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TSヤクザの異世界生活  作者: 山本輔広
一章∶仁義なき異世界スローライフ編
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雨上がりの獣

 翌日、朝食を終えた三人は手早く網などの支度を整えると、さっそく家の前に流れる川の様子を見に出た。

オオシマの話した通りに川には水が増して濁流となっている。

また、川辺を見れば上流から流れてきたであろう大きな流木や、町で捨てられた木箱や衣類なども流れ着いている。


 さらに驚いたのは川辺にはいくつかの骨が散らばっていた。

まだ新しいようで骨には血や肉が生々しく残っている。

近くにあった棒きれで骨を転がしてみれば、何か鋭利なもので荒々しく削り取られたような跡がある。


 オオシマには見覚えのある形跡だった。

流れ着くのは流木やゴミだけでなく、濁流によっておぼれた動物の死骸が流れ着くことがある。

それらを求めて野生の獣が川辺を漁りにくることがあった。

骨についた跡は漁りにきたであろう獣の歯型に違いない。

それも削り取られた骨を見れば、結構な大きさの牙であることが想定される。

牙が大きいのだから、その体はより大きなものだろう。

見えない姿の肉食獣がいるという知らせに、オオシマは目に力が入る。


「ママ、なんかあった? おさかなとりできる?」


「いや、今日は魚捕りは無しだ」


「えー、なんでぇ?」


 骨の削られた状態から見てまだ新しい。一度餌場を見つけた獣は再びその場所に訪れることが多々ある。

人間がレストランに行って食事を摂るように、この川辺は獣にとってのレストランに今はなっているのだ。

そんな状態の所に下手にプーフやリリアがいれば獣に襲われる危険性もある。


 骨の周囲を見回す。

砂利を見れば、薄れてはいるがオオシマの手の平よりも一回りは大きな足跡が見られる。その足跡を辿ると野原に抜けて横幅の大きな獣道を作っている。

草の倒れた様子から見れば恐らくは2メートル以上はありそうだ。


――猪か?


 前世でもこういった状況に出くわしたことがあった。

オオシマは前世で山の中に行った際に猪の餌場へと足を踏み入れてしまい、巨大な猪に襲われたことがあった。


 襲われた後で気づいたことだが、野原には大きな獣道ができており川辺は猪のレストランとなっていた。

猪は自分のテリトリーに侵入したオオシマを敵とみなし、執拗に追いかけてきた。


 大型の猪ともなれば迫力は熊にも劣らないものだった。100キロを超えているはずの巨体は、障害物を物ともせずに人間よりも遥かに速い速度で追いかけてきた。

さらにその巨体による体当たりは軽自動車程度ならば軽々とペシャンコにする威力がある。

もしプーフやリリアならば一撃で猪の前に倒れることだろう。


「今日は魚捕りはしない。また明日以降にしよう」


「だから、どぉーして?」


「近くに大型の獣がいる。多分、ここにまた戻ってくるだろう。下手に出くわしたらプーなんて食われちまうぞ」


「そんなに大きなのがいるの?」


 しゃがみこんで辺りを見回すオオシマに、リリアも訝しげに尋ねた。

リリアも周りを見てみるが、雨降りの後というくらいでとても獣がいるようには感じられなかった。


「骨荒らされて獣道もできてんだ。確実にいる」


「何だか信じられないけど……それじゃぁ仕方ないね」


「えー、プーおさかなとりたーい!」


「ダメだ。食われちまってもいいのか?」


「や!」


「じゃぁ今日は無しだ」


「それもや!」


「あのよぉ」


 タモ網を手にしているプーフはオオシマの過去の武勇伝を聞いて、自分も同じように珍しい魚を捕りたいと期待に胸を膨らませていた。

しかし、いざ雨が上がってその期待を発揮しようとしたらオオシマはダメだという。

燃え上がった期待は未消化になって行き場をなくしている。

頬を膨らませながら地団太を踏むも、オオシマは取り合おうとしない。


「や! おさかなとりたい!」


「ダメだっつってんだろうが」


「や!」


「言うこと聞けよ。ダメなもんはダメだ」


「やー!」


 そのうちプーフは涙を溜めながら、何度も地面を踏みつけて駄々をこねた。

期待していた気持ちを消化できないのも分かるが、オオシマも保護者として二人の安全は確保せねばならない。

 すぐ近くに危険があるというのに、プーフは子供らしくも自分の意見を通そうとしている。


「ダメなもんはダメだっつってんだろうが!」


 一際大きな怒鳴り声をあげると、プーフは盛大に嗚咽を漏らしながら網を放り投げて、家へと歩き出した。

やっちまったかと少しの後悔がオオシマの胸を締め付ける。しかし、安全を考えれば仕方のないことだったと自分に言い聞かせた。


 泣き出したプーフの後を追ってリリアも家へと向かう。

一度オオシマのほうを振り向くと、舌を出して怒ったような顔を向け、プーフのもとへと駆け寄っていく。


「おうおう、二人揃って悪者扱いかよ。上等だコラ」


 持っていた棒を川に向かって投げつけた。

水分を吸って重くなった棒は勢いよく水面にぶつかると、濁流に飲まれて下流へと流されていく。


 自分がしたことに間違いはないとは思うが、二人はそれを受け入れない。

胸の中にはイラつきと怒鳴った後悔が混ざり合い、オオシマにも行き場を失った感情が渦巻いた。


 こんなときタバコがあればな、と思う。

イラついたときはよくタバコを吸って心を落ち着かせていた。

だが、今のオオシマにあるのはやり場のない感情と二人に対する保護者としての責任だけだ。


 狭い家の中へとプーフとリリアが消えていく。

今すぐ家に戻ってはまた衝突しかねない。オオシマもプーフも頭を冷やす時間が必要だろうと思うと、オオシマは川沿いを下流へと向かった。

もしかしたら何か使えるものが流れ着いているかもしれないし、獣を見つけるかもしれない。

握った拳を解けずに川の濁流を見つめながら、川沿いの野原をゆっくりと進んでいった。



 家に入ったプーフはベッドに倒れこむと枕を抱きしめながら涙を流した。

プーフを慰めようとリリアはベッドに腰かけると嗚咽を漏らすプーフの頭を撫でる。


 自分もオオシマが話したような珍しい魚が捕りたい、そう思っていた。

だが、オオシマには気づけないもう一つの思いがプーフにはあった。

きっと珍しい魚を捕れば魚好きのオオシマはプーフのことを褒めてくれるに違いない。

プーフは珍しい魚をとってオオシマに褒められる姿を勝手ながらに想像していた。

だから、早く川へといって魚取りをしたくてたまらなかった。

ただ褒めてほしい。それだけだった。


 オオシマの怒鳴り声が耳に残っていた。

向けられた視線は本当に怒り、それがプーフ自身に向けられていると思うと勝手に涙が出た。

近くに獣がいるからとオオシマは言ったが、プーフはそれでも魚捕りがしたかった。

それにしばらく生活していた中で獣なんか見た試しはなかったし、近くを見てもそんなものがいるとは思えなかった。


 褒められる姿を想像していたが、現実はプーフの理想とは180度変わり、オオシマに怒られて家のベッドで泣いている。

うまくいかない現実にプーフは涙が溢れて止まらなかった。


「プーおさかなとりたかっただけだもん……おさかなとって褒めてもらいたかっただけだもん」


 嗚咽交じりの声にリリアは慰めるように頭を撫でた。


「分かってるよ。あんなに調子よく話すんだもん、プーもお魚捕りたくなるよね」


「プー、ママといっしょにおさかなとりしたかっただけだもん…」


「よしよし。オオシマも分かってるよ」


「でも、ママ、プーのことおこった……おっきな声でプーのことおこった」


 また怒鳴られたシーンを思い出すと、大粒の涙が零れて枕に染みていく。


「オオシマも怒りすぎだね。あんなに大きな声出さなくても良かったのに」


「きっとプーきらわれた。ママ、もうプーのこときらいなんだ」


「そんなことないってば」


 怒られたイメージはプーフの中で勝手に想像を作り上げていった。

怒鳴ったオオシマはきっとプーフのことを嫌った。言うことを聞かないプーフのことなど、どうでもいいのではないかと思えた。

勝手に作り上げたイメージを頭の中で再生すると、プーフは余計に悲しくなって目を赤くした。



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