プーフのたからもの
一日降り続いた豪雨は、翌日には嘘のような晴天となっていた。
雨雲が消えた空には、澄み切った大気に眩しい日差しが暖かさを届けている。
オオシマ家の周りには白い花がいくつも咲き誇ると、昨日の雨の余韻を雫となって落としている。
雨あがりには川に何かしらの漂着物が流れ着いていたり、珍しい魚が捕れると知っていたプーフは今日も何か見つけられやしないかと、期待に胸を弾ませて一人タモ網を持って川へと向かった。
温かさと湿気を含んだ風に、被った麦わら帽子がふわり揺れる。
帽子が飛んで行かないように、プーフは帽子を深く被りなおすと増水した川に輝かしい視線を向けながら走る。
サンダルのまま川へと入っていくと、手にした網を川底に突っ込み、石を退かして逃げる魚を網の中へと招き入れた。
期待した瞳をしながらタモ網を掬ってみると、普段から見ている小魚やエビがたんまりと入っていた。慣れた手付きで小さいものはリリースすると、残った大きな魚のみをバケツへと放り込んでいく。
「ママー、おさかなとれたー!」
家の前で洗濯物を干すオオシマ向かって声を張り上げると、獲物探しに威勢づくプーフに気づいたオオシマは大きく手を振って返す。
振られた手に、大きく手を伸ばして振り返すとプーフは再びタモ網を川底に突っ込んだ。
「おさかなー、おさかなー」
小さな手で石を退かすと、水量は増してはいるが澄んだ水の中に魚が隠れていたのが見える。
川底でじっとしているのはハゼ科のヨシノボリという魚だ。
プーフは網に入るように手を突っ込んで魚を脅かすと、魚はいきなり頭上から落ちてきた手に慌てて泳ぎだすと、それが罠だと知らずに網の中へと入っていく。
網の中に入ったヨシノボリを掴んでみれば、その身体は成体よりまだわずかに小さい。
「うーん、ちっちゃいからばいばいね」
掴んだヨシノボリを放り投げると、水面に小さな飛沫をあげ命を奪われることのなかったヨシノボリはそそくさと近くの石の下へと潜り込んだ。
「おさかなー、しろいおさかなはいませんかー?」
プーフは一度オオシマから色素変異した白い魚を捕ったことがあると聞いていた。
しかし、今までに何度もプーフは川に入ったことはあるが、そのような白い魚は見たことがなかった。
しかし、オオシマはいずれそんな魚も見れるだろうと確信して言うと、プーフもその話を信じて川に足を踏み入れていた。
「おさかなー」
今度は近くのアシの下にタモ網を突っ込むと、根の部分を足踏みして隠れた魚を網へと導く。
網の中には枯れ葉や木の枝などのゴミを交えながら、小魚が入って網の中で逃げ出そうと飛び跳ねている。
「ちっちゃい……ママー、しろいおさかないなーい!」
再び視線をオオシマに向けると、第二弾の洗濯物が詰め込まれた籠をもったオオシマが物干し竿の前に籠を降ろすと、プーフへ向かって声を張り上げた。
「そんなすぐ見つかるもんじゃねーよ!」
「いつとれるのー!」
「やってりゃぁ、いつか捕れる!」
「じゃぁプーもっとさがすー!」
「おう、捕れたら見せてくれ」
「がんばる!」
今度は場所を変えてみようとプーフは少しばかり下流へと足を伸ばした。
川底を覗いてみると、小さな赤い沢蟹がプーフの目の前を呑気に横切っていく。
「かに! でも、ちっちゃいからたべちゃだめ」
川底を見ていると徐々に大きな石が減り、細かな砂利ばかりの川底が見える。
目を凝らしてみると砂に埋もれて白い何かが頭を出しているのが見えた。
「しろいおさかな!」
もしかしたら白い魚に出会えたかもしれない。そう目を輝かせると、網を砂利の中へと突き刺し、川底を足踏みして砂利を掻き出した。
白い魚が捕れたかと期待しながら網を掬い上げると、残念ながらそれは白い魚ではなかった。
入っていたのは、砂利に交じって無機質な太い木の枝のようなものだ。
「おさかなじゃない……」
木の枝のようなものを掴み上げると、軽くて中は空洞になっている。
流木の欠片にも思えるが、ざらついた質感は木とは違うように感じる。
「ママー! へんなしろいのあったー!」
じゃぶじゃぶと飛沫をあげて流れを横切りながら川から出ると、洗濯物を干し終えてプーフのことを見守っていたオオシマの元へと駆け寄る。
オオシマの前まで来ると、プーフは手にした白い何かをオオシマに見せつけた。
「あー、これもしかして」
何かを掴んで質感や形状を確かめる。
指先で弾いてみれば軽く弾けた音がする。さらに、中に空いた空洞を見るとオオシマはそれが何なのかを確信した。
「こりゃ骨だ」
「ほね?」
「なんの骨かは分からねぇが、骨だな。結構長いこと川の中にあったんだな。骨髄がなくなってる。でも、白いままなんて不思議なもんだ。普通は茶色くなったりするもんなのにな」
長年川で魚捕りをしていたオオシマは、川で魚取りをした際に多くの魚以外のものを見てきた。
川にいるのは魚ばかりではない。人の捨てたごみだとか、処分に困った不用品、中身の抜かれた財布、風に飛ばされた衣類。そして、動物の死骸なんかも。
動物の死骸は川に住む生き物にとっては最高のご馳走となる。肉や毛、全てのものを食い尽くされると、やがて骨だけになる。
水分を吸ったむき出しの骨は、川の流れで徐々に削れ、中の骨髄すら川の生き物に食われたり、朽ちてなくなっていく。
前世では同じように朽ちた動物の骨を見ていた。
感触や形状からして、プーフの持ってきたものは間違いなく何かの骨だと確信がついた。
「むー。しろいおさかなだとおもったのに」
「残念だったな」
手にした骨をプーフに返すと、口を尖らせながらも骨を受け取りスカートのポケットに突っ込んだ。
「おいおい、骨捨てないのかよ」
「きれいだからとっておく」
「やめとけよ。なんの動物かわからない骨だぞ。汚いし捨てとけ」
「や!」
「もしかしたら人の骨かもしれないんだぞ」
「や!」
「何で子供は変なものに拘るかな」
「いいの。これプーの宝物にする」
「二人ともー、ごはんできたよー」
窓からエプロン姿を覗かせるリリア。中から聞こえたリリアの声は昼食ができたことを告げた。
オオシマもプーフも家の中へと入っていくと、中には肉の焼けた香ばしい香りが漂っている。
遠ざかる背中を追うように、川辺に一人の少女が立っていた。
どこまでも長く白い髪川の水に濡れたように張り付くと顔の表情を見えなくしているが、わずかに見える口元は笑っている。
着ている服は泥だらけで全体的に擦れて今にも朽ちてしまいそうで、原型すら分からないボロきれとなっている。
「宝物……」
水面に濡れた足元は裸足になっている。少女の足が川辺から一歩、家のほうへと近づく。
オオシマとプーフが入っていった家の中からは賑やかな声が響いている。開けられた窓からは食事の香りが漂い、そこに家族での食事が行われているのが感じられる。
「わたし……宝物……」
少女が家のほうへと死体のように真っ白で生気のない手を伸ばした。
濡れた指先にどこからか舞った黄色い蝶々がふわりと舞い降りると、羽ばたかせていた羽を折り畳んで指先で休息している。
ぽとりと蝶々が地面に落ちた。
指先に止まっていた蝶々を見るとすでに息を引き取って動かなくなっている。
まるで水分を指に吸収されたような蝶々はカサカサになると、砕けた羽から鱗粉を散らしている。
「わたし……宝物……」
濡れた足が蝶々の死骸を踏みつぶした。
伸ばした手は救いを求めるかのように弱弱しい。歩き出した少女に風が吹きつけると長い前髪が踊って表情が見えた。
死んだような生気のない顔には、泥や汚れをびっしりとついている。そして、その茶色い瞳からは涙が流れている。
「わたしを……」
*
昼食を終えたプーフはベッドの上に寝転がると、川で拾った骨を手にして見つめていた。
骨は白くて軽い。そして窓から指す日の光りを浴びるとほのかに輝いている。
「それどうしたの?」
プーフの隣にリリアが横になると手にした骨を見つめた。
徐々に乾燥してきた骨。ざらついた表面ではあるが僅かに輝いている。
「かわでひろったの。ほねなんだって。きれいでしょ?」
「えぇ、骨拾ったの……何だか気味悪くない?」
「いいの。きれいだからプーの宝物にするの」
「確かに綺麗かもしれないけど……」
目の前にあるものが骨だとわかるとリリアは不気味に感じて顔を顰めた。
しかし、骨を手にするプーフはそんなことは構わずに、輝く骨を見つめると嬉しそうに笑っている。
「だれのほねなのかな。おさかなかな? いのししかな?」
「何だろうね……人の骨じゃないことを願うよ……」