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TSヤクザの異世界生活  作者: 山本輔広
一章∶仁義なき異世界スローライフ編
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未知との遭遇

 慌てる様子もなくゆっくりとリンゴの芯に食らいつく岩のような生き物。

今迄見たこともない生物にプーフもリリアも目を星のように輝かせていた。

どれだけプーフやリリアが近づいても岩のような生き物は威嚇することも逃げることもせずにのんびりと食事にありついている。

 オオシマも近寄って見る。

川で魚取りをしていたオオシマには見慣れた生物がそこにはいた。


「なにかと思えば亀じゃねぇか」


「かめ?」


 リンゴを食していたのは大型の茶色い亀であった。

といっても川辺などでよく目にするものなどとは違い、異次元の大きさだ。プーフよりも少し背丈が低いくらいの大きさで、その体は丸みを帯びて重そうな甲羅に覆われている。


「かめってなぁに?」


「爬虫類の一種だ。固い甲羅に覆われているのが特徴でな。種類によって生息地はちげぇが…こいつはどうやらリクガメだな」


 咀嚼する亀の脚を掴んで持ち上げると岩肌のような茶色い肌に、大きな丸い爪がついている。

オオシマが触れたというのに亀は何を気にすることもなく、もう一つのリンゴの芯へかじりついた。


「川の近くなのにリクガメなんですか?」


 女神も不思議そうに亀の目の前にしゃがむと、オオシマは手のひらに乗せた亀の脚を指さした。


「水亀だったら足に水かきがついているもんだ。それに水の抵抗をなくすために、こんなごつごつした甲羅や足じゃない。こいつの脚は土を掘りやすいような爪の形状だし、外敵から身を守るために甲羅もゴツゴツしてんだろ」


 女神、プーフ、リリアの視線が亀の脚に集中したが、オオシマの言う通り亀の足指の間には水かきがなく、代わりに土を掘るには適しているようなゴツゴツした足だ。

それに甲羅や全体像を見ればとても川の中を泳ぐような姿はイメージできないほどに重たそうだ。


「ママなんでもしってる!」


「水亀なら昔からよく取ってたしな。趣味の仲間のうちに爬虫類の卸やってる奴がいたから、たまに見せてもらってたんだ」


「この子リンゴ好きなのかな?」


 リリアが麻袋の中からリンゴを取り出すと亀の鼻先へとリンゴを持っていった。

亀は顔をあげて差し出されたリンゴの匂いを嗅いで、それが今食べていたものと同じだと分かるとスローモーションのようにゆっくりと口を開いてリンゴにかじりついた。


「わ! リンゴ食べたよ! この子リンゴ好きなんだね!」


「プーも! プーもりんごあげてみたいの!」


 食べかけのリンゴをリリアはプーフに渡すとプーフは両手でリンゴを掴んで亀の鼻先に持っていく。

もうすでに食べられるものだと分かっている亀は差し出された食事へとありがたく食らいつくとシャクシャクと音を鳴らしながらリンゴを食べ始める。


「たべた!」


「随分人に馴れてるな…いや警戒心がないのか? 普通ワイルド個体ってのは人にはあんまり懐かねぇもんだけどな」


「わいるど?」


「人に繁殖されたのをブリード個体、野生の個体をワイルドっていうんだよ」


「はんしょく? やせい?」


「昔っから山とか森で暮らしていたってことだよ」


「そうなの! かめさんはどこからきたんですか? やまですか? もりですか?」


 リンゴを差し出しながらプーフが亀に質問するも、当然亀から答えは出ずに代わりにリンゴをもう一口咀嚼した。

 リリアが亀の横に回って甲羅を触ってみると、日の光を浴びた甲羅は温かくなっている。その肌質は本当に岩を触っているのと差がないほどに固くざらついている。


「オオシマさん魚とか爬虫類とか詳しいですね。ヤクザじゃなくて動物園とかペットショップの道に進めばよかったのに」


 女神の言う言葉にオオシマは全くだと思えた。

ヤクザにならなければそういう道に進みたいと思ったことなど、いくらでもあった。

任侠が嫌なわけではなかったが、修羅の道を行けば行くほど他の道を見たときにオオシマは心に闇を感じた。決して自分が踏み入れることのできない世界。そこは眩しくて手に入れたくても手にすることのできないものだった。


「やりてぇなと思ったことはある。だが、一度入った任侠道だ。生半可な気持ちで辞めたりしても俺に先はねぇ」


「じゃぁ、この世界でやればいいじゃないですか?」


「今の俺にはプーとリリーがいる。こいつらを一人立ちさせるまで俺に自由はねぇよ」


 話している間にいつの間にかリリアが亀の背中を跨いでいた。

亀はリリアを乗せてもものともせずにリンゴを食べ続けている。


「かめさん重くない? 大丈夫?」


 リリアの問いかけにも亀は答えない。

代わりにリリアのことを羨ましそうに見上げるプーフがいた。


「プーものりたい! ママ、プー抱っこしてカメさんにのっけて!」


「リリーが乗れるならプーも乗れそうだな。ほれ」


「きゃー!」


 プーフのことを抱き上げると亀の甲羅へと乗せた。

子供二人を背にした亀はなおも気にしないようにしている。すでにリンゴは食べ終わっており、亀は他にも食べ物がないかと地面の匂いを嗅ぎながら野原をのんびりと歩き出した。


「かめさんうごいた! プーおもくない? へーき?」


 甲羅に掴まりながら亀の顔を見ようと前のめりになるも、亀はゆっくりと野原を歩いて気にした様子はない。

警戒心が全くないうえに、二人を背にしてもまるで気にしない亀にプーフもリリアも興味津々だった。

試しに甲羅を叩いてみても反応はない。亀は気の向くまま思いの向くまま歩き回って食べ物を探している。


「本当に警戒心のない亀だな。ほれ、林檎食うか?」


 麻袋からリンゴを取り出して亀の前にしゃがみこむと、亀はオオシマ目指して歩き出した。

亀が近づくとオオシマはリンゴを持ったまま後ずさる。リンゴに意識を集中した亀は延々とオオシマのあとをついていく。


「かめさんがんばれー! もうちょっと! もうちょっとでママにとどくの!」


「頑張れー! ほらあとちょっとでリンゴに届くよ!」


 プーフとリリアの声援があったおかげか、亀は少しばかり歩みを速めるとオオシマの手元にたどり着きやっとリンゴにありつけることができた。

オオシマは齧られたリンゴをその場に置くと、咀嚼する亀の頭を撫でた。

リンゴに夢中になった亀は頭を撫でられようが、首に触れられようがまるでお構いなしだ。



 大いに遊びまくったプーフとリリアは遊び疲れると子供らしく眠気に身をゆだねていた。

オオシマの背中にはプーフが眠り、女神の腕の中にはリリアが眠っている。


「重くねぇか?」


 リリアを抱いた女神に問いかける。

女神の腕の中にいるリリアは顔を動かすと女神の胸に顔を押し付けている。


「これくらいなら大丈夫ですよ。リリアちゃん軽いですし」


「…悪いな。面倒かける」


「オオシマさんらしくないですよ。それに何だかんだ私も楽しかったです」


 悲惨な目にもあったが、女神は腕の中で眠る少女を見ればそんな思いなどなかったようにかき消された。

腕の中で眠る黒髪の少女は角が生えて蝙蝠のような羽を持っているが、天使のように可愛らしく見えた。


「なら良かった。こいつらも普段俺か魚しか相手がいねぇから嬉しかったんだろうよ。ありがとな」


「本当にらしくないですよオオシマさん。私に感謝するなんて」


 女神に対してオオシマはキツくあたっていた。

だが、今のオオシマの顔は完全に親の顔となって自身の子供たちと遊んでくれたことへの謝辞をいう。


 女神はオオシマが対立する組へ鉄砲玉をしに行ったことを知っている。その頃のオオシマとは見た目だけではなく中身も大きく違っているように見えた。

それこそ本当に中身まで転生してしまったのではないかと思えるほど。

何か心境の変化があったのだろうとは思えたが、改めてオオシマの変化の様子に驚いた。


「らしいとからしくねぇとかじゃねぇんだ。親だから言うべきことは言う。それだけだ」


 その言葉に嘘はない。それどころか親として振る舞うことへの抵抗もなく清々しく感じる。

女神の目に映る金髪の美少女は中身は男でヤクザのくせに、言うことは真っすぐで、それこそプーフやリリアのように純粋な気持ちを吐露しているように感じる。

でも、だからこそプーフもリリアもオオシマを信頼し親と見ているのだろうと思えた。

担当者である女神は、自分の担当である転生者に胸をときめかせるとどう表情を作っていいかわからなくなった。思わず芽生えた気持ちを胸に秘めながら帰路を行く。


もうすぐ沈みそうな日が大きな空をオレンジ色に染めて、肩を並べる二人の影を伸ばしていた。

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