第九十八話 騎士を蝕む『緑魔石』
〈――ギルドマスターっ! こちら騎士レイザ! 下層第五区画は完全に異常事態! 応援を! 私だけでは対応しきれません!〉
騎士レイザから任務の失敗の報告を受けた直後、ギルドマスター・ブロスは諦観にも似た溜息をついて応じた。
「……落ち着けレイザ。我らが焦っても、何の益にもならん。焦燥、忘我、暴走……それらを律し、目の前の事態を対処せよ」
〈しかしギルドマスター! ロッソという元行商人の行方は未だ知れません! 第五地区はもはや異界です! あちこちに城が! ――至急、応援を!〉
騎士レイザの声には、焦りを超えた恐怖が滲んでいた。
ブロスはその言葉を吟味し、努めて冷静に言葉を紡いだ。
「まず付近の住民に避難を急がせろ。お前はその場で待機。さらに異常が起こった場合の確保にあたれ。首謀者は気絶させても構わん」
〈もうそんな段階は超えています! すぐに応援を! でなければこの地区は終わりです!〉
「冷静さを取り戻せ! レイザ! この愚か者!」
大地すら震えさせるほどの大音声を受け、レイザの言葉が詰まった。
普段怒らないあまりの声量のブロスの大喝。
レイザの方からハッとする気配が伝わってくる。
当惑、焦り、怒り……それがないまぜになっているだろうレイザの心象をおもんばかりながらブロスは伝える。
「良いか? レイザよ、我らギルドの役割は都市の秩序と平安の確保。その一角たるお前が、平静さを欠いてどうする? こちらから映像解析の人員は回す! だからお前は待機せよ! そのロッソとか言う男、まだそこにいる可能性もあるだろう?」
〈は……〉
怒鳴り声は人を冷静に戻す作用がある。
レイザが仮にもギルド騎士であるならなおさら。普段は温厚なブロスの大喝を聞いたことで、彼の中で焦燥が薄れていく。
〈申し訳……ありません、ギルドマスター。目の前に事態に思わず……失態を〉
「構わん。だが事が事だ。冷静を保て」
そしてブロスは簡単な支持を出すと、レイザとの《遠話》魔道具を切った。
これでしばらくは大丈夫だろう。
通信魔道具である腕輪から光を消し、ブロスはひとりごちる。
「……だが、人員をそこまで多くは割けんな……」
最強戦力たる《一級》騎士は、すでに大半が都市の外だ。
加えて准最強である《二級》も、主だった者はすでに別の任務に当たっており、今すぐ動かせる人員は少ない。
「(まるで誰かに仕組まれたような……いや十中八九、そうであろうな)」
これが何者かの思惑の上で踊らされていることを自覚する。
だがブロスとしては現実的な案を生むしかない。
後手後手だが、必ずチャンスはあるはずだ。
「……確か、《二級》騎士グーダルがいるはずだな」
ギルドマスター・ブロスは、把握している部下で最も対処可能な者を脳裏に思い浮かべた。
《遠話》の魔道具を再び起動させる。
「グーダル。こちらギルドマスター・ブロスだ。下層第五区画にて異常事態が発生。至急、現場に行き《二級》騎士レイザと収束に当たれ」
〈第五ですか? ……了解〉
ややけだるげな、それでも自信に溢れた騎士の声が聴こえ、ブロスは一息をついた。
「――これで、グーダルがいれば何とかなるか? しかしもうこれ以上の人員は割けん……何とか彼が解決してくれるのを祈るしかない」
ギルドマスター・ブロスの呟きが、執務室の中で虚ろに響いていった。
† †
「――はっ、冗談じゃねえよこんな時によ」
ギルドマスター・ブロスからの連絡を受け、《二級》騎士グーダルは不満げに声を吐いていた。
「すでに二件のヤクザと三件のマフィアを潰した! なのに何で俺に向かわせる? 過労でぶっ倒れたらどうする気だ、まったく!」
悪態を裏路地でぶちまけ、騎士グーダルは現場へと急ぐ。
「そもそも、レイザのアホめ、いつもは自信に溢れた事ぬかして、何をしている? 失敗とか、俺の応援が必要とかどれだけの失態だ」
いくつもの裏路地を抜け脇道を通り、近道で第五区画へと走るグーダル。
毒を吐きつつもその速度は揺るぎない。
もうしばらく進めば、問題の区画へと到達するだろう。
――その寸前。
「っ!?」
グーダルは即座に足を止め周囲の気配を探った。
「この気配、尋常じゃない……」
五感、魔術、あらゆる手段を講じてグーダルは周囲の警戒へと務める。
数秒後、彼の右手から羽毛のような石破片が飛んでいった。
《翡翠片》と呼ばれる、美麗な色合いの石片だ。
彼の《魔術》の媒介物であり、利便性に優れる物体である。
その効力は、『周囲三キロの物体の状況を正確に知る』。
戦闘向きではないが、情報収集において、これ以上ないくらい適切な能力の魔術だ。
その翡翠片がとある方向から、『要・警戒』との知らせが来た。
これはつまり、それだけ危険要因ということだ。
脳内にとある人物の映像が浮かび上がる。
瞬間、グーダルは驚愕した。
「なんだ……こいつは!?」
脳裏に浮かぶ映像の中で、一組の少年と少女が映っている。
問題は少年の方――素朴で柔和な顔つきの少年が持つ『緑の石』。
「とんでもねえ魔力を内包してやがる! なんだこれは、一級の宝具に匹敵するぞ!?」
グーダルは慄き震える。
彼とて《二級》のギルド騎士。これまで数多の危険物質や危険人物を見てきた。
その度に、翡翠片を使って状況把握、対策、分析をして対処した。
だが、今回のあの少年の『緑の石』は、それらの中でも別格。明らかにこれまで見てきたいかなる魔道具をも上回る。
まるで、強大な魔物がそこにあるかのような。
まるで、巨人のアギトにでも放り込まれた感覚。
怖気と焦りを生じさせる未曾有の物体を前に、グーダルは決断する。
「――そこの二人組、動くな!」
即座にグーダルはブロスの命令を一端保留し、目の前の『異常』に対応するべく跳躍する。
眼下、大通りで人の賑わいを見せていた場所の真ん中で性根たちが驚いていた。
「な、なんですか……? あなたは……?」
着地したグーダルを警戒した目つきで、少年が見返した。
「ギルド騎士、グーダルだ。――お前、右手に不可思議な魔道具を持っているな? ギルドの名において命じる。それを差し出せ。さもなくばギルド支部へと連行する」
少年は、訝しげな目つきで隣の少女を見た。
そして隣にいる可憐な少女が柔らかく声を発する。
「……どうする? ラナ」
「意外だわ。もう少し猶予はあると思っていたのに」
「どうしようか。ここでギルドの人に目をつけられると面倒だ」
「――時間稼ぎはお勧めしない。あと五秒で私は行動を開始する。……五」
グーダルはカウントを始めていった。
少年と少女たちが呑気に会話していだがどうでもいい。
グーダルとしては目の前に、膨大な魔力の物体がある事が重要だ。それを確保できれば後のことなど二の次だ。
ギルド騎士としての、直感と翡翠片の分析が確かならば。
あの『緑の石』は、ギルドマスター・ブロスの言った、第五区画で起きた異常に匹敵する災厄をもたらす物だ。
「四」
「――あの、ギルド騎士さん、これは何かの間違いじゃないですか?」
「三」
「ボク達、何も悪いことしていません。それなのにこれはおかしいと思います」
「二」
「ああ、聞く耳持たないって奴ですね。……なら仕方ない。ラナ」
「ええ」
「一」
グーダルが最後のカウントを告げようとした、その瞬間――。
「[――現われよ食欲の源なる品々よ! 我に束の間の安息を!]」
少年が詠唱した直後、膨大な光が辺りへ充満していく。
「……っ! (撹乱の魔術か!? だが遅い。俺が突っ込めばそれで終わり――)」
瞬間、グーダルは硬直した。
晴れた光の向こう側に、予想外の光景が広がり、唖然とする。
食べ物が。
食べ物が。
クッキースープビスケットが、干し肉と野菜サラダとステーキと干し芋ニンジンのソテーが地面に広がり、ジャガイモとニンニクのスープブドウジュースにチョコケーキにワッフルにマカロンにメロンビスケットが大量に出現し、肉厚ステーキにチーズケーキに果実酒やエール酒、ワインなどが溢れていた。
「なんだ、これは……?」
視界にあるのは、多種多様な飲食物。
古今東西、あらゆる場所で食せる食材や料理などが所狭しと並んでいる。
驚愕すべきはその数だ。辺り一面、大通りの地面を埋めるかのようにそれは溢れている。
まさに飲食物の海。どこを見ようと香ばしい匂いと色とりどりの食べ物が織りなす食欲をそそる光景。
あまりの事態に、グーダルは完全に思考停止する。
意味がわからない。
なぜ料理がこんなに出現した? なぜこれほど? なぜこんなに種類が?
そう硬直している間、問題の少年と少女たちが物陰へと走り去ろうとしていた。
グーダルは咄嗟にその後を追いかけ――彼は阻まれた。
「わあああああああああ!」
「料理だ! ご馳走だ! ステーキ、クッキー、素晴らしい!」
「あそこには野菜サラダにニンジンのソテーもあるぞ! カルボナーラにピザも!」
「あああ、肉汁がたまらん! 肉、肉、肉ぅぅぅぅぅ!」
蜜に誘われた虫のように、街人たちがこぞって地面に群がり始める。
店先で買い物を行っていた者、雑談していた者、露天の中で商売を行っていた者、関係なく一度に殺到する。
「くっ……」
グーダルは尻込みした。
それは通常ならあり得ないほどの興奮だった。目に見える異常だ。
いくらご馳走の山でも、これほどの歓喜はあり得ない。
常識的にどこの誰がどうやって出現させたか判らない飲食物をそこまで求める理屈が通らない。
ただ言えることは、街人たちは眼前に現れた無数の飲食物に対し、異常なまでの食欲を示していること。
そしてそれが雪崩のように動いている、ということだけだ。
グーダルは思わず前に出ようとするも、人並みに阻害され前に進めない。
少年と少女が消えた路地裏へ、向かおうにも多数の人々が邪魔だ。
これが魔物や悪党ならば、突き飛ばしてでも向かうところだ。
だが仮にも一般人、危害を加えることはギルド騎士のグーダルには許されない。
あまりの勢いと数に、グーダル単独では突破出来ない。
舌打ちと共にグーダルは跳躍、近場の果物屋の屋根の上に登り、少年と少女の姿を探する。
「――いた」
南西、第三区画に続く道。その中に問題の二人組を発見する。
即座にグーダルは屋根から屋根に跳躍。距離を縮めるが、それに気づいた少女が少年に注意を促す。
「トータ! ギルド騎士が来るわ!」
「わかった!」
少女の注意に促された直後、少年は再び右手の緑の石を使用。
光が溢れ、膨大な壁のように光量が広がる。
そしてそれが収まったときには――先と同じような『食べ物』の海、海、海が広がる。
いちごムース、ジャガイモのスープ、豆とニンジンのステーキ、豆腐ハンバーグ、ワイン、チリドッグ、エール酒……。
一面、通りを埋め尽くすかのような飲食物。それは周りの人々の冷静さも何もかも奪い、食欲へと走らせる。
「おおおっ、これは私のものだ!」
「どいて! 私、あのステーキが食べたい! ムース、クッキー、タルト!」
「ああっ、エール酒とチーズケーキといちごのソテー!」
狂乱する人々で溢れ、少年と少女の姿をグーダルは見失ってしまう。一瞬、後ろ姿を目視出来たが、すぐに見失う。
「くそっ! どいつもこうつも邪魔だ!」
翡翠片を使う。
この探索魔術なら、障害物に関係なく対象の追跡が可能。
例え人混みが何百人、何千人いようと、それを無視して捕捉が可能なはず。
だが――。
「……っ!? 馬鹿な、追跡出来ない!? 魔力の散乱か!?」
歯噛みする。眼下の人々から発せられる声、音、わずかな魔力。それらが無秩序な力の飽和となって翡翠片の分析力を阻害している。誰しも体には微弱な魔力を帯びているものだ。それが極度の興奮や人の波によって、拡散、拡大。局地的な魔力の肥大地となって溢れかえっている。
こうなると翡翠片での追跡は不可能に親しい。砂嵐の中で落ちた針を探すようなものだ。
ノイズとなるものが多すぎて追えない。グーダルは拳を握り、屋根に手を打ち付けた。
「くそ、くそぉぉぉぉぉぉぉ!」
勢いに負け、屋根の一部が破砕される。それにも構わずグーダルは叫ぶが、民衆は大量の食べ物に躍らされ、いつまでも狂喜乱舞していた。
† †
「――うまくいったね」
「ええ、うまくいったわ」
下層第三区画。完全にグーダルをまいたトータとラナは、嬉しげな表情で自分たちの成果を確かめあった。
「まさか、これほどの食べ物を一度に出せるなんて」
「それに種類も。驚くほど膨大でびっくりしちゃったわ。その石さまさまね」
ラナがうっとりした声音で言う。
彼らの言う通り、『緑魔石』の効力は絶大だった。
多数の食べ物を無秩序に出現させることで、街人が興奮、ギルド騎士を妨害する壁となった。
そして恐ろしいことに、この『緑魔石』によって生まれた食べ物は、人々の『食欲』を刺激する。
よほど訓練された者でない限り、『食べたい』『食べたい』『食べたい』という食欲に負け、暴食の権化となるのだ。
そのことは何となく察していただけだったが、今回の事で確定した。
「素晴らしいよラナ。ボクらは完璧な食べ物を生み出せる石を手に入れた」
「ええそうね。これがあればもう災いなんて怖くない。全部これで解決だわ」
トータとラナは肩を寄せ合い、仲睦まじいつがいの鳥のようにお互いを抱く。
背後では、無数の食べ物に魅了され狂喜する人々の声。
芳しい、大量の食べ物の匂い。
それらに囲まれて、トータとラナは、『食べ物』を司る緑魔石をうっとり眺め見ていた。
† †
「――くそがっ!」
第四区画、外れの地域。騎士グーダルは失意の声音で毒づいた。
「逃した……っ、あれから似たことを繰り返してる? 翡翠片も通じない。――くそ! 完全に確保を失敗した、邪魔者共が!」
今から追跡を試みようとしても、とっくにあの二人組は離れて潜んでいるだろう。
そして仮に再発見し追跡を臨んだとしても、同じ手を使われれば確保はかなり厳しい。
グーダルは把握や追跡の魔術に長けてはいても、直接的な戦闘力は高くない。
頼みの綱の翡翠片ですら通じなかった。屈辱と深い後悔がグーダルを襲う。
「ああ……俺はいつもこうだ……」
グーダルは失意のまま地面に手をつく。
「故郷にいた頃から、失敗、失敗、失敗の連続。ようやくギルドの騎士になれたと思えば、一般人の確保すら出来ない」
彼は、元々辺境の村出身だ。
それが翡翠片の活用で認められ、ギルドに所属し、栄誉ある騎士にまで上り詰めた。
しかしそれでも《二級》止まり。ギルド内では上位に位置するが、最上級の《一級》にはとても及ばない。
翡翠片という、使い方次第では強力無比な魔術を使いこなせないのも、ひとえに彼の魔術センスの中途半端さに起因していた。
「他の奴ならもっと上手く出来たはずだ。クルエストやエリーゼなら、あんな奴らも捕まえただろうか?」
同い年ながら、早々と《一級》へと上り詰めた仲間を思い浮かべ、グーダルは打ちひしがれる。
「ああ……俺に力があったら……もっと故郷に貢献出来るのに」
グーダルは故郷の孤児院に仕送りをしている。
だがそれは《二級》騎士ですら容易にはまかなえないほど貧しい環境にあり、いつ潰れてしまってもおかしくない。
育ててくれた恩を返すため、日夜働いているが、安全に至るまでどのくらい掛かるだろうか。
「ああ……力が欲しい……力が欲しい……何者にも負けない力が! 不条理を跳ね返せる力が! 俺の、無様を消せるほどの、力がっ!」
グーダルは、拳を握り力任せに地面を叩いた。石製の地面が砕け、破片が頬をかすめる。
――その瞬間、彼のかたわらに『緑色の石』が出現した。
「……?」
グーダルは、すぐには理解が及ばなかった。
何のために、どこから現れた? そんな疑問が浮かぶ。そして消える。
「は、はは……」
そして、グーダルは、数秒の忘我の後に悟った。
『これ』だ。
『これ』が、あの二人組の使っていた石と、同種のものだ。
詳しい効力は判らない。完全な同一体でもないだろう。だがその魔力量は――翡翠片で調べた、あの圧倒的な魔力量に匹敵する。
「……あいつらの所から移動した? いや、違うな、これは」
この『緑の石』は、転移してこの場に現れたわけではない。『グーダルが望んだから』現れた、それだけだ。
そしてそれは一つの事を意味する。グーダルも、あの二人組のような『圧倒的な』力を行使出来るということ。
「――は。は。ははははは!」
グーダルは迷いなくその緑の石を手に取った。
そして深く深く――自らの願いを思い浮かべた。力を! 何者にも負けない力を!
すると――。
金が。
金が。
金が。
金が。
金が金が金が金が。
金が金が金が金が金が金が。
多数の銅貨や銀貨、金貨までもが地面中に出現した。先の二人組の出した料理のような、食べ物の海ならぬ、『金の海』。茫漠とした、煌びやかで、人を熱狂させるような、妖しい輝きが無数にそこに現れた。
「は、は、ハハハハハハッ!」
グーダルは狂喜する。腕を振り上げ、喉から叫び、熱狂のままに。
「これで俺は! やっったぁぁぁぁぁぁあああああ!」
血走った眼で現れた金の海を見て叫ぶ。
「これで俺は! 故郷を救える! 俺の生まれた地が! 孤児院が! 簡単に救えるんだ!」
ああ、見るがいい、この金の海を。
金貨、銀貨、銅貨の海、まるで一国の財産を集めたかのようではないか。これほどの財貨、遊んで暮らしても消えることはあるまい。
――そうだ、俺は幸せを達成した! どれほど努力しても掴めぬ幸福を、自分はつかみ上げたのだ。
「ふふ、あは! ふふははははは! ひひ、はは、あーっはっは!」
これが、どこから出てどやって現れたのかは判らない。世界のどこかで金が消失しているのかもしれない。
だがそんなのどうでもいい。そんな冷静な思考は駆逐された。金だ。金がある! 望んでいた金があるのなら、もはや何の心配も恐れもない!
「……だが、まだ早い。まだ……喜ぶには」
グーダルは直感を得ていた。
『これ』は一抹の幸福を呼び寄せるだけのもの。金の海を出現させたところで一生安泰というわけではあるまい。他のギルド騎士が嗅ぎつけ、これを寄越せと言われればそれでおしまいだ。
だがそれは否定する。
グーダルはそんな未来を望まない。せっかく手に入れた幸福だ。これを手放す気はない。
騎士としての誇り? 矜持? それがどうした?
俺は自分のやりたいようにやる。誰にも邪魔はさせない。
――それは、『緑の石』のもたらす高揚感か。それともグーダルが元々持っていた利己的な思考か。
彼は、ギルド騎士であることを放棄した。これから先、かれは『金』の力で自分の望む幸せのために力を使う事となる。
「俺に力を貸せ! お前の力、俺が根こそぎ使ってみせよう!」
グーダルは物陰に消えた。そして同時に『金』も消えた。
グーダルの腰に下げていた袋に自動的に収まった。本来あるべき容量を超え、袋の性質さえ変化させて、金に限り無尽蔵に入る腰袋と化す。
それは、金をもたらす暴虐の石。
人を金の虜に変え、あらゆる財をもたらす悪魔の石。
【名称:『緑魔石』(タイプ・ゴールド)
由来:金を生み出す超高位魔物の因子から作られた。
効力①:無限に金銀・財宝を生み出せる
効力②:■■■■】
それは、先の少年少女と似て非なる物にして、同じ物を持つダードと同じもの。
金を司る、『緑魔石』の一角。
――人々に、大いなる災いをもたらす侵食の魔石である。
お読み頂き、ありがとうございました。
次回の更新は8月21日、午後8時の予定になります。





