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第百八話  ギルド崩壊

「ギルドマスターからの連絡、途絶!」

「各区域の暴走、止まりません! 参謀、このままでは……っ!」


 ギルド中央支部会議室。突如もたらされた凶報に、通信魔術の職員たちが悲鳴を上げていた。


「ギルドマスターからの連絡が途絶えただと……? 本当かそれは!」

「はっ、先程から何度も呼びかけているのですが、応答がありません、暴徒の鎮圧に失敗したか、あるいは何らかの妨害を受けたかと……」

「そんな馬鹿な!? 彼は名うての猛者だぞ!?」


 数々の栄光を立て常に成功を導いてきた。五年前の野党鎮圧、三年前の貴族誘拐事件。それらを達成してきた。

 参謀カーデムは焦燥を滲ませた顔つきで叫び続ける。


「ギルドマスター・ブロス様は全ギルド内でも随一の実力者! 彼の《重力》魔術で倒せぬ相手などいない……っ! 現に、ギルド周囲の暴徒は鎮圧出来たはず……っ」


 焦りを含んだ表情で、カーデムは叫ぶ。

 職員が困惑した面持ちで返す。


「そ、そのはずですが……一時、ブロス様が周囲を制圧、離れた区画へ向かいました。しかしその後……連絡が途絶えました」

「ならばその位置は!? すぐさま援護隊を編成し、支援に向かわせろ!」

「不可能です! もはや都市内は暴徒や、『緑の石』使いの活動で完全に麻痺――九割のギルド騎士が出払い、残りも負傷や各避難誘導で手一杯に!」

「くっ……」


 歯ぎしりをし、カーデムが力強く拳を握る。

 ――馬鹿な、ギルドマスターが敗れるはずなどない。彼は《重力》魔術の使い手――『魔力充填歩法』など数々の技能も備え、実質無敵だ。敵う相手などいないはず。

 にも関わらず連絡途絶だと……? 言い知れない恐怖がカーデムを支配する。


「……騎士ラーマスは? 何をしている?」

「現在、第五区画で《鎮静》の魔術を行使中。しかし第六区画と第七区画より新たな暴徒が雪崩込んできたため難航していると……」

「《鎮静》でも追いつけないとは……何か、なにか無いのか? この状況を打開する手段は……」


 各通信の職員たちから、被害報告が秒単位で上がっている。

 どれもこれもが、すでに一級危険域、もしくは二級危険域の状態。平時なら即座に《二級》か《一級》ギルド騎士を派遣するべき事態。

 しかし、数が足りない。この状況を覆すには圧倒的にギルドの手が足りていない。

 《一級》騎士は都市外で、《二級》はラーマスをはじめすでに手一杯。

 チェスならとうに積んでいる状況――まさにチェックメイト寸前の壊滅的な状況。どうすれば、どうすれば……っ!


「――っ、やむを得ん、私が前線に出て鎮圧する!」

「しかし! カーデム参謀……それでは、」

「判っている。私は参謀だ。ここを指揮する義務もある。だがもはや《二級》以上で戦力となりうる者がいないのも事実。衛兵では対処出来ず、ギルド騎士も消耗しもはや限界。私以外に出せる戦力はいない」

「……それは」


 多くの職員たちが、歯噛みしてその言葉を聴いていた。

 彼らもギルドの人間、だが通信を主として直接戦闘には向かない。前線に出て暴徒や緑の石使いを止める手立てはまるで無いだろう。

 現時点での戦力において、唯一動ける《二級》騎士であるカーデム以外に、もはや打開の可能性はない。


「……了解です。我らはここで、随時報告をします」

「頼んだぞ。ギルドマスター・ブロスが戻るまでの辛抱だ。――ブロス様の連絡が最後に途絶えた区画を教えろ、私はそこへ向かう」

「はっ! ご無事で、カーデム殿!」


 ギルド式の胸に手を当てる礼を行い、通信の職員は唯一の希望を見送った。

 期待を胸に、多くの期待を胸に、彼らは総出で祝福する。


「カーデム殿!」「カーデム殿!」「カーデム殿!」

「――ふ、ありがとう。では、行ってくる」


 愛用の錫杖を取り出し、いくつかの高級武具を備えながら、カーデムはギルド会議場を後にする。

 そうして壮麗なギルド中央支部の入り口の門を抜け、敷地内の外へと出た瞬間――。

 


 ――突如、背後に現れた黒装束の男の刃によって、首を貫かれ絶命した。

 


「――ぐ、あ」


 衝撃に倒れる。錫杖を取り落し無様に転ぶ。視点が暗転する。五感が消える。絶命の、その完全に命が途絶える――数瞬の間に。


「危ない危ない。《二級》でもあんたに出張られちゃあ、計画が多少揺らぐかもしれない」


 カーデムの瞳から光が消える。

 意識が永遠の闇へと消える。

 襲撃者の姿を見ることも出来ず、使命も果たせず。

 都市ヒルデリース――ギルドの参謀とまで言われたカーデムは、何の成果も出せないまま、この世から死に絶えた。


「ふっふっ、運がなかったですねぇ」


 物言わぬ躯となったカーデムを見下ろし、黒装束の刺客――『盗賊』のダヤイは口端を歪める。


「恨むなら自分の運を恨んでくだせえ。俺の得物は、謀殺剣エグリラッハ。――『姿を視られていない場合、必ず絶命させる』という魔剣なんですわ。金に物言わせた一品でが、便利なものですねこれは」


 死体を眺めせせら笑い、得意げにつぶやくダヤイ。

 ギルドマスター・ブロスに対しては《重力》二十五倍で先制されたが、ことこちらから奇襲する分には無敵の魔剣だ。

 もはやギルドにはまもな戦力はない。屍以外の何者でもないカーデムを見下ろした後、ダヤイは、腕につけた通信魔術具に話しかける。


「終わりましたぜ、マーベンの旦那」

〈ご苦労。今から俺の方でも最終段階に入る。それが終わり次第、計画を次の段階に移行する〉


 同士であり強力な『緑の石』使いでもある悪徳領主マーベンの声が消える。

 ダヤイは、唯一の希望を失ったギルドを振り返り、醜悪に笑んだ。


「さあ、カウントダウンだ。ギルドの皆さん。都市の権力を象徴する最大の勢力。それが滅びる様を――今から俺が、俺達が、成し遂げるてみせまさぁ。はは、ははは! はははは!」

 ダヤイの哄笑が、屍となったカーデムの頭上でかしましく響いていた。

 


『こちら第一区画! 戦闘不能! もはや魔力が……っ』


『第四区画! 戦闘は継続出来ず……っ、繰り返す……戦闘は継続出来ず!』


『駄目だ、撤退する! 本部、第七区画は奪還失敗だ、撤退する!』


 都市で、ヒルデリース内で、ギルド騎士たちの敗走の声が聴こえていく。

 ある者は剣で、あるいは杖で、必至に魔術を使い状況を打開するために手を打ったが抑えきれない。

 悪徳領主マーベンが引き起こした悪意と混沌の渦は彼らですら終息させること叶わない。

 『魔力切れ』という、どうしようもない窮地に追いやられたギルド騎士たちは、撤退を余儀なくされる。


『こちら第八独立小隊、これから撤退する!』

『第十二小隊、駄目だ退け! 魔力が足りない――』

『ちくしょう! ここは俺の実家が遭った場所だぞ、くそが、ちくしょう!』

 

 悔しさ、焦燥、自分への怒り。様々な感情を抱えた彼らは、それでもある種の希望を抱いていた。ギルドマスター・ブロスがいればまだ打開出来る。彼がいればなんとか出来る。あるいは、参謀カーデムがいればまだ反撃は叶う。

 だがそれは叶わない。彼らは絶望に、あるいは死の淵に追いやられてしまった。

 

 ――そのときだ。


『緊急伝達! ギルド騎士、全てのギルド騎士よ、至急帰還せよ!』

『本部が襲撃を受けている! 至急帰還を――ぐああっ!?』

『退避! 退避! 全ギルド騎士、帰還せよ――何だ貴様、――ぁ』

 

 突如として、本部からの通信魔術が途絶える。

 断続的に状況報告してきた声が消え失せる。あるいは切迫した声の通信職員が反応を断絶させる。

 都市中に散ったギルド騎士たちは、魔力切れで疲弊した体に喝を入れながらも、それでも走った。

 自分たちの拠点に。守るべき本拠地の方へと。

 しかし――。

 


〈あー。あー。諸君、聴こえているかね?〉

 


 突然に。都市中に聴こえたその野太い声に、ギルド騎士たちは困惑する。

 誰だ? ギルドマスターではない。参謀カーデムでもない。《一級》騎士の誰でもない。都市中に通信を広げる権限を持つ人物? そんな者、誰がいるというのだ?

 声の主は語る。

 

〈結論から言おう。ギルド騎士諸君。――貴殿らの拠点たるギルド中央支部は、我、マーベンが占拠した〉

「「なっ!?」」


 ギルド騎士たちが例外なく驚愕する。そのあり得ない宣言に忘我する。あり得ない、一体どうやって……?

 


〈貴殿らの働き、本当に素晴らしかった。迅速なる対応。武技冴え渡る戦闘。暴徒であるが一般人でもある彼らを死傷させないという心意気も見事。秩序を司る鑑であるな〉

 


 マーベンは語る。かつて悪徳領主と呼ばれ、万単位の民を苦しめた邪悪の権化は、楽しく愉悦にまみれながら語る。


〈ギルドの名に恥じないその行い――だが悲しいかなそれゆえに読みやすい。要所での奇襲、待ち伏せでの襲撃。貴殿らほど行動が読みやすい獲物はいない〉


 震える体で声をギルド騎士たちは聴く。これは勝利宣言。奪った者が自らの立場を周囲に判らせるためのもの。ゆえにギルド騎士たちは痛感する。

 都市ヒルデリースは落ちた。卑劣な悪徳領主の所業の前に。


〈中枢を失った集団ほど脆いものはない。ギルドマスター・ブロスはすでに処分した。参謀カーデムも、その辺で屍となっているだろう。ゆえに、貴殿らに挽回の機会はない〉

「そんな、ギルドマスターが!?」「信じぬぞ! 外道め」

「嘘だ、嘘だ、嘘だあああ!」「し、しかし指令が来ないのは……」


 マーベンは都市中から聴こえる驚愕と焦りの声に笑いをにじませる。

 

〈そう気に病むこともない。何故なら我らは新しい秩序を創ることが出来る新たな未来を創ることが出来るのだから。――そう、この我が、マーベンが、愚かなギルドマスター・ブロスに代わってこの都市を統治してやろう〉

「なんだと!?」「貴様ぁ!」


 驚愕から怒りへ、そして激しい敵愾心が都市のギルド騎士の中を支配する。

 そして一刻も早く、迅速に、この演説を行う悪徳領主のもとへと疾走する。


〈この都市は生まれ変わる。階級都市などというつまらない制度は終わり。誰もが快楽と愉悦に満ちた日々を送る理想の都市となる!〉

「貴様にそんな都市の統治が出来るわけがない!」

「愚か者めが、天誅を下してやる!」

「戯れ言をほざくその口を、我々が――ぐっ!?」


 妨害に帰還を急いだ騎士たちが奇襲を受ける。

 背後より盗賊のダヤイ。

 死角からの謀殺剣エグリラッハによる刺突。

 視られていない場合は絶命させるという魔剣は、恐るべき速度で死体を量産する。


「マーベンの旦那を邪魔する奴は俺が殺すんでさぁ」




 そしてギルド内。

 マーベンの演説に気を取られた職員たちは、弱者も強者も関係なく、マーベンが金で得た魔道具によるゴーレム部隊に、その命を散らされていく。


「な、なんだこれは!」

「こんなもの、ギルド支部にはなかったはず……っ」


 大量の、黒いゴーレムが。

 重金属で出来た、漆黒のゴーレムが。

 重厚な装甲と共に体当たりを行う。ギルド職員の体が飴細工のようにひしゃげ、粉砕させ、宙を舞う。

 

 その悲鳴と轟音を外から聴いていた帰還中のギルド騎士たちは、おぞましい光景に立ち尽くす。


「馬鹿な――これは」

「ゴーレム、だと? こんな数を……!?」


 然り。それこそはマーベンが用意した配下にして最大戦力。

 分厚い壁のように並び、何者をも通さないと十重二十重に列を成し、強靭な防壁となる漆黒のゴーレム軍。

 

 マーベンは語る。


〈都市ヒルデリースはもはや単なる都市ではない。いや、都市ですらない。――そう、都市を超えた集団地域! 『国家』と呼ぶに相応しい――理想郷! ゆえに、我は宣言する! このヒルデリースを、『国家』へ昇格させることをここに宣言する!〉


 都市の中で、怒号が響き行き渡った。

 それはギルド騎士の雄叫びも、市井の無垢な人々も、何も知らされず、混乱に巻き込まれた探索者たち全てが含まれた。

 だがそれら全ての声を打ち消すかのように、マーベンは宣言する。


〈その名は『楽園国家ヒルデリース』! 全ての人間が快楽に溺れることを許される理想国家である!〉

 

 朗々ろ、楽しげに、醜悪に笑を深め。マーベンの『宣言』は続く。


〈もちろん抵抗は許そう。いくらでも誰でも歯向かってくるがいい。我が用意した、九万六千八百七十九体のゴーレム。それを――《エルダーシュバルツゴーレム》を倒せるというのなら歯向かってみせよ。諸君らは思い知るだろう。誰がこの国家の統治者か。真の支配者が誰ということかを〉

「うそ……だろ」「そんなものに勝てるわけが」

「怯むな! 幻覚か擬態だ! 本物ではない! ――進めぇ!」



 幾人の人々が、ギルド騎士が、衛兵たちが――そのゴーレムへと挑んだ。

 卓越した武技を操り、魔術を、闘技をぶつけていく。その技の冴え、まさに強者の領域。

 だが効かない。ほとんどの攻撃は重厚なゴーレムの装甲に弾かれ、軽微すら与えられない。

 わずかなダメージを与えられた攻撃も、たちまちゴーレムたちの『自動修復』機能によって修復されてしまった。


「馬鹿な、なんだこれは……っ」

「修復、それと攻撃無効化? こんな高度なレベルで!?」


 攻撃した多くの者は知らない。

 それこそ《エルダーシュバルツゴーレム》。本来なら第五迷宮《岩窟》――その第八十二階層に出現する、鉄壁なる金属巨人である。


 その装甲は強固であり、『家屋破壊級以下の攻撃を全て無効化する』特性を持つ。さらにダメージを与えたとしても、わずか三秒で自動修復してしまうという、脅威の生存能力を誇るゴーレムである。


 これに対抗するには、区画破壊級以上の攻撃力か、防御無視の攻撃、または転移系の魔術などを使う以外にない。

 だが疲弊したギルド騎士にはそれは不可能。戦闘力に劣る衛兵や一般人の中にも、九万体以上のゴーレムを突破することは叶わない。


 不落。決して落とせぬ要塞じみた威容の漆黒ゴーレムの壁。


〈諸君らは、今は困惑しているだろう。統治者が交代して混乱するのは常のことだ。だが安心していい。楽園国家ヒルデリースにおいて人は平等である。なぜなら我は、この『緑魔石』でいくらでも金を生み出すことが出来るんのだら。人間の――資材を、富を司る金を生み出すことが出来る。何を欲する? 望めば何でも無償で諸君らに授けてやろう。金を! あり余るほどの金貨を! それでも足りないのなら武具をくれてやろう! 我がこの『緑魔石』で手に入れた、強力で――秘奥を収めた武具を渡してやろう!〉


 マーベンは醜悪に笑い、通信を行うギルド執務室の中、傲岸に宣言する。


〈だが気をつけることだ。反逆の意志があるならば、我は容赦をしない。蓄えた無限のゴーレム軍で、諸君らを百回でも、千回でも殺す準備がある。さらには我が蓄えた数多の魔剣、聖剣、名剣――その錆になりたければ、来るがいい〉

「そ、そんな……」「こんなに勝てるわけ――」


 嘆き、諦念、呆然……それら負の感情を王城のバルコニーから見下ろし、居丈高にマーベンは語る。


〈国家を! 楽園国家ヒルデリースの産声を! 聞こうではないか。――感じるか? この新たな秩序の息吹が! 判るか? 新たな未来の幕開けが。――そう、今、この瞬間から、ヒルデリースが始まったことを宣言する!〉

 

 マーベンの高笑いが反響する。都市の全ての区画に響き渡り、浸透する。

 

 ――それは、新たに作り直された幸福のための国家。

 誰にでも幸せを分け与える、人間の、人間による、人間のための国。

 『楽園国家ヒルデリース』

 その噂は、その日を機に、一気に大陸中に広まっていくことになる。




お読みいただき、ありがとうございます。

次回の更新は4月2日、20時の予定になります。

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