霊魂祭
着なれない服装にシロは顔を赤らめると、恥ずかしそうにスカートをぎゅっと握って口を噤みながら下を向いた。
シロが身にしていたのは、プーフがお気に入りの茶色地に魚の刺繍が施されたワンピースだった。
背丈がほぼプーフと同じためサイズもぴったりだ。
オオシマたちの家の中で、シロはオオシマ、プーフ、リリアの三人に囲まれるとそわそわして落ち着きがない。
翌日になって約束通り会うことができたと思ったら、シロは家の中へ案内され、服を着替えさせられると、三人の見世物状態になっていた。
櫛を手にしたオオシマがその長い髪の毛を漉かすと、髪はまっすぐ伸びてしなやかさに波打っている。
シロにとってはこのような経験は初めてのことだった。
お出かけ用の服を着て髪を梳かしてもらうのに、シロはどう反応していいか分からなかったが、ニヤニヤしながら見つめるプーフとリリアを見ればシロは恥ずかしさにいたたまれなくなった。
「女の子の髪ってのは柔らかいもんだなぁ。しなやかで繊細でよ。子供のときは皆猫っ毛なのかな」
シロの髪に櫛を通しながら頭を撫でると、細く柔らかな髪の毛が指をすり抜けていく。
「シロちゃん! これつけて!」
そう言って差し出されたプーフの手のひらには、黄色い造花の髪飾りが乗せられている。
「そ、そんな……恥ずかしいよ……」
赤い顔が余計に赤くなると、沸騰しそうになって頭からは蒸気が出るようだ。
「シロちゃんかみのけしろいから、きっとにあうの! ねー、ママつけてあげて」
「おう、オメェの髪の毛は白いからな。似合うと思うぜ」
髪飾りを受け取るとシロの髪を耳にかけて髪飾りを挟んだ。
白い髪の中に一点の黄色い花が咲く。乙女らしく飾られていくのに、シロは恥ずかしくて死にそうだった。
「わ、私……こんなこと……されたことない……」
言葉の端に歩んできた過去を思う。
オオシマはその言葉に切なさを感じながらも、ならばその過去が消え去るくらいに何倍にも乙女らしくしてやろうとシロとのこれからを考えた。
「シロちゃん、おはなにあってるよ」
「……ありがとう」
耳に咲いた髪飾りを撫でようとプーフが手を伸ばすと、シロは咄嗟に身を引いてプーフの手を避けた。
自分に触っては命を奪ってしまう。プーフが自身に触れたら死んでしまうという危機感が自動的に身体を動かす。
プーフは手を避けられたが、それでも構わないようにシロに笑顔を向けた。
「ごめんね。さわられるのや?」
「ちがうの……プーフも見たでしょう。あの枯れた草花を。私に触れたものは皆死んじゃうの。だから……私に触っちゃダメなの」
「しんじゃうの? どうして?」
「私にもわかんない……でも、昔からそうなの」
表情に闇が差す。
自分に触れたものは死んでいく。それはどんなものでも。
花も動物も人間も、命あるものならば全て枯れて朽ち逝く。
ただ唯一触れても平気なのはオオシマのみだった。
「んー、じゃぁ、さわらない。ごめんね」
「プーフは悪くないんだよ。私が悪いの」
「でも、どうしてママはさわってもへいきなの?」
オオシマは急に三人の視線が注がれると、持っていた櫛をタンスにしまい、シロの前にしゃがみこんだ。
「プーたちに野原を枯れさせたのは聞いたけどよ。触ったりしたものは全部死ぬのか?」
「うん……たぶん……」
オオシマは髪に触れてもなんの変化もなかった。それはシロを以前風呂に入れたときもそうだ。
もう一度確かめてみようと、シロのスカートを握る手のひらに自分の手を重ねてみるが、ひんやりとした感触があるだけで他は何も感じられない。
「死なねぇな」
「うん……どうしてだろう」
「それ、本当に俺だけなのか?」
尋ねられたシロは壁に張り付く小さな蛾を見つけると、人差し指でそっとこすった。
すると蛾はこすっただけだというのに、壁から落下すると床に落ちて乾いた身体を砕け散らせた。
「普通はみんなこうなっちゃう……」
「ふーん。なんでだろうな」
自分にだけ何も変化がないことに、オオシマは女神の話を思い出した。
オオシマの体には何かしらの異常が起きている――魔法でも筋力でも神から与えられる能力でもない何かが。
もしかしたらそれが関係しているのかもしれないとは思ったが、オオシマの異常自体どうゆうものなのか分かっていない。
だが、それのおかげでシロに触れることができるのならばそれはそれでいいとも思える。
「ま、考えても仕方ねぇさ。よし、じゃー準備もできたしそろそろ行くか」
「わー! シロちゃん、クッキーたべよ!」
「町にはお店がいっぱいあるんだよ!」
「そうなんだ……えへへ、た、楽しみだな」
「よォし、オメェらそこに並べ。今日はオメェらに小遣いをやる。それで何でも好きなもん買え!」
横一列に並ばされた少女たちの手にオオシマは札を二枚ほど渡していく。
札には10と書かれている。
この世界は日本円などではなく、ドルに近い感覚であった。なので今渡したのは一人二千円程度の金額だ。
ただ好きなものを買ってやるのではなく、オオシマは教育として自分で金銭管理もさせようと考えた。
好き放題買うのではなく、自分で計画的に使うことで金の大切さやありがたみを教えようとしてのことだ。
「おこづかい!」
「わー! 何買おうかな!」
「……わ、私もいいの?」
「遠慮すんじゃねぇ。せっかくの外出だ。ケチくさいこと言ってちゃ楽しめねぇだろう」
大喜びする二人に対し、シロは困惑していた。
身なりを整えてもらっただけでなく、小遣いまでもらえるとは露ほども思わず、ただ手に握られた二枚の札を見つめていた。
◆ ◆ ◆
下流をそって歩いた先に見える町は以前見た時よりも賑やかだった。
川沿いにはいくつもの提灯のようなものが飾られ、町にはたくさんの白い旗が立っていた。
木造りの家の前には精霊馬のような棒の刺さった野菜や果実なんかも飾られている。
「なんだ、もう盆の時期なのか?」
「ぼんってなぁに?」
オオシマの言葉にプーフが疑問の言葉を返す。
「盆ってのはよ、あの世に行っちまったご先祖様だとか、ダチが戻ってくる時期をいうんだよ。あの棒の刺さった果物やらに乗っかって浮世に戻ってくるんだ」
「あのくだもの、そらとぶの?」
首をかしげるプーフにオオシマは鼻で笑う。
そんなわけねぇだろとは思うが、確かに今の言葉でならそういう想像がつくのも無理はない。
「そうだな。もしかしたら空飛ぶかもな」
「プーもおそら飛びたい!」
「プーじゃ重くて果物が潰れちまう」
「あれはね、オバケが乗る乗り物なんだよ、プーはまだ生きてるから乗れないよ」
リリアはそれが何かを知っているようだった。
オバケしか乗れないと聞くと、プーフはならば仕方ないと乗りたい気持ちを諦め、賑わう町へと目を向けた。
二人のやりとりを他所に、シロは精霊馬を見つめ続けている。
何か思い出したのかその表情はいつもの寂しそうなものだ。
「シロちゃん! クッキー! クッキーの匂いがするの!」
先を行っていたプーフが叫び声をあげると、奥を指差して飛び跳ねている。
そんな跳ねる姿を追っみれば、甘い香りと焼けた香ばしい匂いが漂ってきている。
初めて感じる甘い匂いに、シロも胸がはずんだ。甘い香りは鼻の奥へ抜けると自然とツバが出てくる。
三人娘が揃ってクッキー屋の前に行くと、バスケットいっぱいに詰まった焼きたてのクッキーが甘い香りをこれでもかというほど漂わせている。
「おや、アンタたちまた来たのかい?」
顔を出した女店主は以前きたプーフたちの顔に覚えがあるのに気付くと笑ってバスケットを抱えて見せた。
「今日はお友達も一緒かい? 可愛いお嬢さんだ」
シロに視線を向けると、女店主は優しく微笑みかける。
困惑しながらもシロは大きく頭をさげて挨拶の代わりにすると、プーフの後ろに引っ込んで焼けたクッキーに目をやった。
「霊魂祭でどの店も賑わってるだろ? 今日はめいっぱい楽しんでいきな」
女店主は気前よく焼きたてのクッキーを三枚包んでリリアに渡した。
金を出そうとプーフがポケットから札を取り出すも、女店主は笑顔でその手を戻させた。
「今日は特別サービスだ。楽しんでいきな」
「おばちゃんありがと!」
その場で紙袋を開けると中からは甘い香りがふわりと舞い上がる。
香りにはしゃぐ中、シロだけは『霊魂祭』という言葉が耳に残ると心がチクりと痛む気がしていた。




