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TSヤクザの異世界生活  作者: 山本輔広
一章∶仁義なき異世界スローライフ編
32/153

アルコール味のキス

 身体だけ洗うとオオシマは浴槽に入ることもせずに浴室から出ると、パンツ一丁で肩にタオルをかけてテーブル席へと腰をかけた。

できればゆっくり風呂に浸かって体を休めたいとは思ったが、何せ浴槽には女神が入っている。

追い出すことも構うこともせずに、オオシマは一人中途半端に温まった身体を冷ました。


「オオシマさん、怒った?」


 髪をタオルで拭きながら、いつもの古代ローマ衣装のような白い服をきた女神が対面に腰かけた。

頬杖をついて顔をさげながらも視線はオオシマを向いている。視線の先には疲れた顔をしたオオシマがぼんやりと女神の顔を見ている。


 いつもならば何かしらのリアクションをしていたのに、今日のオオシマはどこか雰囲気が違う。

突っ込みも大して入れず、意地悪するようなこともない。

次第に女神は本当にまずいことをしてしまったのではないかと焦ると、手に大きな瓶を持ってオオシマに差し出した。四角い瓶に黒いラベルが貼られ、中には茶色い液体が揺られている。


「この前言った通りお酒もってきましたよ! 手元にウィスキーしかなかったのですが、良かったら一緒に飲みましょうよ!」


 女神は魔法のように何もない空間からグラスを二つ取り出すとストレートのまま注いだ。

転生したときに見つけた酒はすでに空になっており、久しぶりの酒を目の前にするとオオシマはわずかに機嫌を直したようにグラスに手を伸ばすとウィスキーの芳醇な香りを嗅いだ。


「何か割るものも出しましょうか?」


「いや、このままでいい」


 一口ウィスキーを含む。

アルコール度数40パーセントを誇るウィスキーは口に入れるとガツンとアルコールが利いて、後から香ばしさが抜けていく。

口の中で味をゆっくりと楽しむと喉に落としていく。熱い感覚が口から胃へと伝わっていくのが分かる。


「あー染みるな。すげぇ染みる」


 ウィスキーなど何か月ぶりだろうと幸せな溜息が出る。その溜息はアルコールと芳醇な香りがしている。

機嫌が直ったのを見て女神も微笑むとグラスに口をつけた。


「オメェ、いつも強いの飲んでんのか?」


「いつもではないですけど、たまにガッツリ飲みたいときに飲みますね。主に凹んだりしてるときですけど」


 照れたように女神は舌を出して笑う。

女神にも色々悩みはあるのだろうと考えながら、もう一口グラスに口をつけた。


「で、今日は何の用だよ」


「実はですね。お風呂に入りにきたわけではないのですよ」


 だろうな、と思う。

ただ風呂に入りたいからという理由で来られてはたまったもんではないし、一応は神なのだからやることはあるだろう。

女神の出現に何かしらの用立てがあるのだろうと思っていたオオシマはその訳を聞き出した。


「さっさと話を進めろ」


「オオシマさん転生するにあたって何も能力はいらないっていったじゃないですか」


「あぁ」


「それで、私も見た目以外は何もいじらなかったんですよ。なのにオオシマさんはここに来てから数々の功績をあげていますよね?」


「功績ってほどのものでもねぇよ」


「普通はありえないことなんですよ。奴隷屋とかの人間をボコボコにするならまだしも、ステゴロでベヒーモスを倒したじゃないですか。だから、改めてオオシマさんの資料を調べてみたんです」


「何か見つかったのか?」


「それが何もなかったんです。本当に見た目しか変わった形跡はありませんでした。能力を授かった状態ならばベヒーモスを倒すことは可能でしょうけども、オオシマさんの体は前世と同じようにただの人間の体なはずなんです」


「で?」


「今日の力比べもそうです。オオシマさんの華奢な腕で大男の腕をあっという間に倒してしまっていました。これは異常なことです」


「まぁ、確かに」


 前世の状態でならばオオシマは腕っぷしに自信はあった。

故に力比べをした際にも負ける気はしなかったが、改めて自分の腕を見てみればとても筋肉質とはいえる身体ではない。

白く張りのある肌、華奢な腕。しかし、握り拳を作ってみればどこか力があるように感じる。


「引き続き調査はしてみますが、あまり無茶はしないでくださいね。一応資料上は人間の体とありましたから」


「あんまり無理してっとまた死ぬってことか」


「はい。そういうことにもなるかもしれません。ただ現状から考えれば何かしらの異常があるのは確実です。魔法でも筋力でも授かりものでもない何かが」


「何かってなんだよ」


「それをこれから調べるんです」


「結局何もわかってねぇってことじゃねぇか」


「そうなりますね」


 聞いたところで何も進展はない。

グラスに残ったウィスキーを飲み干すと新しい一杯をグラスへと注ぐ。

もったいぶって言うものだから、もしかしたら女神に手違いがあったのかもしれないと思ったが、何もわからない現状を突き出されただけだ。

もし分かったとして、オオシマの生活に変化があるとも思えなかったが、それでも自身に何かおかしいな点があるのならばそこは把握しておきたかった。


「まぁ何か分かったら教えてくれ」


「勿論です。私のいる世界でもひそかにオオシマさんのこと噂になってるんですよ」


「どんなだよ」


「素手でベヒーモスを倒したって噂になってます。担当者としては凄く鼻が高いんですよ」


「オメェの仕事のことはどうでもいいんだよ。で、オメェマジで泊ってくのか?」


 女神としては風呂場で言った泊っていくという言葉は半分冗談、半分本気だった。

しかし、確認するオオシマは嫌がる様子もなさそうである。

オオシマのことを気になりだしている女神にとっては絶好の機会であった。


「……いいんですか?」


 照れ隠しなアルコールはミーナの顔を朱に染めている。


「別に俺は構わねぇさ。酒ももらえたことだし、それに酒を飲みながら話せる相手がいるのも久しぶりだしな」


 今尻尾がついていたら確実に犬のように尻尾を振りまくっているだろうと思う。

女神は大げさに笑うとオオシマと自身のグラスへとウィスキーを並々と注いだ。


「私もです! あんまり一緒にお酒飲める人いないから、飲みましょ! 今日は朝まで飲みましょ!」

 

 注いだウィスキーを一気に飲み込んだ。

プハァと吐息を漏らすとさらにグラスにウィスキーを注いでいる。


「いい飲みっぷりじゃねぇか」


「オオシマさんも飲んで飲んで♪ ここからは大人の時間ですよ♡」


「悪くねぇな」


 持ち上げたグラスを女神に向けると、女神もグラスを持ち上げて杯を交わした。

グラスがぶつかる小さな音がなると、二人はグラスを呷る。


 酔いが回った女神は饒舌になって今迄にどんな転生者がいたかだとか、今他に担当している転生者の話をしはじめた。

オオシマはほぼ聞いているのみだが、それでも話し相手がいる酒はオオシマにとっても嬉しいものであった。


 すっかりアルコールが回って女神の顔は赤くなっている。

やがて酔いつぶれると女神はへべれけ状態になって仕事の愚痴を零すだけでなく徐々にオオシマに絡み酒をしだしていた。


「この前転生した人なんてさぁー、88歳のおばあちゃんだったんだよ! 私が話しかけても耳がとぉくてなーんも聞こえやしないの!」


「ばあ様なら仕方ねぇだろ」


「私のことデイサービスの人ですか、って勘違いしてんだよ!? 女神だっつってんのに!」


「女神が介護士か。そりゃ随分なことだ」


「まったくさぁー。気疲れ半端ない。まじで」


「女神っていうからどんなもんかと思えば、ずいぶん人間味があるんだな。普通の社会人と変わらないもんだ」


「変わんないよー。はぁ、どいつもこいつもさぁ」


 テーブルに顎を乗せると、女神は女を投げ捨てたように大きなゲップを吐き出した。

アルコールたっぷりのゲップがオオシマの鼻にまで匂ったが、日ごろの不満を他の誰かに話したりしないのだろうと勘繰ったオオシマは気にする様子もなく女神の話にただ耳を傾けた。


「オオシマさん」


「なんだ?」


 赤くなった顔に潤んだ瞳が上目遣いにオオシマを見た。


「……ちゅーしましょ」


「は?」


「ちゅーですよ。ちゅー」


「なんで?」


「……ちゅーしてくれたら……元気出る……ダメ?」


 酔っぱらった女神から女性らしい色気がただよっていた。甘える声も顔も、男ならば即座に望みをかなえてしまいそうな愛らしさがある。


「オメェ、酔うと体許すタイプだろ」


「ちがうもーん。オオシマさんだからだもーん」


「そんな言葉いくらでも聞いてきた。下手な誘い文句だ」


 さらりと流そうとするオオシマに、女神は頬を膨らますと顔をあげて前のめりになってオオシマの顔を至近距離で見つめた。


「じゃぁ、どうしたら上手く誘えますか?」


 話しただけで唇が重なりそうだ。


「そういったもんは経験して身についていくもんだ」


 二人の金髪の美少女は酔いの回った熱っぽさとアルコールの香りに包まれていた。


「じゃぁ、私の経験値増やしてください」


 女神の口から香るアルコールが、オオシマの口へと流れると鼻へと抜けた。

随分とアルコールの味のする経験値だと思いながら、オオシマは目を瞑って重ねられた唇を女神に委ねた。

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