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TSヤクザの異世界生活  作者: 山本輔広
一章∶仁義なき異世界スローライフ編
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母親の気持ち

 ボロ布から曝け出された素肌は痛々しいものだった。

腹や背中にもいくつも痣があるだけでなく、背中には鞭のようなもので叩かれたであろう裂傷が残っている。

瘡蓋にはなっているが、その傷だらけはとても幼い体に見合ったものではない。


――虐待、拷問、もしくは奴隷のような扱いだろうな。


 過去に見た少女を思い出す。その少女も体中痣だらけだった。

恐らくは母親につけられたものであろう痣。

しかし、それは過去に見たもの。今目の前の少女の素性はわからないが誰かしらに暴行を受けているのは容易に想像できた。


 小さな背中をまじまじと見つめる。

こんなに小さく年もいっていない少女がこのような目に遭うなど、オオシマには許せることではない。


 ヤクザという傍から見れば悪である存在ではあったが、己の中には正義や仁義と信じるものがあり、それを貫くのが任侠道であるとオオシマは常々思い、行動していた。


 放置してあった風呂はすっかりぬるい湯加減となっていたが、今から火を起こしていたのでは時間がかかる。

浴槽のぬるま湯を桶で掬うと目の前に座る少女の頭からぶっかけた。


「おねーちゃんぬるい!」


「我儘言うんじゃねぇ。人様んちの飯食っただけでなく風呂まで入れるんだ。ありがとうぐらい言えねぇのか」


「いえるもん!」


 大きな声でわめく少女の頭から、もう一度ぬるま湯をかけて頭を乱暴に洗い出した。

きしんだ髪からは土埃だとか枯れ葉の残骸などがボロボロと出てくる。

その様子にオオシマは相当な環境にいたんだろうなと考え、腹が煮えくり返る思いがした。

こんな小さな子が過酷な環境にいるなど、それは人の道に反する。


 頭を洗いながすと、今度は身体を洗い始める。

石鹸もシャンプーもないが、ヘチマのようなスポンジ状の植物が置いてあった。それで傷だらけの体を優しく撫でるように擦る。

こすったヘチマには垢が目に見えるほどにこびりついて茶色くなっている。

何度もこすると少女はやがて視線を落として黙った。


 もしかすると嫌な思いをさせたか。はたまた傷が痛んだか。

オオシマは少女が泣いたりしていないか横から顔を覗くと、少女は口元をあげてニヤついたように目を閉じている。

顔を覗いているのに気付くと少女は歯を出して笑いだす。


「おねーちゃんくすぐったい!」


「……ったく、そんくらい我慢しろ。ガキが」


「ガキじゃないもん!」


「ガキだろうが」


「プーフっていう名前あるもん!」


「プーフか。よしプー。ケツも洗うから立て」


「プーじゃない! プーフ!」


「わかったから立て。ほれケツ洗うぞ」


「プーフ!」


 言いながらプーフは立ち上がると、小さな身体を同じように優しくこすって洗う。

プーフは笑いをこらえるように両手で口を押さえると、時折くすぐったいのか腰をよじってヘチマを避けた。

一通り洗い終わると湯をかけて流す。


「ほれ終わりだ。風呂はいれ」


「プーフもあらってあげる!」


「あ? 俺はいいんだよ。さっさと入れ」


「プーフもやるー!」


「ったくうるせーな。ほれ。ちゃんとやれよ」


 今度はオオシマがプーフに背を向けた。

慣れない長い金髪を前に持ってくると背中を差し出す。しかしプーフは洗おうとせずにオオシマの背中を見つめていた。


「洗うんじゃねーのかよ」


「おねーちゃんせなかにどらごんいる」


「あぁ?」


 転生してから鏡で前面は確認したものの、背後は確認できていなかった。

プーフが目にしていたのは背中に彫られた和彫りの龍である。天へと駆けのぼる竜が色鮮やかに彫られ、その周りには蓮の花が散りばめられている。


――墨は残っていたか。


 身体は女へと変わったが、生前に入れた覚悟の証である龍がまだ背にいることにオオシマは少しだけ胸を弾ませた。

任侠道を歩む覚悟をしたときに入れた龍はプーフにはそれは壮大な絵画に見えて心を奪っていた。


「プーフの傷もおねーちゃんみたいな“どらごん”になる?」


 痣が龍になるはずもない。普通に考えればわかることではあるが、プーフの子供ながらの考えにオオシマはおかしさと切なさを感じた。


「ならねぇよ。だが、傷が治ったらいつかできるかもしねぇな」


「じゃぁ、プーフ傷治す!」


「そうか。じゃぁ、さっさと背中洗ってくれ」


 小さな両手でヘチマを握ると一生懸命に背中を擦る。

オオシマにとっては弱弱しく感じる力ではあったが、一生懸命さは十二分に伝わる。

背中を洗い終えるとプーフもオオシマがしたのと同じようにぬるま湯をかけて汚れを落とした。


「ありがとよ。さ、入れ」


「おねーちゃんもはいろ」


「狭いんだから一人ずつだ」


「おねーちゃんもはいろ」


「全く同じこと言ってんなよ。ほらさっさと入れ」


「やー!」


 またダダをこね出すとオオシマは溜息をついて先に風呂に入った。

すでに浴槽はオオシマ一人でいっぱいである。しかしプーフはオオシマが入るとニヤリと笑って浴槽へと勢いよく飛び込んだ。

水しぶきを豪快にあげて狭い風呂に無理やり入るとオオシマの上にまたがる形で胸元までぬるま湯に浸かっている。


「テメェ! あぶねぇだろ!」


「いっしょにおふろ!」


「二度と飛び込むんじゃねぇぞクソガキ!」


「くそがきじゃない! プーフ!」


「うるせー!」


 頬を膨らませたプーフはぬるま湯を掬うとオオシマの顔にぶっかけた。


「おこるのヤ!」


 駆けられた湯をぬぐいながらオオシマはカチンときていた。

 これは教育的指導が必要である。恐らくはまともな常識も備わっていないし、このままではわがまま放題になってしまう。

それはならない。常識から外れたモノは少なからず蛇の道へと進む。


「ヤじゃねぇ! いいか。相手が嫌だと思うことはするんじゃねぇ。お前だって嫌なことされたくないだろ?」


「……うん」


 意外にもプーフはすんなりとオオシマの話を飲み込んだ。

嫌なことはされたくない。そこに思い当たるものがあるのだろう。恐らくは体の傷がそうなのだろうが、オオシマはあえてそこは突っ込まなかった。

下手に相手の弱い部分を曝けだしても距離がつまってない今は良い方向へ向かうとは限らないと思ってのことだ。


「わかったなら良し。もう風呂には飛び込むなよ」


「はい!」


 調子のいい返事に一安心するとぬるま湯にしばし浸かって思いを馳せた。


 いきなり転生されたと思ったら身体は女になっていた。まだそこに心は男、身体は女というジレンマがある。そんな落ち着かない状況にいきなり闇を抱えた少女が尋ねてきた。

そして食べ物を与えただけでなく、一緒に風呂まで入っている始末。

この先どうなるのかと考えても未来はとても想像できるものではない。

まだこの世界自体どんな場所かも分からないし、どのような状況下にあるかも定かではない。

女神は平穏を約束したが、今のところ平穏だとは感じられない。

どちらかと言えばトラブル続き。思っていた平穏とはかけ離れた現実にオオシマは何度目かの溜息をついた。


「そろそろあがるか」


 少女の脇に手をつっこんで先に浴槽から出すと、オオシマも浴槽からあがった。

狭い脱衣所にはタオルが二枚ほどあった。一枚を自分で使い、もう一枚をプーフの頭に被せる。


「おばけだぞー!」


 頭にタオルを被ったプーフは体を拭くことなく、何を思ったかそのまま駆けだした。

自称おばけが、頭に被ったタオルをなびかせながら家の中を走り回る。


 子供の考えることはわからない。あっけに取られていたオオシマはいつか『子供は怪獣だ』と誰かがいっていたのを思い出した。

 目の前には確かに小さな怪獣がいる。タオルを靡かせて走り回る怪獣が。


「身体拭け!」


「わー! おっきなおばけだー!」


 オオシマが怒鳴り声をあげてもプーフは収まるどころか余計にハイテンションで走り回る。

小さな自称オバケはオオシマのことを大きなオバケと叫びながらベッドの中へと逃げ込む。


「拭いてない身体でベッド入るんじゃねー!」


 掛け布団を乱暴にはがすと、プーフは嬉しそうに叫び声をあげて再び駆けずり回る。

小さな怪獣にオオシマは頭がクラクラした。

世の中のかーちゃんたちは大変なんだな。そう思いながらオオシマは駆けまわるプーフを捕まえると自身のタオルで強引に身体を拭く。


「やー! つかまったー! たすけてー!」


「お前が身体拭かないからだろうが!」


「やー! たべられるー!」


 笑いこけるプーフにオオシマは頭を重くしながら全身をタオルで拭き上げた。

身体に痣こそ残ってはいるが、最初に見たぼさぼさの髪ではなく垢のこびりつく身体でもない。

少しではあるが年相応の姿を見るとオオシマは心の中に暖かい気持ちを覚えていた。

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