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TSヤクザの異世界生活  作者: 山本輔広
一章∶仁義なき異世界スローライフ編
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二匹の怪獣、浴槽の女神

 考えながらまさか自分がこんなことを考え出すようになるなど思わず、オオシマは不思議と笑顔になった。


 二人の将来を考える自分がおかしい。

すっかり親の思考になっているな、と自身のおかれた環境があまりに現実離れしている現状に笑いが零れる。

そして、その環境に慣れつつある。


 前世になぞらえばシングルマザーのようなものだろうかと考える。

結婚も済まさぬうちに、娘が二人できるなどどうかしている。ましてや自分は任侠であった。真っ当な道など見えやしなかった。


 脱線した思考を元に戻した。

前世になぞっておかしな現状を考えるより、今どうするか。

昔、共に魚捕りをした趣味の仲間のカタギたちはどんな商売をしていたかと思い出す。

爬虫類の卸、植木職人、トラックの運転手、介護士。

卸や植木職人のようなものならばこの世界でもできるかもしれない。だが、それを行うための道具もない。

金があるため町で道具は調達すれば賄えるが、本当にその職業でいいのだろうか。

 生体を扱う卸は時期によって収入が違うから安定しない、と聞いていたし、職人は体を壊したときに不利だ。前世ならば保険などでなんとかなるかもしれないが、この世界にそんなものはない。


 悩みすぎて頭がハゲあがりそうだった。

長い金髪をかき上げて定まらない焦点を天井に向ける。

いっそ喧嘩で鍛えた自慢の腕っぷしで、用心棒のような商売もいいのではないか。しかし、それでは下手に恨みを買うことになるかもしれない。


「どうしたもんかな」


 独りつぶやく。

その言葉に反応するように、脱衣所からリリアが裸のまま飛び出してきた。

濡れた足跡を床に残しながら駆ける姿に、プーフが後を追いかけてきた。


「ひぃーオオシマ! プーに食べられるー!」


 オオシマの陰に隠れるリリア、笑いをこらえた顔が追ってきたプーフを見ている。


「リリーおいしそうだから、プーのごはんにするのおおお!」


 両手をあげて涎を垂らし目を光らせるプーフ。

獲物を捕まえようと駆けだすと、リリアは黄色い声をあげて逃げ出す。

濡れた体を拭かぬままに走り回るせいで床にはいくつも足跡が残っている。


「なにやってんだ、オメェらは」


 また怪獣が暴れ回っている。

それも今回は二匹も。素っ裸で駆ける怪獣二匹は甲高い声をあげながら暴れまわっている。


「オメェら体拭け!」


「きゃー!」


「リリーたべちゃうのおおおお」


 リリアを執拗に追いかけるプーフは駆けだそうとして足を滑らせると盛大に床に体を打ち付けた。

転んだ姿を見てリリアも動きを止めると、倒れた怪獣を覗き込んだ。


「うぅ…うわあああああああああああん」


 追いかけていた怪獣が泣き出した。

顔をあげると涙を零しながら額を赤くしている。


「ったくよぉ、バカなことしてっからだよ」


 溜息をつきながらオオシマはプーフを抱き上げると、頭を撫でながら泣き止まそうとする。

プーフの目からは大粒の涙を流しながら、転んだ痛みに嗚咽をあげている。


「濡れたまま走り回るからこうなるんだよ。リリーもさっさと体拭いて着替えろ」


「はーい」


「プーもいつまでも泣いてんじゃねぇよ。ほれ、よしよし」


「うわああああああん」


 胸に顔を埋めるプーフを揺らしながら頭を撫でる。

額を見れば打ち付けて赤くはなっているが、外傷はない。とりあえず泣き止むまでは抱っこしてやろうと、泣きじゃくる怪獣を抱いたまま脱衣所に向かうとタオルを手に取って、濡れた怪獣の体に被せた。

体を拭き濡れた頭をタオルでわしゃわしゃと拭いていくとプーフは徐々にしゃっくりをあげながらも涙と嗚咽を落ち着かせた。


「泣き止んだか。もう濡れたまま走り回るなよ」


「うん……」


 涙をためる顔は反省したのか、体を降ろしても走り回ることはなく、用意された着替えに袖を通し出した。

着替え終わっていたリリアがプーフの着替えを手伝い、まだ涙のたまった顔を見ると頭を撫でている。


「プー、痛くない?」


「うん……もうへーき」


「次からは気をつけようね」


 慰めるリリアに『オメェもだよ』と言いそうになったが、二人のやりとりを見ていると言葉は飲み込まれた。

血の繋がりはなくとも本当に姉妹のようで、リリアは年下のプーフの頭を撫でるとプーフの体を抱きしめて赤くなった額にキスをした。


「俺も風呂はいってくっから、プーもリリーも、もう寝ろよ」


「はーい」

「はーい」


 二人がベッドに潜り込むのを確認すると、オオシマも脱衣所に入ってワンピースを脱ぎだした。

下着も脱いで籠に放り込むと、リリアの炎のおかげで常に暖かくすることができるようになった浴室の扉をあけた。


「きゃー! オオシマさんのえっちぃ!」


 扉を開いた瞬間にオオシマは顔にお湯がぶっかけられた。

そこには何故か女神が裸で浴槽に体を沈め、入ってきたオオシマを見ると顔を赤らめている。

 この前会った時、オオシマは女神に対して感謝し、悪い奴ではないと思えた。

だが、この一瞬でその良い印象が吹き飛ばされた。


「オメェ、人様んちの風呂で何やってんだよ?」


 いきなりぶっかけられたお湯を拭うこともなく、オオシマの冷たい視線が女神に刺さった。


「もーオオシマさん、そこは顔を赤らめてキョドりながらお風呂から出ていくところですよ? お風呂覗きの定番知らないんですか?」


「んなもん知るか。てかよぉ、質問してんのは俺だろうが。舐めてんのかテメェ」


「やだ、オオシマさん怖い。ヤクザみたい」


「ヤクザだよ。何しにきたんだテメェは」


「何しにってお風呂はいりにですよ」


「自分んちの入れよ」


「いやーん。私、オオシマさんと入りたかったんです♡」


「帰れテメェ」


「オオシマさん私にいっつも帰れ帰れって! そんなに私に帰ってほしいんですか!」


「帰ってほしいから帰れっていってんだよ」


「わかりました。今日一晩泊まりますね」


「テメェ、本当に人の話きかねぇのな」


 ずっとニヤニヤしている女神を見て、オオシマはイラつきよりも疲労感を感じた。

今日は一日外に出ていたし、これからの考えて頭はカラカラに乾いていた。そしてプーフたちの面倒を見て、さらに女神の登場である。

あぁ言えばこう言う女神にオオシマは辟易すると、もう言葉を発するのすらためらわれた。


 桶に浴槽のお湯をすくって頭にかけた。

長い金髪をお湯のみで洗うとヘチマを使って体を擦る。その様子を女神がニヤニヤしながら覗いているが、オオシマはもう女神に構うこともしたくない。


「オオシマさん」


「……」


「かまって」


「……」


「オオシマさん」


「……」


「構って」


 無言のまま体を洗い最後に桶に救ったお湯で体を洗い流した。

両手で顔をこすって洗顔すると髪をかきあげて溜息をつく。


「構って構って構って構って構って構って構って構って構って構って構って構って」


 桶にお湯を掬う。


「オオシマさん、女神を構って。構ってくれないと浴槽におしっこしますよ」


 女神の顔に向かって桶のお湯を盛大にぶちまけた。



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