女神様ッ!
白一色の世界だった。
見上げても白一色、下を見ても左右を見ても白一色。
影になるようなものは一切ない。
白一色の世界にオオシマは一人立ち尽くしていた。
「あぁ、俺は死んだのか」
白一色の中にある自分の手を見つめた。
持っていたドスはない。着ていた服は黒のスーツに白のTシャツと当時の姿ではあるが、それ以外のものは何もない。
想像していたものとは違う世界にオオシマはただ立ち尽くすしかなかった。
思っていた天国も地獄もない。三途の川を渡った記憶もない。
無限に広がる虚無と己。
「オオシマ、オオシマよ」
背後からした透き通った美しい声。
オオシマが振り返れば、そこにはパーマーがかった長い金髪した女性が白い古代ローマ衣装のような姿に、杖を持ってオオシマにほほ笑みかけている。
笑う顔は優しさと慈愛に満ち溢れているように感じた。
「誰だ、お前は」
「私はあなたたちの言葉でいうのならば、女神です。察しの通り、オオシマ、あなたは銃で撃たれて死んだのです」
知った答えにオオシマは溜息をついた。
「だとしたらここは天国か、地獄か?」
「そのどちらでもありません。ここはあなたの次の人生を歩ませるための分岐点」
「分岐点? どういうことだそりゃ」
「あなたの歩んできた人生……それはそれは人の道から外れたものでありました」
全てを知っているかのように言う女神。オオシマは神様ならそりゃ知ってるだろうな、と思いながら女神に詰め寄った。
「だとしたらなんだ? 次はいい人生でも送らせてくれるってのか?」
「その通りです。あなたは平穏を知らない人生を送っていましたね。ですから、次はあなたが平穏に暮らせるような世界で次の人生を送ってもらいます」
「終わったと思ったらすぐに次の人生か。平穏ってのはありがたいが、すぐにまた人生を歩むってのも大変なもんだ。少しは休ませてほしいもんだぜ」
「オオシマ、これは運命なのです」
「理屈じゃねぇってか」
「はい。そこでオオシマ。あなたの人生は困難ばかりの茨の道でした。自分の生き方も死に方も選べなかった。ですから次はあなたに選択肢を与えます」
「選択肢?」
「あなたに次の世界で生きていくための能力を授けます。どんなことも思いのままになる力。どんな姿にもなれる力。あなたが望めば全てを手に入れられる。そんな力を授けます」
力。オオシマは無精髭をなぞりながら考えた。
全てを手に入れられる力。どんなことも思いのままになる力。
そんなものがあればどれほど楽だろうか。願ってもいなかった話にオオシマは女神の言う次の人生を想像した。
いや、待てよ。
心の中でもう一人の自分が問いかけた。
ヤクザであった自分は力を欲して勢力を拡大する組たちの成り行きを思い出していた。
強大な力を得たものはいつかは周りに敵を増やし、謀反を企てられ、争いになっていた。
元々オオシマのいた桜木会もそうだ。
大きな組織ではあったが争いが絶えなかった。それは上にいったとしてもそうだろう。
それらの事柄を見ていたオオシマには、力は安息のものではなく、むしろ忌むべきものである。
「せっかくの話だが、女神さんよ。力はいらねぇ」
「えぇ!? 何故ですか!?」
オオシマの答えに女神は目を見開いて驚いてみせた。
まさか力がいらないなどと言われるとは思ってもみなかった女神はうろたえてオオシマの顔を覗きこんだ。
「転生先で誰よりも強くあったり、誰よりも賢くあったりできるのですよ? それらをいらないと言うのですか?」
「あぁ、いらねぇ。力がある奴には敵ができる。敵がいる世界に平穏はあるか? 俺はないと思う」
「……わかりました。それがあなたの考えなのですね。でしたら、せめて容姿は変えましょう」
「それもいらねぇ」
「えぇ、なんでぇ!? 姿形も思いのままよ!? なんで、なんでぇ!?」
その言葉はもう女神ではなく、ただ驚く若い女だった。
女神が提案した美味しすぎる条件をどちらもオオシマは拒む。それがどうしてか理解できない女神は首をかしげて下からオオシマの顔を覗きこんでいる。
「この姿は俺の両親から授かったありがたいもんだ。それを易々と捨てようと思わない。それに背中の墨もだ。これは俺の覚悟の証。簡単に消したんじゃぁ、俺が俺でなくなる」
「えぇー。現世に拘りすぎじゃない?」
先ほどまでは慈愛に満ちて女神らしかった口調はどこかへ消えてしまい、今風の若い女の子のような口調である。
「あるもので勝負する。それが俺だ」
「やだー。かっこいー」
わざとらしく両手で口を塞ぐ女神。言葉とは裏腹に、その表情はまるで格好いいとは思っていないように感じられる。
そしてその軽い口調に最早神としての威厳は感じられない。
オオシマもこのままでいいと言ってからはもう言うことはなく腕を組んで目の前の女神を見据えている。
「……わかりました。ではオオシマ。あなたはそのままの姿、そのままの能力で異世界へと飛ばします。あなたの第二の人生に幸福を」
女神が杖を翳すとまばゆい光がオオシマを照らした。
亡くなって早々ではあるが次の人生が始まる。
休む間もなかったなと思いながら、オオシマは次第に光で見えなくなる女神を見ていた。
*