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TSヤクザの異世界生活  作者: 山本輔広
一章∶仁義なき異世界スローライフ編
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鹿とスッポン

 飴に頬を膨らませた二人はベッドに腰かけると窓に手をついて外の様子を見ていた。

灰色の空は雨を運ぶ雲が足早に流れていく。雨の勢いこそ強くはないが、止むような気配はない。


「おそといけないね」


「プー外行きたいの?」


「リリーにまだ花冠つくってなかったの。だから、おはなつもうとおもったの」


「そっかぁ。早く晴れてほしいね」


 吐息が窓にかかると白く曇って露を残す。リリアはガラスに細く白い指をなぞって一凛の花を描いた。

プーフも真似て息を吹きかけると白くなったガラスに指を滑らせる。

花を描き、さらに息をかけて指を滑らせると今度は魚の絵を描きだす。

不格好ではあるが、今まで川で捕れた魚たちの絵だ。

描かれる魚たちはやがて群れとなって窓ガラスの中で泳いでいる。


「こっちが“よしのぼり”で、こっちが“あぶらはや”なの」


 描いた絵を指さしながらプーフはリリアに一つ一つ何の魚であるかを説明する。

いつかオオシマが教えた魚の種類をプーフは全て覚えていた。正確には違う名前なのだろうが、オオシマは前世の世界に当てはめた魚の名前を教えていた。


「よしのぼりは石のうしろにいて、あぶらはやは草のしたにいるの」


「プーは物知りだね」


 褒められたプーフは得意げに窓を泳ぐ魚たちを解説しだす。

まるで自分が発見した神秘のように語らう姿。しかし、自身が好きな事柄を知ってくれるのは悪い心地はしない。むしろ嬉しさにオオシマは傍から見ながら気づかぬうちに口元が笑っていた。


「こっちのカニはおなかにたまごをうむの。おなかおおきいのが女の子で、おなかがちいさいのが男の子なの」


「お腹に卵があるんだ。そこから子供が生まれるんだね」


「そうなの。ちっちゃいのがたくさん出てくるの」


「オオシマもいつか子供生まれるの?」


 リリアの質問にオオシマは盛大に吹き出した。

何故そうなる。カニの話だろうが。とも思うがリリアの言葉にプーフも視線をオオシマに向けた。


「ママもこどもうむの?」


「産まねぇよ!」


「ママおんなのこじゃないの?」


「俺は……女だけどよ。そんなの考えたくもねぇな」


 一瞬脳裏に過る想像を、顔を振ってかき消す。

あまりに唐突な、子供の純粋な疑問にオオシマはたじたじとするばかりだ。

なのに、オオシマを見つめる4つの目は見知らぬ答えに興味津々の様子である。


「オオシマ、子供ってどうやったらできるの?」


 また吹き出した。

子供の純粋な質問は時に大人を惑わせる。オオシマはなんて答えたらいいかと頭を掻いた。

性教育をするにはまだ早すぎる気がするし、かといって『コウノトリが子供を運んでくる』なんて御伽噺のようなことを言うのも憚られる。


「んー、子供なぁ」


「どーやったらできるの?」


 リリアの質問にプーフも乗っかると二人の視線はまだ見ぬ境地への答えを求めてオオシマに突き刺さる。

腕組をして悩む。

どう答えるものか。何を言うべきか。

二人がそこそこに育った時には、大人になることの変化がどういうことか教えるつもりではいたが、それらをぶっ飛ばして子作りの話などできるものではない。


「んんん、そうだなぁ……俺も子供産んだことないから分からねぇな……」


「ママもしらないことあるんだ!」


「なんだー、じゃぁオオシマに子供できたらどうやって作ったか教えてね」


「まずありえねぇよ」


「えー何で?」


「ママこどもつくれないの?」


「いつか教えてやっから、この話は終いだ」


「オオシマやっぱり知ってるんじゃない?」


「うるせぇな。終わりだっつってんだろ」


「知ってるんじゃん」


 必要に詰めるリリアに睨みをきかせると、リリアは拗ねたように唇を尖らせて黙った。

 

 こういったことは本来なら学校で習うか、年頃になったときに自身で雑誌やインターネットを通じて学んでいくものなのだろうが、この世界にはどれも無い。

いつか時がきたらちゃんと教えてやらなきゃならないんだろうなと考えるが、どう伝えたらいいのかオオシマは悩む。

ストレートに言うべきか。それともやんわりとオブラートに包んで話すべきか。

今は答えなくてもいいが、何かしらの答えは用意しておかねばならない。


 此処ではすべて自身が教えなければならないのだと改めて実感するとオオシマは精神が擦れる思いだった。

男に教えるならまだしも女の子に教育するのである。

きっと気苦労が絶えなくなりそうだ。

それにいつかは反抗期になって素直さが薄れて、口答えとかもしてくるのだろうか。

考えれば考えるほど、教育という沼にずぶずぶはまって抜け出せなくなってしまいそうだ。


 オオシマもベッドの脇に尻を落とすと、窓ガラスに描かれた魚の群れに目をやった。

見上げれば魚の群れは灰色の雲の流れに逆らって泳いでいるように見える。


「雨が上がったら川に何かあるかもしれないな」


「なにかってなぁに?」


「雨の次の日の川ってのは水が増して流れが速くなるんだ。そうすると上流にいた魚が流されてきたり、川の勢いが増して土が削られて動物の骨が出てきたり、土の中にいた動物が流されることがあるんだ」


「オオシマ川のことよく知ってるね。漁師なの?」


 さすがにヤクザはと言えない。それに言ったとしても二人にそれが分かるとも思えなかった。


「まーそんなとこだ」


「じゃぁ、はれたらおさかないっぱいとれる?」


「多分な。見れなかった魚も見れるかもしれねぇ」


「プーおさかなみたい!」


「晴れたらな。……懐かしいもんだ。昔は台風のあとの川に入って鹿の骨見つけたり、ドデカいスッポン捕ったりしたもんだ」


「しか? すっぽん?」


 プーフも川で魚取りはするが、鹿もスッポンも見たことはない。

聞いたことのない名前にプーフはベッドの上を飛び跳ねて目を輝かせている。


「鹿ってのは……そうだな、うちの裏に羊がいるだろ? あれを大きくして茶色くして角生やしたようなもんだ」


「じゃぁ、しかからもミルクでる?」


「鹿からは無理だな。捌けば食えるが」


「スッポンは食べれるの?」


「スッポンも食えるが下処理がめんどくせぇな。固い甲羅に覆われているし、普段土の中にいるせいで泥臭さはエビやカニよりもひでぇ」


「食べたことあるんだ?」


「興味本位でな」


 昔山の中の小川で魚取りをしたことを思い出す。

台風のあとの荒れた川に共通の趣味の仲間を何人か連れていくと、普段は捕れない魚にそれはもう大喜びで乱獲していた。

鹿の頭部の骨を見つけた仲間はそれを加工して部屋に飾りたいからと持ち帰ったり、珍しく取れた大きなスッポンを興味本位でその場で捌いて仲間内で食べたが、ヘドロの味が染みついていて食べられたものではなかった。

しかし、雨や台風などの天気のあとは川は姿を変えて普段は見れないものを見せてくれる。

オオシマがいた世界とは違う世界に、オオシマも何が捕れるかと考えると期待が膨らむ。


「プーもしかとすっぽんみたい!」


「私も見てみたい。どんな形してるの?」


「そうだなぁ。スッポンは丸っこくて足が4つあって…」


 窓ガラスの空いたスペースに円を描くと斜めに四本の足を描いた。


「口が尖ってて、しっぽがあって」


 なぞった指先はプーフと同じくらいに絵心のないスッポンを描いて窓ガラスを泳がせた。

丸い甲羅から足と頭、尾が小さく飛び出して真上に向かうように足を広げている。


「おつきさまみたい!」


「オオシマ絵へたくそだね」


「うっせ」

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