寝起き、ないものねだり
夜なべ仕事などしたせいかオオシマが起きたのはいつもよりも遅い時間であった。
ぼんやりとした意識の中で目を開けば、そこには見慣れた天井ではなく覗き込む顔が二つ。
ベッドから身を乗り出したプーフとリリアがオオシマが起きたのを確認すると、ニヤニヤしながら見ている。
「ママ、おきた?」
「あ゛ー?」
「あそぼ」
起きていきなりプーフはオオシマと遊びたいという。
ぼんやりした意識の中に、それを拒否したい気持ちはあるが、オオシマの口からは声にならない寝起きのしゃがれた声があがるのみだ。
まだ完全に意識が出てこないオオシマを待ちきれないプーフは手を伸ばすと指先でオオシマの腹をつつく。
小さな指が腹に沈んでは浮くのを繰り返すと、プーフは面白そうに笑っている。
「オオシマ、お腹空いた」
同じく顔を出していたリリアもオオシマの顔を見つめている。
色白の顔の中にある大きな瞳がオオシマに期待のまなざしを向けている。しかし、それにもオオシマは反応せずにぼんやりとしていた。
「ママー、あそぼー」
「オオシマー、ごはんー」
反応してくれないオオシマに二人の声は徐々に大きくなる。
こちとら寝不足なんだと言うように寝返りを打って視界に二人の顔が入らないようにすると、二人の声は余計に大きくなった。
「あーそーぼー!」
「ごーはーんー!」
ベッドから降りたプーフが視界を逃さないようにオオシマの目の前で横になった。
眉にシワを寄せて寝返りをうち反対側を向けば、そこには同じように横になったリリアの顔が目に入る。
右を向けばプーフ、左を向けばリリアがいる。
無邪気な顔が向けられているが、その無邪気な顔が今は鬱陶しくて毛布を頭に被ると誰も視界に入らないように毛布に潜り込んだ。
「ママー、いますかー、ママどこですかー」
ニヤニヤしながら毛布の中に潜り込むプーフ。毛布に潜り込むとオオシマの華奢な背中に抱きついて顔を押し付けると大きく深呼吸してオオシマの香りを確かめた。
「オオシマおきてますかー」
プーフを真似てリリアも毛布の中へと潜り込むとオオシマの大きな乳房に顔を埋める擦り付ける。
二人の無邪気な天使に悪戯されて、オオシマはゆっくりと溜息をついた。
無理やりに覚醒された意識は良い寝起きではない。
「本日のオオシマはお休みです。後日、改めてお越しください」
「ママ、おきたー!?」
「オオシマ、ごはんー!」
すぐ近くで大きな声を出されて、オオシマは顔を引きつらせずにいられなかった。
なんで子供は朝からこんなに元気なんだよ――普通朝は寝ぼけていたり気だるかったりするもんだろうが。
考えに反し、抱きついてくる二人は朝から活力に溢れている。
しかしながら、その姿は出会った当初のような活力がない悲惨な状態とはかけ離れている。そう思えば子供らしい生活を送れてプーフにもリリアにもいいような気がする。
「おーきーたー!?」
「ごーはーん!」
だが、オオシマの寝ぼけに反比例したように二人は元気すぎた。
「うるせー! 朝からやかましい!」
「きゃー!」
「オオシマがおこったー!」
怒鳴り声があがると、二人は楽しそうに毛布を引きはがしながらベッドへと逃げ出した。
ベッドからオオシマを覗き込むとちゃんと起きたか確認するようにニヤニヤしながら顔を覗いている。
二人とも既にオオシマで遊んでいる。
反応するのがいちいち楽しくてしかたなかった。ましてやここまで寝坊しているオオシマを見たことがなかった二人にはそれが新鮮で余計に楽しく感じてしまう。
「オメェらよぉ。何で朝からそんなにやかましいんだよ」
「やかましくないもん」
「今怒鳴ったオオシマのほうがやかましかったよ」
「オメェらよぉ……調子乗ってんじゃねぇぞコラァ!」
いきなり立ち上がるとオオシマは身を乗り出した二人を軽々と脇に挟んで持ち上げてみせた。
そのまま二人を振り回すと、オオシマに捕まってしまった二人は楽しそうに黄色い声をあげた。
*
朝食のパンをかじりながら窓に目をやれば、小粒の雨が窓を叩いて線を残しながら落ちていく。
この世界にきてから初めての雨。当たり前のことではあるが、この世界にも雨は降るんだなと思う。
「ご飯食べたら、飴食べてもいい?」
「プーもあめたべたい」
「雨食うのか?」
「飴」
「あぁ、飴か」
意識が窓の外に言っていたオオシマは勘違いした答えに、昨日買った飴玉を思い出した。
キッチンの上に置いているので二人は手を伸ばしたとしても飴の入った木箱には届かない。ゆえにオオシマにおねだりするしかない。
すでに目の前の二人は出された皿もコップも空になっている。
「皿洗った奴から飴やるよ」
「お皿洗ってくる!」
「プーも! プー先にあらう!」
飴欲しさに二人は皿とコップを手にすると椅子から大急ぎで駆けだした。
飴玉一つでよくもまぁそこまで必死になれるなぁと思う。
しかし、物を変えればオオシマもそれなりに必死にはなるのかなぁと考える。
もしもタバコかビールなどの嗜好品を目の前に出されたら、今のオオシマならある程度のことは受け入れてしまいそうだった。
そう考えると二人が必死になるのも分かる。
キッチンに目をやれば二人は一緒になって皿とコップをヘチマで洗い、豪快に水を飛ばしながら洗っている。
先に洗い終わったのはリリアだった。
洗い終わるのを見るとオオシマも席を立ってキッチンの木箱に手を伸ばす。
「まって。プーも。プーもおわるから!」
慌てたプーフは残ったコップを乱暴に洗うとキッチンに立てかけて濡れた手をスカートで拭いている。
「朝食ったら次は晩飯のときまで無しな」
差し出された木箱に二人は手を突っ込んで飴玉を取り出すと口の中に入れて幸せそうにニヤつく。
二人があまりに幸せそうに口にするものだから、オオシマも試しに一つ口の中に放り込む。
大きな飴玉は口の中に甘さを届けるが、オオシマには甘すぎるように感じた。
海外のお菓子のような砂糖が存分に使われたような甘さ。そしてそこにほんのりメイプルのような香ばしさを感じる。
――ここにウィスキーかブランデーでもあれば、この飴もツマミになるのに。
最近ないものねだりが過ぎる自分に溜息がついた。
ないものを求めても仕方がない。しかし、口の中の甘さは勝手に頭にそれに合う酒を探してしまう。
「どっかに酒屋でもありゃいいのになぁ」