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TSヤクザの異世界生活  作者: 山本輔広
三章∶異世界商売録-元ヤクザだけどプリン屋始めました-
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お試しプリン

 夜のくまのレストランには酒と魚料理を目当てにした熊たちや人型の魔族で賑わっていた。

皆が酒を片手に魚料理に箸を進める。ほんのりと顔の赤くなった客たちの笑い声や話し声で店内は大いににぎわっている。

 

「あんたたち、ちょっと食べてほしいものがあるんだけどいいかい?」


 カウンター席に腰かけた熊たち向かってジェニーは言いながらプリンを差し出した。

顔の赤くなった熊たちは目の前に出された小さなプリンに目をやると鼻先を向けて匂いを嗅いでいる。


「なんだこりゃ? 新しいツマミか?」


 初めて見るプリンに熊は酒のつまみかと思ってジェニーを見やる。

しかし、ジェニーは笑いながら首を振るとそれが何かを説明しだした。


「違うよ。こいつは卵で作った“プリン”っていうお菓子さ」


「へぇ。また変わったもんを作ったな」


「あたしが作ったわけじゃないよ」


「じゃぁ誰が作ったんだ、こんなもん」


「それを聞いたら驚くよ。いいから食ってみな」


 勧められるままに熊はスプーンで一口プリンを掬うともう一度鼻先で匂いを確かめながら口へと運ぶ。

口の中でとろける触感と甘さ、卵の香りとミルクの濃厚な味わいが口の中に広がっていく。

甘いものは食べたことがあれど、このような触感は熊には初めてだった。

噛むこともなく飲み込むと、もう一口プリンを口へと運んでいく。


「どうだい?」


「凄いね。噛まなくても飲み込めるよ。うちの子たちにも食べさせてあげたいくらいだ」


「そいつは良かった。明日から店頭で販売するから良かったら買ってっておくれ」


「うん。そうする。で、話は戻るけどいったい誰が作ったんだい?」


 こんなもの誰が作ったのだろうと疑問符を浮かべる熊。

ジェニーはカウンター席の端にちらりと目をやるとそこにはオオシマが一人グラスを持って酒を呷っている。

それが噂に聞く鬼姫だと分かると熊は目を見開いて驚いている。


「鬼姫が作ったんだよ」


「鬼姫が!? あんた本物鬼姫かい? 本当にあんたがこれ作ったのかい?」


 声をかけられたオオシマは熊に向き直るとニヤリと笑って足を組んだ。

すらりと伸びる白い素足はほどよく肉がついて妖艶に見える。それが鬼姫のものだと思うと余計に何か妖しいものを感じる。


「お褒めの言葉ありがとよ。明日この店の前で売り出すから買ってってくれ」


「本当に鬼姫が作ったんだ? いやぁ何というか意外だなぁ。噂に聞く恐ろしい鬼姫がこんなモノを作るなんてさ」


「どうだ、その菓子は流行りそうだと思うか?」


「うん。初めて食べたけど美味しいよ。子供たちにも人気出るんじゃないかな?」


「そいつは結構だ」


 話し込む二人に聞き耳を立てていた周りの客がオオシマへと目を向けた。

鬼姫だと言われた美少女を見て息を呑みながらも、今しがた熊が食べたというプリンに興味をそそられていた。

そのうちの一人の角の生えた魔族の女が椅子の背もたれに腕を置いてオオシマに振り返ると赤くなった顔を向けて声をかけた。


「なぁ、鬼姫。今そいつに食わせた“プリン”ってのあたしらにも振る舞ってくれないかい?」


「おう。食ったら感想を言ってもらえると助かる」


「勿論だよ」


 ジェニーに目配せをするとカウンターの下で冷やされていたプリンを人数分トレーに載せて運ぶ。

魔族の女はテーブルに運ばれたプリンに手を伸ばすとまずは目で確認し、鼻で匂いを確かめてから一口運んだ。


「うん、悪くない。本当に噛まなくても食えるね。随分面白いお菓子を作ったもんだ」


「気に入ってもらえたなら何よりだ」


「町に出回ってるのはクッキーとか焼き菓子ばかりだからね。これなら町に売り出されたらすぐに売れるだろ」


「本当か?」


「あぁ。少なくとも売られたらあたしは買うよ」


 度重なる褒め言葉にオオシマは胸のうちにガッツポーズを取ると、いよいよ本格始動させようと意気込んだ。

ジェニーも、他の熊も、目の前の魔族の女も皆はじめてのプリンを褒めると流行るだろうと口にしている。

ここまで褒められたのならば店頭販売し、後に本格的に売りにだしたとしても上手くいける。

そうしたならばオオシマはこの世界でやっと定職にありつくことができる。

今までは棚ぼたで得た金ばかりであったが、これからは定期的に金銭を得ることが可能だ。

そうすればやっとこの世界でも安定した土台を築くことができる。

いずれ大きくなるであろう娘たちのために多くのことをしてやれる。そう思うとオオシマは未来が明るいものに感じていた。


「なぁ、鬼姫こっちにもそのプリンてのくれよ。俺も食ってみてぇ」


「おい、こっちにもくれ。鬼姫の作った菓子を俺らも食ってみてぇ」


 話を聞いていた他の客も挙手しながらプリンを回せと要求している。

初めて目にする菓子はそれほど周りの興味を掻き立てていた。

それならばとオオシマはカウンターに入ると残ったプリンを全てトレーに載せて客たちへと配り始めた。

鬼姫からプリンを受け取った客たちは初めてのプリンを味わうと『これはうまい』『初めての食感だ』『もう一つくれ』などの声があがる。

 すでに名と行いが知れている鬼姫。そして初めてのお菓子。

その二つが組み合わさってこれ以上ない好奇心を掻き立てられる客たち。


「よし、オメェら! 明日から売り出すから買ってけよ!」


 オオシマが叫び声をあげると酔っぱらった客たちは笑いながらそれぞれが声をあげていた。




 閉店の時間を過ぎ、店内ではジェニーとオオシマがレストランの片づけをしていた。

残っていた皿をジェニーが回収するとカウンターに立ったオオシマがそれらを次々と洗っていく。


「手伝ってもらっちまって悪いね。ありがとうよ」


「礼を言いたいのはこっちのほうだ。ありがとな」


「にしてもプリン好評だったね。きっと今日食った奴ら売り出したら買ってってくれるよ」


 客たちは店を後にする際に皆が明日のプリンを楽しみにしていると声をかけていた。

店で試食をさせることでそれは宣伝効果を発揮していた。

初めてのお菓子、さらに売り出すのは鬼姫ときている。そんな興味深いものを見逃そうとはしない。


「そうだな。ジェニーには世話になりっぱなしだな」


「いいんだよ。うちも世話になったし」


「それでなんだが、家の改装が終わるまではしばらく店のキッチンを借りてもいいか?」


「プリン作りをするのかい?」


「あぁ、勿論。店が営業時間中は手をつけない。営業時間外とか空いた時間に使わせてもらえないか?」


「何をいまさら。遠慮せず使いな」


 ドンと大きなジェニーの肉球のついた手のひらがオオシマの背を叩く。

強い衝撃にオオシマは髪を揺らす。しかしその表情は悪友と話しているように笑う。


「じゃぁ明日の朝空いた時間に使わせてくれ」


「いいよ。いつでも使いな。それと店頭販売だけじゃなくてうちの店でも提供したいんだけど、どうだい?」


「店のメニューにするのか?」


「あれだけ好評だったしね。作った分金は払うからさ。うちにも卸してくれないか?」


「勿論だ。固定客がつくのはありがてぇしな。キッチンを使わせてもらってるしタダで作ってやるよ」


「いやいや、金は払うよ。あんただって娘ちゃんたちを思って金稼ごうと思ってんだろ? ただ卸だから安くはしてもらうけどね」


 すでにオオシマの気持ちを知ったようにジェニーは問いかける。

ジェニーにも子供がいるために、オオシマの気持ちはよく分かっていた。仕事に精を出す姿は親だから、子を思う母親だから。

そのためにもオオシマは商いを始めようとしているのを察した。

 眉を顰めながらも口元を笑わせるオオシマ。

さすがは母親だと思いながら洗っていた最後の一枚の皿をキッチンの隅へと置いた。


「悪いな。助かるぜ」


「鬼姫が小さいこと気にしてんじゃないよ」


 頼ってばかりいると申し訳なく思い暗くなったオオシマの顔に、ジェニーの大きな手が再びオオシマの背中に叩きつけられた。

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