思い出と背徳
鹿とスッポンから始まった話は枝分かれしてオオシマの今までの収穫話を引き出していた。
他にも金色の魚が捕れた話、色素変異した魚の話、はたまた魚取りをしていたら巨大な蛇を見つけて魚そっちのけで手づかみで捕まえた話。
好きなことを話すのはオオシマも満更ではない。
ヤクザに所属していたときはこういった話を聞かせることなどほとんど無かったし、たまの休日に稀に仲間と会ったときに話す程度であった。
「プーもしろいおさかなつかまえたい」
「私は蛇がいいなぁ。おさかな触るの苦手だし」
「ここいらでもずっとやってりゃいつかは拝めるだろうよ。俺もガキんときから川に行っちゃ魚を捕っていたが、年に数回はそういうの見れたしな。ここの川でも捕れるだろうよ」
「ママはいきもののことなんでもしってるの」
「何でもじゃねぇよ。でもまぁ、そんじょそこらの奴らにゃ負ける気はしねぇがな」
珍しく鼻高々とするオオシマ。
男の時の癖であった無精髭を摩る動作をしながら過去に思いを馳せた。
思えば任侠の仕事以外にはオオシマには生き物採集の趣味しかなかった。だが、それが今この世界で活きていることを思えばやっていて良かったなと思える。
本格的なサバイバルの知識などはないが、生き物の生態や捕り方に関してならば実体験に基づいた知識が頭の中に残っている。
それにちなんだ思い出話もいくらでもある。
叩けば埃のでる話にプーフとリリアは目を輝かせながら耳を傾けた。
「オオシマが一番すごいの捕まえたのってなぁに?」
話は数あれど、リリアはその中でも一番は何かを尋ねる。
そうだなぁと視線を上に泳がせながら頭の引き出しを探る。思考を巡らす金髪の美少女は頭の中で男の時の姿を連想しながら過去の水たまりに網を入れて掬いあげる。
「一番って言うと……そうだなぁ新種のナマズを見つけたときだな」
「しんしゅってなぁに?」
「新種っていうのはまだ誰も発見してないモノを見つけたってことだ。そんときは大雨が降った日の翌日だったか。車飛ばして川へ行ったときだ。近々河川工事がはじまるってんで最後に見納めようと思って川へいったんだ」
「くるま? こうじ?」
「そのへんの言葉は覚えなくていい。最初うなぎみてぇなのがいるなぁって思って網で掬ったらどうもウナギじゃない。斑模様の綺麗なナマズだったな。電気ウナギみてぇに太くて長くて。でも顔はナマズのまんまでよ」
「オオシマは知らない言葉たくさんしってるね」
うなぎもナマズも電気ウナギも二人は見たことも聞いたこともないものだ。
先にいった車も工事もそうだ。世界が変われば常識や物事も変わる。
二人は知らない世界を見てきたオオシマの話に興味と疑問ばかりが浮かんでいた。
*
昼食を食べ終えた頃、昨晩縫った服を取り出して二人に合わせた。
プーフに着せた魚柄のワンピースは無事スカートを引きずることなく、踝よりも上で収まっている。
リリアの桜色のシャツも背中から小さな羽を出すと、自由を得て小さく羽ばたいてみせた。
「ママありがと!」
「これで羽が窮屈じゃなくなった」
「慣れねぇもんだから、ちゃんとできてるかわからねぇがな。すぐに解れるかもしれねぇが、合ったようで何よりだ」
「オオシマは服新しいの着ないの?」
二人は新しい服を着ながらオオシマの代わり映えしない姿を見た。
鮮やかな色を嫌うオオシマはいつも同じ白いワンピースをその日のうちに洗って着まわしていた。
もうずいぶんと着たせいもあり、白いワンピースには染みやヨレが増えている。
「そうだな。こいつも随分ダレてきたな……なんか他にあったかな?」
タンスの引き出しを引くと、何かないかと探し出す。
ピンクのワンピース、黄色いスカート、藤色のシャツ。服はあれどどれもオオシマの好みの色はない。
男であったときは常に黒いスーツだったし、他にあってもダークな色のシャツ程度だった。
「ママこれきて!」
一番遠ざけたいピンク色のワンピースをプーフは手に取るとオオシマに押し付けた。
さすがにそれは無い――そんな女の子女の子したものに袖を通すなど恐ろしい気持ちが湧いてくる。
たとえ今は金髪美少女だとしても、まだ抵抗がある。
しかし、そんな思いはプーフとリリアには関係ない。二人はせがむようにしてピンクのワンピースを着せようとオオシマに迫った。
「ハァ……一回だけだぞ」
子供二人に押し負けたことが情けなく思うも、同じものばかり着るのもそろそろまずいなと自分に言い訳をつけると、オオシマは着ていたワンピースを脱ぎだした。
白い肌に大きな乳房。長く弾けるような若々しい脚。尻も弛むことなく引き締まって上を向いている。
おまけに長い金髪に可愛らしい乙女顔。
ピンクのワンピースに袖を通せばそれはそれは美しい乙女へと姿を変える。
粗っぽい口調と喧嘩早い性分を除けば、すぐにでも求愛者のでそうな美貌である。
胸元の開かれたワンピースからは谷間が覗いている。
改めて見てみれば立派な乳だなぁとオオシマは感心してしまう。こんな乳ならば揉みごたえもあるし、抱けばさぞ心地いいのだろうなと男心が沸き立つ。
「オオシマおっぱい大きいね」
リリアの手が乳房に伸びた。柔らかな乳房に指が沈んでいくのを見ると何故だか心がドギマギしてしまう。
ブラジャーなど無いため、布一枚挟んだ向こうには生の乳房がある。
リリアの手は感触を確かめるように揉みだすと、オオシマは顔を赤らめてリリアの手を避けた。
「あんまり触るんじゃねぇよ」
眉をハの字にして顔を赤らめるオオシマにリリアの心の中の悪魔が悪戯に笑う。
リリアの頭には乳を揉めばオオシマは困る。それもいつもみたいに怒鳴るのではなく、何故か顔を赤らめて。
そんな考えが浮かぶと新しいオモチャを見つけたようにリリアは再び手を伸ばした。
「もっと触りたい」
「ダメだ」
「プーもさわる!」
「だーもう止めろオメェら」
「リリーさわったんだからプーもさわりたいの!」
「ダメだ」
「や! さわる!」
「マジで止めろ」
「やー!」
二人の小悪魔が手を伸ばしながらオオシマの身体へと向かう。
迫る二人の手がオオシマには悪魔の手に思えた。
――辞めろ。俺は男だ。乳なんか揉むんじゃねぇ!
口に出して男とは言えない。
実際に身体は女だし、前世は男だったといって二人を納得させられるとは思えない。
それに男のときには感じられない、何か歯がゆいものを感じてしまっていた。
それが女性独特のものなのか、乳房ができたことで芽生えたものなのかは分からないが。
とにかくオオシマはそれ以上は触らせないように両手で谷間を隠すと二人に背を向けた。




