シロ
ブレスレットを作ろうと決めると三人は今後はブレスレットが作れる程度の大きさの貝殻を集めようと波打ち際に駆けると白い小さな足を波につけた。
海面に顔を近づけるプーフは海水に揺れる大きな流木のようなものを見つけると不思議に思い掴んでみようと手の浸けた。
すると流木はすっとプーフの手に反応して後ろへと下がる。何事かと思って再び掴んでみようとするが流木は同じようにして逃げる。
「むー。にげちゃだめ」
手を突っ込む。
しかし、流木はさらに後ろに引っ込むようにプーフの手から逃れていく。
こうなったら絶対に捕まえてやるとムキになったプーフは何度も手を海面へと突っ込む。
やっとの思い出流木のようなものを持ち上げると、それは吸盤のついた大きな触手であった。
茶色い色した木のような見た目ではあるが、よくよく見てみれば大きな吸盤がついている。
持ち上げた触手を引っ張って見てみれば随分向こうまで触手は続いている。
「リリーシロ―! へんなのみつけたの!」
言った瞬間に触手はプーフの体へと何重にも巻き付くと宙へと振り回した。
うねうねとミミズのように動く触手にリリアとシロが気づくと何事かと血相を変えている。
「プー! なんなのこれ!」
「わかんない! たすけてー!」
「私ママを呼んでくる!」
急に現れた触手にリリアは真っ先にオオシマを呼びに行くとそこにはシロだけが残された。
「どどど、どうしよう」
「シロ―! たすけてー!」
「今リリアがママ呼びに行ったから待ってて!」
慌てふためくプーフは金髪を右へ左へ揺らされながら触手に遊ばれるように宙を動いている。
触手のもとを辿っていくと海面に茶色い丘のような隆起が見えた。
シロは目を凝らしてみるとそこには黄色く光二つの目玉がある。目玉は視線を送るシロと視線が合うとその大きな目玉を動かしてシロを睨みつけた。
隆起した海面が飛沫をあげながら盛り上がっていく。茶色い三角の頭が見えてその下には睨みつけたままの黄色い目玉。
「シロちゃん! プーちゃん!」
事態に気づいたミーナがシロの後ろから駆けつけると巨大な茶色い生物を睨む。
「これはクラーケン! どうしてこんな所に」
「クラーケン?」
「天界にのみ生息する幻獣よ。何故人間界に」
ミーナはシロを自分の後ろに匿うと手のひらに光を宿してクラーケンの体に青い炎を浴びせた。
クラーケンの茶色い体に青い炎が纏わりつくと一瞬怯んだ表情をしたが、すぐに海面に体を潜らせると炎を海水で消して再び顔をあげている。
「私の能力じゃ相性が悪いですね……」
「おねーちゃんたすけてー!」
「プーちゃん! 今助けるから!」
再び手に光を宿すが一度同じ攻撃を受けていたクラーケンは海面からストロー状の口を突き上げるとミーナに向かって墨を浴びせかけた。
ただ墨を吐くだけならば防ぎようもあるが、クラーケンの吐き出す墨はまるで消防ホースから噴射される水のように猛烈な勢いでミーナの体を押し飛ばす。
なんとかミーナは体に青いオーラのようなものを纏って足を踏ん張らせるが、墨の勢いは止まることをしらないように吹きつけ続けるとミーナの足を徐々に後ろへと追いやっている。
「クッ……やっぱり女神じゃなくなった私じゃ難しいか……」
「おねーちゃん!」
ミーナの後ろにいたシロは徐々に後ろへと追いやられているのに気付くと怖さと焦りが募った。
このままミーナはやられてしまうのではないか、オオシマを呼びに行ったリリアはまだなのか。
早くしないとミーナがクラーケンにやられてしまうと心が急くが小屋のほうを見てもまだオオシマが出てくる様子はない。
「シロちゃん、私が押さえている間に逃げて!」
「うぅ……」
ミーナに体には相変わらず猛烈な勢いで墨が吹きつけられている。
さらに目の前の宙にはプーフが振り回されて叫び声をあげている。
――なんとかしなきゃ。なんとかしないと!
シロは拳を握ると自分がどうにかできないか、この状況をなんとかできないかと考えた。
常に守られてばかりいた。オオシマに川の底から助け出されたあともいつも誰かに助けられていた気がする。
以前海に来た時は自分は泣くしかなくて何もできなかった。
オオシマが地割れに飲み込まれても何もできなかった。恩返しをしようと思ったのに自身はただ涙を流すだけだった。
また同じようなことは繰り返したくはない。絶対に。
せっかくの楽しい思い出を涙に変えたくはない。
シロは髪を逆立たせるとミーナの背後から前へと出た。
「シロちゃん! 何をしているの!? 逃げて!」
「もう私は……泣いてばかりいるなんて嫌。守られてばかりいるなんて嫌。また悲しい思いをしたくない!」
「シロちゃん!」
ふいにシロは過去の記憶が蘇った。
思い出したくはない過去。人を殺めた過去の一欠片が頭に再生される。
触るものを死に至らしめる力。それは花だろうと虫だろうと人間だろうと魔族だろうと、何であろうと絶対的な死を齎す。
『死神だ! 死神がいる!』
頭に再生される記憶の中でシロは死神と呼ばれていた。
触れるもの全てを殺す能力。その力ゆえにシロは死神と呼ばれ恐れられていた。
「……プーフを離して!」
シロから衝撃波が放たれると墨が霧散して消え去る。
逆立つ髪の毛の中にある表情は怒りに満ちている。目の前の危険を排除しようとシロは自分よりも遥かに大きなクラーケンを睨みつけていた。
「お前なんか死んじゃえばいいんだ……」
海面が、砂浜が、大気が震動していた。
シロから発せられる子供とは思えない威圧が周囲を震わせている。クラーケンもただの子供だと思っていたシロが急に姿を変えた様子に焦り体を震わせている。
「プーフを放して……」
一歩前に踏み出す。
クラーケンは震えたままでまだプーフを触手に絡めて放そうとはしない。
「放せ……」
いつかオオシマがブチギレたときのような真黒な表情に変わった。
黒い顔の中に穴が開いたような白い目が殺意を帯びてクラーケンを見つめている。
ミーナもプーフも初めて見るキレたシロに息を呑んだ。その姿はオオシマのブチギレたときとまんま同じ状態で、その小さい体に底知れぬ力と恐怖を感じる。
いつもの甘えん坊な姿など想像もできない真黒な姿に尋常ではない殺気。それは最早シロではなく違う何かにすら思えてしまう。
「放さないと殺す……私の……大切なものを……ハナセ!」
黒く染まった手を振り上げる。
尋常ではない殺気を漂わせるシロに目を奪われていたクラーケンは震えあがると身動きを取れずにいた。
動けない身体の真横から鋭い衝撃が走った。目の前のシロではない他の何かからの不意打ちを受けるとクラーケンの体は大きく真横に殴り飛ばされた。
「テメェうちの娘に何してんだコラァ!!!」




