【SS】おさかな釣り
三姉妹が釣り竿を垂らすと、獲物が掛らないかと水面をじっと見つめた。
太陽の光を反射する川の中、数匹の魚が姿を見せはするものの餌に食いつこうとはしない。
そろそろ食いつきそうだという頃になると、焦った手が釣り竿を引いてしまうせいで、魚たちは警戒すると餌に食いつかずにいた。
「全然釣れないの! はやくかかって!」
苛立ったプーフが地団太を踏めば、魚は余計に警戒して散っていく。
「ちょっとプーやめてよ。お魚逃げちゃうじゃん」
せっかく魚が近くまできていたリリアは、プーフのせいで魚が逃げたと目を険しくさせた。
「だっておさかな釣れないんだもん! これじゃぁいつまでたっても勝負にならないの!」
プーフとリリアがぎゃぁぎゃぁ騒ぎだすのを尻目に、シロは黙って釣り糸の先についた餌を見つめる。
二人が騒ぎ出したせいで、魚はアシの下に隠れると中々姿を見せない。
ここでは釣れないだろうと諦めると、シロは川沿いを歩き、二人の騒ぎを遠くした場所で再び糸を垂らした。
「釣れそう?」
釣り糸を垂らしていたのは三姉妹だけではない。シロの近くにはミーナもいた。
シロの声掛けに、ミーナは無言で首を振る。
釣り糸を垂らせはするも、一向にかからない魚たちを恨めしそうに睨みつけている。
「空っぽのバケツが寂しいもんよ」
「釣れてないんだね」
「全然よ。なんでオオシマさんはあんなに簡単に釣れたのかしらね?」
「ママはお魚に関しては誰にも負けないもの」
「ちえー」
ぶつくさ言いつつも、釣り自体を止めようとする気配はない。
事の発端は釣りをしていたオオシマの一言から始まった。
町で仕入れた糸を使い、簡易的な釣り竿を作ったオオシマはさっそく川に垂らすと魚を釣り上げた。
それを見て先ずプーフが目を輝かせると、オオシマに自分の釣り竿を作るようにお願いした。
せっかくだからとオオシマは人数分の釣り竿を作ると、それぞれに渡してこう言った。
『一番でかい魚を釣った奴の言う事を何でも聞いてやる』
普段オオシマは三姉妹を平等に扱っている。
そんなオオシマが珍しく三姉妹を競争させると、姉妹たちは我先に大物を釣り上げてやろうと川に糸を垂らした。
美味しすぎる話をミーナも聞き逃すはずがなく、釣り竿を持つと目に闘志の炎を燃え上がらせていた。
しかし、競争するあまりに姉妹は騒ぎ、ミーナも諦めはしないものの闘志の炎は次第に小さくなっていった。
言い出した本人と言えば、家に戻って昼飯の支度をしている。
そろそろ料理が出来上がりそうなのか、あたりには香ばしい匂いまで漂っている。
「プーおなかすいたー」
「そろそろお昼だね。プー、ママのこと手伝ってきなよ」
腹の虫が鳴き始めたプーフ。
リリアが戻るように言うが、プーフが釣り竿をあげる様子はない。
「や。釣るまでがんばる。リリーいってきていいよ」
「私だってやだよ。プーがいきな」
「や」
「私もや」
相手を出し抜こうとするが、お互いに譲ろうとはしない。
もし手伝いにいって、その間に大物を釣られでもしたらと思うと、二人の足には吸盤が生えてそこから動こうとはしなかった。
タモ網を使った魚取りならば、幼いながらも熟練の腕に達している姉妹だった。
だが、初めて持つ釣り竿は網と違い、魚の一匹でさえもかからない。
アシの下に魚の魚影は見えるものの、そこから出てくる気配がない。
プーフは恨めしそうに魚たちを見ていると、ふと魚たちの群れが移動をしはじめた。
何かの気配に感づいたのか、それとも餌を求めて動き始めたのか。
じぃっと見ていると、魚たちの群れの後方に砂煙が舞い上がる。
「なんかうごいた」
「え、なになに」
プーフの見ている方へとリリアも視線を向ける。
魚たちの群れが慌てたように動き出すと、群れの後方で砂煙があがって魚が数を減らしている。
「お魚が消えてるの」
「本当だ。なんで?」
二人して何が起きているのかと覗き込む。
これでもかというほどに目に力を込めて川底を睨みつければ、砂の色に同化したナマズのような魚が、水底を這うようにゆっくりと動きながら獲物に狙いを定めている。
「おっきいのいた!」
「あれ釣れば間違いなく一番だ! おりゃー!」
リリアがナマズ目掛けて竿を振るが、ナマズは釣り針につけられた小さな餌よりも魚の群れに夢中だ。
プーフもリリアと同じ個所向かって竿を振るも、水面に円を描くだけで、ナマズはおろか群れでさえも一切の感心がない。
「プーちゃんたちは元気ねぇ」
プーフとリリアを見ながらミーナが死んだ魚の眼を向けて言う。
「何かいたのかな?」
また騒ぎ出した二人にシロとミーナが何事かと思い好奇の目を向け、竿をあげると二人のほうへと足を向けた。
「釣れてー! ほら! えさー!」
プーフが何度も叫ぶが結果は変わらない。
もうやけくそとなったプーフは素振りでもするかのように何度も竿を振っている。
「プー! 水かかる! 落ち着いて!」
「プーフ、リリア、何かいたの?」
シロの問いかけにリリアが水底を指さす。
指さされたほうをシロとミーナが覗き込むと、擬態した大きなナマズの姿を捉えることが出来た。
「おっきな魚だね」
「でしょ! あれ釣れたら一番だよ!」
「でも、釣れなさそうだね」
「んーどうしたらいいかな?」
悩めるリリアにシロは思いついたように、釣り竿を垂らした。
なんとか小さめの魚を一匹釣り上げると、シロはにんまりと笑ってリリアに見せた。
「そんな小さいの釣っても一番になれないよ」
「違うよ。これを餌にしてあの子を釣ればいいんだよ」
「……! シロ、頭いい!」
「えへへ」
魚のついた状態の釣り竿を群れの中目掛けて投げる。
釣られたと思ったら川の中へと戻った魚は、釣り針のついたまま群れの中へと逃げ込むと、今度はナマズという脅威から逃げようと慌てている。
「かかるかなぁ?」
水底のナマズは群れの数を徐々に減らしていくと、やがてシロの餌へと狙いを定めた。
後方から忍び寄るナマズ。焦らずゆっくりと射程距離まで近づくと、その大きな口を開いて餌を一瞬で飲み込む。
瞬時にシロの釣り竿にはとてつもない力がかかり、竿は折れそうなくらいに折れ曲がっている。
「お、重い―」
両手いっぱいに力を加えてふんばるが、口に異常を感じたナマズはそれまでの状態とは打って変わって暴れ回っている。
「シロ!」
「プーも! プーも一緒にやる!」
釣り竿にプーフとリリアの手も重なると、三姉妹は力を合わせて釣り竿を引く。
されどナマズも負けてはいられないと、野生の本領を発揮して暴れ回る。
釣り竿はもう壊れそうなくらいに折れ曲がるとミシミシと音を立てている。
釣るのが先か、折れるのが先か。
「ミーナママ、いきまぁーす!」
三姉妹の後ろからミーナの手も釣り竿にかかる。
全員の力が加わると、ナマズもさすがに多数の力には勝てずその勢いを失速させていく。
水底から引き上げられたナマズはもう水面付近まであげられると、体をくねらせて水面に飛沫をあげている。
「釣れてー!」
プーフが叫ぶ。
「もうちょっと!」
リリアも叫ぶ。
「これで釣ったら皆一番だね」
シロが微笑む。
「釣ったらオオシマさんに○○○○を▲▲▲▲して♡♡♡♡してもらうんだからぁ!」
三姉妹とは違う邪な考えを叫びながら、闘志の炎を蘇らせたミーナが叫ぶ。
一体となった力がナマズを引き寄せる。
もうそこまで迫ると、誰がいうでもなく『せーの』の掛け声があがり、釣り竿を一気に引き寄せる。
バシャリと音たてて飛沫が舞う。
宙に飛び出したナマズは今までにみたこともないほどの大きさである。
飛び上がったナマズはそのまま引き寄せられると、川岸の砂利に打ち付けられてぴちぴちと跳ねた。
「つれたあああああああああああああああああ!!!」
三姉妹の叫び声が響く。
家の窓からはやっと誰かが大物釣り上げたかと、オオシマが顔を覗かせると、三姉妹皆の笑顔が目に映った。
「オメェら釣れたかー?」
「ママー! みんなで釣ったの! みんな一番だからね!」
「はぁ? みんな一番?」
◆ ◆ ◆
食卓に並ぶナマズの尾頭付き。
元々作っていた料理にプラスして、ナマズの唐揚げや焼き物が並ぶと普段よりも随分と豪勢な昼食となった。
「だからね、みんなで釣ったから、みんな一番なの」
プーフの言う言葉に、オオシマは腕を組む。
言い出したのだから大物を釣り上げたものには、何でもいうことを聞いてやろうとは思っていた。
しかし、全員が一番となるとそれはそれで大変なことになりそうである。
ミーナの願いは適当に蹴ればいいが、愛する娘たちの願いは極力聞き入れてやりたい。
「んー、じゃぁオメェら何がしてぇんだよ」
「プーね、プーね、ママと一緒のおようふく欲しい!」
「私は……そうだなぁ。アクセサリー作りの道具ほしいなぁ。あとおっぱい」
「私は……特になにもないけれど、ママとお風呂入りたいな」
「はいはい! ミーナさんはですね! オオシマさんとベッドで」
ミーナの口を手のひらで塞ぐと、オオシマは頬杖をついて娘たちを見た。
子供らしい願いごと、その程度のことならば不可能ではない。むしろもっと大胆な願いでも言うものかと予想すらしていた。
「まーそれくらいならいいか。よし、じゃー、飯食ったら町行って買い物するか」
「やったー!」
三姉妹の黄色い声があがり、ミーナは塞いでいた手をベロベロ嘗め回すと恨めしい瞳をしている。
塞いでいた手を無理やりに外すと、ミーナの手が何か柔らかいものを揉むようないやらしく動きになってオオシマへと向かう。
「ちょっとオオシマさん! 私の願いは!? 聞いてくれますよね!?」
「お前空気読めよ」
「読みません! 私の願いはオオシマさんと」
言いかけた口に唐揚げをぶち込む。
出来たての唐揚げをぶち込まれたミーナはその熱さにのたうち回ると、吐き出すことも出来ずに必死な顔つきで唐揚げを飲み込んでいる。
「しかし、全員で釣り上げるとはな。大したもんだ」
「でしょ。プーたちがんばった!」
誇らしく胸を張るプーフに、オオシマも同じように思う。
一人でなく、全員の力で大物を釣り上げる。一人ではなく、皆が助け合っている。
きっとこれからもこうやっていくんだろうなと思い、オオシマは優しく微笑むと全員で釣り上げたナマズへと箸を運んだ。
「おいしい?」
オオシマの顔を覗き込むプーフ。
「あぁ、こりゃ特別ウメェな」
「えへへ。またみんなでお魚つりたいの」




