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TSヤクザの異世界生活  作者: 山本輔広
一章∶仁義なき異世界スローライフ編
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エルフの幼女

 中を恐る恐る窺いながら少女が中へと入った。

見てみればボロ衣を着た耳の尖った少女だ。白い肌にぼさぼさの金髪。足元は裸足でその姿にオオシマはある思いが過った。


――捨て子か?


 ヤクザとして生活していたとき闇金に手を出した女の家に押し込んだことがあり、その時の様子を思い出していた。

家に乗り込んだオオシマが見たものはごみ袋だらけの荒れた部屋に一人佇む少女だった。

すでに闇金に手をだした女は家を捨てており、娘を捨てて逃げ出していた。

娘はやつれた体にいくつも痣を作りやせ細っていた。

ガスも電気も止められた家で少女は一人過ごしていたのだ。風呂に入っていないせいで臭いがキツく、ちゃんとした食事を摂らないせいで顔には生気がなかった。

服も同じものをずっと着ていたようで黄ばんでいた。


 その姿に少女が重なっていた。

少女は中に入ると部屋をあさりはじめる。恐らくは食料を探しているのだろうか。

タンスの引き出しを漁っても目ぼしい物がないと分かるとすぐに止めて、キッチンの周りへと走る。

シンクに蠢くエビを見つけると少女は手を伸ばしてエビを捕まえるとその場でエビの皮を剥いてかじり出した。

まだ泥も抜けていないであろう生身は食えたものではないはずなのに、少女は無我夢中で食いつくとさらにもう一匹掴み上げてかじりついている。


 心が痛んだ。

かつて押し入った時、オオシマはその黄ばんだ少女を匿名で通報し、児童相談所に届けた。

しかし、この世界にはそんなものはあるのだろうか。そもそも電話もない世界だ。連絡の手段も見つからない。


 オオシマは音を立てないように体を起こすと、立ち上がって少女が逃げないように玄関の前に立ちその様子を見ていた。


「おい、ガキ」


 腕組をしたオオシマの声に少女はびくりと背を震わせた。

バレたときの恐怖が少女の体を硬直させていた。


「泥抜きもしてねぇもん食ってんじゃねぇ。それはまだマズい」


「……」


 少女は黙ったままだ。

溜息をついてオオシマは少女に向かって歩き出した。

少女は硬直したまま動かずに、手にしたエビも口にせずに震えている。


 少女の傍にきたオオシマは硬直した少女には手をださずにキッチンにあった小さな木でできたコップを持つと外へと出た。

家の裏にいた羊の乳を搾るとコップに並々注ぐ。

羊乳の入ったコップを持って家に戻ると少女へと差し出す。


「本当なら加熱処理して冷却したほうがいいが、これなら搾りたてだ。多分飲める」


 少女へとコップを差し出す。

まだ状況が理解できていない少女は震えて視線を落としたままである。


「ほれ飲め」


 突き出すようにコップを差し出すと少女はやっとコップを受け取った。

恐る恐る口をつけてコップを舐める。それが飲めるものだとわかると少女は一気に飲み干した。

まだ警戒心が解けたわけではない。だが、オオシマはそんなのは構わずに少女の前にしゃがむと顔を見つめた。

顔には小さな切り傷と目の上に痣がある。


――こいつ殴られてるな。


 喧嘩に明け暮れていたオオシマは目の上に痣をよくつけていたし、喧嘩した奴が痣をつけるのをよく見ていた。

恐らくはこの少女は誰かに殴られた。そして逃げ出したのだろう。

そこまで察しがつくと溜息をついて少女の口を無理やり開かせた。

小さな口の歯茎に指を押し当てる。押し当てた部分が白くなり、指を離すとゆっくりと赤色に戻る。

オオシマはいつかドクと言われる闇医者に脱水時の確認の仕方を教わっていた。

拉致監禁などされた場合には食事を与えられずよく脱水症状になる。そのときの確認方法が歯茎に指を押しあてる方法だった。

水分が十分にあれば指を押し当てた部分はすぐに血流を戻すが、水分が足りてないとゆっくりと血流が戻る。


 飲み干したコップを取り上げると再び羊の乳を搾り少女へと飲ませる。

もうそれが飲めると分かった少女は差し出されたコップを受け取ると瞬く間に飲み干した。

反応はするが無言である。

人を警戒し、信頼をしていない少女だとオオシマは感じ取るとオオシマもまた無言で少女と接した。


 少女を家に残したままタモ網とタンスにあったナイフを持つと再び川へと向かう。

無言で出ていくオオシマに少女が無言で目で追いかけたが、それに構わずにオオシマは長靴を履くと家を出た。


 アシの茂る場所ではなく、今度は岩の下へと網を突っ込み周りの石や岩を長靴でひっくり返す。

そうして網をあげることで中には小魚などが入っている。

入った小魚の喉元に指を突っ込んで絞めると魚は痙攣してやがて動かなくなる。

それを川辺に放り投げるのを繰り返す。

何匹か収穫があるとオオシマは川に生えている乾いたアシを何本か千切ると川から上がった。


 川辺には流木がいくつも落ちている。

それらを一つ一つ拾うと手ごろな長さの木の棒を手にしてそれらを叩いた。

川辺の流木は見た目には乾いていても水分を吸っていることがある。水分があるかどうかは叩くと分かるのだ。

水分を吸っている流木は叩くと鈍い音がする。しかし、乾いた流木は乾燥して弾けるような音がする。

乾いた流木を集めるとそれらを一か所に集めた。


 流木の中から丈夫そうな棒と板替わりになる木を集めると、板の上に乾いたアシの葉を細かくちぎって山にする。そこに棒を突き立てて一心不乱に擦る。

やがて煙がわずかにあがると余ったアシを一気に煙に被せる。

そうすると小さな火だねが出来上がり、それを集めた流木の下へと入れる。

わずかな火が徐々に勢いをあげると立派な焚火へと変化していく。


「よし、火ついたな。あとは……」


 川辺に放置していた締めた魚の所へ戻ると、一匹ずつ川の水で汚れを落とし、エラを取り拾った細い流木を突き刺していく。

何本かのくし刺しが出来上がると、それらを焚火の周りに並べて突き刺した。


 火の勢いが消えないように乾いたアシをさらに追加する。

流木に火が移るとそれは安定した火力となり、周りに刺さった魚を徐々に焼きあげて焦げ目をつけさせた。

焦げが一か所に集中しないように時折串を回転させながら焼き魚を作る。


 何をしているのかといつの間にか少女が家から出てきてオオシマの様子を見ていた。

目の前で魚が焼かれているのを見つけると、焚火の近くまで駆け寄ってしゃがみこむと魚をじぃっと見つめている。


「まだ食うなよ。野生の魚ってのは中にどんな寄生虫がいるかわからねぇからな。身体から水が出ているうちは食うな。後で腹壊すぞ」


 聞いているのか聞いていないのか、少女はオオシマのほうへと目をやらずじっと魚を見つめている。

 ある程度焼けたところで串を取り上げると冷ますために息を吹きかけてからかじった。

調味料がないせいで大した味はしないが、食えないことはない。それに中までちゃんと火が通っているのを確認すると、他の串も取り上げて少女へと渡した。


 渡された串を少女は息も吹きかけずにかじりついた。

そのせいで舌を火傷して慌てて口から出すと、必死に息を吹きかけて熱を冷ましている。

冷めたところで一本、さらに一本。

気づけば刺した串全てを食べ終えると少女は満足そうにその場に腰を降ろして腹を撫でた。


 オオシマは残った火を消さないように平たい石の上に乗っけると、家へと持ち帰り、暖炉の中へと放り込んだ。

暖炉の中には灰が積もっている。その中に穴を掘って火種を埋め、灰を被せる。

火があがらないが、これで室内の温度をあげることができる。


 少女もオオシマの後をついて家の中へと入り込んでいた。


「エビ……食べないの?」


 やっと口を開いた少女はシンクに蠢くエビたちを指さしている。


「ありゃ泥抜きが終わってないからダメだ。しばらくはあのままにしねぇとな。なんだまだ食いたりねぇってのか?」


 少女は無言でうなずいた。


「飯食わせてもらっておいてまだ食いたりねぇとは肝の据わったガキだ。どれ、お前も網持ってこい。もっかい魚取るぞ」


 壁にかかった小さなタモ網を渡すと少女は目を輝かせて家から出るオオシマの後へ続いた。

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