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第百十二話  緊急連合会議

『アレグラーム王国が吸収合併されたというのは、本当なのか』


 その日、フラーレ王国にもたらされた凶報。

 それに真っ先に確認を行ったのは、大陸の貿易を司るリーゼベルド国王と呼ばれる王だった。


「間違いないようですな。……配下の調べによると、楽園国家ヒルデリースは、鎮圧しようと試みたアレグラーム王国を吸収。デルドス王自ら『ヒルデリースとの合併』を表明。そして周辺諸国に衝撃を与えています」


 先日宣言されたアレグラーム王国の宣言。

 それは周辺国家のみならず大陸全土に恐怖を与えた。

 元は一都市に過ぎなかったあれが、建国を宣言し、勢力を拡大し、大本である王国すら取り込んだ。


 周辺国家の一つであるフラーレ王国。その第八代国王、モーリス・エルバ・フラーレがまだ若い相貌を歪め嘆息する。、


「ヒルデリースは凶悪な国家だ。元はアレグラーム王国の都市に過ぎなかったが、『緑魔石』なる魔石で勢力を拡大。現在、我が国の三ヶ所で緑魔石の出現も報告されている」

『私のところも似たようなものだ。『衣食住金』――それらを生み出す魔石が現れ、人心が乱され暴走する。そして故郷を捨てヒルデリースに向かう。悪夢だ』


 初老に差し掛かったリーゼベルド王が額に汗を浮かばせ憔悴した表情を見せた。


「貴国の軍事的対応はいかに? もはや一刻の猶予もないかと」

『すでに臨戦態勢に移行している』


 リーゼベルド王はシワの目立つ顔を苦渋に歪め応じる。


『ヒルデリースとの合併後、我が国は即座に使者を向かわせた。かの国に面談を希望。即刻合併への経緯とその目的などを問うたが……返ってきたのは使者の首だった」

「やはり……貴国も似た対応をされたか」


 ヒルデリースは他国との共存を望んでいない。

 フラーレ王の言葉に、リーゼベルド王が苦々しい面持ちを形作る。

 魔術具による通信越しに、その心象を察することが出来た。


『ヒルデリースは、率いているのは元・悪徳領主と呼ばれたマーベン。調査によれば奴は以前より非道な行いをして民を苦しめてきた。圧政に次ぐ圧政を行った愚者に、会談など無意味だったか』

『その通りですわぁ』


 甘ったるい、蠱惑的な女の声が会議の中に響いた。

 もう一つの会議相手の国家――ブエド王国の主、リュケーナ女王である。


『あたくしの国も、今日を感じたので調査隊を向かわせました。けれども九割が消息不明。帰還者はたった三名。――そのうち、一人はこう言っていたわ。『ヒルデリースに近づいてはならない。あそこに行けば取り込まれる。怖い……怖い……怖い』、とね』

『取り込まれる……? すなわち、緑魔石に魅了されると?』

『ええ。問題は拡大の速度。――始まりはヒルデリースで起こった『緑魔石』の出現は、今ではその周辺、半径五〇〇キロメートルに広がりつつある。私の国の領土にも五ヶ所入っているわぁ。無視出来ない脅威ね』

「一国を吸収してしまうほどの脅威が、我々の喉元へ近づきつつある、ということですな」

『そうね、その通り』


 リュケーナ女王が虚空に大陸の地図を映し出していく。

 魔術による空間への投影。この大陸の大半が映っている広域地図である。

 広域地図上に次々と点が映し出され――『緑魔石』の確認された街や村の位置が示される。


『現時点で、緑魔石が確認出来たのはこの三十七ヶ所。そのうち七割は住民がヒルデリースへ大移動し、廃墟同然になっている。――緑魔石の恐ろしいところは、青魔石のように破壊を撒き散らすことではない。『人を魅惑させ、一箇所に集めさせる』――そして『増殖速度が早い』。この二点に尽きるわ』


 リーゼベルド王が光点のいくつかを指し示した。


『確かに、斥候の報告とも一致している。厄介な』

『緑魔石は青魔石と違い、破壊活動はそれほど激しくない。けれど魅了性や拡散性においては遥かに上。アレグラーム王国はそれほど戦争が得意ではなかったけれど、数日のうちに侵食されてしまったことから明らか』

「となると、同規模の国家も容易く飲まれるでしょうな」


 フラーレ王が苦々しげに語ると、リーゼベルド王もリュケーナ女王の口から溜息が漏れた。


『……阻止の計画は?』


 リーゼベルド王が絞り出すように問いを投げた。


『まだ具体案はないわ。そもそも私たちも根本策すら不明。軍を展開させようにも慎重にならざるを得ないわね。こちらまで取り込まれたら意味がないもの』

「ギルドの《二級》や《一級》、あるいは探索者のランク黒銀ブラックシルバー以上に協力を仰げば、突破力は得られるのでは?」


 フラーレ王がの意見にリュケーナ女王は即座に首を横rに振った。


『難しいわね。緑魔石は人間の渇望から生じる。例えば――住んでいる街の食料店や、衣服店の人間が緑魔石に魅入られる。そうしてヒルデリースに向かう。で、そうなるとその店を頼りにしていた人間が、『渇望』を抱いて緑魔石が現れる。そして今度はその人間を頼りにしていた別の人間が『渇望』を抱き、それに合わせて新たな緑魔石が出現する。その繰り返し』

「つまり……強者ですら接戦になれば取り込まれる、と?」


 リュケーナ女王が頷きを映像越しに返す。


「そう。緑魔石は、人が『強い不幸』を感じるをそれを感知し出現する。――アレグラーム王国にも、ランク黄金ゴールドの探索者エルバートなどがいたけれど、勝てなかった。……幸い、彼らに緑魔石は現れていないけれど、苦境を悟ったデルドス王は緑魔石に魅了された。――恐るべき拡散は誰にも起こり得る』

『早期な解決が必須。――やはり、奇襲か』

「ならば、ヒルデリースを率いるマーベンとやらを叩くしかないでしょうな」


 フラーレ王がさらにそう提案する。即座にリュケーナ女王が指摘する。


『無理ね。アレグラーム王国がそれをやって失敗してるわ。――報告は聞いた? 九万超えの《エルダーシュバルツゴーレム》が防衛に配置され、さらに『緑魔石』使いも多数が防衛に着いている。アレグラーム王国は五万人の兵を用意したけど、まるで太刀打ちできなかったでしょう?』


 つい先日のことだ。彼らも援軍としていくらかの軍隊を差し向けたが、撤退した。

 その戦費はここで会談をする三国にとって衝撃であり痛手だった。


『――そうだったな。我らが送った応援部隊も撤退せざるを得なかった――ああ、まさしくあれは悪夢だったと聞いている』


 リーゼベルド王が眉間を揉み、大きな嘆息を漏らして沈黙する。時折、広域地図を眺めては絶望的な目をして首を横に振る。


「――しかし、そうなるとやはり暗殺しか活路はないですな」


 フラーレ王のその言葉に、リーゼベルド王とリュケーナ女王が思わず彼の方を見る。


『ヒルデリースが軍隊や探索者、そしてギルドによる軍勢で倒せないのは明らか。実行しようとすればこちらの戦力も『緑魔石』に魅入られかねないが?』

「それは百も承知。しかし少数精鋭によるマーベンの暗殺しかもう手段がない」

『……判るが、妙案はあるのか? フラーレ王』


 フラーレ王はわずかに思案した後、答えを紡いだ。


「通常の強者では不可能だ。ゆえに、暗殺部隊を――五つに分ける」


 リュケーナ女王とリーゼベルド王の眉が動いた。


「一つや二つの部隊を送っても失敗するだろう。ゆえに種類の違う暗殺部隊を送り込み、マーベンの暗殺を試む」

『具体的には?』

「まず、通常の潜入による暗殺を試みる。二つ目は、毒の流入による暗殺。三つ目は、超長距離からの暗殺。狙撃系魔術による奇襲。――四つ目は、緑魔石の感染者になりすましマーベンの側近となって暗殺。五つ目はテイムされた魔物による自爆の暗殺だ」

『その中では……三つ目が本命か?』


 フラーレ王は肯定の意で首を動かした。


「そうなりますな。超長距離の狙撃ならばマーベンに通じ得る。それだけこちらが準備出来る余地が大きい」

『だが、狡猾なマーベンのことだ。狙撃のことは念頭に置いているだろう。それでも勝算が?』

「おそらく、どの暗殺もマーベンに届くのは望み薄でしょう。だが超長距離の狙撃なら他の四つを囮として使える。あるいは軍勢を囮にする。もし他の部隊が成功すればそれで良し。でなくとも狙撃ならば望みはある」


 リュケーナ女王が言った。


『そうねえ。現状、実現可能な手段としてはその手段が現実的ね。時間的にも効力としても他は期待出来ない――なら、もうそれしかない」


 思わずフラーレ王が苦笑をこぼす。


「三国の首脳が集まってこの程度の知恵しか出ないのは、口惜しいことだが。それでも国家の存亡のため、賭けるしかない」

『忸怩たる思いはこちらも同じ。案があるだけマシと考えるべきだろう』

『その通りね。では早速部隊に連絡を。私はまず――』


 そのとき。

 突然、リュケーナ女王の声が前触れなく途切れた。


 フラーレ王とリーゼベルド王は互いに「……?」と怪訝な表情を浮かべる。

 後に続くを待るが反応がない。一秒経ち、二秒経ち、三十秒経とうとも、何も起きなかった。

 そして総毛立つ。


 リュケーナ女王の体。

 映像に映った彼女が、不自然に傾いていく。

 まるで、糸が切れた人形のように――唐突に、その場に倒れ伏す女王の体。


「そんな!?」

『りゅ、リュケーナ女王!』


 リーゼベルド王が思わず玉座から立った。

 焦燥が浮ぶ。まさか、そんな、そんな。フラーレ王も、何が起こったのか解らず呆然と硬直する。

 いや。

 いや、知っている。この光景はよく知っている。なぜならフラーレ王も、政敵から何度か似たような目に、遭わされたから――。


 暗殺。

 

 抵抗も防御も叶わず、無力に命を摘み取られる行為。



『う』


 数秒後、リーゼベルド王が小さく呻き声を発すると、彼はその場に倒れ伏した。

 映像越しに玉座が揺れ、その体躯がうつ伏せに崩れる。


「リーゼベルド王!」


 フラーレ王が思わず叫んだ。会議を見ていたであろう配下と思しき騎士たちが映像の中で駆け寄り、『陛下! 陛下!』と声を荒らげ、必死に抱き起こそうとする。

 しかし無意味だ。リーゼベルド王の顔色が見る間に悪くなっていく。瞳から力が失われていく。光が薄れ、命が消える前触れ。

 震える声音で。

 定まらない視線で、リーゼベルドは言葉を絞り出す。


『……フラーレ王、我らはすでに、手遅れだったらしい……』


 その瞳から光が失せていく。


『――こちらが考えることは、あちらも考えていた……』


 声に張りがなくなる。唇が青くなる。全身が痙攣し、そして――。


 リーゼベルド王は死んだ。


 命の灯は尽き、首が虚しく垂れる。

「ああああ!」「陛下――!」、と狂乱をいぶちまけ、臣下たちの魂からの悲鳴が、映像越しに届いてくる。

 リュケーナ女王が死んだ。リーゼベルド王も。ヒルデリースを止め得る数少ない同盟国の盟主が。


 彼らの顔に、いくつかの斑色の色がいくつも浮かび上がっていた。紫と黒をまぜたような、不吉極まる色彩。


 すなわち――毒。

 毒殺による暗殺であることは疑いようはない。


「っ! これは――」


 フラーレ王は、すぐに悟った。

 ヒルデリースは。マーベンはアレグラーム王国を取り込んだ時点で、もしかするとそれ以前から――巧妙に策を練っていた。


 アレグラーム王国を取り込めば周囲の国家は警戒する。

 そのために各国は対策会議を開き、ヒルデリースやマーベンの打倒を考える。

 ゆえに。そうなる前に、予め手を打っていた。


「――っ、騎士団長! すぐに防衛用の軍の編成を! リュケーナ女王とリーゼベルド王が暗殺された! おそらくマーベンは――」


 瞬間。

 フラーレ王は何か不吉なものを感じた。


 これまでの記憶が瞬時に蘇る。

 幼い頃の自分。婚約者との甘い日々。王城での生活。執政者としての職務。

 そしてそれらが一度に浮かび上がったことは。

 これは――走馬灯――。



 ――直後、王城に飛来した巨大な黒光の槍が、破砕音と衝撃波を撒き散らし、フラーレ王を貫いた。



 その一撃は一瞬で彼の胴体を穿ち、背骨ごと粉砕する。


「かっ……はっ……、」


 衝撃波が一拍遅れて、炸裂する。

 猛炎と、瓦礫と、粉塵と。城の会議室、至るところで立ち上がる黒煙。

 砕け散り、崩落する天井。腹部に深い傷を負い、血溜まりの中。フラーレ王はいつの間にか失った片腕を夢のように眺め、吐血する。


「……遅かった。マーベンは、すでに――」


 王城に突き刺さった黒光の槍が――『魔槍ゲレグエーザ』から、禍々しい輝きが放たれる。

 周囲の瓦礫を貫き、極光となり、暗闇を凝縮したかのような漆黒の棘となり破壊の猛威を拭き散らす。

 フラーレ王が成すすべなく穿たれる。串刺し、爆散、あらゆる非業が彼にもたらされる。

 

 破壊はそれだけに留まらない。城にいた重鎮たちを、残さず刺し貫き、絶命させていく。


「うあああああ!」「なんだこれは!」「陛下、ご無事ですか、陛下――」


 やがて、城内が静謐に包まれる。命が潰える。もはや命ある者が闊歩する空間が失せる。

 生者が絶え、無惨なる破砕と血溜まりの支配する惨状。

 全てが終わったとき。魔槍ゲレグレーザの魔力の形が、とある形へと変わっていく。


 ――『おやすみ フラーレ王』、と。

 

 それは皮肉のメッセージ。あるいは鎮魂の言葉か。

 そうして魔槍はもとの主のもとへ、音速を超えて戻っていった。

 死と混乱と、王たちの無念だけを――王城に残しながら。



†   †


 

 『緑魔石』。

 それは衣食住金――人が営むに必須なものを生み出すものである。

 中でも『金』を司る緑魔石を手に入れたマーベンは、要人を暗殺するため、とある魔槍を購入した。


 それこそが――魔槍ゲレグレーザ。

 『動いていない相手に投擲すれば、必ず命中する』という魔槍である。


 それが命中した場合、いかなる者も死を免れることは出来ない。魔槍には呪いが付与されており、当たったが最後、毒、火傷、腐食、その他あらゆる厄災が降りかかる。

 狙われたなら死ぬしかない魔槍。それこそがマーベンの切り札。ヒルデリース軍の司令官であるガレスをも葬った恐るべき槍。

 


 指導者を失った三ヶ国は、この事件をきっかけに急速に弱体化していった。

 それに対しマーベン率いるヒルデリースは、投降を勧告。

 リーベルド王国、フラーレ王国、ブエド王国に対し『同盟及び合併』を打診した。

 

 すでに抗う力は三国になく、また抵抗出来る指導者もいなかった。

 ゆれに楽園国家ヒルデリースは、リーベルド王国、フラーレ王国、ブエド王国をも取り込み、さらにその勢力を四倍にまで増大していく。

 

 かくして、周辺国家だけでは事態を収拾することは不可能となった。

 あらゆる国の強者は応援に向かうことを余儀なくされ――エンドリシア王国、都市ギエルダにも連絡は届く。

 そうしてかの都市を救った英雄、リゲルにも応援の要請が届くことになる。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 そしてすみません! 次回、ようやくリゲルの再登場です。


 予定ではヒルデリース編がこんなに長くなるとは想定しておらず、数話だけで異変を記してリゲルパートに戻す予定でした。

 しかしヒルデリースの奴等が思ったより動いて止めるに止められない。


 読者の方々もたまに聞かれると思いますが、『キャラが勝手に動く』という事態ですね。

 特にマーベン。

 こいつ勝手に事態を悪化させて止まりませんでした。。

 作者の私でも「おいマーベンお前暗躍しすぎだろ早くリゲルに交代しろよ」と思っていたですが、止められない、といった有様です。

 当初より長くなったヒルデリース編(緑魔石編)ですが、その分、リゲルの活躍も多くなります。

 悪役が栄えれば主人公がぶちのめすのは物語のお約束。どうかマーベンがリゲルにボコボコにのされるのを期待して待っていだだければ。


 長かった……次回からやっと! やっとリゲル書けます……商業の方でも久々に本を出したりしたので、本作は滞っていたのですが、リゲル活躍します! 次回から!

 

 次の更新は7月16日、20時頃になります。長くなりましたが、今回もお読みいただき、ありがとうございました!

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