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TSヤクザの異世界生活  作者: 山本輔広
二章:異世界任侠伝ー川の底に咲く花ー
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射的

 町の中央を流れる川沿いのベンチに腰掛けると、4人は肩を並べて賑やかな町を眺めた。

クッキーを頂戴した少女三人はさっそく紙袋を開けると、一枚ずつ手にして甘く香ばしい味を楽しんでいる。


「かむとさくさくしてるでしょ」


「うん、してる」


 口の周りにクッキーの破片を散らしながら語り掛けるプーフに、シロも小さな口でクッキーを食むと口の中で砕かれる感触を楽しむ。


 こうやって誰かとお菓子を食べるなんてあっただろうかと、シロは薄れた記憶の中に手を伸ばすが、その手には何も掴めない。

頭の中は霧がかかったように曖昧だ。そういった現状は名前すら忘れさせてしまっている。


 ただ、そんな霧の中でもはっきりと覚えているものがあった。

それは長いこと川の底にいたこと。

川底から揺れる日の光を見ていた。何年も何十年も何百年も。


 そしてもう一つ。

プーフたちには決して言えないような惨い記憶。

人の殺める能力を発揮していた日々。

遥か遠い過去なのに、今でも鮮明に蘇る映像の中で、シロは返り血に染まっていた。

無限に広がる死体の海。その中で一人立ち尽くしている。

死体の海に一筋の光が伸びて、光はシロの胸をえぐると糸の切れた操り人形のように倒れた。

 そこから先は覚えていない。だが、その次に流れる記憶はすでに水底だった。


「プー、口の周りいっぱいクッキーついてるよ。もったいないよ」


 口の周りについたクッキーの破片をリリアが舐めとると、プーフは手の甲で口を拭いながら最後の一口残ったクッキーを口の中に放り込んだ。


 二人のやりとりを見ていて羨ましいなと思う。

私もそうやって誰かと触れ合うことができたなら――シロの叶わない望みは、思うほど胸を締め付けた。


「シロちゃん、つぎなにしたい?」


 落ち込む顔に明るい声がかかる。

手に着いたクッキーのカスを舐めながら、プーフはにんまりと笑ってシロの顔を覗きこんでいる。


 純粋に笑えることが羨ましいと思う。プーフはシロと同じくらいの年齢であろうがシロとはかけ離れた生活をしている。

負の感情がループして、どんどん気分が沈んでいきそうだった。

楽しくないわけではない。でも、楽しい分、哀しみも沸く。対局する気持ちは渦を巻けば顔を明るくさせることはない。


「わからない……プーフたちのしたいことでいいよ」


「じゃぁ、私お店見て回りたいな。この前はなかったお店たくさん出てるし、全部見たい!」


「じゃぁみんなでおみせまわるの」


 ベンチから飛び降りるように立ち上がるプーフとリリア。シロも残ったクッキーを急いで口に放ると立ち上がって二人に並んだ。


 町は以前きたときよりも賑やかなのもあるが、出店の数がここぞとばかりに増えている。

 前を歩く少女たちを見ながらオオシマは前世の夏祭りを思い出していた。

町がにぎやかになり、出店には多くの見物客が行きかう姿は夏祭りそのもの。

暑さが無い中で行われるので随分過ごしやすいが、その代わり前世ではよくみたかき氷だとか冷やしラムネのような冷たいものは置いていない。

代わりに店には先に食べたようなクッキーだとか、まだ甘い匂いを漂わせる焼き菓子だとかパンだとかが多くみられる。


 精霊馬も見ていたし、世界は変われど文化や宗教的思想は変わらないのだろうと考える。

行き交うのは人だけでなく、二足歩行する熊だとか馬のような者もいる。見慣れてきた景色にも前世と同じような文化が発展していることが分かると、オオシマは見た目は変われど中身は変わらないんだと思えた。


 リリアが最初に興味を示したのは射的だった。

木でできた銃の先に綿を丸めたものを装填し、トリガーを引くと綿が発射される。

景品目掛けて綿を発射し、倒れたら景品ゲットとなるごくごく普通の射的遊びだ。


 出店の奥には木でできた置物だとか、お菓子のつまった袋、さらには一番上の特別景品として大きな青い宝石が飾られている。

といっても青い宝石はそれ自体が重そうで、さらには台座が宝石を包むように置かれているため、取られることを目的にしているのではなく、客寄せの見せ物となっている。


「ねー、あれ取れるかな!?」


 リリアが指さすほうにはお菓子がパンパンに詰まった大きな袋がある。

さすがに綿でできた弾丸で景品を落とすのは難しそうではある。


「あれとれたらみんなでたべれるの!」


「……できるかな、重そうだよ」


「やってみようよ! おじさん、三人分やらせて!」


 ハチマチをした強面の店主に札を一枚渡すと、店主は綿の装填された銃を三丁とお釣りのコインを手渡した。


「三人で狙えば落ちるんじゃない?」


「まかせて! プーのおさかなとりのちからをはっきするの!」


「魚とはまた違うんじゃないかな……」


 言いながらも三人は手前の台に肘をついて銃を構えると、3つの銃口がお菓子のつまった袋へと狙いを定めた。


「いっせーのせで撃ち込もう!」


「わかった!」


「取れるかなぁ…」


「行くよー! いっせーの……せ!」


 3つの銃口から吐き出された綿が同時に発射されると大きな袋に命中した。しかし、綿の弾丸は袋にわずかな凹みを作っただけで動きはしない。


「おしいな、お嬢ちゃんたち。いいか、こういうのはな皆で同じ位置を狙うんだ。あとは上を狙うより下を狙ってバランスを崩したほうが取りやすいぜ」


 強面の店主は三人の少女がはしゃぐ姿を見ると、優しく微笑みながらアドバイスした。

さらには指先でこの辺を狙えと指示すると、3つの銃口は指さされた場所に狙いを定めた。


「よーし、行くよー! いっせーの……せ!」


 3つの綿の弾丸が二発先に目標に着弾し、わずかに時間をずらして一発が命中した。

最初の二発で袋がぐらつくと、最後の一発がトドメとなり袋はゆっくりと後ろに倒れた。


「やったー!」


「きゃー!」


「凄い……本当に取れた……」


「やったじゃねぇか、お嬢ちゃんたち! はいよ景品だ! おめでとーございまぁーす!」


 店主は少女たちに取れた景品を渡すと、備えてあったベルを豪快にならして景品ゲットの知らせを響かせた。

リリアが両手でやっと抱えられるほどに大きな袋を開けてみると大量の焼き菓子が詰まっている。


「きゃー! たべほうだい! おかしいっぱい!」


「凄い! こんなにたくさん! 三人でも食べきれないね!」


「わぁ、こんなにたくさん……しばらくはお菓子に困らないね」


 はしゃぐ少女たちを店主はいつまでもにこやかに見つめていると、少女たちの背後から一人の金髪の少女が姿を見せた。

少女は投げつけるように店主に向かってコインを渡すと、目の前の景品を鋭い眼光で睨みつけている。


「おい、オヤジ、一回分やらせてくれ」


「あいよ!……アンタぁ、まさか……」


「あぁん? なんだ、俺の顔に見覚えでもあんのか」


「鬼ひ……いや、なんでもない! さ、どうぞやってくんな」


 強面の店主がやけに恐れて少女に銃を手渡した。

少女オオシマは銃を受け取ると、ライフルでも構えるかのように銃に顔を寄せて標的へと狙いを定めた。

 銃口の先にあるのは特別景品の宝石の一段下にある、酒のはいった瓶である。

中には赤い液体が揺らめいている。恐らくはワインのようなものが入っているのだろう。

オオシマはそれが酒だと分かると、とても綿の弾丸じゃ倒れそうにもないのにかかわわず、他には目もくれずに狙いを定めた。

 

 狙いを定めるハンターのような眼差しに、店主はそれがやはり町で噂になっている鬼姫だと確信した。


『奴隷屋に一人でカチコミをかけて、力自慢の腕をバキバキにしたやつがいる。それも子連れの金髪の少女がしたって話だ。そんな超怪力の鬼姫が、この頃町にでるらしい』


 半信半疑な噂話ではあった。

しかし、それに合致しているオオシマは射的だというのにとんでもない覇気を漂わせながら銃を構えている。

 見た目には美しい金髪の少女――ではあるが、その鋭すぎる光を帯びた眼はまるで獣のよう。

中身が綿だと分かっているのに、オオシマがそれを持つとまるで本物を手にしているようで撃ち殺されるのではないかと思えた。


 トリガーが引かれた。

しかし、瓶に動きはない。

オオシマもやはり綿の弾じゃ酒瓶は取れるわけもなかったかと溜息をつくと一度しか使用していない銃を降ろした。


「やっぱ無理かぁ。はぁ、どっかに酒売ってねぇもんかな……」


 先日のウィスキーのこともあり、オオシマの体は酒を欲してしまっていた。

しかし、目の前の獲物を得られなかったオオシマは溜息を吐くと少女たちを連れて他の出店へと足を運んでいく。


 胸を撫でおろす店主。

まさか本当に鬼姫がいたとは思わずに、一瞬で全身に嫌な汗が噴き出すのを感じると、手の甲で額を拭った。


 置かれた銃をしまおうとすると、店主は違和感に気づいた。

まず、トリガーが壊れている。木でできているため、まだそれは分かる。

そして次に綿の弾丸はどこへ飛んだのだろうと景品に目をやると、オオシマが狙っていた酒瓶は無傷でそこに立っている。

そりゃそうだよな、と思いながら何の気なしに特別景品の宝石へと目をやると店主はその姿に目を丸くした。


「嘘だろ……鬼姫、とんでもねぇな……」


 宝石を鎮座させるための石でできた台座には、綿でできているはずの弾丸がめりこむと、ヒビを入れて今にも砕かんとしていた。

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