溢れ、眩く、そして勝利をもたらすべく、大いなる力を発現させていく。
「わたしたちは――」
「リゲルさんを――」
「「絶対に守る。絶対に。何があろうとも」」
でなければ示しがつかない。
ミュリーたちの祈りは続く。
加護は増す。全力で戦うリゲルのために。その力を、人間の限界を超え、さらなる力を授けていく――。
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