復活の白い花
いつか下流で見つけた大きな岩の前にいた。
以前、オオシマがセンチメンタルになっていた際に腰かけた岩はただの岩ではなく巨大なアメジストの塊であった。
シロたちを引きつれたオオシマはアメジストの塊に空いた穴を覗き込むと、中には細かな紫色の結晶がびっしりと生えて輝いている。
「これならいけるか?」
「十分すぎる大きさですよ!」
女神の答えを聞いて、オオシマは手にした頭蓋骨をアメジストの中へと入れた。
以前ぶちのめした猪は近くに埋葬していた。それを掘り起こすと、骸から牙をへし折ったものを持ってきていた。
大きな白い牙も同様にアメジストの中へと入れる。
「あとは私の血です」
女神は手にしたナイフで手のひらを切り裂くと、真っ赤な血が湧き上がって腕を伝っている。
アメジストの中に血の雫を落とした。
すると女神の血にアメジストが反応して光りだし、牙が浮かび上がると縦横無尽にアメジストの中を暴れ出す。
頭蓋骨に血が垂れ、牙によって砕かれたアメジストの粒子が頭蓋骨に付着していく。
やがて頭蓋骨はアメジストの粒子に塗れて浮かび上がると、暴れ回っていた牙が頭蓋骨の眉間へと突き刺さった。
「うぅ……」
眉間を押さえながらシロが蹲る。
本体である頭蓋骨にダメージを受けるとシロは同じ部分に痛みを感じて苦痛に顔を歪めた。
「痛い……痛いよ……」
「おい、女神本当に大丈夫なのかよ」
「大丈夫……なはずです」
頭蓋骨に刺さった牙がさらに奥へと食い込むと、頭蓋骨は刺さった圧に耐えられずにヒビを入れた。
「痛い……頭が痛い……」
蹲っている身体は震えだすと息を荒くしている。
回復するというよりはより体にダメージを受けているように思えて、オオシマは女神の顔を見るが、女神も同様に困惑した顔つきをしている。
「おい、まだか! 逆に弱ってねぇか」
「やりかた自体は合っているはずです……もしかしたら血が足りないのかも……」
「血?」
「はい。神の血は一人だけでなく複数の神の血を生贄にしたのではないでしょうか……」
「だったら、他の神呼ぶとかできねぇのか!」
焦る気持ちがオオシマの顔を顰めさせる。
何か手はないのかと詰め寄るも女神は間を置いて心苦しい口を開いた。
「神は担当以外には力を貸すことができないんです。世界の均衡を保つために、本来ならば今こうしているのだってルール違反になるんです」
「はぁ?」
女神は申し訳なさそうな顔を向けて下唇を噛みしめている。
素材は揃ったがどうしようもできない現状に、女神も困り果てているのだろう。
能力を消せるかと思ったが、目の前のシロはただ苦痛に顔を歪めているだけだ。
――チクショーが。
女神の手にしていたナイフを奪うように取り上げると、オオシマは自分の手のひらに向かって刃を構えた。
「オオシマさん、何を!?」
「俺の体も異常なんだろ? だったら、異常同士なんとかなるかもしれねぇだろ!」
「そんな無茶です!」
構えたナイフをオオシマは自分の手のひらに思い切り突き刺した。刃は手のひらを貫通すると手の甲まで刃が届いている。
勢いよく流れだした血をアメジストの中へと注ぎ入れる。
頭蓋骨の表面にオオシマの血が流れると、頭蓋骨は振動しながら発光しだす。
頭蓋骨から衝撃波が放たれた。
アメジストの塊を粉砕し、頭部に刺さった牙を一瞬で飛散させると宙に浮かび上がったまま紫色に発光している。
だが、シロを見れば相変わらず眉間を押さえながら蹲ったままだ。
――なんとかなれ! なんとかなりやがれ!
手に刺さったナイフを引き抜きながら頭蓋骨に願う。
頭蓋骨から辺りを包むほどの目のくらむような光をあげると粉々に砕け散った。
そこには光だけが残ると宙を暴れまわりながらシロの体へと流れ込んでいく。光を身にうけたシロは気を失ったようにその場に倒れると、意識を失っている。
「おい、シロ!」
「シロちゃん!」
駆け寄って体を抱きあげると、小さな呼吸が聞こえる。
死んではいない。
目の閉じられた小さな顔を撫でるとオオシマの手にはわずかに温かさを感じた。いつもならば触っても冷たいだけの体に熱がある。
そのことに気づくとオオシマはうまくいったのかと思い、シロの体を揺らして名を呼んだ。
「シロ! シロ起きろ! オイ!」
「う……」
「シロちゃん……大丈夫!?」
「シロちゃあああん」
皆して顔を覗き込むとシロはゆっくりと目をあけて全員の顔を順番に見つめた。
「どうだ、まだ痛むか?」
「大丈夫……痛くない……」
シロはオオシマの腕の中からゆっくりと体を起こすと、慣れない温かみを感じて自分の手のひらを見つめた。
「どうだ、何か変わったか?」
問いかけに答えないままシロは歩き出すと、近くに咲いていた一凛の花に手を伸ばした。
いつものシロならば触れただけで命あるものは枯れて朽ちていく。
怯えながら手を伸ばす。一度躊躇うように手を止めると覚悟を決めて花の茎を掴んだ。
「枯れない……」
茎を折って花を手に乗せる。
シロの手の中でも花は咲き誇ったままでいる。風に吹かれると花びらを揺らし、シロの長い髪を揺らした。
「枯れない……花が枯れない! 枯れてない!」
「成功したか!」
「シロちゃん! プーにさわって! さわってみて!」
シロの前にプーフが駆け寄ると自分の小さな手のひらをシロに向けた。
花は枯れなかったがまだ確実なものではない。シロは恐る恐るプーフへ手を伸ばすとオオシマもリリアも女神も息を呑んでその様子を窺った。
震える人差し指がプーフの手のひらをなぞる。
手のひらをくすぐられたようでプーフは小さく笑い声をあげた。
「くすぐったいの」
「触れた……手に触れた……」
「シロちゃああああああああん!」
触れても死なないことが分かるとリリアが後ろからシロの体を抱きしめた。
困惑に目を赤くするシロの顔を何度も頬ずりするとリリアは頬にキスをした。
プーフも負けじとシロに抱きつくと思い切り顔をこすりつけた。
「あ、あは……死なない……誰も死なない……私……私……触れる……触れるよ!」
「これでシロちゃんにたくさんさわれるの! おててつなげるの! ちゅーできるの!」
「シロちゃん! シロちゃんは嫌われてなんかないよ! シロちゃんのこと大好きだよ! 愛してるよ!」
「プーもあいしてる!」
零れる涙をプーフが舐めた。
その涙も顔も暖かくて何度もシロが生きていると確かめるように顔を舐めつくした。
「成功したな……」
手に流れる血を振り払うと、オオシマは安堵の溜息をついた。
プーフもリリアもこれでもかというくらいにシロを触り、抱きしめ、頬を寄せる。
もみくちゃにされながらも、シロの顔は涙を流しながら顔を紅潮させて笑っている。
その顔を見れば何とかなったのだと心の底から嬉しく思える。
「能力が消えた……それだけじゃないですよオオシマさん」
「あぁ? 他になんかあんのかよ」
「私には死者と生者を見分けることができます。さっきまでシロちゃんは完全に死者でした。なのに、今のシロちゃんにはちゃんと肉体があるんです。生きているんです!」
とても考えられることではない、ありえないと言いたいように女神は声を強めるが、オオシマにとってはどうでもよいことだった。
誰かに触ることができる。その事実さえあれば今は他のことなど何の興味もない。
「良いことじゃねぇかよ。これで一件落着だろ」
その場に腰を降ろすとオオシマはまだ血の流れ出る手の甲に口をつけると血をふくんで川に向かって吐き出した。
「これは死者を蘇らせたということですよ! とても人間にできることじゃない……我々神と同等の御業なんですよ!」
「声がでけぇ。なんでもいい。シロが触れるようになったならそれでいいだろ」
興味を示さないオオシマに女神は困惑していた。
死者を蘇らせるなど通常できるものではなかった。転生などを手掛ける神などと同格の存在になってできる御業。
たとえそれが大地の力を持った鉱石と幻獣の骸を媒体にして行ったとしてできるものではない。
目の前で疲れたように微笑むオオシマの身にはとてつもないことが起きている。
人を超えた力、神にすら届きそうな力。
しかし、今それを言うのも野暮だった。目の前には能力を失って喜ぶシロたちがいる。
はしゃぎながら触れ合う少女たちを見ながら、女神はオオシマの強まる力を思っていた。




