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第九十三話  ギルド騎士の驚愕②

「次は踊り子のマリナか」


 ギルド騎士にして調査を命じられた騎士ラーマスは、第十二区画――通称『歓楽街』へと向かっていた。


 次の調査対象であるマリナは、事前にある程度だが知見がある。

 以前に同僚のギルド騎士ががファンだだというから、一度一座に行ってみたのだ。

 そうすれば何のことはない、二流の踊り子だった。


 いや、正確には技量はなかなかのものだったが、華がない。

 決して悪いわけではないのだが、一流の踊り子と比べると見劣りする。その程度の認識だ。


 だが、ギルドマスター・ブロスがわざわざ危惧するような区画の踊り子だ。

 ダールドスの時のように、あり得ないほどの異常性を持っている可能性がある。


 そのことを踏まえラーマスは歓楽街へと足を運ぶ。


「いらっしゃいいらっしゃい!」

「そこのお兄さんどう? 美味しいお酒が入ってるよ!」

「きゃー、ダーリンこの衣装買って買って~」


 歓楽街は、独特の喧騒や甘ったるい香り、浮かれた雰囲気で満たされている。

 昼でも例外はなく、まるで昼夜を問わない不夜城――伝説の輝く城を彷彿とさせる。


 その歓楽街の建物の中で、一際大きい影、『大劇場』にラーマスは足を踏み入れる。


「お客様でございますね? チケットを拝見……はい、大丈夫です。では素敵な舞踏ショーへご招待を!」


 予めギルドマスターに用意してもらった『旅の吟遊詩人』のジョブプレートを渡し、ラーマスは一座のチケットを受付に見せる。

 柔和な笑顔の受付へと礼を返し、ラーマスは劇場の内部へと進んでいく。

 すると華やかな空気が広がっていくのを感じた。


 他の観客の姿が笑顔で溢れている。

 期待しているのだ。踊り子たちに。その舞いに対して。


 噂に聞く踊り子、『天上の舞姫』マリナを、一目見ようと集まったに違いない。

 ダールドスは異端の探索者だったが、マリナも別の意味での異端――注意するに越したことはない。

 そう自分に言い聞かせ、ラーマスは観客席へと座った。


 舞台の前に半円状に広がる席は数千席はある。高い天井と豪華な絨毯、それだけでも瀟洒な大劇場。その中腹辺りにラーマスは座った。


「どんな舞いが見られるのか」「楽しみだ、昨日は眠れなかった」「マリナさん、どんな踊りを――」


 周囲の観客の雑談がそこかしこから聴こえる。


 やがて、開幕の時間が訪れる。

 まず始まったのは前座の踊りだ。

 この踊り子一座、『レリウスの水辺』と呼ばれる一座は、『前座』と『本命』の二つに分けられ舞が披露される。


 『前座』は文字通り、メインの前の盛り上げ、いわば『二流』の踊り子による舞いに過ぎない。

 仮にもプロゆえ、心を揺らす程度のものはあるが、ラーマスにそれ以上のものを与えることはなかった。

 それは他の観客も同様。


 続いて、『本命』。

 これこそがまさにこの一座の華。

 色とりどりの華やかに着飾った一流の踊り子たちの舞いが披露されていく。


 天女の羽衣めいた衣装と艷やかなダンス。

 それに麗々しい笑みは見るものを魅了する。ラーマスも思わず『ほう』と溜息をつく程に上質。

 まさしく『本命』の名が示す通り、一流に相応しい、素晴らしい演舞だった。


 だがこれでもまだ心が強く揺さぶられるほどではない。どこか表面的な、『上辺』だけの舞いに見えてしまった。


 衣装は豪華だが、着こなしが甘い。踊り子も美人揃いだが、品が今ひとつ。

 全体として『何か』が足りない。そんな印象を抱かせる演舞だった。

 そして、最後、『大本命』が始まる。


 これは本来なかったはずの演目。

 マリナが有名になった後に追加されたパート。

 つまりは特別な舞い。

 マリナがギルドマスターへ疑念を抱かせる要因になった演舞だ。一区画の金を異常に動かすほどの舞いが、どれほどのものか、ラーマスは半ば期待、半ば警戒して見ようと思っていた。

 

 ――そして次の瞬間、ラーマスは『演舞』が終わっていたことに気づいた。

 

「……え?」


 呆けた声が出る。

 声が震えた。

 今、自分はまさにマリナの演舞を見ていたはず。それが、気づけば全てが終わり、終幕が垂れていた。

 今は座長の挨拶が述べられている最中。


『本日は多大なお客様の歓声と拍手を頂き、誠にありがとうございます』


 ――馬鹿な!?

 ラーマスは驚愕した。

 ――演舞が始まってから終わるまで、魅了されていた!?


 そんな、こんな事があってたまるか!

 他に全く意識がいかないほどの絶技だった。

 眼を見張り夢中にさせるほどの技量だったとしか言いようがない。

 でなければ『時間を忘れて』見入ることなどないだろう。自分は今まさに――何もかも忘れて魅了されていたのだ。

 がたがたと、恐怖にも似た震えがラーマスを這い上がる。


「嘘、だろう……? 判っていて、こんな……っ」


 思わずラーマスは席を立った。

 すでに座長の挨拶は終わっていた。

 今は踊っていた踊り子たち全てが列を成し、『おひねり』をもらう時間となっている。


 『おひねり』――鑑賞代とは別に個別に踊り子に『賛辞』のために送られる贈り物。

 舞いが美麗であればあるほど多く貰える――ラーマスはマリナのところへ行き、直接話を聞こうと考えていた。

 しかし、すでにマリナの前には、大行列が出来上がっている。


「素晴らしかったよマリナくん!」

「きゃー、マリナさーん!」「今日も君の演舞は最高だった」「感謝する、ああ、感謝する!」「君の演舞は世界で最高だ、誇っていい!」


 感涙、感激、激励、感謝、凄まじい正の言葉がマリナに投げかけられていく。

 同時に、怖くなるほどの『おひねり』の量。

 金貨、銀貨、銅貨。大量の硬貨の山。

 おひねり用の木箱に膨大な数の硬貨が投げられている。


 あまりの多さに、ラーマスは目眩がした。木箱はあっという間に一つ目が満杯になり、二つ目も一杯になり、三つ目が満杯になったところでラーマスは硬直が解けた。


「(馬鹿な……一人の踊り子に、これほどの金が……!?)」


 通常は精々が銀貨数枚といったところだ。しかし、マリナはそれを大きく凌駕していた。

 節約すれば一枚で一ヶ月を過ごせる金貨や銀貨――それを、富裕層や中流層、それらを問わず人々が賛辞の声と共に投げている。

 百枚、いや二百枚――凄まじいほどの大金。


「(いったい、どれだけの額が……)」


 いくら超一流の踊りとは言え、これほどの金を投げつけるなど異常すぎる。

 貴族とて無限の金があるわけではない、それを一介の踊り子に、それも一回の演舞でこんなにも!

 ましてや中流層なら、今後の生活に支障をきたす程だろう。

 見れば、貴族と思しき人たち含め、熱に羽化されたように硬貨を投げている。


 異常だ。

 マリナの舞いが日常となるほどの中毒性と興奮性。

 マリナに魅入られた金づると化した人々。


 ラーマスは理解した。これならギルドマスターが金の動きを不自然と思うのも無理ない。むしろ報告に上がっていたのはごく一部だ。これでは実際は数倍はあるだろう。

 恐ろしい、ここにいたくない。

 ラーマスはそう思うと同時、強烈な『何か』を感じて、マリナの方へと目を吸い寄せられてしまう。

 魅惑的な女性だった。

 適度に整った顔立ち。蠱惑的な体のライン。そして、華のある幻想的な衣装を着ている。

 ラーマスは思わず思った。


「(……まだ帰りたくない)」


 もっと、ずっと見ていたい。

 彼女の笑顔を――この目に焼き付けたい。

 その声を――感謝の言葉を聴き続けたい。


 この時間が続けばいいのに。どれほどの幸福が自分に訪れるだろう? あの笑顔、あの声を、もっと自分の中に取り入れたい! ああマリナ、マリナマリナマリナ――。


「(……っ!? いま俺は何を……っ)」


 『誘惑』に自分が侵されていたことに気づき、ラーマスは再度驚愕する。

 ギルド騎士であるラーマスは『精神操作』への対抗スキルも持っている。

 しかしそれすら貫通し、魅惑してしまうマリナの魅力は異常だ。


 いや、これは魔術ではない。超常の神秘ではないのだから、スキルで抵抗出来ないのは当然だろう。

 しかし、それがさらにラーマスの恐怖を埋蔵させる。


「(舞いを披露しただけで魅惑させるだと? 恐ろしい……っ)」


 視界に収めてしまったらもう駄目だ。

 マリナに魅了されたが最後、もっと、もっとという意識が働き、彼女の虜になってしまう。


 実際、観客のある者は夢遊病のような表情をし、ある者は狂気にも思える笑いをあげてた。

 毎日一座に入り浸り、ある者は座長に注意を促されるまで、夢中で歓声を上げ続ける人もいるかもしれない。


「(すぐにギルドマスターに知らせなければ! これは街を揺るがす危機だ!)」


 人心を書き換え、魅了してしまうマリナの演舞。

 ダールドスに加え、彼女も大いに街の異変に関わっている。

 ラーマスは、急いで鋼の意志でマリナへの誘惑を振り切り、劇場を後にした。

 背後で、何百もの歓声がマリナへと注がれるのを耳にしながら。



†   †


 

「――そうか、判った。事態は深刻だな」


 都市中央地区、ギルド中央支部。

 内部にラーマスが戻ると、待ち受けていたギルドマスター・ブロスがそう言った。


「ダールドスとマリナは危険すぎる。特にマリナは多くの観客を魅了、破産レベルの『おひねり』を生み出す存在となっている」


 ブロスは嘆息をもらした。


「ダールドスに至っても、お前をギルド騎士と見看破した。今後の活動が懸念される。早急な対処が必要か」

「はい、予想以上に事態は深刻な事態です。ダールドスは表立った異常を見せてはいませんが、マリナは危険すぎます。即刻、一座に注意勧告を出さねば……」

「判っている、検討しよう」


 ラーマスは荒げた息のまま崩れ落ちた。

 こうしてギルドに戻ったからこそ判る。ダールドスもマリナも異常だ。彼らの前では常人は畏怖するか、魅了されるかのどちらしかない。


 一見して、探索者のダールドスでギルドは賑わい、そして踊り子のマリナも一座を盛り上げ街は潤っているようにも視える。

 だが彼らは多くの金を動かす事で恐怖を植え付けられ、もしくは破産する者も出るだろう。


 ダールドスはまだ影響力はそれほどではないが、マリナは危険だ。放置しておけばどんな被害を人々にもたらすか判らない。

 ギルドマスター・ブロスが難しそうな顔をして語る。


「――ラーマス、俺の故郷に、こんな童話があってな」


 ラーマスはブロスの言葉に顔を上げた。


「昔、綺麗な花を育てる姫君がいてな、彼女はどんな人間をも魅了する『花』を育てる名手だった。城の人々、街の人々、馬や牛たちはこぞって姫君の育てる花に夢中になった。だが――」


 ブロスの口調が一変する。


「その姫君の育てた花に夢中になりすぎた人々は、空腹や働くことを忘れ、毎日『花』ばかり見る事になった。気がつけば人々は倒れ、城も街も荒廃し、後には姫君と美しい花だけが残った――」


 ブロスは冷えた眼差しをラーマスに向ける。


「……同じなのだ。『探索者』ダールドスと『踊り子』マリナは、多くの貢献を果たし、最上の演舞で人々の幸福に貢献している。だがその反面、人々は乱れる……これは恐ろしいことだ」

「『平穏』に繋がる偉業が、やがて人々を害すると……?」


 ブロスは頷いた。


「そうだ。――これは、噂に聞く『青魔石』のような直接的な被害ではない。だが、人の『心』を乱し、結果的に壊し尽くす――別の『脅威』と言うべきだろう」


 ラーマスは震えた。畏怖と、焦りを滲ませた顔つきで。「


 ギルドマスター・ブロスは窓の外の光景を眺める。

 階級都市ヒルデリース。

 今はまだ、平穏な光景を保っているように見える。

 だが何かに、少しずつ『侵食』されていく幻想を彼は見ていた。


 異常なまでに人々を魅了する『探索者』ダールドスと『踊り子』マリナ。


 ――だが、それはまだ序章に過ぎない。

 その後、ギルドにはさらなる報告がもたらされる。

 それは街の各地で餓死者や、破産者が増え始めた、という報告。

 新たなる脅威が増え続けている、凶報だった。

 

 

お読み頂き、ありがとうございました。

次回の更新は6月12日、午後8時の予定になります。

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