やくそく
「プーフ、また明日も会ってくれる?」
まだ会ってさほど時間は経っていないが、シロは立ち上がると暗い顔をしてプーフに尋ねた。
またどこかに行ってしまうのかと感じたプーフも立ち上がると、困った顔でシロを見つめる。
暗い顔はどこか遠くにいってしまうように感じる。プーフには決して手が届かない何処か遠くに。
「どこかいっちゃうの?」
「うん。でも、また明日ここにいるから。明日はもっと長くいられると思うから」
「またあえる? ちゃんとくる?」
「必ず来るよ」
「わかった。じゃぁ、プーまってる」
「ありがとう」
笑う顔は悲し気で、プーフは言いようのない気持に胸がチクリとしていた。
◆ ◆ ◆
いつまで経ってもぼんやりとして動かない小さな背中を見かねて、オオシマはプーフのもとへと足を運んだ。
川辺に座ってしばらく経つが、まだシロの姿は見られなかった。
「いつまでぼんやりしてんだ?」
頭に手を乗せられて、プーフは目を覚ましたようにオオシマを見上げた。
ぼんやりとした顔はオオシマを見つめると、訳が分からず周囲を確認するように見回している。
困ったような顔で見ても、そこにあるのはいつもの景色。やがて目的のものが見つからないとプーフは口をへの字に曲げて視線を川へと投げた。
「どうした。何かあったか?」
「いまね、シロちゃんとおはなししてた」
「シロちゃん?」
「きのうのおんなのこ」
「昨日の子いたのか?」
オオシマも川辺や野原に目を向けてみるも、そこには普段の景色しか映らない。
そもそもオオシマは川辺に腰かけて動かずにいるプーフの様子をずっと見ていた。動かないままに時間だけが経過していたのに、プーフはシロと会っていたと話す。
だが、嘘をいっているようにも見えなかった。
プーフは本当にシロに会っていたかのように回りを何度も目で探していたし、その表情はとても嘘をついているようなものではなかった。
本当にいたのだろう。
姿は見えないが、オオシマもプーフと同じように川へと目をやると、誰かがそこにいるような存在感を感じていた。
「で、そのシロって子は何て言ってた?」
「またあしたあうっておはなししたの。ママ、プーねシロちゃんのことすき」
何か訴えるような眼差しだった。子供とは思えないまっすぐで真剣な目つきをしている。
言葉に表せないものを伝えたいのだろう。
オオシマはプーフの頭を撫でるとその気持ちを汲んで頷いた。
「誰かを好きになるってのは良いことだ。本当に好きだと思うのなら、そいつのことを大切にしてやんな」
軽く握った拳をプーフの胸に当てた。
プーフは大きくうなずくと、もう一度川へと視線を投げて家へと戻っていく。
また明日会うと約束した。だから絶対に会える。絶対に待ってるから。
プーフの中に宿った気持ちはシロのことを思えば揺るがないものだった。
ポケットの中に手を入れると、そこにはまだ骨の感触が残っていた。
◆ ◆ ◆
ベッドに仰向けになりながら、プーフは手にした骨を見つめた。
表面に指を這わせれば、ざらつきが減って滑らかになったように感じる。
さらに回転しながら見てみれば、骨はいつの間にか磨かれたように輝き、艶やかさを増している。
あきらかに拾ったときよりも滑らかになっている。
不思議そうに骨を見つめていると、リリアもベッドに仰向けに転がってプーフに体を寄せた。
「なんだか骨綺麗になってない? プー磨いたの?」
「うぅん、みがいてない」
「磨いてないのに綺麗になったの? 不思議だね」
「うん、ふしぎ。でも、きれいでしょ」
うっとりとした表情だった。
不思議と変化する骨にプーフはベッドの上でゆっくりとバタ足しながら骨を手の中で回しながら観察した。
骨はより白く美しくなっている。触れる指先に冷たさを感じると、プーフはシロの姿が連想された。
真っ白な長い髪の中に隠れた寂しそうな顔。
触れてはいないが、シロは冷たく感じた。体温がなくなって冷え切っているような、氷を掴むような感覚。
だからこそ、プーフは自身が温めてやりたいとも思えた。
「シロちゃんとね、あしたもあうっていったの」
「シロちゃんって昨日の子だよね? 私も会いたいな。今日会えなかったし」
「あんまりおはなしできなかったから、あしたはもっとあそびたいな。リリーもいっしょにあそぼ」
「そーしよ。そうだ、明日晴れたらオオシマに頼んで下流の町に行こうよ。お話したクッキー食べさせてあげよう」
「それがいいの! ママにはなしてくる!」
リリーの提案にプーフはベッドから飛び上がると骨を握って浴室へと駆けだした。
入浴中の扉を勢いよく開けると、だらしなく口を開けて湯あみをするオオシマの姿がある。
脱力しきっているところに現れたプーフに目をやると、プーフの眼には星が飛んでいるように煌めいている。
「ママ!」
「どした」
「あしたね! シロちゃんといっしょにまちにいきたいの!」
「町に? 何しに?」
「シロちゃんにクッキー食べさせてあげたいの!」
「あー、そんな話してたな」
シロが家に尋ねた際に、クッキーの話をしていたのを思い出す。
二人は楽しそうに町とクッキーの思い出話をすると、シロも興味を示して食べてみたいと言った。
そしてオオシマも連れていくといっていたことを思い返す。
プーフは明日、シロと会うと話していた。
きっとプーフはシロに楽しい思いをさせてやりたいのだろうという思いが感じられた。
プーフがここまで人のことを思いやる姿を見るのは初めてだったし、その思いを叶える手助けをするのは吝かではない。
それに男が一度言った以上は面子を保つためにも、愛する娘たちのためにも実行しなければならない。
それにオオシマの中ではすでにシロもプーフやリリアと同じように、いつかはこの家で暮らすかもしれないとぼんやりではあるが考えていた。
「じゃぁ、明日は町行くか」
「ありがとママ!」
お湯に濡れているオオシマの頭を抱きしめるとプーフは頭にキスをして慌ただしく浴室から出ていく。
「リリー! ママいいって!」
「良かったね。じゃー、明日はお出かけだね。何着ていこうかなぁ」
「プーおさかなのきてく」
さっそく明日の着替えを用意しようと、タンスの引き出しを引くと中に入ったお気に入りの服を取り出した。
服を選びながらもプーフは頭の中にシロの姿を描いていた。
シロは家にきたときにプーフが貸した茶色いワンピースを着ていた。しかし、シロは他に服など持っているだろうか。お出かけ用や遊び用の服を持っているなど考えられない。
自分たちはオオシマに服を買ってもらったから選択肢があるが、シロはプーフが貸した服の一着のみ。
そう考えると、自分たちばかりはしゃいでいて、シロは不快な思いをしてしまうのではないだろうかと悩む。
プーフは頭の中に描かれたシロに似合いそうな服を選びだした。
服がないならば明日会った時に自分のものを貸してやればいいと答えが出ると、あぁでもない、こうでもないと、タンスの中の服を取り出してはこれじゃないとほっぽりだす。
「プー、そんなにたくさん服出してどうしたの?」
「あしたね、シロちゃんにもおようふくきせてあげたいの」
プーフの言葉にリリアもシロには服がないことに気づくと、一緒になって服を漁り出した。
「シロちゃんは白くてきれいだから、おひめさまみたいなのがいいの」
「そんな服あったっけ?」
「うー……ない」
「じゃぁ、プーが気に入ってるの着せてあげたら?」
「プーのお気に入り?」
「プーのお気に入りだったら、シロちゃんも喜んでくれるんじゃない?」
「じゃぁ、シロちゃんにはおさかな着せてあげるの。プーはちがうのにする」
風呂からあがったオオシマが濡れた髪をタオルで拭きながらリビングに来ると、散らかった服を見て顔をしかめた。
また怪獣が暴れているのかと目をやると、二人は真剣な表情で服を引っ張り出してはこれではないと放り投げている。
「おいおい、何やってんだよオメェらは」
「あしたね、シロちゃんにもおようふく着せてあげたいの。プーたちはおようふくあるけど、シロちゃんにはおようふくないから」
そこまで考えるのか、とオオシマは胸を打たれる想いだった。
確かに今のプーフたちには住まいも着るものも食べるものも全て揃っている。だが、シロにもそれがあるかと言えば定かではない。
相手のことをそこまで考えてやれるプーフ。きっと散らかった衣類もシロの服を選んでいたのだろう。
一瞬、怒ろうとした気持ちを恥じるとオオシマは熱くなった思いに目頭を押さえた。
「プー、オメェは何て良い奴なんだ」
「シロちゃんにね、おさかなの服きせてあげるの」
「それってプーのお気に入りのやつだろ?」
「私が言ったの。プーのお気に入りならシロちゃんも喜んでくれるんじゃないかって」
「プーもリリーも……オメェらはなんて娘だ。俺ぁ、涙が出そうだよ」
「ママ、どこかいたいの?」
涙が出そうというオオシマに、プーフはどこか怪我でもしているのかと心配すると、パンツ一丁のオオシマの体を回りながら見回した。
白い素肌に傷がないことを確かめると、プーフはオオシマの正面に立って顔を見上げた。
「どこいたいの?」
「なんでもねぇよ……」
その場にしゃがみこむとプーフの体を抱きしめた。リリアのことも手招きすると、両腕に二人の体を包む。
自分の娘がこんなことを言い出すなど、夢にも思わなかったオオシマは心底誇らしかった。
ヤクザという人生を歩んでいたオオシマに、こんなに立派な娘たちを持てるなんて。
相手のことを思いやれる二人に、オオシマの胸は感動に溢れていた。
明日はシロを迎えたらたくさん楽しませてやらなきゃなと心に決めると、オオシマは腰に手を当てて立ち上がった。
「よし! 明日はクッキーだけじゃねぇ、食いてぇもん腹いっぱい食わせてやる!」
「わぁ! ママすき!」
拳を握りしめるオオシマの太ももにリリアとプーフが抱きついた。
待ち遠しい明日を願ってプーフもリリアも心が弾んでいた。