第八十九話 次なる闘いへの訪問者
「――全員、一気に攻勢をかけるよ! メア、『六宝剣』で攻撃! マルコ、盾で突撃!テレジア、《ヒールオール》と《リジェネレイト》を!」
〈判ったよリゲルさん!〉
「突撃します!」
「いくわよ、《ヒールオール》! 《リジェネレイト》!」
三人の心強い応答に頷き、リゲルも魔石を投じる。《ゴーレム》、《ゴブリン》、《ウェアウルフ》の魔物が目標めがけて突撃していく。
対する相手は、演習用に容易した的、『自律人形』だ。
全身を鋼で覆い、甲冑の騎士を模した動く兵器。
強さは一般的な探索者レベルと同等、団体戦も可能。
さらに、魔術や装備を使い人間さながらの戦術も取れる。
〈『烈剣クロノス』! 『魔剣ネメシス』! 『酒剣バッカス』! いっけーっ!〉
メアの『六宝剣』が、凄まじい速度で十五体いる人形の半数を貫く。
次いでマルコがカイトシールドで二体の人形を弾き飛ばし、テレジアが《リジェネレイト》、《ヒールオール》で援護する。
残った人形たちが弓や投げ槍、投石機などで応戦するが、焼け石に水だ。瞬く間にメアの『宝剣』で貫かれ、最後の一体もマルコの体当たりで打ち倒された。
〈あ、一体だけ隠れてた! 危――〉
「大丈夫よ!」
草むらに隠れていた伏兵の一体は、テレジアが『理力のメイス』をぶん投げて倒す。そのまま人形は頭を砕かれ粉砕された。
演習終了。
開始時間八秒の早期終結だ。
パーティの三人はそれぞれ武器を下ろしながら互いに頷き合う。
〈うん、いい感じ!〉
「戦う度に時間が短くなってますね!」
「これなら次の闘いでも楽そうだわ」
口々に喜ぶと、達成感に湧きながらリゲルを振り向いていく。
「うん、みんなご苦労さま。連続で十五体の人形を相手に、五十連戦。何とか午前中に終わったね。初日と比べると随分と動きが良くなった。最後なんて僕の出番がほぼなかったからね」
朗らかに言うリゲルだが、メアたちの表情は複雑だ。
〈だってリゲルさん鬼教官だもん! 『十五体の人形を三十秒以内で倒せ』とか無茶だよ。まあ何度かやったら出来たけど。それでも『五十連戦』はやり過ぎ! 疲れた~〉
幽霊少女のメアが言えばマルコが力強く頷く。
「同感です。――最初聞いたときは『え、十五体? 三十秒以内で……?』と戸惑いましたよ。正直あちこち筋肉がパンパンです」
テレジアも大袈裟に頷く。
「そうね、私も思ったわ。リゲルさん、普段は良くても隠れ絶対『S』よね、絶対そう。」
「うん、まあ……本当は三十体の人形で、『百連戦』しようかと表ったけど、流石にみんな死ぬから半分にとどめておいたんだ」
『待ってこの人絶対おかしい! 絶対おかしい!』と、三人分の視線が飛び交った。
そんな畏怖にも似た視線をリゲルは苦笑して受け止めた。
――ギルド・トーナメントが行われてから七日が経っていた。
あれからリゲルは、集団戦と個人戦の練度習熟に力を入れていた。
突如現れたダークホース、クルト――本名クルエストとの決戦の記憶はまだ新しい。
そして『青魔石』を用いて世界を混乱に陥れる組織、『楽園創造会』と戦うにも鍛錬は重要だ。
個人と集団の戦闘、その上で陽動や弱体などの戦術は要警戒だろう。
そのため、リゲルはメアたちの継戦能力を上げる特訓を課した。
主にメアには『六宝剣』の連続射出を、マルコはシールドでの突進を、テレジアは回復の連続使用を。
リゲルの分析では、『楽園創造会』の戦力は相当なものだ。
尖兵である『仮面の使徒』ですら探索者ランクで『銀』、並の人間数十人分。
精霊ユリューナなど『実行犯』などはさらにその数十倍以上――まさに人間兵器な敵が相手。いくら鍛えても足りないくらいだ。
その特訓あって、メアたちの戦闘力はさらに上がっていた。
「でもあれだよね、テレジア、メイスを投げて敵を倒すのはどうかと思うよ? 何キロもある金属塊をぶんと投擲――ちょっと怖い……いやと言うかはしたない……いや、なんでもない」
「そうかしら? でも敵を効率よく倒すには重量物投げるのも手じゃない? そっちの方が確実で速いわ」
「まあ、そうなんだけど」
「絵面的に女の子が金属塊投げるのがちょっと……」
リゲルとマルコは、今後テレジアを怒らせたら場合メイス投げに注意しようと思った。
頭をかち割られる光景が目に浮かぶ。
〈あはは! ねえみんな、それより食事にしようよ。ミュリーたちが昼食作って待ってるみたいだよ!〉
メアの声に振り返れば、二階のバルコニーからミュリーたちが手を振っている。
二人の銀髪の美しい少女が、『白』のミュリーと『桃』のミュリー。
それぞれ髪飾りの色が違う精霊少女を見てリゲルは手を振り返した。
「そうだね、運動の後は食事だ。それじゃ、待たせても悪いから行こうか」
リゲルの拠点とするレストール家は豪奢と言える。
元はメアの実家である伯爵家だから当然と言えば当然だが、気品があり、風情があり、手入れもよくされている。
華美な絵画並ぶ廊下、煌めくシャンデリア、廊下に敷かれた立派な絨毯――どれも心を豊かにしてくれる。
そして食事時ともなれば広い食堂で和気藹々といった風情だ。
一階の食堂に集まり昼食が毎日の日課だが――。
「……あの、ミュリー? これ、どうみても五人分より明らかに多くない……?」
リゲルは、テーブルに並ぶ色とりどりの『大量の』料理を見て顔が引きつった。
「あ、その……」
一人目のミュリー、通称『白』のミュリーが申し訳なさそうに言う。
「今日は連戦だと聞いていたので、皆さんお腹空かせていると思って……その、少し『多め』に作ったのですが、駄目ですか……?」
「いや、駄目とは言わないけど……? いや、これが『多め』? 多め……? ――まあミュリーの基準と僕らのは違うから仕方ないね」
ミュリーは精霊だ。人より数倍魔力量が多いため食料も多めになる。
だがさすがに高さ二メートルのクッキータワーを見たときはリゲルですら戦慄した。
『これ食うの? 本気で……?』、と。
隣で見ていた『桃』のミュリーが言った。
「それよりリゲルさん。わたしの方はこの野菜スープを作ってみたんです! 街の香草屋や、野菜店で買った食材で、自信作です。お口に合うかわかりませんが、良ければ食べて頂ければ」
「あ……うん。そうだね。野菜スープか……野……菜、スープ? とても、美味しそうだよね……」
それも、すぐには喜べない物量だった。
大鍋三つに入ったスープは百戦錬磨のリゲルでも『胃袋死ぬんじゃないのこれ……?』と思わなくもない。
別に後で食べれば良いのだが、ミュリーの口ぶりとしてはこれで『一食分』なのだろう。
リゲルは一つ失念していた。
ミュリーが増えれば料理も『二倍』に増えるということだ。
《迷宮》で出会った一人目とは違い、都市レーアスで出会った『二人目』のミュリーもリゲルの事が好きだ。
あの日以来、キスも夜這いもないが、それは日々伝わってくる。
そんな彼女だからできるだけリゲルも応えてあげたいが。
さすがにこの物量は『遺書書いておいた方がいいかな……』と思いかけてしまう。
『あの、思ったんだけど料理当番は、どちらか一人だけでいいんじゃないかな』
『あ、はい。そうですね、でもそうなると、どちらが『四日担当』でどちらが『三日担当』にしましょうか』
『毎日交代制にしたら?』
『でもそうなるとリゲルさんが迷宮探索や『楽園創造会』絡みで外出したとき色々と狂ってしまいます』
『だからこの際、毎日二人で作りましょう』
そんな会話がなされたのが一週間ほど前である。
誰でも知っていることだが、一週間は『七日ある』。
つまりどちらかが『四日』担当で、どちらかが『三日』担当となる。
当然ながら一人だけ少ない担当となるわけだ。
ミュリーは、見た目だけならおしとやかだが、リゲルのことになると少し、いや割と押しが強いところがある。『どっちがリゲルの料理を作るか』という話になると、どちらも譲らなかった。
そこで、それも『毎日交代』でやればいいじゃないかとリゲルは提案したが、彼女たちは譲ろうとしなかった。
そんな形で毎日ミュリー二人の料理を食べることになったリゲル。
もちろん、精霊である彼女たちの『料理』には『腕力三倍』、『脚力四倍』、『魔術効果二倍』など多様な効力が含まれているため迷宮探索は以前よりはかどっているのだが。
それに比例してリゲルの胃袋が毎日死ぬかもしれない状態にるのは勘弁したい。
「リゲルさん、ローストビーフ、五人前ありますからおかわり食べてください」
「リゲルさん、野菜タルト、六人前あるので足りなければ言ってください」
「リゲルさん、スペシャル蜂蜜デラックスケーキもありますよ」
「あ、ありがと……」
「ゲップ。ゲップ。うっぷ……」
この日。リゲルは後で胃薬を街で大量に注文するのだがそれはまた別の話。
――そんな、歓談や騒動が起こってから、数十分経った頃だった。
「失礼します。――リゲルさん、ギルドの方からレベッカ参謀長が参りました」
「え? レベッカさんが? ……うん判った。応接室へ行くよ」
食後の胃薬を飲み、しばらく皆と会話をしていたリゲルは、真面目な口調の護衛騎士へとそう返事した。
やがて数分後。
「――久しぶりですレベッカさん、それで……ご用件は?」
応接間に向かった一同は、現れたレベッカへ向かい早速切り出した。
「お久しぶりですリゲルさん。まずは『ギルド・トーナメント』、優勝おめでとうございます。さすがの優勝、ギルド参謀長として勉強になりましたねー」
「ありがとうございます、そう言ってもらえると嬉しいです」
柔和な笑顔で応じるリゲル。レベッカは、長い桃色の髪を軽く撫でた後、
「先日のトーナメントで、新たに二十五名のギルド騎士が生まれました。これもリゲルさんたちのおかげですね。感謝です」
「おめでとうございます。僕としても喜ばしいと思っています」
先日のギルド・トーナメント、その裏の目的もリゲルは知っている。
表向きは都市の復興記念だが、強者を募るという裏目的があった。
大会では『剣豪』、『メイス使い』、『アサシン』、多くの強者が集った。結果的にはリゲルやクルトに負けたはしたが、多くの人材確保に恵まれたのだろう。
レベッカの声音には単純な喜びが表れていた。
「大会の上位者、皆にスカウトをしたらですね、ほとんどの方が了承してくださいまして。これで、ギルドとしてはリゲルさんにまた貸し一つですね」
「あはは、いつか返してくれる事を期待しています」
柔和な声音だが、リゲルはそれで終わるとは思っていなかった。
案の定、レベッカは真面目な顔を繕うと、
「それで本題ですが……『西方』で妙な報告が入りまして。それでリゲルさんにご相談に」
「……。はい」
ついに来たか、とリゲルは思った。
『青魔石事変』で多大な被害をもたらした『楽園創造会』。
いずれ、彼らから新たな動きがあるとは思っていた。
先日の都市、レーアスでの件を堺に、事変は潜めていたが、再開されたのだろうとリゲルは身構えた。
しかしレベッカのもたらしたものは、
「ただ、その報告に関してですが、私たちギルド内でも争論の的になってまして。正直困っているところなんです。リゲルさんに助言を頂きたく」
「争論? ギルド内で? ――珍しいですね、それほどはっきりした難題だなんて」
「そうなんですよ。それでですね――」
言って、レベッカは語った。
次なる闘いの場を。
新たなる騒乱の幕開け、『楽園創造会』との激しい闘争となる、その言葉を。
「西方都市にて、新たな『魔石』が発見されました。これを我々は『緑魔石』と呼称――調査に乗り出すことにしました」
「――っ!」
それは。
想定の、範囲内ではあった。
『青魔石』で新たな被害が増えた、あるいは幹部が都市を襲撃した――ギルドの要人が暗殺されたなど、様々な可能性の中、可能性としては上位に含まれていた。
だが、それは考えたくはない、最悪に近い事態だった。
「……新たな『魔石』、ですか」
「はい。先日の『青魔石事変』の件と同じく……通常の『赤』とは異なる新種の魔石です。エメラルドに近い色から、呼称を『緑魔石』と呼称しています」
レベッカは唇を一瞬舐めて続けた。
「『分裂』や『転移』など、『青魔石』の持っていた特徴も共通しています。最重要の課題案件です」
リゲルは思わず前のめりになって問いかけた。
「――『緑魔石』の特有の性質は? それとどんな被害が出ているのですか?」
『青魔石』での被害は、忘れられない規模だ。
暴走した人々。倒壊した建物の数々。痛々しい『青魔石使い』の光景。血まみれの一般人……どれもが痛痒を覚える、痛ましい光景だった。
あんな悲劇は繰り返したくない。そんな想いのリゲルだったが。
「『緑魔石』による被害は――『無い』のです」
「え……?」
リゲルは己の耳を疑った。同席していたミュリーやメアたちも驚きに目を見開いていた。
〈ど、どういうこと?〉
「『緑魔石』による被害が――無い? それは一体……」
「正確には、『武力や破壊による被害』は無い、と言うべきでしょうか。業火による建物の倒壊も、暴走による街の倒壊も、一切ありません。わかりやすい形の『破壊の被害』は出ていません」
「だったら……」
レベッカは歯切れ悪く続きを語る。
「ただ……ですね。ちょっと厄介なことになってまして」
「厄介……?」
「ええ、説明に時間を要する事態です。――詳細はこの魔術具を見ると判りやすいですね」
そう語り、レベッカは懐から一つの藍色の水晶を取り出した。
一級魔術具、『ラーの藍玉晶』だ。古代の太陽神の名を冠した、見通しと過去再現に秀でた魔術具である。
通常なら金貨数千枚はする、探索者なら垂涎の的の一品。
「これで見てもらいましょう。百聞は一見にしかず。今から皆さんには、西方都市ヒルデリース――かの土地にて起きた出来事を『疑似体験』してもらいます」
瞬間、水晶から映像が流れ出した。
鮮明な光景、奥行きある虚像。
多くの人々、笑い、喜び、怒り、悲しみ。
それは過去。西方都市で起きた幻影の光景。
そして、新たな魔石によって生み出された、『楽園創造会』の、恐るべき計画の一端だった。
お読みいただき、ありがとうございました。
次回の更新は2週間後、4月17日となります。





