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TSヤクザの異世界生活  作者: 山本輔広
一章∶仁義なき異世界スローライフ編
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我が子の未来

 オオシマの手は相手の手を握り潰そうとはするも、倒そうとはしない。

相手の作り上げた『手を離したら負け』という土俵に乗っかると、オオシマはそのやり方を逆手にとって勝利を収めようとした。

手を離したら負けというのはオオシマが負けるように考えられたものだろうが、逆にオオシマはその方法で相手を倒そうと決めていた。

 握る力を強める。

相手の顔は押しつぶされそうな痛みに顔を歪めるも、一切の手加減をせずにさらに力を込めた。


 男は困惑していた。

自身が力を込めてもオオシマの腕を動かすことはできない。かといってオオシマは腕を倒そうともしてこない。

このままでは自分の手が握り潰されると想像してしまう。

ゴーガンの崩壊した手が思い出される。あの太く逞しかった腕がありえないくらいに曲がり、指先は四方八方を向いてグシャグシャになっていた。このままでは自分の手も同じ道を辿ると思うと、顔は恐怖に引きつっていた。


 何故毒が効かないのか、何故痛みを感じないのか、何故倒そうとしないのか。

 マントの男は肝を冷やしていた。

一切動きの無い握られた二人の手。手には針が刺さっているはずなのにオオシマの顔はまるで苦痛を感じていないかのように見える。そして握られた男のほうがかえって痛みに顔を歪めている。


 すっかり司会として実況することすらできなかった。

策は打った。これならば行けると思ったのにオオシマにはそれらが一切通用していない。

心の中でなんとか勝てと願うも、状況は変わらない。


「そこそこ耐えるじゃねぇか」


「なんでこんな…少女に…」


「今から10数える。10になったときお前の手を潰す」


「や、やめてくれ!」


 もう男はなりふり構わずに、握られた手を離そうと肘を浮かせてオオシマから逃げ出そうと腕を引くも、握られた手は離れることができない。


「1……2……」


「たのむ! やめてくれ!」


「3……4……」


「悪かった! 俺が悪かった! ただあいつに雇われてやっただけなんだ!」


「5……6……」


 半分を切ったところでゴリッと骨がずれるような音がすると、男は痛みに悲鳴をあげた。


「7……8……」


「俺の負けだ! 頼むから手を離してくれー!」


「9……」


「あああああああ!」


 10を数える前にオオシマの手の平が開いた。

手が解放されると男は盛大に背後へと倒れ、くっきりと残った手形をさすりながら涙を流している。


「俺の勝ちだな?」


「そ、そんな……」


 オオシマの手のひらから血の雫が落ちた。

間違いなく針は刺さっていた。なのに勝利はオオシマが手にしている。

打った策を破られマントの男はその場に膝をついて崩れた。


「まだやるってんなら、次はテメェが相手をしろ。握った瞬間に手ェ粉々にしてやるからよ」



***



 大金を得ることに成功したオオシマは両手に紙袋をいくつも下げていた。

賞金をつかみ取るとさっさとその場から離れて、プーフとリリアと町を散策した。

ここぞとばかりにプーフとリリアに欲しいものを買い与えたはいいが、その後も調子にのったオオシマは二人がねだったものを買い続けてしまった。


「でも、あの人たちちょっと可哀そうだったね。オオシマやりすぎたんじゃない?」


「いいんだよ。あぁいう奴らはどっかで痛み目みねぇとな」


「ママ、手いたくない?」


 オオシマの手の平には小さく空いた穴から血が出ると、わずかな血の塊を凝固させている。

毒の塗られた針で刺されはしたが、しばらくすれば感覚は戻り痛みもなくなっている。

心配そうにプーフの小さな手のひらがオオシマの手に重ねられると、プーフは何度も手をさすって息をふきかけている。


「いたいのなおった?」


「おう。プーが撫でてくれたからすぐに治っちまった」


「ほんと!? じゃぁもっとなでなでする!」


 紙袋を持った手の甲をさらに小さな手が撫でると息を吹きかけている。

まるで子供が『痛いの痛いの飛んでいけ』とでもおまじないをするようだ。


 当初の目的であったリクガメ用のリンゴも調達を済ますとオオシマたちは帰路についた。

町から出る途中、通り過ぎ行く人々がオオシマの姿を見ると目でおいかけているのがわかった。


『見たかよ、あれ鬼姫じゃないか』


 そんな言葉が聞こえてきたが、オオシマはまさか自分がそう呼ばれているとは思わずに聞き流すとその足を家へと進めていた。




 暖炉には火が灯り、炎の灯りは床に腰かけるプーフとリリアの姿を照らして伸ばした影を揺らしていた。オオシマに買ってもらった品々が入った紙袋を手にすると乱暴に破って紙袋を開いて散らかしている。

オオシマは一つ好きなものを買ってやるといったが、大金を手にしたオオシマはつい気が大きくなり、二人にいくつも欲しがったものを買っていた。

プーフもリリアも好きなものを買ってもらうと、それを一つ一つ取り出して自分の前に並べている。


「あのね、プーね、リンゴちゃんのおよめさん探してたの」


 そう言って手にしているのは流木から削り出された亀の彫刻だ。

丸みを帯びた亀の彫刻はプーフの手よりも少し大きいくらいだが、細かな造形が施されリクガメのリンゴにも似ている。


「それがお嫁さん? 少し小さすぎるんじゃない?」


「そうかな。あしたりんごちゃんに見せてあげるの」


「りんごちゃん喜んでくれるといいね」


「あとね、これプーの宝物にする。ぴかぴかしてるでしょ。だからこれプーの宝物なの」


 次にリリアに見せたのはプーフの手のひらに収まるサイズの丸い翡翠色をした石だ。

翡翠とは違い白い部分が多いが、翳してみれば炎の光りを反射して輝いている。


「綺麗な石だね。小さいから失くさないようにしないとね」


「うん。なくさない」


 二人を見ていると本当の姉妹のようだなとオオシマは思う。

リリアは年が上だからかお姉さんのように振る舞ってプーフの話に耳を傾け、プーフもリリアを頼ると耳を傾けてくれることが嬉しくて次から次へと言葉が続いている。


「これはリリーにいっこあげる。プーのとおそろいなの」


 手渡したのは髪を結うための花飾りつきの細長い紐だ。布で作られた白い花が見えるようにプーフは自分の手首に紐を巻きつけている。

リリアの手首にも同じものを巻きつけると満足そうに笑った。


「ありがとうプー。大切にするね」


「うん。ほんとうはママにもあげたかったけど、おなじやつなかった」


「俺はいらねぇよ」


 ただでさえワンピースを着て女らしくなっているのに、そのうえ花飾りのブレスレットなどつけては余計に乙女になってしまう。

プーフの気持ちはありがたいが、さすがにそこまでにしてほしいと思った。

それにここで止めておかないと、オオシマはプーフにとっての着せ替え人形になってしまうのではと思えた。


「さ、そろそろ片付けて風呂はいってこい。いつまでも遊んでんじゃねーぞ」


「はーい」

「はーい」


 二人は並べたものを紙袋に詰め込むと部屋の隅に積み重なった空いた木箱の中へ紙袋をしまう。

片付けた二人はそそくさとタンスから着替えを引っ張り出すと脱衣所へと向かう。


「ママいっしょにはいる?」


「二人で入れ」


「わかった」


 脱衣所で脱がれた衣類がオオシマのいるリビングへとふっ飛んでくる。

女の子らしくない所作に注意しようとしたが、浴室から風呂に飛び込む音が聞こえるとオオシマは顔をしかめながら服を拾い籠の中へと突っ込んだ。


 一人になるとオオシマは腕組みをしながら今後のことを思案した。

今日の腕相撲で金を得ることはできた。しかし、前回同様このままでは金を減らす一方で生み出すことがない。

ただ減らすのではなく、これを元手になにかできはしないかと考える。


 独り身であったなら自由きままに使えるが、プーフとリリアを抱える今はそんなことはしていられない。二人はまだまだ成長していくだろうし、そのうち一人立ちしていくかもしれない。


 ならば、この金はその将来のために有効に使うことはできないだろうか。

 例えばこの大金を元手に商いをはじめ、少しでも定期的に収入を得ることで貯蓄を蓄えて二人の将来のために備える。

しかし、オオシマは商いをする者たちから見ケ〆料を取ったことはあれども、自分が商いをしたことはない。


 独り考えるもすぐに答えは浮かんでこない。

風呂場から聞こえる二人のはしゃぐ声を耳にしながら、オオシマは答えのでない問題に立ち止まっていた。

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