あーんして
ジェニーが手によりをかけた魚料理がいくつもテーブルへと並んだ。
タイのような赤身魚の煮つけ、細長いウナギのような揚げ物、魚の粗と貝を一緒にした汁物、とどめにテーブルの真ん中には巨大なカマ焼きがでかでかと盛り付けられている。
ワプルがいったように出てきた魚はどれも川で捕れるものとは異次元の大きさだった。
5人で食べたとしても食べきれるか分からないほどの量を出されるとオオシマは見ただけで腹がいっぱいになるような気がしていた。
「おっきー!」
「本当に川のお魚よりおっきいね!」
「こんなお魚初めて見た」
早く食わせろとばかりにプーフやリリアはすでにフォークを手にして椅子の上で体を揺らしている。
シロも初めて見る巨大な魚料理にフォークを持つとオオシマのほうへちらりと目をやっている。
「せっかくの厚意だ。遠慮せず頂こう」
「いたきまーす!」
「頂きます!」
「いただきます」
オオシマのゴーサインが出るとプーフとリリアが目の前の魚たちへとがっつく。
シロも控えめに小皿に切れ端を乗っけると小さな口でゆっくりと魚を運んでいる。
「プー、これ美味しいよ。食べてみな」
リリアは揚げ物をフォークに指すとプーフの口へと向けている。
一瞬プーフはためらったような顔をしたが口を開くと差し出された揚げ物を味わった。
プーフの頭には『デブになる』という言葉が思い出されたが、それを言ったリリアは笑顔で揚げ物を勧めていた。
その行動に秘められた思いはリリアの優しさだと感じると、プーフは同じように笑って揚げ物を飲み込んだ。
「リリーこっちのもおいしいの。たべて」
「たべるー、あーん」
口を開けて待つリリアにプーフは煮つけを運ぶ。
醤油のようなしょっぱさと甘さ、野菜の旨味がつまった煮つけは今まで食べたことのない味わいだ。
「んー、美味しい! 海のお魚も美味しいね」
二人で食べさせあう姿を見ていたミーナは何かを思いついたようにオオシマに寄り添うと口を開けてオオシマを見つめている。
何をしてほしいかは分かっていたが、オオシマはあえてミーナの行動を理解しようとしなかった。
「なにしてんだオメェは」
「見てわかりませんか? あーんしてるんですよ。さっさと口に入れてください」
「おう、分かった。シロ、あーんしろ」
「え、私?……あーん」
隣にいたシロに口を開けさせると粗汁の貝をシロの口へと運んだ。
シロは口に入れられた貝を咀嚼すると染みた味が広がり美味しさと母があーんをしてくれたことが嬉しくて頬を赤らめている。
「うまいか?」
「うん。美味しい」
「ちょっと! 娘ちゃんじゃなくて私にしてください!」
「自分で食えよ、やかましいな……」
「はやく! 私に! あーんを! してください!」
「わかったよ。じゃぁほれ目を閉じろ」
「え、いいんですか!? あーん……」
言われた通りにミーナは目を閉じて口を開けるとオオシマを待った。
オオシマはフォークで煮つけの中から太い骨を取り出すとそのままミーナの口へと運んだ。
「どうだ、うまいか?」
「……? これ固いっす。味はするけど……っていうかこれ骨ですよね?」
「よく分かったな。ちゃんと食えよ」
口に骨を入れられたと分かったミーナは目を見開くと口の中に入った骨を吐き出した。
まさか骨を入れられると思わなかったミーナは吐き出された骨を見ると大げさに嘔吐いて呼吸を荒らげている。
「ちょっと! オオシマさん骨じゃなくて身を食べさせて身を!」
「んだよオメェ。せっかくあーんしてやったのに。しかも食べ物吐いてんじゃねぇよ」
「骨は食べ物じゃありません!」
「いちいち煩ぇなぁ」
やかましいミーナを放っておいてオオシマは出された魚たちにありついた。
隣に腰かけていたシロがフォークに一切れ身を指すとオオシマの口へと向けた。
「ママ、あーん」
「あー」
開かれたオオシマの口にフォークを入れ込む。
自分がされたようにシロもオオシマにあーんをさせると笑いながら『おいしい?』と尋ねる。
「うん、うまいな。旬なのか脂乗ってるな」
「えへへ。ママ、シロももう一回してほしい」
もう一度あーんをしてほしいとシロは口を開けて待つと、オオシマは一切れ刺した切り身をシロの口へと運んだ。
さらにシロだけでは二人が変に嫉妬するかもしれないと思ったオオシマはプーフとリリアにも切り身を運ぶと二人にあーんをさせて食べさせた。
これからは皆平等に扱わねばならないなと思う。
シロが甘えてきたらその分プーフとリリアにも同じことをしてやろう、プーフを褒めたら二人のことも褒めてやろう、リリアが世話を焼いてくれたら二人にもリリアを見習うようにと言おうと思う。
「オオシマさん! 私は! 私!? ミーナちゃんが待っていますよ!」
これからの教育方針を考えていたのに、ミーナが顔を赤くしてオオシマの額に自分の額をつけて詰め寄った。
もう酔いが回ってきているのか言葉と一緒に吐かれる息は酒臭い。
以前ともに飲んだ時はしおらしかったくせに、今のミーナときたらすっかり悪酔いしている。
「酔うのはえーよ。息が酒くせぇぞ」
「早く酔ったほうが得じゃないですか! 今ならお持ち帰りできますよ!」
「持ち帰るもこれから一緒に暮らしてくんだろうが」
「そうでしたあああああ! ありがとうございます! ありがとうございます!」
赤い顔したミーナが豪快に何度も頭を下げる。まるでヘッドバンキングでもしているようでうざったくて仕方ない。
娘三人大人二人の生活になるかと思ったが、これでは娘四人大人一人の生活になりそうだなと溜息が出る。
それも娘三人よりもだいぶ扱いづらいやっかいな相手である。
「おねーちゃんどうしたの?」
今まで見たときよりも荒ぶっているミーナにプーフは目を丸くしていた。
同じようにリリアとシロもどうしたんだコイツという視線を送ってミーナを見ている。
三人の視線が自分に集まっていると気づいたミーナは顔をとろけさせたように笑うとヘラヘラした笑い声をあげている。
「あのねぇーこの前ねぇーオオシマさんがちゅーしてくれたんだよ、ちゅー」
「え、ママそうなの? ちゅーしたの?」
まさかオオシマがそんなことをするとは思えずにプーフは背を伸ばして驚いている。
酔いが回ってバカなことを口にするミーナに呆れるとオオシマはキスはしたが、娘たちにそんなことを言えるわけもなくまた溜息をついた。
「するわけねぇだろ」
「えぇーオオシマさん、ちゅーしてくれたじゃないですかぁ」
「オメェ酔いすぎだ。少し酔い醒ませ」
「いいじゃないですかぁ。オオシマさんちゅーしましょ、ちゅー」
「めんどくせぇなオメェは。ほれちゅーしてやる」
揚げ物の魚の頭をフォークで突き刺すと魚の口をミーナの口に当てた。
揚げ物を運ばれたミーナは不服そうにしながらも魚に噛みつくとバリバリ音を鳴らしながら頭を咀嚼した。
「いいか。オメェらはこんな大人になるなよ」
どうかミーナのようにはならないでくれと願う声は弱弱しい。酔った勢いでオオシマに抱きつくミーナを見て娘たちは言いつけ通り、こうはならないように気を付けようと密かに心に刻んでいた。




