第十一話 幽霊少女との探索②
重々しく、周囲に振動を呼び起こす低音が屋敷内を駆け回る。
屋敷内に設置された制御器具――それらが全て壊され、『結界』が消えていく音だった。
「これで完了」
最後の南東の部屋で四つ目の器具を破壊したリゲルは、一息ついて振り返った。
「メア、これで屋敷内の結界は消えたはずだ。試しに床下へ移動してみて」
〈うん!〉
喜色満面、喜びに溢れた表情のままメアが床下、天井、壁などをすり抜けていく。
〈消えてるよ! 外に出れるし、下にも行けるみたい! ありがとうリゲルさん!〉
そう言ってメアは、抱きつくようにリゲルの元へ飛んできた。
と言っても霊体のため触れること叶わない。気分だけでもというやつらしい。
苦笑しつつリゲルが言う。
「よし、それじゃあひとまず、地下に行こう」
メアが嬉しそうに頷く。これで彼女は屋敷内の結界が消えたためにもう自由だ。
街でミュリーのいる衛兵の駐在所に行き、諸々の説明をするという手もあるが――。
大まかでも良いから先に屋敷の地下を探索したいという気持ちがリゲルにあった。
アーデルが果たして何故ここを襲ったのか、何か複雑な背景があるのか、手がかりを得るためにもまずは地下へ向かう。
メアの先導のもと、リゲルは地下へ続く階段ある父親の部屋へ案内されていく。
襲撃によって破れた絨毯や、砕けたシャンデリア、粉々の棚のある部屋へ着くと、メアは複雑そうな顔をした。
〈――この部屋の奥だよ。お父様は時々、従者を連れて地下に向かっていたの〉
奥には、絨毯の下に鉄製の扉。その下には階段、地下への入り口だ。
この先は、屋敷の令嬢であるメアも行ったことはないらしい。
昔、小さい頃に興味本位で行きかけたところを、止めなさい! と一喝されたとか。
その時の父がひどく怖い印象だったために、メアはここが『禁忌』の場所だと理解した。
「……メア、今から君の父親の秘密を探る。ひょっとしたら何か見たくない物もあるかもしれないけど、心の準備はいい?」
〈平気だよ。リゲルさんがいるから何ともない。あたしも知りたいよ、ずっとここは、気になる場所だったから〉
可憐な顔立ちに、確かな決意を覗かせ、彼女が頷く。
リゲルも決心がつく。メアを背後に従わせ、手には魔石。
どんな事態だろうと対処する心構えで、リゲルとメアは――禁断の地下へと潜る。
〈うわー、綺麗〉
「……水晶? 珍しい色合いだけど」
地下に降りた先。真っ先に目に入ったのは床に散らばる水晶の欠片の光景。
ガラスのように繊細な色、それでいて宝石のごとく美麗なそれを拾っては見聞する。
ずいぶんと珍しいものだが、気になるのは赤、青、銀、黄、黒紫、様々な水晶の欠片があちこち散乱していることだ。
アーデルの襲撃で破壊されたのは間違いないが、この量は尋常ではない。
何しろ、薄暗い地下通路の床を埋め尽くすように散らばっているのだ。これをかき集めれば膨大な量の水晶になるのは間違いない。綺麗だがどこか不気味さを醸し出している。
「お父さんが水晶マニアだったという話は?」
〈ないよ。でも時々、お父様が水晶のアクセサリをくれた事があったよ。今思えばここの物を加工したのかも〉
「……西南のアビリシア王国では確か、宝石は『魔除け』として発達していると聞いたけど」
地下通路は名前も判らぬ銀の石材で、光源の光る宝石が壁際に延々と埋め込まれている。
所々が爆発痕や砕けた様子からすると、アーデルが戦闘したのは疑いない。水晶は魔除けとして使われたのだろう。だが押し留めること叶わず、アーデルに破壊されたといったところか。
〈見て見てリゲルさん! この水晶、綺麗な音!〉
メアが《浮遊術》を使って黒紫の水晶をキーンと打ち鳴らしていた。
「……黒紫の水晶は確か、打ち鳴らすと呪われるという伝承が」
〈うひゃああ~っ!? そ、それを先に言って!〉
時々そのような冗談も交わしつつ、リゲル達はさらに先に進む。
ある場所で、通路が分かれていた。
天井のかすれた案内板には『右:第五保管室』、『左:第二実験室』なる文字。
しかし左側の通路は崩れており、必然的に右側の『第五保管室』を目指すしかない。
「……まずは保管室に向かおう。何を保管しているか検討はつく? メア」
〈うーん。あたしの絵画とか保管してくれてたら嬉しいな〉
「まず間違いなくその線はないけどね」
薄暗い破壊された通路を進むのは気が進まないが、メアが明るい声で言うのでそれほど苦にはならない。
しかし右折した通路の途中、徐々に獣臭いものが漂ってくると、顔をしかめずにはいられなかった。
〈うわ~、く、臭い!〉
「動物が焼けた臭い……? いやこれはむしろ……」
瞬間、ドクン、ドクン、ドクン、とリゲルの心音が高くなり、本能が『危険だ』と警報を鳴らす。
鼻を曲げさせような異臭は、警告のように辺りにますます充満していく。
しかし、リゲルとしてはアーデルの真相を確かめないわけにはいかない。
《ハーピー》の魔石で風を起こし、異臭を拭き散らした後、臭いの根源である奥の部屋――つまり『第五保管室』へと進んでいく。
そして――そこにあったのは――。
「……土? いや、岩?」
無骨な半壊の扉の中へ入ってみれば、そこにあるのは多数の『岩』だった。
大小、様々な形の岩が立ち並び、棚の中で大きなガラス容器に詰め込まれている。
広い部屋だ。
襲撃の余波なのか、中には砕けたガラス容器もあったが、大半は無事なまま、大切そうに『保管』されている。
〈なんだろうね、これ。リゲルさん。……リゲルさん?〉
だが、リゲルは咄嗟にメアの言葉に返事をすることができなかった。
「これ、ひょっとして……」
割れたガラス容器の中を見て、硬直したように見つめている。
ふと、岩の一つを触ってリゲルは確かめる。手触り、軽く叩いた感覚、バスラでの削り、匂い、様々な方法でその正体を探ったところ――。
「これは……《迷宮》にある、岩……?」
出た結論は、自分でも驚くべき物だった。
それは、日頃からよくリゲルが通い、戦い、死地として何度もくぐり抜けた迷宮の欠片だったのだ。
「これ、第五迷宮《岩窟》の――岩だよ。いつも行ってるから判る。間違いない。これも、これも、こっちも……全部同じ迷宮の岩だ。なぜこんなところに沢山……?」
《迷宮》。
地下に広がる最奥の測れぬ超大迷宮。
いつからあるのか、誰が、何故造ったのかそれしら判然としない大魔窟。
幾多の魔物が這い回り、多数の探索者が日夜探索しているが、まるで全貌の見えない謎の洞窟。
十一ある迷宮のうち、『岩』ばかりで覆われた、最もポピュラーな洞窟が、第五迷宮《岩窟》と呼ばれている。
「そうだ、やっぱり《岩窟》の岩だ。バスラでの削り具合も手触りも一緒。まさか、ここは……《迷宮》の岩の保管所……?」
視界の全て、似たような岩が整然と並べられている。
人が千人は入りそうな部屋の中で、それは相当に多い。
しかもよく見れば、奥の方へ行くほど『岩』は黒ずんでおり、何か赤黒い物がこびりついている所もある。
「まさか――」
思い至ることがあって、リゲルは慌てたようにいくつかの岩の前に寄っていった。
「第六階層――採取年月1387、9・8。第七階層――採取年月1388、1・3。第八階層――採取年月1337,6・19。第九階層――採取年月1338,4・23……メア、やっぱりそうだ。ここは――」
リゲルは、驚愕に染まった表情のまま振り返った。
「ここは保管庫だ。第五迷宮《岩窟》の、様々な『階層』の岩が保管されている」
〈え……〉
岩の前に記された金属板の文字を読めばすぐに判る。
この大陸の普遍的な年号で記されており、さらにどの階層から、何月、何日に採取されたのか几帳面な字で記されている。
もはやここが保管室なのは明白だ。しかも《迷宮》の岩を採取し、保存している。
しかし――いったい何のために?
「……ここの途中で異臭がするのも当然だよ。あの異臭は、《迷宮》の魔物の臭いだ。《迷宮》は魔物ではびこっている。当然、その洞窟内の『岩』にも臭いがこびりつく。自然界の獣よりずっと強い臭いがね。……でも何故だろう。なぜ迷宮の岩がここに?」
〈お父様、水晶を掘るために運んだのかな?〉
「あはは、だったら平和なんだけどね」
咄嗟にいくつか可能性を思いつくが、どれも確証がない。
その中には不吉なものも含まれていたが、メアを怖がらせる可能性も考慮し、リゲルは言うか言うまいか迷った。
「第五……」
〈え?〉
「『第五保管室』があるなら第四や第三もあるはずだよね。探してみよう」
〈うん!〉
リゲルとメアは、勢いのまま、第五保管室を後にした。
† †
「第一、第二、第四保管室は見つかった。それと第八、第九も。これは――」
それから半刻後。
リゲル達はいくつかの『保管室』と書かれた部屋を見つけた。
驚くべきことに、どれもが、《迷宮》内の岩、あるいは通路の一部を剥がした物で満たされている。
それは様々なものがあった。第一保管室の『燃える岩』や、第二保管室の『冷気の岩』など、全て実際に《迷宮》にある物と同じ。
しかもそれぞれの保管室は《迷宮》の番号とも合致する。
例えば第五迷宮《岩窟》ならば、第五保管室といったように、第一迷宮《紅蓮》ならば第一保管庫といったように、保管室は同じ番号があてがわれている。
見つけることはできなかったが、第三、第六、第七、第十、第十一――それらの迷宮に相当する保管室もあるはずだ。
おそらくは、崩れた通路の奥だろう。そこまでは調査しきれないが、いずれ入念な準備で探索すべきだとリゲルは思った。
そして、リゲルを最も驚愕させたのは――。
「第五迷宮《岩窟》――九十七階層!?」
見つけた採取物の記録によれば、かなり深い階層の物まで保管してあった。
驚愕すべきなのは『八十階層』以上の採取物。
一般に、《迷宮》とは、深く潜れば潜るほど強大な魔物で溢れるとされる。
第一階層ならゴブリンやオークなど弱小な魔物だが、第三十階層以上はゴーレムなど強力な個体、五十階層以上なら状態異常を多用する魔物。
そして『八十階層』以上ともなれば――『悪魔の領域』と呼ばれ、文字通り『人の住める場所ではなくなる』。
『八十階層』以上と、それまでの階層の難易度において雲泥の差であり、『七十階層』で活躍した探索者が、骸となって帰ってこない事はざらだった。
つまり、『八十階層』以上に潜ることは、強者を超えた強者である証と言える。
「こんな深い層にまで探索を? まいったな……」
保管室で見つかった最も深い階層の岩は、『九十七階層』――。
これはリゲルの到達した最高階の、遥か下層に位置する。
それほど高難易度の迷宮へ、何のために? 何故命を賭けさせ、メアの父親は採取させたのか? 資金、人脈、計画内容……どれを取っても尋常ではない。
「メア。君のお父さん、じつは相当な道楽者か……それとも酔狂な研究者だった可能性がある」
〈かもしれないね。これほど大規模な施設の秘密、どうやって……〉
そして、同時に一つ明らかになった悪い事がある。
アーデルが、『地下保管室』から何かを盗んでいったのだ。
『悪魔の領域』と呼ばれる八十階層以上――そこで岩を採取したメアの父親の従者は、相当な強者だったはず。
だがそれを容易く破ったアーデルは、更なる驚異かつ強者と言える。
『第九保管室』――そう書かれた部屋で、金庫と思しき中から物が消失していた。
硬質な金属箱に穿たれた巨大な傷。
その中に、『何が』保管されていたのか、リゲルには解らない。
迷宮の宝か、はたまた貴重な魔物の素材か。それは不明。
いずれにせよ、アーデルは二年以上前、丁度リゲルたち《六皇聖剣》を裏切った後、ここを襲撃した事になる。
《インプ》の魔石を再度使い、アーデルの魔力残留を検知した。
間違いない。ここにアーデルが存在していた事は確かだ。
この震えは、怒りか、武者震いか、それとも――。
消え去った過去最凶の存在が、今再びリゲルの眼の前でちらついた。
《六皇聖剣》、《錬金王》の異名を持つアーデル。
彼の真意を知るべく、リゲル達はなおも奥へ進んでいく。
お読み頂き、ありがとうございます。
次回、《迷宮》についてのお話です。
この世界において《迷宮》がどういったものか、判って頂ければ幸いです。





