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TSヤクザの異世界生活  作者: 山本輔広
二章:異世界任侠伝ー川の底に咲く花ー
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熊のレストラン

 子供が大人しく待っているわけもなく、プーフは棒きれで地面に魚の絵を描いた。

川で捕れた魚だと説明すると、ワプルも父親が捕ってくるという大きな魚を描いている。


「僕のパパがとってくるお魚はもっと大きい魚なんだ。プーフの描いた魚よりもっともっと大きいんだよ」


 地面に描かれた絵はプーフのものの倍以上であった。

それほど大きな魚などプーフもリリアも見たことがない。せいぜいタモ網で掬える程度の大きさに対し、ワプルの描く魚はとてもタモ網では捕れそうにないサイズだ。


 オオシマはそりゃ海なのだからデカいのも捕れるだろうと口にしなかったが、プーフやリリア、シロはワプルの語る魚を想像すると、どんなものかと胸を弾ませた。


「そんなにおおきなおさかなみたことないの。プーもみてみたい!」


「いいよ。今度パパに頼んで海に行こうよ。海は綺麗なんだー。青くて海水が水平線の向こうまで続いていてね。岩場にはシーグラスなんかもあるんだよ」


「しーぐらす?」


「割れたガラスが波に飲まれて角が削られたものだよ。ざらざらしてるけど鉱石みたいで綺麗なんだ。おうちにあるからママが帰ってきたら見せてあげるよ」


「いいなー。オオシマ、私たちも海行きたい」


 リリアに視線を向けらると、オオシマは頬杖をつきながらそうだなぁと考えた。

オオシマ自身、海に対しては行ってみたいと思うし、この世界の海はどのようなものがあるのか気になっている。

 ワプルの父親が漁をしているというのなら、そこには市場があるかもしれない。

もしなかったとしても地理を把握しておいて損はないだろうと考えた。


「そうだな。今度行ってみるか。ここから海まではどれくらいあるんだ?」


 視線を向けられたワプルは地面に地図のようなものを描いた。

棒きれで今いる時点を指し示すと、そこから地図上の海へ向かって棒を走らせる。


「朝から歩き出せばお昼にはつくよ」


 ということはだいたい3,4時間はかかるだろうか。

さすがに往復で6時間の徒歩はオオシマにも辛い。それも娘三人を連れた状態ならばなおさらである。


「結構かかるんだな」


「たまに舟も出ているけど、舟屋さんはきまぐれだから、あんまりいないんだ。運よく舟に乗れればすぐにつくよ」


 舟があれば早いと言うが、確実に乗れないのならばあまり期待はできない。

もし行くならば日帰りはきついだろうなと考えながら遠くを見て悩んだ。

もし行ったとして、宿などはあるだろうか。文明の発展していない世界だ。前世のような海岸の見えるホテルや客室つきの海の家があるとも思えない。


 そこからさらに少しばかりの時間が経つと、レストランの前に延びる道の先に茶色い熊が現れた。

二足歩行した茶色い熊は白いフリルつきのエプロンをして、両手に大量の紙袋をぶらさげている。

それに気づいたワプルは立ち上がると大声で叫び声をあげた。


「ママ!」


 走り出して母親に会えたことを喜ぶワプル。

しかし、母親の熊はワプルが自分の前に走ってくると紙袋を置いて怒り狂ったような鬼の形相へと変化した。


「アンタどこいってたの! 心配して町中探したんだからね!」


「うぅ、ごめんなさあああああい」


 再会を喜ぶ時間もなくワプルは母親に叱られると嗚咽をあげた。


「全く、あれほど離れるなって言ったのに悪い子だね! どうしてアンタはママのいうこと聞けないの!」


 母親は大変だよなぁ、すげぇよくわかる。なんて思う。

二匹の熊のやりとりを見ていると、オオシマはため息交じりの鼻息を鳴らした。

子供が言うことを聞かないのは身に染みて分かっている。プーフもリリアもいつも感情まかせに暴れて遊び回る。

そういった扱いになれてはきたものの、オオシマも、もしプーフたちが自分から離れて迷子になったらとりあえず怒るだろうなぁと思えた。


「ごめんなさああああい」


 母親はレストランの前に腰かけるオオシマとプーフたちに気づくと、ワプルを怒った顔で見下した。


「あの人たちはどうしたの、アンタまた悪さしたんじゃないだろうね!」


「違うの。迷子になってたらあの人たちが一緒にママのこと探してくれたの」


「まーたあんたは迷惑ばっかりかけて!」


 ワプルを引きつれた母熊がオオシマの前まで来ると、その大きな頭を下げ、ワプルの頭も押さえつけて下げさせた。


「うちの子がご迷惑をおかけしたようで。本当に申し訳ないです。ほれ! アンタもありがとうくらいいいな!」


「うぅ……ありがとう」


「気にすんな、大したことはしてねぇ」


「ワプルちゃん! シーグラスみせて!」


 大人のやりとりなど気にもせず、プーは母熊が戻ったので、やっとシーグラスが見れると目を輝かせていた。


「ママ、この子たちにシーグラス見せてもいい?」


「シーグラスって海の話でもしてたのかい? あなたたちも一緒に探してくれたのかい? どうもありがとうねぇ。せっかくだから、うちにあがっておいで」


 話しながら母熊はプーフたちに笑いかけると、レストランの扉を開けてプーフたちを手招いた。


「お世話になったお礼だ。お茶でも飲んでいきな」


「悪ぃな。じゃぁ、遠慮せずに頂こう」


 オオシマはそう言いながらも遠慮する気などなかった。

海の話を聞いてからそこがどのようなものか気になると情報を集めたかった。

この母熊はレストランで料理をしているといってたのだから、海の魚には詳しいだろうし、もし父熊に会えたら、さらに詳しい話を聞けることだろう。

 分からない世界で生きていく以上はどんな情報でもありがたい。ましてや、オオシマの好きな魚の話ならより喜ばしい。


 レストランは二階建てになっており、一階はカウンター席がメインにテーブルがいくつかあり、その周りを猫足の椅子が囲んでいる。

二階はこの熊たちの家になっており、ワプルはプーフたちにシーグラスを見せるというと子供たちは二階へとあがっていった。


 母熊は名をジェニーと言った。

ジェニーは慣れた手つきで小さいマグカップにお茶を入れると、カウンターに座るオオシマに出した。

香り豊かな湯気のたつ液体は紅茶のような色合いをしているが、口に含むとわずかにスパイシーさが口に広がる。


「うちで出している自家製茶さ」


 前世で言えばミルクを薄めたチャイラテのような味わいだ。

しかし、オオシマもこの世界にきてからゆっくり茶など飲んだためしがない。出された茶をゆっくりと味わいながら室内を見回した。

店内には父熊が獲ったであろう大物の魚拓や、骨なんかが飾らると壁を泳いでいる。


「ここは魚料理を出しているのか?」


「そうだね。うちの旦那が漁師だから、海で捕れる魚をメインに扱っているよ。夜は酒も出すから、そこそこ賑わうんだよ」


 やはりここに来て正解だった。

魚の話を聞けるだけではなく、夜には酒を出すという。

最近酒を欲してしまっていたオオシマにとってはこれ以上ない朗報である。


「でも、驚いたよ。まさかワプルを家に連れてきてくれたのが鬼姫だなんて」


「鬼姫?」


「あら、アンタ知らないのかい。アンタ、この町じゃ鬼姫って言われて恐れられてんだよ」


「はぁ? どういうことだよそりゃぁ」


 そんな噂が飛び交っているとも知らず、オオシマは目を丸くして驚いていた。

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