シロの特技・お茶作り
ミモモとともに野原から少し離れた森の傍へとやってくる。
湿気を含んだ草原の中で、ミモモは体を屈めると生い茂る葉たちを見て、使えそうなものはないかと確認した。
「これなんか使える葉だわ」
親指の先ほどの大きさの葉を摘まみ取ると、シロに葉を嗅がせる。
透き通るミントのような香りと、葉の青臭さが感じられる。
「これがお茶になるの?」
「これだけではお茶にはならないわ。あとはそうね……こっちのも使えそう」
もう一枚葉を摘まむ。
今度嗅がせたのは甘い香りのする葉だ。
「甘そうな香りがするね」
「でしょう。さぁ摘むわよ」
二人してその場にしゃがみこむと丁寧に葉を一枚一枚摘まみ取っていく。
土がついたり、虫が食っているのは避けて状態がいいものを選定しながら手に載せていく。
「汚れがついていたり、たまに虫の卵がついているから気をつけてね。不純物が混ざると味が落ちてしまうの」
「わかった。綺麗なのを選ぶね」
指先を葉の青に染めながら、白い少女とピンク色のロリータが材料を用意していく。
手から零れ落ちそうなほどの葉の山が出来上がっている。
ある程度の量を確保したところで、ミモモはオオシマ家にあがりこむと他人様の家ながら、勝手にキッチンを漁る。
水の張ったボールに千切った葉を入れると、水でよく洗い、テーブルにタオルを用意すると、洗ったばかりの葉を上に乗せ水気を取る。
そこから少しばかり放置して、葉を萎れさせる。
「ミモモはよくお茶を作るの?」
「おうちの近くでこういった葉がよく取れますの。お父様も私も毎日手作りのお茶を飲んでいるのよ」
ミモモはふぅと軽く葉たちに息を吹きかけると、葉の水分が抜けて乾燥が進んだ。
「今度はこれを揉みこむのよ。あまり力を入れすぎないでね」
腕まくりをすると、ミモモの透き通った両腕が見える。あまり外出もせず運動もしない腕はぷにぷにしていて、まるでプリンの質感のよう。
ミモモに倣ってシロも葉を揉みこんでいく。
「揉んでいると葉から水分が出てくるでしょう。手がベタベタになるわよ」
「本当だ。でも、面白いね」
「でしょう? 魚取りもアクセサリー作りも素敵だけれども、あなたにはこういった特技のほうがあっているわよ」
これを特技とすれば、自分にも自慢できるものが出来る気がする。
これといった特徴がない気がしていたシロであったが、ミモモに教えてもらったお茶作りは確かに自分にあっている気がする。
それにこれならば、家族のためにもなる。
気が早いが、シロは今から出来上がったお茶を振る舞いたくて、どうなるかと想像が頭の中に広がる。
オオシマは褒めてくれるだろうか、プーフやリリアを驚かせられるだろうか。
募る想いは比例するように、シロの手をベタベタにしていった。
◆ ◆ ◆
もみ込んだ葉は数時間放置すると、香りが濃くなっていた。
色も緑色から少し茶色に変化しているような気もする。
ミモモがまた同じように息を吹きかけると、葉の周りにあった空気が一気に過熱され、揉みこまれた葉たちはカピカピに乾いた。
茶色く乾いた葉たちはもうすでに芳醇な香りを漂わせている。
たしかにこれをお湯の浸ければお茶にはなりそうだ。
「ここまでだったら町でも買えるお茶ですわ。ここから一工夫しますの」
「何をするの?」
「これですわ」
先ほどシロが詰んでいた紫色の花だ。
ミモモは微笑みながらショルダーバックから花と小さなナイフを取り出すと、ナイフで花を裂いた。
「香りと甘味をプラスしますわ」
「お花もお茶に出来るんだね」
「えぇ。お花を加えると、とってもいい香りがしますのよ」
丁寧に花を切り裂き、茎や花托を外し、花弁を一枚一枚取り分けていく。
ただそれだけでは数が足りず、シロは外からさらに数本の花を摘んでくると一緒になって花を解体していく。
「いたっ」
「大丈夫? 血が出ていますわ」
ナイフを使った細かな作業をシロはした試しがない。力みすぎて花弁ではなく、指先を切ってしまうと、ぷっくりと血の塊が浮かび上がる。
「治してあげましょうか?」
「いい。すぐ治ると思うし、それに……生きてるなぁって思えるから」
「…? あなた可笑しなことを言うのね。傷なんて痛いだけですのに」
その傷こそ生きている証、流れる血は命が通っている証拠に見える。
数百年のときをオバケとして過ごしていたシロである。傷は痛むけれども、それは何よりも生きている証に感じられる。
解体し花弁だけを残すと、同じように乾燥させて茶葉に混ぜていく。
「あとは乾燥しすぎて砕けそうなものや、痛んでしまっているものを取り除きますわ」
細かな茶葉の一つ一つを見ながらミモモの小さな指がひょいと取り上げると、要らないものを放り投げる。
「結構手間がかかるんだね」
「えぇ。でもね、こうした作業も大切なんですの。だって、愛する方に飲んで頂くのに、わずかな不純物でも混ざったら嫌でしょう?
せっかく飲んで頂くのですから、どうせなら自信を持って提供したいもの」
シロの頭の中にはお茶を飲む家族の姿がある。
愛する家族に飲んでもらうのだ。どうせならば良いものを出したいという気持ちは存分に分かる。
ならばこういった細かな作業も必要であるし、何より笑った顔がみたいのだから、わずかな不純物だって取り除きたい。
「そうだね……どうせなら私の作ったお茶で笑ってもらいたいな」
「でしょう。わかったなら、あなたもやって頂戴」
乾燥した葉と花をよく見ながら、使えなさそうなものを捨てていく。
そうしてやっと選別が終わると、それらをティーポットに入れて熱々のお湯を注ぎ込んだ。
お湯を入れた瞬間にはぱっと芳醇さと甘さを兼ね備えた香りが部屋に漂う。
カップに注ぎ込むと、濃い茶をしたお茶が湯気を立てて出来上がっている。
「すごくいい香りがする。葉っぱと花からこんなものが出来るなんて思わなかった」
「フフ、素敵でしょう? お花は愛でるだけではなく、こういった楽しみ方もあるんですの」
注がれた一杯をシロへと差し出す。
熱々のお茶をふーふーしながら冷ますと、口をつける。
まだ熱くて少ししか口に含むことは出来ないけれど、そのわずかな量でも口の中には香ばしい風味を感じられる。
またふーふーして口に入れる。
今度はミントの微風のような爽やかさが抜けて、あとから花の風味と甘さが舌先に残ると心地よい余韻が残る。
「美味しい。すっごく美味しい」
「成功ですわね」
「凄いよミモモ。こんなに美味しいお茶ははじめて飲んだ」
「もっと褒めてくれてもよくてよ」
「美味しいよ、本当に。すっごく」
鼻高々にしたミモモは両手に腰を当てて胸を張ると、他にどんなお茶が作れるかを自慢げに話し始めた。
感動してしまったシロもその話を興味深そうに聞き入れると、ミモモの吐き出す情報を記憶した。
季節によって違うお茶が作れること、使える材料のこと、何故揉みこむのかなどなど。
吐き出される情報は量が多いが、感動したシロはその言葉をいちいち心にとどめた。
「んー、疲れたぁ。何か良い匂いがするねー」
二階からリリアが下りてくると、アクセサリー作りで凝り固まった腕を伸ばしている。
家の中に普段嗅ぎなれない匂いがするのに気付くと、シロ向かって尋ねる。
「あのね、ミモモにお茶作りを教えてもらってたの」
「ミモモ来てたんだ。へー、お茶なんて作れるんだ」
出来上がった茶を興味深そうに見つめ、漂う香りを鼻から胸いっぱい吸い込む。
「私も飲みたいな」
「いいよ。今淹れるね」
カップを用意して、シロはリリアのために一杯を注ぐ。
自分たちの作ったお茶はどういった反応がもらえるだろうか。最初のテイスティングはリリアに委ねられる。
出来上がった一杯をリリアに差し出す。
湯気のあがるカップをふーふーしながら口につける。
目を閉じて風味を味わうリリアはいつまでも感想を言わないままに、立ち尽くす。
あまりにも間が長いので、感想をまっていたシロは思わずソワソワしてしまう。
「どう、だったかな?」
「なんじゃこりゃぁ……」




