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TSヤクザの異世界生活  作者: 山本輔広
二章:異世界任侠伝ー川の底に咲く花ー
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決裂

 オオシマを挑発しながら海底へと辿り着くと、リバイアちゃんは海底にできた見慣れない地割れに目をやった。


「なんだこれ。海底が割れてる」


 地割れはまだ真新しいようで小さな泡をあげながら周りの砂を吸い込んでいる。

 先ほどのオオシマのとてつもない一撃が海底まで響くと地割れを起こさせていたのである。

 そこにリバイアちゃんは恐れることはなかった。むしろ激怒していた。

自分の縄張りである海に侵入しただけでなく、地割れまで起こさせるなどリバイアちゃんには許せることではない。

自分のテリトリーを荒らされたリヴァイアちゃんは歯をむき出しにしてワナワナと怒りに震える。

 そんな表情で見上げれば鬼の形相のオオシマがもうすぐそこまで迫っている。


「あたちの縄張りになにしてくれんのよー!」


――知るか。勝手に縄張りにして好き放題やりやがって。


 迫るオオシマを迎え討とうとリバイアちゃんは尾を揺らす。

 身構えるリバイアちゃんの尾の先にあった地割れがふいにさらに大きな口を開けた。

大きな割れ目は周囲のものを勢いよく吸い込みだすと、海底に抗えないほどの海流を生み出した。

全てを飲み込む水流がリバイアちゃんの尾を掴むとリバイアちゃんは地割れに吸い込まれていく。


「え、なに、やだ! たすけて!」


 一気に体を地割れに吸い寄せられると、飲み込まれないように小さな手で海底にしがみつき焦った顔で這い上がろうとするが、小さな体では抗うことができない。

しがみつく海底の切れ目ですら徐々に形を崩しながら飲み込まれていく。

まるで海底が口を開けて全てを飲み込むようだ。小さなリヴァイアちゃんなどすぐにでも飲み込まれてしまいそう。


――神様だってのに自分で這い上がれねぇのかよ。


 地割れに吸い込まれそうになる姿に、オオシマは距離をとってその様子を見ていた。

神様というのだから特殊な力や魔法のようなものが使えるだろうとみていたが、リバイアちゃんは必死にしがみつくばかりで、一向に地割れから出てこれる様子はない。


「たすけて! だれか! だれか!」


 焦る姿はただの子供だった。

必死に周りにあるものに手を伸ばして飲み込まれないようにする姿は見た目そのままの子供である。

先ほどまでは怒り狂ったような表情は、今は悲痛な顔に歪む。


「おねがい! だれか! ……ママ! ママー!」


 助けを求める声。

ママという言葉を聞いてオオシマは体が勝手に動き出していた。

こいつにも母親がいる。母親に助けを求めなければならないほどの状況にある。

 海流の勢いに乗せて泳ぐと一気にリバイアちゃんまで距離をつめた。


「ママー!」


――クソガキが。


 すがる手の平をオオシマの腕が掴んだ。

リバイアちゃんの小さな手を力いっぱい掴むと、思い切り力を込めて地割れから引きずりだす。


――さっさとあがってこいクソガキ!


 泣きわめきながら母を呼ぶリバイアちゃんを地割れから引っこ抜くと、そのまま海流から遠ざけようと海上へむかって思い切り放り投げた。

やっとの思いで地割れから脱出することのできたリバイアちゃんはオオシマのほうを見ることもなく泳ぎ出すと、上へ上へと昇っていく。

やがてその姿はオオシマに構うことなく、どこかへと消え去ってしまう。


――助けられておいて、ありがとうもなしかよクソガキ。


 とりあえずリバイアちゃんを地割れから遠ざけられたことを確認するとオオシマは普段の顔つきへと戻っていた。

 そろそろ自分の肺活量も限界に来ている。

オオシマも呼吸を求めて上へと泳ぎだすが、地割れはさらに大きくひび割れると勢いよく海水を飲み込んでいる。


――やべぇな、こりゃ。


 なんとかその場から脱出しようと泳ぐが、全てを飲み込もうとする海流は手を伸ばしても足をバタつかせても一向に前へと進まない。

 限界にきていた肺は呼吸を求める。

次第に苦しさを覚えたオオシマは必死に上へとあがろうとするも、前に進むどころか徐々に後退している。


――おいおい、マジかよ。


 耳鳴りが響いていた。呼吸を求めて足を急がせるが、力を籠めれば込めるほどに体からは酸素が失われていって、苦しさばかりが増していく。

力も徐々に籠められなくなると、オオシマの体は地割れまで飲み込まれそうなほどに沈んでいく。


――ふざけんな、また死んじまう。


 耳鳴りが酷い。目を開けているのに視界が暗くなっていく。

息苦しさに心臓はこれ以上ないほどに脈打って耳に響いている。


 手を伸ばす。

薄暗い海の先には光が見えるが、地割れに飲み込まれると光は小さく遠くなっていく。


――おい……俺は……まだ……


 地割れに飲み込まれながら、オオシマの頭には何故だかプーフやリリア、シロの笑った顔が走馬灯のように流れていった。


――俺は……


 伸ばした手から力が抜けて、オオシマの視界は暗くなると意識が遠ざかった。

水流に飲まれるがまま、オオシマの体は地割れの向こうにある闇へと消えていった。



 数時間が経ち、日が傾くとオレンジ色の日光が海面を染めていた。

小屋に残されたプーフたちはいつまでも帰らないオオシマとトーマスが気にかかって仕方なかった。

 さすがに時間が経ちすぎている。

プーフは落ち着きなく何度も小屋の窓から浜辺を見ては椅子に座るのを繰り返して二人の帰りを待った。


「ママ、おそい」


「話し合いが長引いているのかな……」


 シロも心の中に心配がこみ上げていた。

話合いに沖へと出たはいいが、本当にうまくいっているのだろうかと思うと焦りが生まれた。

窓の外を見れば日が傾いてきているし、このまま後数時間もすれば夜になってしまう。


 相手は神様である。

そう思うと、もしや神の逆鱗に触れて何かあったのではないかと、余計な不安を募らせてしまう。

時間の経過と共に不安は大きくなっていく。

窓から見える海に出ていった舟の姿はない。

早く帰ってきてと願うも、海は無情に波を打ち付けるばかりだ。


「もしかしたらオオシマ、神様と喧嘩になっちゃったのかな」


 不安を抱えたリリアが暗い表情でぼやいた。


「ママ……」


「僕、ちょっと見てくるよ」


 同じように父親を心配したワプルは立ち上がると玄関の扉を開く。

プーフたちもすでに居ても立ってもいられなかった。ワプルが外に出ると三人も海の方へと足を運んだ。


 日が暮れてきた海は波が大きくなって、荒々しい波音が不安をかきたてるようだった。

浜辺を歩いてみても舟はなく、オオシマもトーマスの姿もない。


「待って、なんかいる」


 浜辺を歩いていたワプルの足が止まった。

遠くの浜辺に大きな黒い物体が波打ち際で動かずにいる。

大きさと色からしてワプルはそれが父だと分かると考えるよりも先に足が動いた。


 必死になって4人で波打ち際を走る。

遠くにあった黒いそれは、やがて視界にはっきりと姿を現すとやはりそれはトーマスの姿であった。

トーマスは力なく波打ち際に倒れて意識を失っている。黒い毛はびっしょりと濡れて体には白い砂がこびりついている。


「パパ! パパー!」


 動かぬ父親の元までたどり着くと、ワプルは必死にトーマスの巨体を揺らした。


「パパ! パパ! 起きて! パパ!」


「う……ワプ……ル……」


「パパ!」


 もしや死んでしまったのではないかと心配したワプル。声をあげるトーマスに抱きつくと涙を流しながら顔をこすりつけた。

 しかし、それを見て三人の少女には巨大な闇が心を埋め尽くしていた。

トーマスがこのような状態になっている。ということはオオシマにも何かしらあったはずだ。

不安になりながら周りを見てもオオシマの姿はない。


「ママは……ママはどこ!」


「鬼姫は……」


 三人の少女の顔には既に恐怖から涙が出そうだった。

どうか、どうか無事でいて。きっといつものようにきっと鬼の形相になって暴れているだけ。きっと戻ってくる。戻ってくるから。


「鬼姫は……」


 ごくりと喉がなるほどに息を呑んだ。


「海に……沈んだ」


 絶対に耳にしたくなかった答えが出ると、少女たちは表情を作れずに立ち尽くしていた。

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