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第百四話  悪徳領主は復讐する

 ――それは、各地で民衆の流出が始まる数日前。

 

「ふふはは! いいな、今日も酒が美味い! 史上の王たる気分!」


 都市ヒルデリースにて、領主代行・カルザは楽しげに笑っていた。


 前領主、マーベンを追い出してから数日。彼を監獄送りにしたことでカルザは代行として君臨した。

 それに加え、数々の特権まで取得。まさに楽園のような暮らしを行っている。

 

 傍らには、可憐な少女のメイドたちが何人も半裸で給仕をしている。

 水着同然の肌もあらわな格好。

 張りも曲線も艶やかだ。

 その胸や尻をカルザは鷲掴みにする。柔らかく、弾力ある感触。まさに至福の時を彼は得ていた。


「前任者のマーベンは、愚鈍だったな。民衆を虐げるだけ虐げ、飴を与えない。人間は優しさと厳しさを与えてこそ支配できるというのに」


 悪徳領主であったマーベンは、愚か者だった。

 特権階級であることを良いことに贅沢三昧、圧政を敷き、民の心など一切斟酌せず治めるなど論外だった。


 結果として、彼は『財産消失事件』に巻き込まれ、民にはたちまち反抗された。

 そして腹心と思われていた自分カルザに裏切られ、監獄行きという有様。


 領主代行となったカルザは、彼の二の舞となることは避けるよう行動した。領主として一定の秩序を築いた。

 『財宝が消失』という奇現象が起こる以上、財宝は普通には保管しかなく、保存性に欠ける。

 ゆえに、金や財貨を溜めず、金に換金することが出来る『小切手』を大量に発券し、情報の収集にも手間は抜かなかった。


 そして数日間。一度もカルザの小切手は消失せず、財産は守られている。


「ふふ、私はマーベンのように愚かなことはしない。奇怪には策で応じていく」

「そのとおりです、カルザ様は理想の領主」

「皆が慕うべき君主と言えましょう」


 半裸のメイドたちが口々にそう褒めやかす。


 カルザは、市井の美少女たちを雇う際、念入りに調教をしている。

 媚薬を混ぜた魔道具のお香を毎日嗅がせ、情欲を昂ぶらせる効能の食事も与えているのだ。


 さらには屋敷全体がカルザに愛欲を抱くように、愛欲結界というものを張っている。

 屋敷内のメイドたちはカルザに恋や愛を簡単にささげてくれる。


 見目麗しい美女や美少女らが夜に嬌声を上げる――その様子はじつに心地よいものだった。


「く、くく……っ、ふははははははは!」


 カルザは笑う。

 右腕にまとわりつくアンナも、左腕を頬ずりするイリーナも、背中に大きな胸を押し付けているエルサも、皆カルザ専用のメイドだ。

  この世は金で支配が出来る。

 女も、地位も、名誉も手に入れた。


 もはや怖いものなどない――全てを手に入れた彼は、笑いが止まらないままに叫ぶ。


「私の地位は安泰だ! ――全てはあなたのおかげだ――ありがとう、マーベン! お疲れ様、マーベン! 私はお礼にあなたを牢獄に叩き込み、世の贅沢を満喫する!」


 全てを奪い手に入れた青年は、醜悪に笑を上げる。

 カルザは侍らせるメイド少女たちをベッドでその日も可愛がってやった。



†   †


 

 翌日。まだ朝靄が立ち上る時間帯。


「――なに? 屋敷のメイドが、一人消えただと?」


 カルザがいつも通り、複数のメイドと寝て楽しんだ後の朝。

 通例通り、領主としての仕事をするべく執務室に赴くと――執事の男性、ダルルバが不穏な報告をした。


「はっ。昨日、夕刻より彼女の姿が見当たらず……使用人複数で捜索したのですが、全く痕跡がありません」


 カルザは秀麗な眉根を寄せた。


「探査の魔術具には引っかからなかったのか? 兵士たちの捜索も無意味だったと?」

「はい。部屋という部屋を探したのですが見つからず。《探査》の魔術をかけても反応しませんでした。もしや、屋敷を出たのかと……」

「……それなら、屋敷の結界に反応があるはずだ。出られるはずないだろう?」

「そうですな……不可解です」


 気に入ったメイドたちを逃さないため、カルザは結界に出入り制限の機能も付けている。

 カルザの意志なしにメイドらが出られるわけがない。ここは、カルザにとっての楽園なのだ。


「残る可能性は、カルザ様の寝室のみかと……ちょうど、その事で兵士長グレゴリー様と話していたところです」

「……俺の寝室、か」


 カルザはあごに手を添えた。

 確かに、それはあり得る。

 屋敷全体に愛欲上昇のお香を使用したカルザだが、寝室には特にその作用を強くさせている。

 メイドとの『夜のやり取り』を行う再、途中で邪魔が入らないよう扉にも魔術を施してある。


 消えたメイドがいるとすれば、寝室が最も可能性が高いと言えるだろう。


「ですから、カルザ様には寝室での調査を頼みたく……」

「判った。後で確認してみよう。その前に、今日はリーゼリット財務官との会談だな」

「はい。あと三十分にて到着とのことです」


 カルザはその言葉を聞き、仕事に移った。



†   †


 そして深夜。


「ねえカルザ様ぁ、今日は何をしてくださるの?」

「久しぶりに一緒にお風呂とか入りたーい」


 夜闇の中で虫鳥が鳴き声を発する時間帯。屋敷の廊下で、カルザはお気に入りのメイド二人と共に寝室へと向かっていた。


「アリサもイリーナも今日はご苦労だったな。特別に今日は俺の寵愛をたっぷりと注いでやろう」

「うふふ、楽しみです」

「カルザさま、お手柔らかにお願いしますね?」


 大きく前に開いたメイド衣装の少女らを撫でるカルザ。

 肌もあらわなその衣服は、およそ使用人としてはふさわしくない。だがカルザが楽しむ時はこのような露出過多な衣装と決めている。

 夜の営みには最適と言えるだろう。


「ねえカルザ様。今日は久しぶりに三人でしない?」

「いいわね、あたしもずっとそう思ってたの!」


 カルザは気を良くして彼女らの体を撫でる。


「フフ、お前たちが極上の体だとは知っている。お前たち二人とも、腰が動かなくなるほど奉仕してもらおう」

「「きゃーっ」」

 

 黄色い声を上げるメイドたち。

 やがて、カルザたちは寝室へとたどり着く。カルザが麗しい女たちの肩を抱き、彼のベッドへと近づいたところで――。


 

 ――部屋の中では、首と胴体を真っ二つに分けられたメイドが、血塗られたまま置かれていた。



「きゃあああああああああああ!?」 

「……馬鹿な、こいつはサナリス? サナリスだと……?」


 サナリス。

 それは、今朝がたに執事から消えたと報告があったメイドの少女だ。

 色白で細長く、艶やかな体を持つ娘だった。カルザにとってお気に入りの一人でもある娘。


 あの後カルザは仕事で寝室に訪れる時間がなかった。すっかり失念していた。

 その間、誰もこの部屋には入らなかったが――。


「……なんという、有様だ」


 恐怖の顔つきで美貌の少女がベッドの上に置かれている。

 驚愕と恐れの入り混じった顔は見るもおぞましい。秀麗な娘の名残はほとんど無い。人間の尊厳を踏みにじった、猟奇的光景。


 カルザは腰にある短剣を抜いた。

 警戒する。他に異常がないか確認する。この分では自分の身の安全も確保できるか判らない。


「お変えたち、何をしている、私を守れ!」


 メイドたち二人は、恐怖と混乱で尻もちをついていた。

 無理もない、サナリスは惨状と呼ぶのも控えめな有様。

 綺麗だった顔は血塗られ、首はきれいに切断されて断面が見えているのだ。


 頭と体の部分をそのまま数センチだけ離され、グロテスクなオブジェの如くベッドに置かれた姿は、怖気を呼び起こすに事足りる


「で、でもカルザ様……ああ、なんてこと……っ」

「恐ろしい……こんなことが……っ」

「落ち着け愚か者! お前たちには高い金を出している。護衛として私を守れ。部屋を探知しろ、異変がないか調べるのだ」

「は……っ!」


 はじめは恐怖や混乱に見舞われていたメイド二人たちは、カルザの命令に表情を引き締める。

 愛玩用として調教された彼女たちだが、簡単な護衛技術も会得している。有事の際にはカルザの護衛役としても機能する。


 魔術用のナイフを手にしたメイドたちが口々に報告する。


「……カルザ様。探知の魔術をかけましたが、他に人間はいません」

「こちらもです。不審な点は見受けられません」

「そうか。では捜索するしかあるまい」


 カルザはひとまず安心し、けれど思索にふける。


「……それにしても、何者だ? このような狼藉を働くなど。反対派の連中か?」


 カルザは前任のマーベンから領主の身を受け継いだが、それによって既得権益層などから恨まれる事がないわけではない。

 一般の民には優秀でも裏の人間には目障りにも映る――そのような連中からの嫌がらせという可能性。


 何にしても、今は調査の必要がある。


「ちっ、まあ今日は仕方あるまい。兵士長のグレゴリーに連絡する。他にも以上がないか、徹底的に屋敷内を探索させる。――お前たちも、覚悟しろ。今日は眠れないと思え」

「ええー、そんな、今日は最高の日だと思ったのに……」

「違う意味で眠れないとか、笑えないわぁ」


 不平をもらすメイド達をカルザはたしなめる。

 犠牲となったサナリスへ黙祷を捧げる。

 ――願わくば、狼藉者に厳しい天誅を。

 そう思い、カルザはベッドの上で血塗られたサナリスの後処理を行った。


†   †


 ――翌朝。


「……なに? 今度は、セルドナが消えただと?」


 カルザが険しい顔つきで問う。

 屋敷に強めるメイドの娘がまたも消失という事件。


「はっ。気がついたのは昨夜の夜中です。メイドたちの数を確認していたところ、朝方にセルドナだけがいない事に気が付きました」


 執事のダルルバが険しい表情で応じていく。


「朝方……? ずいぶんと時間が掛かったな。何か理由があるのか?」

「それが、彼女は地下で掃除に当たらせていました。そのため、連絡や発見が遅れたものかと」

「おのれ……賊めが!」


 自分の屋敷で二度も行方不明者。許せない。カルザは強く舌打ちを行った。


「……終わったものは仕方がない。――探索の魔術の強さを引き上げさせろ。『リグリスの腕輪』を使え。私も使用する」


 リグリスの腕輪とは、一時的に魔術を強化する魔道具だ。

 それなりに値は張るが、通常の五倍から八倍の効力を得ることが出来る。防衛や攻勢にも使える、優れた魔道具と言える。


「はい、かしこまりました。――カルザ様は?」

「私には護衛をつかせる。万一、賊に襲われんためにな。……もしセルドナを発見したら私に知らせろ。無いとは思うが、危害を加えられていたらグレゴリーにも連絡を。私は執務室にいる」

「はっ、カルザ様もどうか、お気をつけて」

「分かっている、忌々しい賊をさっさと仕留めるぞ」


†   †


 そして数分後。


「まったく、私の屋敷で勝手なことを。どこの手の者だ? 盗賊か、傭兵か。いずれにせよ、ろくな相手ではあるまい」


 カルザは強く苛立っていた。仕事柄、カルザは民の恨みを買うことも少なくない。

 多くの人間は人心掌握に成功したが、例外的に、快く思わない連中も存在する。


 それは既得権益層であったり、性格的なものだったり、例外的にカルザへ悪意を持つ輩たち。

 やはりそういった一派の仕業かもしれない。


 ゆえにそれらからの対策を講じ、その日、カルザは気を引き締めて執務室へと入ったのだが。


 

 ――その瞬間、首を真後ろにねじ切られたメイド少女が、机の上に置かれているのが視界に入った。

 


「……これ、はっ」


 驚愕の表情をカルザは浮かべる。

 この屋敷は機能より警備を強化したはず。それなのに第二の死体。


 カルザの屋敷は前任のマーベンから引き継いだため、防備力はかなりのものだ。

 知り合いの探索者に命じ、結界や見回りのゴーレム型魔道具も増やしている。

 蟻の這い出る隙もないはずだが……哀れにもメイドの娘は事切れている。


 カルザは大量の汗を実感する。警戒する。すぐに護身用の短剣を抜く。

 周囲を見渡し、防護の魔術をかける。

 気配を探る。部屋内に他の反応はない。自分以外に人間の気配は無い。あるいは高度な隠蔽魔術でも使っているのか?


 ――しばらく経っても、何も起こらなかった。カルザは短剣を下げ、小さく呟きを漏らす。


「セルドナ……」


 かつて愛したメイドの名。

 可憐な容姿を持った、褐色の美女だった。抱く時には良い声で喘いでいたことを覚えている。歌が好きで故郷の歌を何度も聴いた。


 その彼女が、今は首がねじ切られている。

 とてつもない力――首の骨が砕けている。

 犯人はオーガ並みの膂力を持っているに違いない。


「許さんぞ……賊めが。この屋敷に侵入してこの狼藉……!」


 仮に腕利きの探索者が犯人であれば、この犯行は可能だ。


 だが脅しや警告だけならともかく、ここまで手の混んだことは行わないはず。

 わざわざこのように手間暇をかけ、カルザに見せびらかすようにするということは――何らかの意図があって行ったという事だろう。


「――グレゴリーっ! グレゴリーっ! すぐに兵士たちを集めろ! 屋敷内を総探索し、捜索を倍にしろ!」

『はっ、了解です』


 カルザはすぐに魔道具を出し、屋敷内で最強の兵士長へと警備厳重を命令を下した。

 通信の魔道具越しに聞こえたグレゴリーの返答を待ち、カルザは屋敷の結界を強化することに奔走する事となる。



†   †



 さらに翌日。


「――くそ、またメイドが一人消えただと!?」


 寝起きざま、カルザは執事のダルルバから報告を聞かされ、怒鳴り散らした。


「はっ。昨日、屋敷内を再探索したところ、クーナだけが見つからず。現在も捜索していますが……手がかりはありません」

「なぜだ! なぜ私のメイドばかり狙う!? 誰の仕業だ!?」


 激情に駆られ、カルザは喚き散らした。

 卓上の彫刻品が落ち、破損する。


「私に恨みを持つならば正々堂々と挑むがいい! 殺したいなら襲え! なのに、メイドである彼女らを狙う――姑息にも程がある!」

「まったくでございます。おいたわしや……」


 これがカルザ自身に恨みがあり、被害を及ぼしたいのならまだ理解出来る。

 だが周囲のメイドにばかり手をかけさせられるのはカルザとしては憤激ものと言える。


 それが気に入らない。

 心底気に入らない。

 カルザは激情に駆られながら、命令を下していく。


「次は、メイドたちに『マーメイドクイーンアーマー』を着せろ! 即刻にだ!」


 マーメイドクイーンアーマー。

 それは『人魚の女王』と呼ばれる、海系の上位魔物の素材を現材とした防具だ。

 市場に出回っているものはレプリカであるため、本物よりは劣るが、職人によっては本物に限りなく近い性能へと引き上げられている。

 第六迷宮《水殿》に生息する上位の水中魔物。

 その肉体が素材の鎧だ。

 薄く、軽く――なおかつ深海でも活動出来るほどの強固な防御力を秘めている。

 並の攻撃では傷一つつけられない。


「これでも殺せるものならやってみるがいい愚か者! 私のメイドに手を出したこと、骨の髄まで後悔させてやる!」


 カルザの瞳には怒りが満ちていた。



†   †



 そうして、三日が過ぎた。

 その間、いかなる不測の事態も起こらなかった。


 カルザはその事実に満足、自分の対策が功を奏したと粋がり、メイドの面々と夜遅くまで営みに興じた。

 そうして、三日目の朝を迎えたのだが――。

 

 

 ――執務室に入ると、屋敷内の全てのメイド少女たちが、天井から吊るされ、絶命していた。

 


「……う、そだ……あ、ああ……っ! ああああああああ……っ!」


 驚愕に目を見開く。

 あり得ない。あり得ない。出来るはずがない。この屋敷は完璧な防備のはずで、幾重にも強化した。


 最初の事件の後、警備も点検もした。結界も綻びなく、侵入者誰一人も入れない。

 それなのに。それなのに。

 首が。

 首が。

 首が。

 首が。

 見目麗しかったメイドの少女や美女たちが、天井から吊るされている。

 頑丈な鎖に繋がれ、哀れにもことごとくがきつく首を締め付けられている凄惨な光景。


 ある意味で最も残虐な殺し方だった。

 あらゆる死因の中で、最も気味の悪い死に方は『首吊り』とも言われる。

 圧迫された頭部は首から上の各所に負荷を抱え、目玉が飛び出し口は開き涎がだらだらと流れる。

 恐怖や困惑といった表情すら上回る醜悪な有様。それほど生前に美しくとも、完全に壊す最悪の殺し方。


 ――誰がやった!? おのれ、姑息者め、殺してやる!

 カルザは怒りに震えながら、狂乱する。

 誰がこんなむごい事を? 盗賊か? 探索者か? それとも反領主の一派の殺し屋か?

 

 ――コツ、と。

 

 そのとき。一つの足音が聞こえた。それは小さく、硬質だが、確かカルザの耳朶へと届く。


 コツ。コツ。コツ。

 またも、数度、静かな靴音。遠い――けれど確実に、カルザのいる執務室へと近づいている。


「誰だ? 貴様がこの殺害の犯人か? ――ならば私が、」


 コツ。コツ。コツ――。足音が止まった。犯人であろう人物。


 カルザはゆっくりと振り返る。

 そこには。

 果たして、そこには――。

 


 ――執事であるダルルバが、前任領主・マーベンと共に笑っていた。



「な、ぜ……?」


 カルザは訳が判らない。

 思考が硬直する。理解が追いつかない。

 執事のカルルバが裏切った? いや違う。そうであるならここに彼がいるはずがない。何かが違う。狂っている。間違っている。これは、これは、これは――。


「――カルザよ。お前には一つ、貸しがあったな」


 でっぷりと肥えた体の男が言った。

 尊大な態度。自分こそがこの世の覇者であると誇示するかのような態度。

 主である事を疑いもしない、傲慢なる男。元領主――マーベンが、居丈高にカルザへと語る。


「俺は、財産のほとんどをなくした。地位、名誉、金。あの事件で、何より大事なものも失った――それは屈辱だった」


 マーベンはゆっくりと部屋に入ってくる。

 だがカルザは動けない。動けるはずがない。いるはずのない相手がここにいる。

 その意味を考えると、震えが止まらない。


「だが側近だったお前が、そのとき行ったことは何だ? 俺への奉仕? いいや違う――貴様は裏切ったのだ。俺に忠誠を誓いながら、俺を衛兵へと突き出した」


 カルザは、カチカチと歯を鳴らす。

 総身から汗が止めどなく流れ落ち、護身用に持った剣の柄が震えて止まらない。


「――側近であったお前なら、俺が嫌いなものは知っていよう? 信頼を壊し、雇用関係を裏切る――そう、俺にとって、お前は最も行ってはならないもの、それは反逆だ」

「……して」

「ん?」

「……どうやって、脱獄を成功させた?」


 カルザは青ざめた顔で訪ねた。

 マーベンは、笑っていた。

 いかにも愚かな者が問いかけそうなこと。愚鈍の極みだと――心底、小馬鹿にするように。


「何を――笑っている! マァァァァベェェェン!」

「愚かな。カルザ、お前は『脱獄屋』というものを知っているか?」


 カルザは怒りのままに困惑する。


「……っ、脱獄屋? ――馬鹿な、あなたはあの時、一文無しで……っ」

「その通り。だが神は俺を見放さなかったのだよ」


 瞬間。

 マーベンが懐から取り出した『緑の石』を掲げ、その力を行使する。

 ジャラジャラジャラジャラと。

 金が――。

 目も眩むような金が。金が。金が。金が。金が。金が。金が。

 次々と――山のように重なる。

 黄金に彩られる、金貨の山。財の山。それを淡々を見下ろし、マーベンは悠々と語る。


「こ、れは……」

「教えよう。これこそ無限に『金』を生み出す、『奇跡の石』だ。これがあれば俺は監獄の兵に賄賂を渡し、脱獄屋に依頼して牢を抜け出すなどわけはあるまい?」

「あ……あ……あ…………っ」


 それは、あってはならない事実。ありえぬ奇跡。金が無限に生み出せる?

 持ってならない人間に与えられた、最悪の奇跡。


「信じられないか? そうか、そうであろうな。――だが、事実とは時に奇異なものよ。俺は、『金』を生み出す奇跡の『石』を手に入れた。そしてこうしてお前の目の前に舞い戻った」


 パチンッ、とマーベンが指を鳴らすと、荒事に慣れている男たちが、大量に部屋に雪崩込んできた。

 蛮刀、鎖鎌、大剣、鉄球……どれもが人体を破壊するために作られた凶悪な武具を持った輩だ。


 それは奇しくも、それはあの日、カルザがマーベンを嵌めたときと同じ構図。


「やめろ……」

「カルザよ、覚えているな? お前が俺を裏切ったとき、幾多の部下を差し向けた。その時の粛清を、いま行おう。貴様は『監獄に送る』だけでは済まさない、もっと厳しく、残酷な、罰で苦しむのだ」

「――グレゴリー! こいつらを殺せ! 今すぐに!」


 瞬間、カルザは、切り札である兵士長の名を叫んだ。

 まだだ、まだやれる。例えマーベンが刺客を送ったとしてしても、こちらには一騎当千のグレゴリーがいる。元ランク黄金『ゴールド』探索者、『破壊屋クラッシャー』と呼ばれた最強の兵士長。彼さえいれば――戦える。


「忘れたのかね? カルザよ」


 しかしマーベンは、三日月のように口元を歪めさせて、悠々と語るのみ。


「グレゴリーは元々、俺の『部下』だ。――そしてこれも忘れているようだが、彼は金で雇い入れた『兵士』だ」

「な――」


 直後。

 ドンッという凄まじい音と共に、壁際の窓が破られ、巨体の男が躍り込んできた。

 小山のような体躯。太い腕。

 巌のような顔面。至る所に切り傷。

 この屋敷で最強たる兵士長、破壊屋と呼ばれた者、グレゴリー。


 フランベルジュと呼ばれる、刃がギザギザ状となっている凶悪剣が光っている。

 人体を損壊することに長けた得物がシャンデリアの光を受け、燦然と輝く。


 カルザの顔が、蒼白になった。

 そんな、そんな、そんな――彼に、支払った金は。目の前の、マーベンが生み出した金より、遥かに――。


「はは、すいませんねぇ。カルザさん」


 グレゴリーは、その巨体に似合わぬ愛嬌ある声音で言った。


「俺は傭兵でさあ。兵士長としては、『お金』のある方につくのが道理なんだわ」

「あ……あ……」


 目の前が真っ白になる。総身が震える。携えていた護衛剣が、ぶるぶると揺れ動く。


 つまりカルザという人間は。

 

 ここで。


「カルザさん。――あなたは、天へと召されるでしょう。さあ、死の世界へ旅立ちな」


 刹那、断頭台の刃のごとき一撃が、カルザへ襲いかかった。

 かろうじてカルザはそれを自分の剣で受け流し、跳躍――せめてマーベンに一撃を入れようと、特攻を試みて――。


 ズブリ、と――胸に細剣で貫かれ、驚愕に顔を強張らせた。


「ぐあ……な……ぜ……? お前が……」


 一日に何度も聞き、カルザを支えてきたはずのその声の人物。

 執事であったはずの男。


「ダルルバ……」


 かつて腹心の部下として働いていた男は、見たこともない笑みを浮かべていた。


「残念。その名は正しくはありませんな。『本物のダルルバ』は、すでに墓の下でございます」

「な……に……?」

「私……いえ本物のマーベンは、もはや死後の国。この『俺』は、マーベンの旦那のお仲間でさあ。――『脱獄屋』、あるいは『盗賊のダヤイ』と言えば、判りますかね?」

「貴様は……っ!」


 盗賊のダヤイ。

 知っている。

 なぜならそれは、権力者を脱獄させて礼金で財を成した大悪党。

 大陸から大陸を股にかけ、監獄関係者に恐れられた、生ける伝説。それが、ダルルバに扮し騙していた。


 執事のダルルバの顔が、陽炎のように歪む。

 体の輪郭が変わり、骨格レベルで体型が変わっていく。

 変装用の魔術が収まったとき、現れたのは粗野な風貌の男。


 陰険そうな目つきに、ひび割れた唇、体のあちこちの入れ墨。

 脱獄屋のダヤイ。

 カルザに死をもたらす死神の名。


「あ……あ……っ」


 カルザは、震えながら、血を吐きながら、叫ぶ。


「偽、者……っ、では、はじめから私を……っ」

「そうでさあ。あなたが領主になった直後、本物の執事さんと入れ替わらせてもらいました。その時に本物は亡くなっています。あひゃひゃひゃ!」

「貴様……っ!」

「全てはこの日のために用意したことだ。カルザ、この十日間、楽しかったかね?」


 カルザの脳裏に、彗星の如く様々な光景が浮かんだ。

 護衛であるメイドとの日々。執事の男とのやり取り。そして民との交流。

 全ては過去のもの――いま、簒奪者であるカルザは報復され、そしてその生命はまさに消え去る事になる。


「カルザよ。お前には、極上の苦痛を与えよう」


 マーベンは、楽しげな笑みを浮かべ、青ざめるカルザの顔を覗き込む。


「なに、お前が俺にしたことに比べれば大したことはない。少しばかり、残酷で、醜悪で、激しい罰だ。気に入ってくれるとも」

「やめろ、やめろ、やめろ……っ」


 悪徳領主と言われたマーベンが、そんな楽な死なせ方をさせるはずがない。

 反逆者を彼は楽には殺さない。血の一滴まで残虐な方法で搾り取られるだろう。


 恐怖とめまいで、カルザの手から、剣が滑り落ちた。

 吐血する。意識が遠ざかる。薄れていく、視界と五感。広がる胸の傷。血の味。

 ――死の瞬間が近づいてくる。最後に、カルザの残った視界に映ったのは。


「眠るがいい、カルザよ」


 細剣を振るい、カルザを串刺しにしようとする――マーベンの邪悪な笑みだった。



†   †



 数分後。


「さて旦那、これで当初の目的は果たしましたね」


 床に転がった、カルザの体。血が拡散し、衣服が盛大に血に染まっている。


「そうだな。これで復讐すべき愚か者は断罪した。あとは次の計画に事を移すとしよう」

「この部下の止めは刺さないので? 利用価値があるとも思えませんが」

「後に再利用する。その細剣、『リテーシアの宝細剣』には、致死量の傷を与えても自動的に命を繋ぎ止める硬貨がある。後で余興に使うつもりだ」


 ダヤイは笑う。恐ろしい人だ。マーベンは半殺しにしたカルザをまだ利用しようとする。

 次に目を覚ましたとき、カルザにはある意味死より恐ろしい光景が待っていることだろう。

 

 それが待ち遠しくてたまらない。


「さて、次なる計画だが――」


 マーベンは窓の外を眺める。

 今はまだ平和でいる――繁栄に満ちた都市ヒルデリース。その町並みを見下ろして。


「ギルドを崩壊させよう。俺は――金を手に入れた。女を手に入れた。武力を手に入れた。であれば、次は『支配者』となる。それも面白かろう?」

「はは、ですな。俺も手伝い致しますぜ」


 盗賊のダヤイが喉の奥から笑った。

 野太い声がそれに続く。


「俺もそれに参加しよう。その計画、出来れば最後まで見たいものだ」


 カルザの元兵士長――グレゴリーが呟いた。

 彼も倫理のタガが外れた異端者。命を命とも思っていない。殺戮者の一員。

 血が、悲鳴が、誰かの破滅が見れればそれで良い、狂った人種。


 マーベンは醜悪に笑う。


「良いだろう。貴様も、配下に加えてやろう。であれば――そうだな。早速、この都市を守る、守護者ギルドへ赴こう。その牙城、壊す事が出来れば、私の愉悦になる」


 この日、都市ヒルデリースにとって最悪の男達が行動を開始した。

 金を生み出し、災厄の石を躊躇なく使う悪逆の男――マーベン。

 権力者を次から次へと脱獄させ、悪逆を広げる脱獄屋、盗賊――ダヤイ。

 かつてはランク黄金ゴールドへと上り詰めながらも、素行に問題ありとして追放された、異端の兵士長――グレゴリー。


 三人の、悪魔の生まれ変わりとも後に恐れられる者達が、ギルドへと狙いを定め、悲劇は急速に加速する。

 


お読み頂き、ありがとうございます。


※お知らせ※

私、別ペンネームで商業ライトノベルの活動もしておりまして、今月末にその刊行準備があるため、本作になかなか時間が取れず、しばらく三週間~四週間ごとの更新となります。

読者の皆様にはご迷惑をおかけして申し訳ありません。

(詳細は活動報告に記載しております)


次回の更新は12月11日、午後8時の予定になります。

今回も拙作をお読みいただき、ありがとうございました。

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