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第十話  幽霊少女との探索

「――つまり二年半前、君たちは《六皇聖剣》、《錬金王》のアーデルによって殺されたんだね?」


 新たに仲間にしたゴースト少女、メアに事情を聞き、リゲルは情報を整理していた。


〈うん。屋敷は元々、お父様の持ち物で多くの使用人がいたの。でも二年半前、突然現れた悪霊王によって、全滅させられて……〉


 どうやらメアは、その貴族のお嬢様だったらしい。多くの衛兵に守られ逃げようとしたが叶わず、アーデルの圧倒的な力によって若い命を散らしたとのこと。


「そうか、それでゴーストに。……辛かっただろうね」

〈辛かったというより、怖かったよ。あれはそう……鬼というか化け物というか、人じゃない強さだった〉


 その光景を思い出し、震えるメア。

 確かに《六皇聖剣》は人類の到達出来る一つの最高峰だろう。

 攻撃、守備、およそ彼らに太刀打ち出来る者はほとんど存在しない。

 公式に戦闘記録があるわけではないが、ランク五、『黄金ゴールド』の探索者に勝った事もあるほどだ。


 その一角、《錬金王》のアーデルが虐殺を行ったという事実は、リゲルが怒りを覚えるに足る。

 

「そのアーデル、外見は小さい甲冑で、兜には紅い光点があったんだよね?」


 うんと、メアは力強く頷いた。


〈そうだよ。あの眼、あの姿、忘れようって言ってもできるものじゃないよ〉

「自分から名乗ったの? 我は錬金王アーデルなり、とか」

〈うん。いきなりあたし達の屋敷に侵入して、衛兵たちを殺したの。そしてお父様とあたしの前に来ると自ら名乗り、交渉や何もせず、いきなり襲いかかってきた……〉


 小さい甲冑、それに兜に赤い光点――リゲルの記憶にある姿と共通している。


 《錬金王》アーデル。

 その外見は『小さな甲冑男』、の一言に尽きる。

 身長は140センチ。体重も35キロと、年齢19歳の割にはひどく軽く、常に『黒い甲冑』をまとっていた。


 その兜には特殊な措置が施されており、《魔霊眼》と呼ばれる紅い眼から、外界を伺っていた。

 視力がひどく弱いため、肉眼では物を見るのも辛かったためだ。

 彼は自分で作った《魔霊眼》で補い、全ての景色や光景を見ていた。


 身にまとう黒い甲冑、《骸魔装》も彼の補助具だ。その甲冑は『周りの魔力を集め己の力』とする。

 アーデルが《錬金王》と渾名される由来はそこにある。

 自分の弱さを装備によって補う。

 それを極め、彼は多数の『装備』を作り、自分や仲間に役立つように貢献していたのだ。

 ゆえに《錬金術師アルケミスト》の極地。『最強の研究者』、『黒き博学者』、『大発明王』、『至高の賢人』……アーデルを示す異名は、多数ある。


 そのアーデルの襲撃を覚えているのだろう。メアは宙に漂いながら、またぶるっと自分の体を震えさせた。

 屋敷は壊滅で、経年劣化では説明できない酷い状態だ。

 その犯人が《錬金王》アーデルというならば、これほどの破壊は容易だろう。

 

「メア、すまないけど少し屋敷を案内してくれるかな? 調査がしたい」

〈いいよ。――あ、でもこの屋敷、『結界』が張られていて、自由に行き来できないよ?〉

「結界?」

〈うん。アーデルは襲撃の後、地下に来られないように屋敷の床を結界で覆ったの。しかも屋敷の者は出ることができないという効果のおまけつき〉

「それは厄介だね……」


 《結界》系の魔術具を造るのもアーデルにはお手の物だった。

 言われて見てみれば、千切れた絨毯の下に青い半透明の膜が見える。

 試しにバスラで突き壊そうとしたが、それですらあえなく弾かれた。

 これが『結界』というなら、確かに自由な探索は無理そうだ。


 しかも、屋敷の者は出られないという結界の二重仕掛けである。

 リゲルは屋敷全体を、異様な妖気が囲っている感覚に気づく。

 これが幽霊屋敷とされた所以なのだろう。

 アーデルは何故、このような仕掛けを施したのか……。


〈アーデルはあたしたちを襲撃した時、徹底して逃さないようにしていたの。その結界がまだ残っていて、おかげで幽霊になってもあたしは地下にも行けないし、出られない〉

「それは災難だけど……え、待って。地下? アーデルは屋敷の下から襲撃してきたって?」

〈うん。詳しくは知らないけど、この屋敷、お父様の命令で、広大な『地下施設』があって、その奥――お父様と近侍しか入れない場所から、アーデルは来たみたい〉


 ――ぞくり、とリゲルは背筋が震えた。

 予感があった。彼の名前を聞いた瞬間、何か得体の知れない、知ってはならない――災いの核となるものが潜んでいる――そういう確信を抱いた。


 それは、探索者としての危機感知の本能、少なからず蓄積された死への回避能力から来る予感。


「……、行ってみよう」


 内心では危険と思いつつも、リゲルはそう告げた。

 真実を明らかにするために。

 《錬金王》の真意を探るために。


〈でも結界があるよ? どうやって?〉

「そこは問題ない。僕には『力』がある。その辺の結界なら容易く突破できるし、それに僕にはこの件を明らかにする理由がある」

〈理由?〉


 リゲルはミュリーと《六皇聖剣》のいきさつを話した。

 最初メアは驚いていたが、リゲルの戦いぶりを尋常ではないと思っていたのか、元《六皇聖剣》を疑いはしなかった。 

 もちろん他言は無用との旨も伝えて。


 加えて、今はミュリーとの生活をしていることも教えた。

 これから仲間として行動してもらうのだ。その程度は話すべきだった。

 

 問題は、そのミュリーとの関係を話した後だった。


〈凄いね! 精霊少女! しかも同棲! わー、あたし可愛い精霊に会ってみたい。え、え、リゲルさん、その女の子とラブラブ? 役得だね!〉

「同棲じゃないよ。同居だよ。……あと僕とミュリーはそういう間柄じゃない」

〈ええ~、嘘だよ。リゲルさん、ミュリーって娘のこと話す時、生き生きしてたよ? 恋する男子みたいな〉

「ない。――さて、無駄話はいいから、先を行こう。時間が惜しいしね」

〈ああずるい! 逃げた! リゲルさんのいけず~、そっけない!〉


 頬を膨らませてぶーたれていたが、メアはやがて可笑しそうに笑った。

 そしてリゲル達は、幽霊屋敷の奥へと向かっていく。



†   †


 

〈ねえねえ見て見て、リゲルさん! 生前のあたし!〉


 屋敷の探索の道中、メアはいくつかの絵画を指し示した。

 そこには綺麗な顔立ち、豪奢な衣装の、着飾った少女の絵がいくつも並んでいる。


「……ずいぶんとお洒落な令嬢だね。全部メア?」

〈そうだよ。お父様、あたしが一つ歳を取ると、そのたびに自分で描いたの〉

「うわぁ……親馬鹿……じゃなかった、愛されているんだね」

〈うふふ〉


 微笑みながらメアが別の絵画を指し示す。


〈それであれがお父様の絵画。あたしが描いたんだよ。描いてくれたお礼にって〉

「……あれが? へー。へー……? お父、様?」


 どうやら、メアの父親は腕が三本あって首が途中から曲がっていて、背中には羽があるらしい。

 というよりメアの絵心は残念と言える領域で、どれも写実からは遠い出来栄えだった。言われなければ魔物のように見える。


 そんな経緯や時折雑談も交わしながら、二人は探索を続けた。

 砕けた壁、天井、穴だらけの調度品を横切っていき、やがて大きな広間に出る。


「……どこも結界で覆われているね」

 

 どの区画を行っても、最後には青い《結界》が仕掛けられている。出られる隙間はない。


〈そうなの。だから困ってるの。地下にはあたしの遊戯場もあったのに、ちっとも入れない〉


 渋面をとりながらぼやく言うメア。

 よく笑いよく話しよく感情をあらわにする娘だ。


 それはともかく、屋敷の一階をあらかた歩いてみたところ、そこもかしこに床には青の膜、《結界》が張られ叩いても突いても弾かれるだけだった。

 ゴーストであるメアには『透過』能力――つまり壁のすり抜け能力があるが、それも駄目。

 無理に通らせようとすると「全身が痺れるよ……」などとメアが泣きそうな顔をするので、強行突破も諦めた。


「……こうなったら、結界を打ち消すしかないな」

〈無理だよ、お父様の残した魔術具を試したけど弾かれて……これ、人間に壊せるようなものじゃないよ〉

「かもしれない。それに、見たところギルドの金庫に使われるような、『超硬質』の膜型結界みたいだ。一流の探索者でも厳しい。十体以上の巨人か、五体以上の竜種がいてようやく壊せるくらいかな」

〈そうなの!?〉

 

 《六皇聖剣》でも、彼の護りを正面から突破出来るのは《轟竜剣》ベルゼガルドくらいなものだろう。

 リゲルも一応は出来たが、今、正面から可能だとはとても言えない。


〈そんなに? だったら――〉

「でも、結界自体は単純だよ。知ってるかな? 『結界』には遠くから維持できるタイプと、近くで制御器具を置いて維持するタイプ、二種類がある」

〈そうなんだ。これはどっちのタイプ?〉


 リゲルは周囲を見渡した。


「後者だね。遠くから維持する場合は、術者が絶えず魔力を注ぎ込む必要がある。でもこれは二年半も続いている。そんなこと続けられるとは思えない。必然的に、近場に制御器具を置くタイプ――つまりこの『屋敷内』のどこかに結界の発生源がある」


 メアは目を見張った。


〈す、すごい! あたしが二年以上掛かっても分からなかったのに、一瞬で……〉

「いや、これくらいは『ランク青銅』までに見られる書物で判るよ。《迷宮》には結界を使う魔物もいるし、探索者にも守護者ガーディアンとか結界師と言うクラスもあるし」

〈そんなの関係ないよ。あたしは初めてみたんだもの。一瞬で、速やかに魔術具の特性を見抜くなんて、リゲルさんカッコイイ!〉

「いや、まあ、うん。……ありがとう」


 凡百の知識なんかで嬉しそうにするメアだが、悪い気はしない。

 屋敷で二年半も孤独でいたゴースト少女、その寂しさは凄まじいものだったろう。こんなことで喜んでくれるなら安いものだ。


〈それで結界の制御器具の場所は? リゲルさんそこまで判るの?〉

「うーん。術者の好みとか特性もあるから何とも。……アーデルの場合は気分によって変えるからね」


 気まぐれ、かつ強力な仕掛けをアーデルは好んだ。瞬時に看破出来るスキルはリゲルにはない。


「……一般的なのは、結界の中心地に一つ、もしくは魔術陣を描くように、複数置くタイプかな」

〈どっちか判る? それとも、しらみ潰しに探す?〉

「地道に探すしかない、と言いたいところだけど、面倒だね」


 言って、リゲルは腰の『グラトニーの魔胃』から魔石を取り出した。


〈それは?〉

「これは《インプ》の体から取った魔石だよ。使用すれば数秒間だけ、『探索サーチ』の力が使える。制御器具がどこにあろうと、これで判る」


 魔石使いであることはすでにメアに話した。これから末永く付き合うだろうし、メアとの関係は深くなる。隠しておく必要はないと判断した。


 ちなみに、『魔石』の再現は、主に三種類に分ける事が出来る。

 一つ、『一時的に魔物を具現化し、活用する』

 一つ、『魔物の能力を自身に付与し、利用する』

 一つ、『魔物の体の《一部》を具現し、活用する』 


 そのうち、リゲルは『魔物の能力を付与し、活用する』という力を使用したのだ。

 場合によっては『一部具現』や『全身具現』の方が便利だが、今は付与で十分だった。


 仮面の巨漢との戦いのように、強敵相手では『具現』も多様するが、普段リゲルはこちらを好んでいた。

 メアは思わず笑って身をよじる。


〈まさか。そんな簡単に出来たら苦労しないよ。それに『魔石』って、少しでも傷ついてたら力発揮しないんでしょ? お父様が魔石は普通、売るか魔術具にはめて使うって――〉

[我が意思を阻む障害を暴け――《インプ》!]


 笑うメアの前でリゲルは構わず魔石を発動させた。

 小さく二枚の羽を持つ小悪魔の幻影が現れ、眼前に、この屋敷の見取り図と、捜し物の位置が点で示される。


〈え……!?〉

「――制御器具は四つ。屋敷の北西、北東、南東、南西に、それぞれ存在する」


 メアが笑ったまま固まった。


〈え、すごい、うそ……こんなあっさり!?〉


 メアの目が疑念から尊敬に変わっていく。


〈わああ……っ! 結界の種類だけでなく、器具の位置も一瞬で!〉

「インプの特徴は『把握』の力だよ。一定距離にある物の構造を視覚化できる。まあ、これが周到な相手なら、『隠蔽』なり何なりの術を施すけど。アーデルは今回、そこまではしなかったみたいだね。あるいは二年半の間に、隠蔽に綻びがあったか」


 おそらくは後者だろう。いくらなんでも《インプ》程度で《六皇聖剣》の結界を看破出来るとは思えない。


〈すごーい! あたしがあれほど苦労したのを簡単に!〉


 探索者としては基本的な知識ではあるが、それでもメアの喜びようったらなかった。

 彼女は眼を輝かせながら笑顔を浮かべると、リゲルの周りをぐるぐる回りまくる。

 ――あんまり勢いづけて飛ぶと、スカートが翻って白い太ももがちらついて大変なことになるのだが。

 リゲルはそれとなく視線を外しつつ語る。


「まあ、実際はそれで油断させといて、制御器具に迎撃の魔術を施す者もいるけど。というかアーデルはそっち系だったけど。他の魔石を使えば、対処は出来ると思う」

〈リゲルさんは伝説の賢者様ですか!? 凄いです! 格好いいです!〉


 もはやメアは賛辞を述べるからくり人形みたいだ。

 間もなく、リゲル達は制御器具のある北東の部屋に着いた。


「メア、この部屋のどこかに制御器具があると思う。《浮遊術》で手当たり次第ひっくり返してみて」

〈わかったよ〉


 メアが手を振ると、破れた絨毯や砕けた家具、ガラスなどが次々浮いていった。

 その下を丹念にリゲルは探していったが、見つかったのはろくでもないものだ。

 つまりはメアの父親が描いた、メアの絵画、絵画、絵画ばかり。


「あの……メア。君のお父さん……こんなに頻繁に絵を描いてたの?」

〈うん、そうだよ。うわ~、懐かしい。これ六歳の時の寝顔だよ。あ、あっちは八歳の時の寝顔。あっ、こっちは二歳の時の寝顔! わ~、初めて人参食べた時の絵もある!〉

「娘が人参食ったときの絵を残すとか、親馬鹿ここに極まれり……」


 呆れるというか、ここまで来ると苦笑しか出ない。

 きっと、目に入れても痛くないほど可愛がられたのだろう。

 微笑ましい。


 ふと、折れた羽ペンが妙だったのでリゲルは手に取る。


「ん……? これは」


 当たりだ。

 微弱な魔力がその灰色の羽ペンから放出されている。

 試しに別の『インプ』の魔石を使い罠の類を調べたが、反応無し。バスラを振るい、破壊する。


 空気の対流が、わずかに変化したのを感じた。

 結界の制御器具を破壊したようだ。残る三つを砕けば、屋敷の結界は失せる。


「思ったよりは楽そうだね。メア、続いて北西の器具を破壊しに行くよ」


 と、言ったものの返事がない。

 振り向けば、メアが両手を組みながらきらきら眼でリゲルを見つめていた。


〈あうう~。もどかしい。体があればリゲルさんに抱きつきたいのに! 幽霊って不便! 不便!〉


 もどかしそうに、メアは悔しそうに唸っていた。桃色の髪が華やかに流れる。

 それが少しおかしくて、リゲルは苦笑したのだった。


「さあ行こう、メア。君の目的まであと少しだ」

〈うんっ!〉


 

ここまでお読み頂き、ありがとうございます。


二人目のヒロイン、メアが登場となったわけですが、女の子一人加わると色々変わりますね。

私の作風は少し物騒なシーンが入る時もあるのですが、清涼剤的な存在としてメアが活躍してくれると嬉しいです。


今後、物語はより真相に近づいていきます。読者の皆様には楽しんで頂ければ幸いです。

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