ママのお嫁さん
朝早くに支度をすませたオオシマは出来上がったプリンを氷水の張った桶に突っ込んでいた。
くまのレストランの店内にはオオシマが一人店頭販売に向けた準備をしている。
ジェニーが用意してくれていた長方形のテーブルを店内から外へ運ぶ。
レストランにあった箒で店の外を掃いて落ち葉など邪魔なものを退けるとオオシマはやっと一息つくことができた。
――こんなもんかな。
両手を腰に当てて深呼吸する。
朝の少しひんやりとした空気が肺を満たすと体が目覚めるような気がした。
昇ってくる朝日が眩しくて手のひらを額に当てて日光を遮る。
ようやっと町には朝が訪れた。
店頭販売初日。いつも早起きなオオシマであるが、この日はより早く起きると支度を早々に済ませて販売の準備をしていた。
ミーナも娘たちも眠っている中、一人レストランに足を運びプリンを仕込んだ。
――まさか俺がこんな商いをするなんてなぁ。
想像できるはずもない様子にオオシマは鼻で笑った。
異世界へと転生し、女の姿になり、娘たちとミーナの家族を迎え、その先にオオシマはプリン屋なんて商いを始めている。
もしこの世界に来なかったら、自分は今頃何をしていたのか考える。
桜木会に対立していた赤井組と戦争になっていただろうか。自分はそこそこ上の立場に行けたのだろうか。
それともどこで足を洗っただろうか。
――バカな人生送ってたな。
責めるわけではないが過去の自分を笑った。
しばらく想像していなかった前世の姿にオオシマはくすりと笑うと思考を切り替えた。
一先ずの準備はできたし、一度宿に戻って娘たちの顔を見よう。
朝日の照らす道を宿屋へと向かって歩き出す。
町にはまだ人通りはない。代わりに朝の訪れを告げる鳥の声が遠くで響くのが聞こえる。
『コケコッコー』という鳴き声ではないが似たような声。
鳴き声を聞きながらオオシマは両手をあげながら背伸びした。
*
欠伸をかましながら宿の部屋へと戻るとすでに起床していたシロがスカートへと飛びついてきた。
「おかえりなさいママ」
「ただいま、もう起きてたのか」
「うん。私いつも早いから」
見上げるシロの頭を撫でるとオオシマはソファへと腰を降ろす。
誰も起きていない今ならシロはオオシマを独り占めできると企むと小走りで膝の上へと腰を降ろした。
長い白髪を撫でながらまた欠伸をかます。
宿について落ち着いたせいかオオシマには遅れた眠気がやってきていた。
「眠そうだね」
「起きんの早かったからな。今になって眠ぃよ」
「ママ寝る?」
「いや、そうもいかねぇ。飯食ったら店に立たねぇと」
「シロもいく」
「突っ立ってるだけで暇かもしれねぇぞ」
「いいの。ママの傍に居られれば」
つくづく甘えん坊だな、と思う。
いつも膝の上に乗ってくるシロはさながら子猫のように感じる。
毛艶の良い白猫といったところだろうか。オオシマはそんな風にシロを捉えながら腰まで伸びる長い白髪をゆっくり撫でた。
「ママ昨日も遅かったのに、朝も早いなんて大変だね」
「まぁな。仕方ねぇさ」
「これからもそうなるの……?」
寂しさが言葉に溢れていた。
シロは何より愛する母と過ごす時間が短くなってしまうのではないかと思うと、つまらなそうに足を揺らした。
オオシマもシロが寂しいのだろうと気づくと腰かけたままシロをお姫様抱っこして小さな額に自分の額をくっつけた。
「今だけだ。家の改装が終われば今みたいなことはなくなる」
「本当?」
「本当だ」
「じゃぁ我慢する」
母の頬に口づけするとシロは上目遣いで潤んだ瞳を向けた。
寂しさもあるが、今は仕方ないのだと納得させる。
早く改装が終わらないかと思いながらシロは母の腕に抱かれ続けた。
「そういえばね、昨日リリアたちと大人になったらどうするか話したの」
「ほー、何話したんだよ」
「あのね……」
昨夜オオシマがいない間に三人で話した将来像を説明した。
手先が器用なリリアが貝殻を加工してアクセサリーを作る。そしてお店を出してプーフとリリアで売り子をするのだと。
大人になって大きくなったら三姉妹で店をする。
そして、きっと大きくなったら自分たちの身長もオオシマくらいになって体つきも変わるだろうと。
背丈が伸びて、髪が伸びて、オオシマやミーナのように乳房も大きくなる。
そのためにミルクをたくさん飲んでおくと決めたことなど、シロはあれよこれよと話したことの全てをオオシマに話した。
まさか自分がいない間に娘たちが自分たちの将来像を考えているなど想いもよらなかった。
確かにリリアは手先が器用だとは知っていたが、それを活かした仕事をしようと考えているとは。
さらに店を構えて三姉妹で働くなんて。
娘たちが大きくなった姿を想像する。
きっと皆育ちがよく女性らしくなり、美しくなるのだろう。
美人三姉妹がやる店なのだから当然のように繁盛して、きっと大きな店になる。
ただそう考えると変な男が言い寄ってはこないかと心配にもなる。
もしそんな輩がいたらそっこうぶっ飛ばしてやろうと考えながら、娘たちの大きくなった姿を頭の中で描いた。
同時にオオシマは急激に自分が老いたような気にもなった。
娘たちは当然育っていく。そうした先に自分はどうなっているだろうか。
年老いて顔にシワができて、白髪交じりになってどんどん老けていく。
考えすぎる未来にオオシマは溜息をついた。
「あとね、シロね、大きくなったらママのお嫁さんになる」
「はぁ? 俺の嫁?」
いやいやいや、それは違うだろと思う。
娘が父親に対して『将来はパパのお嫁さんになる』というのなら分かるが、母のお嫁さんになるとはどういうことか。
シロの発言にオオシマは真顔になってしまう。
しかし、そんな顔を見てもシロは笑ってまた『ママのお嫁さんになるの』と繰り返した。
「俺が男ならそういうのも分かるけどよ。かーちゃんのお嫁さんになるってシロは不思議なこと言うな」
「だってママのお嫁さんになればずっと一緒にいられるでしょ。だからママのお嫁さんになるの」
子供のいうことは時に分からない。
シロはきっと今は本気でそう思っているのだろう。話す顔は笑顔だし、無邪気で素直だ。
純粋な気持ちを受け取り、今はこの気持ちを噛みしめようと思うとオオシマは微笑みながらシロの額に口づけした。