鉄砲水
三人で探索することで効率があがり、家から離れた上流まで来ていた。
降り出した雨は勢いを強めている。暗い雲が広がる空を見れば遠くに稲光が光っている。
――マジで大降りになるな。
探索を続けたい気持ちはあるが、これ以上はまずい。
川の流れはいつの間にか早くなってふくらはぎまでだった水量は膝上まできている。
傍の二人を見ればすでに太ももの付け根まで水が浸かっている。
「プーリリー、これ以上はさすがにまずい」
「シロちゃんさがすの!」
「俺もそうしたい。だけど、これ以上は本当にお前らも流されかねない。俺も戻るからお前らも戻るぞ」
オオシマもできることならばシロを見つけ出してやりたいとは思う。
だが、そのために二人を危険に曝すわけにもいかない。
早く助け出したい気持ちはあるが、空を見れば激怒したような雷鳴が鳴り響いている。
空は三人に引き上げろというように大粒の雨を大地に注ぎだした。
「言わんこっちゃねぇ。早く帰るぞ」
「プー戻ろう? 雨がやんだらまた探そう」
空の様子にリリアもオオシマに賛同するとプーフの肩に手をかけた。
プーフの顔は悔しそうで握った棒に力を込めている。
「シロちゃん……かわのなかにいる……かわいそう」
「絶対に見つけ出す。でも、今は戻ろう。私たちに何かあったらそれころシロちゃんをずっと探せなくなっちゃうよ」
「……わかった」
やっとプーフを説得すると、三人は水流の増す川を下っていった。
しかし、まだ誰もがシロを探したい気持ちが足を陸にあげずにいた。
視線は常に水底を見て頭蓋骨らしきものがないか探したし、足裏に異物を感じれば拾い上げていた。
雷鳴が鳴り響き、稲妻が空を切り裂いていた。
大粒の雨は体を叩きつけて痛いくらいだ。
だが、何故かその雨はシロの涙なのではないかとオオシマは考えてしまう。
「シロちゃん……ないてるかな?」
空をみあげたプーフがオオシマの思っていたことを、寂しそうに口にした。
「たぶんな……」
「シロちゃん、いつもかなしそうなかおしてた」
「そうだな」
「ママおねがいがあるの」
「なんだ?」
まさかまだ探索をしたいというのかと思い、オオシマは足を止めた。
プーフの顔はシロがしていたような悲しい顔をしている。顔に伝う雫は涙のようにも見える。
「あのね、おこらない?」
「なんだよ、言えよ」
「あのね、シロちゃんみつけたらね。おうちでいっしょにいたい」
プーフのいう『いっしょにいたい』はきっと大きくなってもずっと、という意味あいなのだろう。
ハの字に曲げた眉は寂しそうな顔をしながら、答えを出すのを待っている。
「あぁ。俺もそのつもりだ」
出された答えにプーフは笑顔になった。
頭の中には想像が膨らんで広がっていく。
プーフは頭の中で未来を描いていた。花冠を三人で作りたい。またお菓子を一緒に食べたい。洋服を沢山着せてあげたい。考えは芋づる式に湧きあがって後を絶たない。
雷鳴とは違う大きな音が遠くから聞こえた。
遠くから聞こえる音は徐々に川の流れに沿うように近づいてくる。
嫌な予感にオオシマは足元を流れる水を見た。
普段は透き通るような透明色が徐々に茶色く変わっている。雨降りのせいで多少の濁りはわかるが、今見ている水はそれ以上に濃い。
――マズイ。
それが上流の地面が削り取られている色だと分かるとオオシマは叫び声をあげた。
「鉄砲水がくる! お前ら陸にあがれ!」
まだ目視はできないが水の色からして上流では地面が削られている。
そしてこの大きな大地を揺るがすような音。上流にたまった大量の水が流れ込んでくる音に違いない。
叫び声を聞いた二人はオオシマのただならぬ様子に急いで川からあがろうと足を急がせた。
流れのはやくなった川の底には大量の砂利やゴミが流れてきている。
急いだリリアは流れてきたゴミに足を取られるとバランスを崩して体を水面に打ち付けた。
「リリー!」
倒れるリリアに駆け寄るプーフは手を伸ばしてリリアを掴もうとする。
リリアは手を掴んで立ち上がるが、転んだ拍子に足をくじいて踝に痛みが走っていた。
「ありがとうプー」
ドドドと一際大きな音が聞こえた。
「何やってんだオメェら! はやくあがれ!」
二人のもとに駆け寄るオオシマの視界に巨大な波をあげる鉄砲水が見えた。
上流から大量の飛沫をあげた茶色い濁流が地面や川にあるもの全てを飲み込みながら押し寄せてきている。
足元に瞬時に水の量が増すと一気に視界を埋めていく。
プーフとリリアに目をやるがとても陸にあがるのには間に合わない。
鬼姫の剛腕が湧く。
どうしてそうしたかは分からなかった。
ただ目の前に押し寄せる鉄砲水に焦る気持ちと二人を助けたい気持ちが拳を握らせると腕を引き寄せて構えた。
血管がわきあがり、これでもかというほどに握られた拳。
鬼姫の憤怒の表情が満ちる。
真黒な表情の中に穴が開いたような白い目が浮かんだ。
見る者がみれば一目に鬼姫だと連想できる姿が、目の前の鉄砲水に拳を構えている。
殴りつけられたのは空間。
引き寄せた腕はバットのようにスイングされると雷鳴をかき消す音を鳴り響かせた。
殴られた空間は大気を震わせ、地面を揺らし、鉄砲水に直撃する。
眼前に迫った鉄砲水は拳の一撃に勢いよく散らされると大量の飛沫となって上空へと飛散していく。
川の水も雨の雫も全てが一瞬にして消し飛ばされると、辺りには静寂が包んだ。
空を埋め尽くす暗雲にすら大きな穴を開けると、穴から漏れた日の光がオオシマとプーフ、リリアに降り注いだ。
「ママ……」
「オオシマ……」
拳を振るったまま硬直していたオオシマは、荒い息をたてながら拳を解くとその場に膝をついた。
眼前に迫っていた鉄砲水どころか、川の水すらも全てを消し飛ばす一撃を放ったオオシマは、ぼやける視界と全身に響く痛みに脂汗を流した。
「クソが……拳割れるかと思ったぜ……」
プーフとリリアが膝をつくオオシマのもとにくると心配そうに肩を摩った。
「信じられない。川の水全部干上がっちゃった」
「ママいたい? だいじょうぶ?」
「どこもかしこもクソ痛ぇよ」
顎に流れた汗を手の甲で拭うと唾を吐き捨てた。
「だが、収穫はあったみてぇだ」
オオシマは肩で息をしながら上流のほうを指さすと、砂利の中に白く丸いものが見える。
石ではない。白く輝くそれは所々ひび割れていて、大きなくぼみが二つある。
「やっと見つけたぞ……シロ……」
砂利から目をだした頭蓋骨は三人をほうを見ると、涙を流すように目の窪みから雫を流していた。




