表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TSヤクザの異世界生活  作者: 山本輔広
二章:異世界任侠伝ー川の底に咲く花ー
45/153

アノマリー

 流れの速くなった川をぼんやりと見つめていた。

水底から見える景色には少しずつゴミや枯れ葉が増えると足早に横切っていく。

水面にはいくつも雫が落ちて円を描いている。それを見て川の向こうには雨が降っているのだと思った。

流れを速める川。通常の雨よりも大量に降っているのが分かる。


――このままどこかへ流されるのかな。


 大量の雨が降ると頭蓋骨は濁流に流されてどこかにたどり着くとまた砂利に埋もれていく。

きっと今回もそうなるのだろうとシロはぼんやりと考えた。

どうせならばこのまま流れて石やゴミにぶつかって粉々になりたかった。

砕けて散って砂利よりも小さくなれば、この意識すらなくなるのではないかと思える。


 ならば、早く私を散らしてほしい。

全てを洗い流して全て消し去ってほしいと願う。

何もいらない。何も求めない。ただ無に。


 流れる水が濃い茶色へと変わっていった。

きっと上流で溢れた水が地面を削って流れているのだろう。

もっと強くなれ、もっと強くなれ。そうすればいつかは消えることができる。


――このまま流れれば、やっと完全に死ねるかな。


 視界が曇っていく。川に混ざった土が映る全てを茶色く染めていく。


――もしも生まれ変われるのならば、花になりたい。花になって誰にも疎まれることなくいたい。


――花になって誰かに摘まれて花冠になって、お姫様にしてあげたい。


 濁流が全てを飲み込んでいく。


 一際流れの速い濁流が目の前を通り過ぎていった。頭蓋骨が砂利から覗いていくのが感覚でわかる。

このまま流れて――私を消して。


 シロの願いはまた拒否された。

目の前に流れていたはずの濁流が一瞬のうちに消え去ると目の前には暗い雲とその中に割れた空が見えた。

割れた空からは日の光が溢れると頭蓋骨を照らしあげている。

何が起きたのか分からなかった。

冷たい水はなく、代わりに雨が頭蓋骨を叩く。


――どうして?


 また自分の願いは神に拒否されたのだろうかと思うと悲しさがこみ上げた。

どこまでも不幸。どこまでも死ねない。


 拒否された願いを救うような手のひらが見えた。

白く震える手。


「やっとみつけたぞ……シロ……」


 砂利の中から持ち上げられると、そこにはありえない顔がシロに映った。


――どうして?


 映ったのは疲れた顔で頭蓋骨を持ち上げるオオシマだった。

その両隣にはプーフとリリアもいる。


――どうして? どうして?


「もうお前を冷たい川の底になんかいさせねぇよ。オメェも今日からうちの子だ」



 頭蓋骨を家に持ち帰ると家の中にシロの姿が現れた。

数日ぶりに再会したシロにプーフもリリアも涙を流しながら再会を喜んだ。

プーフもリリアもシロを抱きしめたくて仕方なかった。だが、それをすることはできない。


「シロちゃあああああん、やっとあえたのおおおおおおおおお!」


 大粒の涙を流しながらシロの顔を何度も確認した。


「プーフ……」


「もう! 勝手にいなくならないでよね! 次勝手にいなくなったら許さないからね!」


「リリア……」


「ったくよぉ。どいつもこいつも闇ばっかり抱えやがって」


「オオシマさん……」


 涙が零れるとシロは両手で顔を覆って嗚咽をあげた。


「何で……何で私を川の底から出したの! 私がいたら皆を死なせちゃうかもしれないんだよ!? 私はもう消えたほうがいいんだ!」


「ちがうの! プーたちはしなない! シロちゃんとずっといっしょにいたいの!」


「私は意識だけの存在なんだよ! オバケなんだよ! 神さまに嫌われて、望んでもない能力を与えられて! 私はもう消えたいの!」


 絶望と消えたい願望。そこに現れた望んではいけない幸せにシロは泣き崩れた。


「シロ……」


 泣き崩れる小さな体をオオシマの両腕が引き寄せると、胸に抱きしめた。

何故か触れても死なないオオシマはその体を力いっぱい抱きしめると頬を頭に寄せた。

シロは抱きしめられて感じる温かさに感情の行き場を失っていた。


「オメェの考えは分かった。オメェの力もわかった。でもな、一つわかんねぇんだ」


「……」


「オメェが本当にしたいことはなんだ?」


「私は……私は……」


「子供が見栄張ってんな。言いたいこと言えばいいんだよ」


 口にすることなど出来はしない願い。

抱きしめる腕とかけられる言葉は暖かくて、シロは幸せを願ってしまう。

今まで言えなかった言葉。言ってはいけないと思っていた言葉。


「私は……みんなと一緒にいたい……こんな能力消えてほしい! みんなと普通に遊びたい!」


 そこからは言葉にならなかった。

ただ涙に濡れる身体を抱きしめられるだけ。

堪えきれない嗚咽と涙がただオオシマの胸を濡らす。


 珍しく玄関扉にノックの音が鳴った。

抱きしめられた体を離すとオオシマは頭を撫でて玄関へと向かう。

ゆっくりと扉を開ければそこには女神の姿がある。


「オオシマさん、ちょっと」


「あぁ」


 察したようにオオシマは三人を残して外へと出た。



 女神はオオシマたちの様子を窺っていた。

すでに事の次第を知っている女神は悲しそうな表情でオオシマに視線を合わせられずにいた。


「オメェ、もう分かってんだろ?」


「はい……シロちゃんのこと、ですよね」


「なんとかできねぇのか、あの能力」


「転生者であるならばどうにかすることができますが……シロちゃんは転生者ではありません。それに、あの子の能力は通常の魔法などとはどうやら異なるようなんです――この世界には稀に“アノマリー”という異常を持った人たちがいるそうです」


「アノマリー?」


「はい。オオシマさんの異常を調べていたときに見つけたんですが、この世界には人でも神でもない、魔法でも神の力でもない第三の力が存在するそうです。シロちゃんの能力は恐らくそれに該当します」


「そいつはどんなもんなんだ?」


「事例が少なく資料もほとんど無いため、それが正確にどのようなものかは分かりませんでした。ですが、一件だけ神たちがアノマリーと戦ったという記録がありました」


「もったいぶらずにさっさと言え」


「アノマリーには通常の魔法など一切の効果を受けません。そこで神たちは幻獣の力、神の力、大地の力を複合して使うことでアノマリーを無力化したそうです」


 三種の力を言われてもオオシマにはピンとこない。

腕組をしながら睨みつけるような視線を女神に向けると女神は居心地悪そうに身を小さくした。


「具体的には幻獣種の牙、私たち神の血、巨大な鉱石を生贄にしてアノマリーを無力化できたとか」


 女神のいう3つに思い当たりはないかと目を閉じて顎を摩った。

そんなものどこかにあるだろうか――町にいったときに鉱石を売っているのは見たが、他のものは見当がつかない。


――いや、待てよ。


「神の血は、オメェの血でいいのか?」


「はい。私の血で平気です」


「幻獣種の牙ってのは、前にぶちのめした猪の牙でいいのか?」


「はい」


「鉱石ってのはどんなものがいいんだ?」


「できるだけ大きなもの……そうですね、最低限、人間の成人の頭ぐらいの大きさのものは必要です。あとは、なるべく自然の中で大地の力を吸い上げたものがいいそうです」


――全て揃っている。


 胸のうちに希望が湧いてきた。

女神には申し訳ないが、血をわけてもらえば神の力は賄える。

幻獣種の牙は以前倒した猪の死骸を掘り起こせば手に入る。

そして最後、鉱石も。


「全部揃ってる……シロを助けられるぞ!」


「そんな……本当ですか?血と牙は揃えられても、そんな巨大な鉱石中々手に入るものではありませんよ!」


「あるんだよ、それが」


 オオシマの頭には以前見つけた巨大なアメジストが描かれていた。

これでシロを救える。これでシロを絶望から助け出すことができる。

オオシマは家の扉をぶち開けると涙を流す三人に叫び声をあげた。


「オイ、オメェら! 出かけるぞ!」


 涙を流す三人とは裏腹にオオシマの口元は悦びに吊りあがっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ