数日ぶりのおうち
翌朝になってオオシマはくまのレストランに顔を出した後に自宅へと足を運んだ。
当初はシロの衣類と鶏などを買いに行くだけのつもりであったが、予定は大幅に変更になって数日の時間を過ぎてしまった。
しかし、結果としてオオシマはただ酒にありつける機会を得たし、プーフたちにも苦い思いはさせたが色々な経験をさせることができた。
シロは買ってもらった紙袋を片手で抱きしめながら、もう片方の手でオオシマの手を握りながら自宅への野原を歩いた。
先頭にはリリアが立って、プーフはオオシマの空いたほうの手を握っている。
「そんなに日数も経ってねぇが何だか久しぶりに家に戻る気がするな」
「買い物してワプルに出会って海にいって人魚に出会って。こんなにたくさんのこと経験したの初めて。おうち帰ったら早く服着たいな」
シロは嬉しそうに紙袋を抱きしめるとオオシマの顔を見上げる。
海の底に沈んだと聞いたときはそれこそ絶望に打ちひしがれたが、オオシマは無事に生還して今はシロの手を握り返している。
「ママ死んじゃったかと思った。私みたいに水の底で…」
「娘残して死ねるかよ。でもまぁ今回は辛い思いをさせちまった。本当に情けない母親だ」
「そんなことないよ。ママは戻ってくるって思ったもん」
「オメェはどこまでも良い奴だなシロ」
思わず抱きしめてやろうかと思ったがオオシマの両手は今シロとプーフに握られている。
代わりにしゃがみこんで額に自分の額をつけて軽くぐりぐりとこすりつけるとシロは照れながら笑う。
「ママープーはー?」
「オオシマ―リリアはー?」
「ったく、ほれお前らもこい」
二人も引き寄せて額をこすりあわせると二人は嬉しそうに笑う。
甘えん坊になってはいるが、オオシマは三人に傷をつけたことを後悔すると、その分甘えさせなければならないとも思った。
宿屋で必要以上に甘えてくる三人を見て深い傷を負ったがゆえのものだと考えると、三人の気持ちを酌もうと思った。
常に傍にいるが故に忘れてしまいそうになるが、オオシマの抱える三人はまだ幼い。
それを考えれば子供にとって親を失う衝撃は計り知れない。一時的とは言え三人に与えた傷は大きいものだろうと考えれば、多少の甘えは許そうと思う。
野原を歩きしばらく経つと自宅が見えてきた。
野原が開けた場所にある平屋の小さな家。しばらく過ごしたせいで愛着がないわけではないが、それでもオオシマは目の前の三人を見れば小さいと感じてしまう。
「みるくちゃん! りんごちゃんただいま!」
自宅に着くとプーフは裏手に回って羊のみるくちゃんとリクガメのりんごちゃんに帰宅の旨を伝えに走った。
普段は寝てばかりいるが、二匹は主の帰還を見るとゆっくりと立ち上がるとプーフに近づいた。
「お腹空いてるのかな?」
プーフの後ろからシロが顔を覗かせると、りんごちゃんの頭を撫でた。
りんごちゃんはシロの手の匂いを嗅ぐと『早く飯をよこせ』というように手のひらに頭を擦りつけている。
「ンメエエエ」
「みるくちゃんもごはんほしいの? たべてきていいよ」
首に繋げられていた紐を解くとみるくちゃんは歩き出して日の当たる野原へと歩き出し、存分に育った野原へと足を踏み入れると緑萌える葉や茎をもりもりと食べ始めている。
数日飯にありつけなかったみるくちゃんはそのモフモフした毛をゆらしながら口を回転させるように回しながら食事にありついている。
「シロ、りんごちゃんにもごはんあげよ」
「うん、分かった」
二人は家に戻ると木箱からりんごを取り出してまた家の裏手へと回る。
りんごちゃんは食事を求めて小屋から移動していた。プーフたちが戻っていった姿を追いかけるようにして家の周りをゆっくりと歩いている。
「りんごちゃん、はいごはん」
プーフは手にしたりんごをそのままりんごちゃんに差し出すと、りんごちゃんは匂いを嗅がずにりんごへとゆっくりかみついた。
余程腹が減っていたのか、ゆっくりながら大きな口ですぐに芯まで食べると今度はシロの持ったりんごへと顔を向ける。
「りんごちゃんどうぞ」
シロもりんごを差し出すとりんごちゃんは頑丈な顎でりんごに食らいつく。
「りんごちゃんは女の子かな? 男の子かな?」
目の前でりんごをかみ砕くりんごちゃんの頭を撫でながらシロが尋ねる。
プーフは腕を組んで目を細めると悩んだふうに唸っている。
「きっとりんごちゃんもおんなのこなの!」
「どうして?」
「だってね、ママもプーもリリーもシロもおんなのこでしょ。みるくちゃんもおんなのこだし、りんごちゃんもおんなのこなの」
「そうかもしれないね」
「きっとそうなの」
*
家の中に入ったオオシマは部屋の隅に積まれた空き箱を外へと運び出していた。
今後は大工に頼んで家を改装してもらうため少しでも邪魔なものは避けておきたいし、必要な物以外は片付けておかねばならない。
まだ直接ジェニーの知り合いの大工を紹介してもらったわけでもないのに、オオシマの気持ちはすでに自宅改装へと向かっていた。
「オオシマ少し休んだら?」
「これから忙しくなるだろうし、少しでもやることやっときたいんだよ」
「…オオシマは動きすぎだよ。少しは休んでもいいのに」
家の隅の空き箱を運び出そうとするオオシマのスカートをリリアは後ろから掴んだ。
その表情は少し寂しそうで、でも直接口に出さないようにその後は黙り込んでいる。
思い返せばリリアは帰るときも一人で先頭を行っていたし、プーフやシロよりも外見年齢的には年上という理由からお姉ちゃんとして振る舞い、二人のことを気遣って自分の気持ちを言うのが億劫になっている気がした。
本当ならばリリアももっと甘えたいし、我慢などせずに自由にいたいのかもしれない。
無言でいるリリアの頭を撫でると、オオシマは木箱を運ぶのを止めてリリアを抱き上げた。
「え、ちょ、急に何」
「何って少し休むんだよ」
抱き上げたリリアをベッドに降ろすとオオシマも小さなベッドに横たわった。
自宅のベッドは狭いがそれでも何よりも落ち着く場所だった。
だらしなく口を開けて気力のない声をあげると、オオシマはリリアも横になるようにうながした。
「リリー。オメェはいつもプーたちの世話を焼いてくれてるよな。ありがとうな」
「…何、急に」
「別に。お姉ちゃんってのは大変だろうからな」
「だがよ、あんまりため込むなよ。オメェも子供なんだから好き放題してていいんだぞ」
「…うん」
横たわったオオシマの上にうつ伏せになった。
大きな胸に顔を預けると心臓の鼓動が聞こえてくる。リリアはもっとその音を密に聞きたくてオオシマの胸に顔に押し付けた。
――子供ってのはやたらくっつくもんだな、落ち着くのか?
そういえば子供はやたら乳房に固執するような気がした。
乳を飲んでいた名残なのか、それとも密着したり触れることで安心感があるのか。
少なくともやましい気持ちなどではないが、子供は乳をやたら触ろうとしたり見ようとしていた気がする。
宿屋でもプーフがやたら谷間に顔を埋めていたし、リリアも前はやたら触ろうとしていたのを思い出す。
「落ち着くか?」
「うん。私もママみたいにおっぱい大きくなるかな?」
勿論二人に血の繋がりはない。
故にどう成長していくかはわからないが、それでも無理だとか否定的なことを言うのは憚られる。
「どうだろうな。よく食ってよく寝りゃ育つんじゃねぇか?」
「ママはどうやって大きくなったの?」
「俺? んーなんだろ」
どうと言われても前世から転生したらいきなりこの姿だった、なんて言えずオオシマは無駄に悩んでみる。
女になったのなど初めてだし、どう成長して今の姿になったのかもわからない。
色々すっ飛ばして今の状態になっているためにオオシマはそれらしい答えを用意できずにいた。
「そうだなぁ。でもやっぱミルクとかじゃねぇか。栄養あるし」
「そうなんだ。じゃぁ私もミルクたくさん飲む」
「だが、あったらあったで邪魔だぞ。走るときすげぇ揺れて邪魔だった」
オオシマは初めて女の体になって分かったことがあった。
走ると乳房が豪快に揺れて皮膚が引っ張られる感覚がする。それに大きな重い塊は揺れるたびに邪魔だと思えたのだ。
「私はママみたいになりたいの」
「そうか。じゃみるくちゃんに頑張ってもらわねぇとな」
「そうだね。今日からいっぱい飲む」
リリアは顔をあげるとオオシマの胸元に噛みついた。
「イッテェ! オメェはなにしてんだ!」
「ママからもおっぱい出ないかなって」
「出ねぇっつってんだろ!」