番外編 ホワイト・バレンタインデー
第四部に入る前に少しコメディも入れたいと思い、番外編を投稿させて頂きました。
メタ要素が強めなため、苦手な方はご注意してくださるようお願い致します。
「バレンタインですよリゲルさん!」
とある午後の屋敷。部屋で優雅に紅茶を飲んでいたリゲルに、ミュリーが嬉しそうに声を上げた。
「どうしたのミュリー、珍しく大きな声を出して」
「……あの、この時代には、『バレンタインデー』というものがあるんですよね? その日は、女の子が大切な人に、チョコレートを贈るのが習わしとか……とっても素敵ですよね」
リゲルは頷いた。
「ああ、うん。確か、極東の島国にある風習だね。何でも、かの国ではあちこちから色んな風習を取り入れてはお祭りを楽しむ好きな気質があるらしいね。蝙蝠男とこか鉄男に変装して治安の維持の人に整理を促されたり、聖人を祀ったお祭りの数日後には違う宗教のお祭りを開催して楽しむカオスらしさがあるみたい。その中でも商業主義……じゃなった、とてもロマンチックだな催しと聞いてるよ。好きな男性へ女性がプレゼントする――すごく素敵だよね」
「はい! それで、わたし思ったんです。リゲルさんに、チョコレートを渡したいなって。気持ちを込めたチョコレートで喜んでほしいって。……なので、二週間前から手作り作業に励んでました」
「二週間前!?」
リゲルは頷きかけて椅子から飛び上がった。
「え、ちょっと待って、それ愛が重くない? ……いやまあ、嬉しいけれど。ミュリー、そんな風に特別な特別なプレゼントを貰えるなんて光栄だよ。……でも、あの、その……」
リゲルは心の底から申し訳なさそうな顔をした。
そして次の瞬間、言いづらそうな表情を形作り、
「――じつは、バレンタインデーは、一ヶ月も前に終わってるんだ」
「え?」
ミュリーの笑顔が硬直した。
「今日は3月14日。バレンタインデーという日はとっくに終わって――今はホワイトデーという別の催しだよ」
ミュリーが完全に沈黙した。
手元に持っていたラッピング済みの包みが、ぽとりと落ちた。
「……え? もう終わってる……? そ、そんな……っ」
「ごめん、カレンダーめくるの忘れてたね。2月って、曜日が3月と一緒だから月が変わっても気づけなかったんだね……」
ミュリーが震えだした。
「そ、そんな……べ、別の日……!? えっ、もう終わってる……!?」
「うん、残念ながら。三十日前に街が華やいで僕もいくつか義理チョコもらって終わってた」
ミュリーは硬直したまま、呆然と目を見開いた。
そのままでも絵になるのが美少女としての所以か。
――かくして、ミュリーのバレンタインデーは、始まる前に終わってしまった。
来年は彼女は万全の体制でチョコを作るだろう。だがそれは今年ではない。
番外編 ホワイト・バレンタインデー
おしまい。
〈――ねえ聞いてよリゲルさん!〉
空気を読まない幽霊少女のメアが、壁を通り抜けてやってきた。
彼女は興奮気味にはしゃぎながら、
〈今日はホワイトデーだよ! 女の子がプレゼントをあげた男子からお返しを貰える日! 私、リゲルさんからお返しを貰いに来たよ!〉
「メア。君のその、どんな時でも明るく爽やかな笑顔には好感を抱いてる。……でも、今は時と場所を選んでね? たった今、お祭りの日が一ヶ月も前に終わっていた事を知って、燃え尽きてる女の子が、泣きそうな顔で見つめてるから」
〈うわー、ミュリー!?〉
メアは固まったままのミュリーを見て叫んだ。
慌てて少女の方を見る。
〈ご、ごめんねミュリー! 調理場で、『素晴らしいチョコレートあげます!』と言って作業してるとき、『え? バレンタインデー? もうとっくに終わったのに、どうしてチョコを作ってるんだろう?』って不思議に思ったまま黙っていた私を許して〉
「メア! 言い方! 言い方! ミュリーが泣きそうな目を越えて、涙目に変わってるから! あと構わず僕からプレゼント貰いに来るのをやめて?」
ぽろぽろと真珠のような涙がこぼれかけているミュリー。
メアは、再度慌てて空中をおろおろした後に、
〈ごめんミュリー、今度は気をつけるね。……それはそれとして、リゲルさん。プレゼントを頂戴? 私、一ヶ月前にチョコあげたの知ってるよね? そのお返しほしいな!〉
「図々しいのは幽霊として必須のスキルなのかな……? でないと現世には留められないとか。……まあ、それは後で説教するとして。え、チョコ? 僕って一ヶ月前に君からチョコ貰ったかな……」
メアがとても良い笑顔で返す。
〈うん! リゲルさんが丁度トーナメントやっていた時に、こっそり私だけ屋敷に戻って、部屋にチョコを置いておいたの! タイミング的に渡す機会なかったから、ちょっとしたサプライズだね!〉
「待ってくれ! メア、時系列的にそれはあり得なくない!? 僕、まだギルド・トーナメント終わってからそこまで時間経ってないと思うけど! 数日経っただけで、それはおかしくない!?」
〈……え? 作者……じゃなかった、知り合いの創造神曰く、『トーコー期間が二週間だから時系列的には合ってるはず。問題ない』とか言ってたよ?〉
「誰!? 創造神!? ちょっとメア!? 誰に対して何を言ってるの!? 全く意味が判らないんだけど……!?」
メアが天井の辺りを見てからニコリと笑い始めた。
〈皆様、お久しぶりです、メアです。皆様は今年のバレンタインデー、どうお過ごしでしょうか? 私は、サーヴァントからチョコを貰ったり10連ガチャを引いたり、原稿の〆切を間違えて青くなったりと、散々な日もありましたが元気です。ところでサーヴァントに関してですが、ダブルピックアップって、あれ渋すぎですよね。シトナイ欲しかったのに、カレンが二回も出て私は絶叫とも発狂にも言える悲鳴を上げました。石一〇〇個くらいつ使って99連したのに0・4%が二回も出る確率ってどうなってるの!? 喜んでいいのか絶望していいのか判らない! そんな私ですけど元気です〉
「ねえメア……? 本気で誰と話してるの? 君のことが心配になってくるんだけど……。突然、虚空に向かって話しだしたのは何で……?」
〈あはは。リゲルさん、何言ってるの? 幽霊な私が、たまに変なもの受信してもおかしくないよ。番外編だしね!〉
「本気で何を行っているのか判らない! 医者! 医者を呼ばないと! ……あああ、幽霊だから医者に診せても意味がない!」
メアは再び虚空を見つめて語りだした。
〈話の続きになるけれど、ホワイトデーピックアップ、あれ、ダブルなんてずるくない? ネモくんを引きたいんだけど天草なんたらっていう胡散臭い17歳ルーラーがいるから引けないよ! 怪盗は凄く格好良かったけど! これじゃ秋まで待って復刻イマジナリまでお預けかぁ……悲しい……私は悲しい……〉
「ラッセルさーん! ちょっとメアがまずいです、回復術師を連れてきてください! 巷で噂のケヤルガって言う人以外の回復術師を!」
「……あの、リゲルさん、あなたも何かを受信していませんか?」
慌てて走ってきたギルドの護衛騎士、ラッセルが心配そうな顔をして入ってきた。
数分後。メアが励ましの声を送る。
〈とにかくねミュリー! 気落ちしなくてもいいんだよ! 人生楽あれば苦もあるから! 二十代だと思っていたら三十路越えていたり、かと思えばアラフォーに近づいていたり、幽霊になっていたり、世の中には不思議でおかしな事が溢れているんだから!〉
「その……言っている事はあまりよく判りませんが、メアさんの励ましの気持ちは解ります……ありがとうございます」
少しばかり立て直し、お礼を語るミュリー。メアが笑って応じる。
〈それにしても凄いよミュリー、綺麗なラッピングまでして。リゲルさん、ミュリーは二週間も頑張って腕を振るったの、私観てたよ。……まあ時期は残念だったけど、チョコ食べてあげると嬉しいと思うな〉
「……うん、そうだね、無駄にするべきじゃないよね。……それで? どういったチョコレートを作ったの? ミュリー、きっと君tのことだ、素敵なチョコレートを作ったんだろうね」
リゲルは柔和な微笑みを浮かべつつ、そう続けた。
ミュリーはかにかみつつも先程落としたラッピングの包みを拾い上げ、
「あ、はい。これはおまけのようなものです。本命は部屋の奥にある、『等身大』のリゲルさんのチョコレートです」
「え?」
その直後、ドダンッ、ととてつもなく大きいリゲルの形をした茶色い物体が、メアの《浮遊術》でリゲルの目の前に運ばれた。
「え、ミュリー、え、これチョコなの? すごく大きいんだけど」
部屋の中央に置かれたとても巨大である。
身長は本人と寸分の違いもなく、質感や輪郭も完璧そのもの。表情も戦い前のきりっとした様子を上手く表現出来ている。まさに本物に瓜二つ。ご丁寧に、鎧を着た造形。きっと売れば金貨数十枚得られても不思議はない。
傍らの等身大チョコ像を見つめた後、ミュリーは恥ずかしそうに語る。
「はい、わたし二週間をかけて、腕によりをかけて作りました。まず、数日かけて寝ているリゲルさんの体の寸法を測り、そしてリゲルさんの外出時にはメアさんやテレジアさんの手も借りて、様々な姿勢を観察してもらいました。さらに浴場など、わたしやテレジアさんが入れない場所は、マルコさんやメアさんに頼んで、リゲルさんを観察してもらいました」
「いや待って!?」
リゲルの喉から変な声が出た。
「突っ込みどころが多すぎるよ!? 寝ている間に何してくれてるの!? 風呂場で観察……? そういえばここ二週間、妙にマルコが距離近いなーと思ったら、そういう訳か! 『男なのに……え、そっちの気があるの……?』って少し思っちゃったよ! ――あとミュリー? え、浴場でマルコとメアが観察した? ……メアも? メアって、女の子だよね? 僕の、裸を……裸を覗いたの?」
〈うん〉
メアは頬を赤くしながら頷いた。
〈人材的に不足していて……個人的に興味もあったから観察させてもらったよ。あはは……リゲルさん凄いね。具体的に『どこが』、とは言わないけど、凄いね! あはは……〉
メアが主にリゲルの下腹部を見て頬の紅潮を強めていく。
「やめてやめて! 君らはいったい何を考えているんだ! マルコ! どこだ! 共謀者は説教だ! ――どこに行った、ハイシールダーのマルコ! ほんとに何処!?」
〈……あの、マルコさんなら、数時間前に『映画のチケットが手に入ったので五本観てきます』って言ったきり帰ってきません〉
「マルコ――っ!」
リゲルの絶叫に、ミュリーがくすくすと笑いをもらした。
数分後。
「ま、まあ、作ってしまたのは仕方ない。このチョコ、食べることにするよ」
「ありがとうございます、リゲルさん」
リゲルはこめかみに汗をかいた。
部屋の中央に大きくと佇む巨大なチョコリゲル。これを作ったミュリーはちょっとおかしいが、食べないわけにもいかない。彼女なりの愛情だ。
「頂きます。……ん? あ、美味しい!」
部屋に常備してある木製スプーンを手に取り、リゲルは一口で驚いた。
美味である。見た目はアレだが、味はよく出来ている。甘すぎずしつこ過ぎず、苦味も生かされておりしっとりとした味わい。かと思えば味が濃く、変化に富む箇所もあり、巨大な体を食べても飽きさせないよう工夫がされている。柔らかい場所もあれば硬い場所も存在しており、様々な地方から取り寄せたカカオやアーモンドなど食材にも質や量に気を配っている。
「素晴らしい! ミュリーが料理上手なのは知っていたけれど、これほどとは……僕は、ミュリーを侮っていたかもしれないな……」
「ふふ……嬉しいです」
ミュリーははにかみつつ照れたしぐさで頬を赤らめた。
「これ、材料よく集めたね?」
「はい。その材料は全て護衛騎士の方々に協力してもらいました。街の数十箇所で、一流のお店と一流の職人、それらの材料を百二十五種類全て揃えて、ってお願いしたら、皆さん急いで集めてくださいました」
「すごーい……うわぁ……僕は、ミュリーを侮っていたかもしれないな……」
リゲルは後で護衛騎士には臨時ボーナスを出さないといけないなと思った。
先程駆けつけた騎士ラッセルが、目の下にクマを作って今にも倒れそうな理由を察する。
それはともかく、リゲルはチョコ像を食べ続けた。
「うん、美味しい、美味しい……ん、なんだろう? これ」
完食を果たすべく食べ続けたリゲルは、とある事実に気づいた。
「あの、ミュリー。……ちょっと、このチョコ像さ、『鎧が外れた』んだけど。もしかして、鎧って『分離』出来るようになってるの?」
ミュリーは、「よく聞いてくれました」とばかりに微笑して頷いた。
「はい。そのチョコ像はいくつかの『断層』で構成されていて、『鎧』を食べたら『上着』が、『上着』を食べたら別の『服』が、出てくるように出来ています」
「ちょっと待って!?」
リゲルはむせた。
「上着っていま言った? え、これ、上着も食べられるの? と言うか、それも食べたらどうなるの?」
ミュリーは恥ずかしそうに目を伏せた。
「……下着が出てきます」
「は?」
「ですから……上着を食べたら、下着が出てきます」
「なんで!?」
リゲルは狂乱した。
「なんでそこまで作っちゃうの!? そりゃ、凝りたくなる気持ちも判らないでもないけど……でも下着だよ!? ……いや、やり過ぎ! やり過ぎだよミュリーっ! これ脱着式なの!? 上どころか下着も脱げるの!? なんで!?」
「それは、その……徹夜で作ったら、気分が昂ぶってしまって……」
「判る! 夜のハイテンションだよね! 判る! 凄く判るよ! でも下着まで作るのはやり過ぎじゃないかな!?」
メアが楽しそうに口を挟んだ。
〈それとね、リゲルさん、それ下着だけじゃなくて、『その下』もちゃんと作ってあるよ。何せマルコと私、浴場のリゲルさんを隅々まで観察したからね。極限まで本物に似せたチョコリゲルさんなの!〉
「うああああ、それって駄目じゃないか! 裸じゃん! 僕、今から自分の裸のチョコを食うの!? 上着と下着とその下も全部食うの!? もう変態だよ! イロイロとアウトだ!」
さすがに反省の意を覚えたのか、メアが恥ずかしそうにもじもじと指をいじる。
〈うん……その、さすがに今回はやり過ぎたね。でも、深夜だったから、私もちょっと興奮しちゃったんだと思う。ミュリーとマルコと三人で仕上げするとき、『リゲルさんもう少し大きいよね?』『いえ、もっと硬そうな感じでしょう』『え、リゲルさん、そんなにすごかったんですか?』って、お友達のお泊り会みたいで楽しかったなぁ……〉
「ちっとも楽しくないから!」
リゲルはスプーンを放り出して頭を抱える。
「マルコ! マルコはどこ行った!? あのムカデ少年! こういう時に止められるテレジアは何してたの!? さっきから全然見かけないけど何処!?」
今度はミュリーが申し訳なさそうに呟く。
「テレジアさんには秘密だったのでチョコリゲルさんを見せてギミックを全部話したら、絶句して頭を抱えてました。そしてその後、『なんだか修羅場が起きそうだからあたし外出てくるわね。映画六本くらい観てくる』って出ていきました」
「どいつもこいつも映画だよ! メア! 今から二人を連れ戻すよ! テレジアはともかく、マルコには説教だ! あとメア! 終わったら君も説教だから!」
〈わー、ごめんなさーい……〉
メアがしなびた植物のように元気のない声を出した。
ミュリーが申し訳なさそうな顔をして謝ってくる。
「すみません、リゲルさん。こんなチョコ像を作ってしまい……お詫びにわたしが残りを全部食べます。残さずに隅々まで」
「駄目だから!? それ、僕のチョコのアレも食べるってことだよね!? それ絵面的に絶対駄目だよ! させられないよ!」
ミュリーはゆっくりと首を振った。
「でも、わたしが罰を受けることで皆さんが救われるんです。なら、やらなければなりません」
「神妙な顔だけど内容が最悪すぎる!? あとメアたち、『そうすれば解決だね!』みたいな顔しない! 君らも同罪だ!」
「「ええ……」」
「こうなったら皆で責任を取るべきだ! 今からこのチョコ像は皆で選り分けて食べる! ……いや、それはそれで僕がバラバラみたいで、すごく複雑だけど……でも他に方法がない。人海戦術で解決だ」
困った時は人海戦術。
という流れは、レストール家の家訓のようになってきている。
その後、その場の全員でチョコ像を選り分け、美味しく頂いた。
リゲルが疲れた顔でチョコを食っていたのは言うまでもない。
そして翌朝。
「リゲルさん! わたし、腕によりをかけてチョコレートを用意しました! なんと実物大のリゲルさんチョコですよ! 褒めてください!」
「もうそういうのいいから! 昨日やったから! あと、『桃』のミュリー、ホワイトデーはもう終わったよ!」
もう一人のミュリーである『桃』のミュリーが、街のどこから戻ってきて、でかいリゲル型チョコを置いた。
「え、そうなんですか? では腹案のわたしの等身大のチョコを……」
「もういやだ! ホワイトデーもバレンタインデーもこりごりだよ……っ! 来年は、この季節になったら僕は旅に出る! 絶対に探さないでよ! 絶対にだ!」
そうして、ホワイトデーとバレンタインデーは続ていく。
リゲルを愛する者がいる限り、いつまでも。
チョコ像を超えるプレゼント――その日からミュリー達の間で、さらに考案されているとか、いないとか。
リゲルはまだ知らない。
お読み頂き、ありがとうございます。
気が付けば今回のエピソードでちょうど100話分(番外編込み)、
これもひとえに読者の皆様のおかげです。
感想を下さった方、誤字脱字を指摘してくださった方、ブックマークや評価を入れて下さった方、
皆様の応援によって本作は支えられてきました。
本編は第3部を終え、いよいよ『第4部』へと移っていきます。
読者の皆様が面白いと思えるような物語にするべく、より一層盛り上げていきますので、今後もお読み頂ければ幸いです。
次回の更新は4月3日、午後8時の予定になります。





