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第百五話  襲われたギルド

 ――そして、事態は『創造事変』と『流民騒動』へと繋がっていく。


『ギルドマスターっ! 第三地区へ流民の拡大が!!』

『第四地区にて暴動発生! 流民たちが暴動を……っ!』


 金切り声に等しいギルド騎士たちの声が届く。切迫した声音が事態の深刻さを物語っていく。


『こちら第六地区! 一般人と思しき相手から怪しい光が!』

『《三級》騎士エリグアから急報! 第八地区にて多数の金貨が現れたとのことっ!』


「収まる気配がない……なんだというのだ、一体……!」


 都市ヒルデリース、ギルド支部本部。

 会議室に備えられた魔術陣から発せられる音声に、ギルドマスター・ブロスは愕然と体を震わせていた。


『第七地区の半数に――奇怪な建物が出現! 現在対応は不可能!』

『第十一地区南部でも異変の報告が! 多数の食べ物が地上を……ああ、暴徒が……っ』


 度重なる悲鳴、飛び交う怒号、恐怖に怯えた声が通信越しにギルドマスター・ブロスの体を打ちのめす。


「同時多発的に異変……!? これも、やはり『緑の石』の影響か……」


 伝令の一人である騎士が、ブロスに歩み寄り悲鳴のように報告する。

 ブロスの額に大粒の汗が吹き上がる。報告のギルド職員が叫ぶ。


「確認中ですが、おそらく間違いないかと! ――すでに第三、第六、第八、第七、第十一、第十三地区から異常を感知! そのうち、第三、第十一、第十三地区とは連絡が途絶えました!」


 焦燥に支配された伝令の騎士を見て、ギルドマスター・ブロスは歯噛みする。


「……っ、わずかにでも余裕のある騎士を応援に回せ! 同時に臨時で『探索者』への応援部隊も手配せよ!」


 絞り出すように声を張り上げる。


「この際だ、報酬は破格でいい! 何としても事態の収拾に尽力せよ!」

「――すでに手の回る騎士は応援済みです! 騎士たちとの連絡もつかず……っ、探索者への応援要請も、たった今ギルド受付より異変の知らせが……っ」

「受付からも異常報告だと? 今度は何事だ!?」


 耳元につけている通信要の魔道具。

 その声を聞いている伝令の騎士に、ギルドマスター・ブロスは怒鳴りを上げる。


「現在、この第一地区を取り囲むように一般市民が押し寄せていると――」

「な、なんだと……?」


 通信を担う騎士の足元で魔術陣の光が輝く。

 鮮明で立体的な映像が、次々と規則的な配列で空中に映し出されていく。


「哨戒中で外に出ている《三級》騎士からの映像です――出ます!」


 直後、会議室の空間内に現れたのは、異様な光景だった。


「なん……だ、これは……っ」


 亡霊、亡霊、亡霊、亡霊の大行列。

 白目を出し動く死体のように、鈍く歩く群衆の姿が映し出される。

 一人や二人ではきかない。

 正気のない一般市民の群れ、群れ、群れ、群れ、群れ。

 おそらく、一〇〇〇人は下らないだろう、圧倒的な、恐怖への根源に至る光景がそこにあった。


『ヴぁああ……金が……ほしい……金が……ほしい……』


『金貨が……金貨が……たくさんある……ひひひゃははっ』


『あぁ……華やかな金が……一杯ある……一杯……あは、あははは!』


『わたしの中に幸せが詰まってるの。可愛い衣服がたくさんきらきら……ふふふ……』


『お金は幸せ。私は幸せ。うふふ。私はお金を得るの。楽しい。嬉しい。ウフフフフ』


 ギルドマスター・ブロスは困惑を浮かべるしかない。


「――彼らは一体、何を呟いているのだ……?」


 恐怖する。何だこれは? どうなっている? 伝令の騎士が顔を歪ませ報告する。


「詳細不明! 現在、哨戒中の騎士グライの報告によると、彼らは突然ギルドに向けて歩き出したと! ――およそ十分前、何者かに導かれ当ギルド本部へと移動を開始したと……!」

「何者か? 虚ろな目をした一般人の群衆を?」


 ブロスは疑念の表情を浮かべる。


「――ただちに《二級》騎士グライに、《停滞》の魔術で足止めさせろ! 同時に手の回る《四級》騎士を三名派遣! さらに――」

「駄目です! 騎士グライから、いま通信が切れました……っ!」

「な――っ」


 雑音が交じる。会議室にひび割れたような、金属をすり合わせたような不気味な音が木霊する。

 ギギ……

 ギギキィ……

 ギギキキキイ……ギギ……ギキ……と、ひび割れた、腐食金属の如き異音の嵐が。


「通信の、阻害だと……?」

「――緊急! 現在、第一地区に一級な《妨害》の魔術あり!」

「通信、転移、伝令、その他――連絡用の魔術が使用不可能になっています!」

「な……んだと!?」


 今度こそ、ブロスは焦燥の顔つきで目を見張った。


「《四級》騎士カルミラとの連絡が途絶えました! 同じく騎士アグラ、リステール、キリンバス……全て連絡が途絶!」

「しょ、哨戒中の部隊の八割との通信が断絶! 第一地区周囲では、爆発音が出たと――!」

「こんな……こんな馬鹿な!?」


 呆然と、ギルドマスター・ブロスは慄いた。

 これ程の規模の妨害魔術を短時間で? ギルドに気づかれることなく? 馬鹿な……あり得ない、あり得ない……!

 だが、被害報告は数秒ごとに増えていく。


「第一区の衛兵との連絡が途絶しました!」

「第四と第五も同様です! ――第九区も!」

「どういう……ことだ……。一級の阻害魔術を使用だと? どこかの組織の手と行為? ――発生源を特定し、排除しろ!」

「了解! ――こちら本部! 制圧部隊隊長、《二級》騎士オーガニスへ伝令! 現在、本部は一級魔術による阻害を受けている! 繰り返す! ただちに第一地区の周辺を調査せよ!」


 直後、ひび割れた声がかろうじて届いた。


『こち……ら……騎士オ……ニス! どう……って……阻害……魔術。探索者……それ以上の連中でも……使え……詳細……っ!』

「――っ! ギルドマスター、駄目です! 本建物内での通信ですら不完全になりました! このままでは全ての騎士との連絡も不可能に……」

「な……に……?」


 騒然と。

 それまで冷静に別の所と魔術を行っていた騎士たちまでもがざわめいた。


 不安、疑念。焦燥。あらゆる負の感情が伝播する。

 ギルドマスター・ブロスは呼吸を整え、一瞬だけ瞑目する。


「くっ……仕方あるまい。口頭での伝令部隊を結成せよ! ――騎士ラーカック、お前を隊長とし、本部内と支部を繋ぐ連絡部隊として命じる」

「了解っ! 出撃します!」


 傍らにいた《二級》騎士、ラーカックが青ざめた顔のまま会議室を出ていく。

 その最中にも、会議室の巨大な映像では異変が映し出されていた。


『おかーねが、たくさん~。もう怖いものなど、ないさ~!』


『きゃはははー! きゃははー! 凄い数の食べものがある!』


『もうお腹減らさなくていいの! きゃは! あはは!』


『城だ……っ、私の夢見た城がここにある……。おおォォォォオオッ! 我が夢の結実が、ここに!』


「……な、なんだ……これは……」


 嬉々として笑いを上げる一般人。狂ったようにはしゃぐ民衆。涙を流し大笑する群衆……どれもが正気を逸脱したあり得ざる光景。

 不吉なる光景に、ギルド騎士たちが次々と顔の色を失っていく。


「わ、私たちは、一体何を見せられているんだ……?」

「どうやって、一体こんな事を!」

「ギルドマスター! 我々はどうすれば……っ」


 不安、焦燥、それらが彼らの平静さを駆逐していく。

 会議室にいる通信担当の騎士たちが極度の緊張に苛まれ、士気喪失する寸前。


「――落ち着け! ……伝令など、緊急の報告に関する通信が阻害されている。にも関わらず、民衆の映像や音声は拾える――つまり、何者かの作為がある。我らが屈してどうする!」


 荒々しい一喝。

 その叱責で騎士たちの動揺は減じた。だが根本的な解決には至っていない。

 ブロスは内心で思考を加速させる。


「(……これは大いなる作為を感じる。ただの妨害工作ではない。噂の集団か? 『楽園創造会シャンバラ』とやらの計画なのか?)」


 かつて、都市ギエルダなどを恐怖に陥れた事件、『青魔石事変』。

 その首謀の集団が、悪名高き『楽園創造会シャンバラ』であると報告は受けている。


 その時の事例と、今回の騒動は酷似している。

 小規模な異変が察知されている点。そこから加速度的に非常事態へと発展、そして治安の崩壊という過程。

 今はまだ、『青魔石事変』のような大破壊は起こっていない……が、それと無縁と考えるのは総計だろう。


「(『青魔石』と同じ騒動ではない。だが酷似している……これは)」

「――ギルドマスター、宜しいですか?」


 その声に、ブロスの傍らに立った人物が立つ。それは痩躯に鷲鼻が特徴的である参謀、《二級》騎士のカーデムだ。


「どうした、何か気になった事でも?」

「これは外部の組織の介入でしょう。計画性が出来る過ぎている。『楽園創造会シャンバラ』の介入でしょうな」

「私も同じ推論だ。異変を起こしながら、破壊は図らず、我らの行動のみ阻害する――ギルドに敵対する者の犯行だろう」

「ですが、問題なのは敵の真意です。破壊を目的とするのならばこんな回りくどいことはしません。『青魔石事変』のように、ただ破壊すればいい」

「そうだな。今回はそれがない。一体、何のためにこんなことをしたのか」


 民衆の暴走という、それだけでは混乱としては半端な事態が気にかかる。

 真に混乱を引き起こすには、破壊活動という手段が最適のはず。


「目的が判らない……なぜ首謀者はこんな目論見を? 示威行為? 愉快犯? 衝動的にしては手が込みすぎている……判断が出来ん」

「騎士レイザやグーダルなら何か掴んだかもしれません……彼らとも連絡がつかないのでしょう?」

「そうだ。現在、騎士への通信は極めて通りづらい……何度試してもほぼ応答無しだ」


 ブロスは苛立ちを隠しもせず、たんたんと足で床を数度叩く。


「こんな時に《一級》は不在か。明らかに『青魔石事変』と同じ手口だ。気に食わん……首謀者は何のためにこんな事を……?」


 手口は似ているが、結果が違う。何故だ? 首謀者は何をしようとしている? 

 組織か個人か? それすらも判らない。事態に深刻さ不気味さを感じるブロス。

 よし、《二級》騎士を向かわせよう。確か、《疾風》のバーデットが帰還していたはずだな? 彼に調査隊の隊長を任ずる、そしてバーデッドの報告を元に、今後の対応を――」


 そのとき。

 ギルド本部を――凄まじい震動が襲いかかった。


 それはギルド内全域に響き渡り、柱のいくつかが破砕。のみならず、壁や床も多数の破砕や爆散がもたらし、激烈な爆音が建物内の隅々まで響き渡っていく。


「う、あああああああああああ!?」

「なんだ!? これは……!?」

「各区画で爆発が発生!」「正門付近で崩落の被害が!」

「第四会議室付近でも大きな爆発が発生!」「被害が増えていきます!」

「な……なんだと!?」


 ブロスは震動に晒される中、必至に叫ぶ。


「中心地はどこだ!? 調査部隊を編成し調査に当たらせろ!」

「駄目です、通信不能! ギルド本部内にも強い通信障害が……かろうじて、『爆薬』が仕掛けられていたと――」

「なんだと!?」


 被害報告をした騎士が、魔術を使いながら悲鳴を上げる。


「――伝令用の『使い魔』を使った魔術が届きました! ――それによると、今の爆発で内部の五つの通路が閉鎖! 各騎士の行動に支障あり!」

 

 別の騎士も声を張り上げる。


「負傷者多数! 受付や療養室など、受付や療養室など、戦闘力が低い職員にも被害が出ています!」

「くっ……治療に長けた騎士を動員せよ!」

「それが――彼らを狙って爆発が起きた模様! ……同時に、各通路も爆発で通行困難と――」

「くそっ、おのれぇぇぇぇぇ!」


 ギルドマスター・ブロスが、傍らの卓上に拳を叩きつけた。

 熊の如き腕部に、卓上を粉砕する。職員が金切り声を上げた。


「同時にギルド内で火災が発生しました! 少なくとも十二箇所で被害が出ている報告が!」

「賊めが! 何が狙いだ!? 括り倒してやる!」


 激情がブロスを支配する。大音声で怒鳴り上げる。


「――っ、今すぐ首謀者の場所を突き止めよ! 《一級》騎士バリグーラを出せ! ――ギルドに反乱を引き起こす愚か者に、鉄槌を下してやる!」


 今出せる最高の切り札の名を叫ぶ。『特務隊』という、緊急時にのみ出動を要求される部隊のエリート。

 だがブロスたちは知らない。これは『楽園創造会シャンバラ』が引き起こした騒動ではない。もっと身近な、悪意と、暴威と、欲望によって作られた、醜い破壊工作である。



†   †


 

「――今頃、ギルド内では大慌てであろうな」


 ギルド本部からわずか数百メートルの裏路地にて。

 深くフードを被った男、マーベンが、歪んだ笑みで語っていた。


 悪徳領主であった彼は、『緑魔石』にて混乱を誘発。

 各地に配置した魔術具を用いて混乱を引き起こしていた。

 

「ふ、ギルドは外部からの攻撃には備えている……が、内側の守りは甘い。混乱を生じさせるのは苦ではないな」

「さすがは旦那、手際の良いことで! これでギルドの機能は半減ですな!」


 仲間である盗賊のダヤイが望遠具を用いて様子を伺っている。


「ふふ、まったくだ。異変を加速させる要因。我らが数日かけただけでこの成果だ」


 彼らはこの日のため、資金集めを行ってきた。

 自らを嵌めたカルザ誅罰を下し、屋敷を再掌握すると、『緑魔石』によって、金を無限に生み出す力を使用。

 それにより、有力な魔石や武具を買い取り、部下や資材を調達――ギルド内にもテロを起こす刺客を送った。


 それが今の結果だ。


 爆発を仕掛けた刺客は、自害用の魔術具である。

 今頃は爆発物もろとも木っ端微塵となっている。

 民衆を『緑魔石』で洗脳し、狂わせたのもマーベン達である。 


 ダヤイがさらなる喝采と共に称賛する。


「ふふ! にしても上手くいきましな。あとは第二段階と第三段階――それで、この都市は俺たちのものとなりましょう」

「そして我らはのし上がる。一度は失し我が権力……だがこの『緑魔石』があれば、さらなる富と権力が手に入る! ……フフ、ハハ、ハハハハハッ!」


 マーベンに躊躇などない。

 ギルドが崩壊しようと、民衆が混乱しようと知ったことではない。

 彼の眼前にいる者は二つ。

 利用出来るものか、阻む者かのみ。全てを利用し作戦の土壌とする事に何の躊躇もない。


「見るがいいダヤイ。民衆の愚かさを。少しばかり私が金を用意し、《錯乱》の魔石をばら撒いただけでこの有様だ。欲望を刺激するだけの低俗魔石も、使い方ではこの有様よ」

「まったくですな! 人間とは脆いもの。無害な人間ほど強い欲望を抱いている」


 新たに仲間に加わった男、グレゴリーも喝采を続ける。


「いい光景だ。魔石は、それ単体では対して価値はない。人の欲望を突く――たったそれだけで、このような光景が見られるとは」

「そうだ。所詮、弱者は弱者の欲望の中でしか生きられない。金に操られ、金の力で落ちぶれる――哀れな民衆の姿よ」


 マーベンは歪に笑う。ギルドの破壊を、崩壊の序曲を楽しむかのように。


「まだまだギルドは混乱するぞ。俺の金の力によって! 混乱し、疲弊し! そして最後には破砕される! ――ふ、ハハ! 俺が壊す! 俺が成す! これは始まりに過ぎない!」


 マーベンは極上のワインを飲むかのように語る。


「ああ……いいものだ、築かれていた秩序が崩壊していく……最高の娯楽ではないか!」

「同感です。マーベンの旦那、もっと壊しましょう。もっと楽しみましょう。ああ、胸が高鳴る!」

「ふふ、もっと狂え、民衆たち。己が管理者と奢る、ギルドを滅ぼし、礎となれ」


 マーベン、ダヤイ、グレゴリー達は嗤う。

 どれほど狂おうとお前たちは我が野望の糧。利用されるべき供物である。

 これは序章に過ぎない。本当の地獄はこの先にある。

 そう、まだマーベン達には計画がある。彼は狂笑を浮かべ、ギルドの行く末を想像し――歓喜に浸っていた。

お読み頂き、ありがとうございました。

次回の更新は1月8日、午後8時の予定になります。

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