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TSヤクザの異世界生活  作者: 山本輔広
一章∶仁義なき異世界スローライフ編
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肉と女神

 潤んだ目を見られないように背を向けて立ち上がるとオオシマは他の木箱に手を伸ばした。

箱を開けると、塩漬けにされたサシが満遍なく散らされた肉が塩の詰まった袋の中に入っている。

塊を一つ取り出すとキッチンの上に置いてナイフで切り裂いていく。


 3枚ほどの厚いバラ肉に切り分けると、買ってきたフライパンに乗せて外へと出ていく。

何をするのかとプーフとリリアも後ろをついて回る。


 川辺には焚き火用の流木が重ねられている。

流木の上にフライパンを乗せると、近くに置いていた棒と板を擦り合わせて火を起こそうと力を込めた。


「火つけるの?」


 尋ねたのはリリアだった。

必死にこする棒きれを見ると口の中の飴をもごもごさせて隣にしゃがみこむ。


「そうだ。こうやってりゃ火がつくんだよ」


「私火出せるよ」


 口の中から飴を取り出すと、リリアは流木に向かって口から火を吐き出した。

火炎放射器のように勢いのある炎が流木に浴びせられると、瞬く間に流木は焦げ目をつけていく。

今迄の苦労はなんだったんだと、オオシマは口をあけて動かないままにリリアを見ている。

ぱちぱちと音を立てながら炎は勢いよく燃え上がっている。


「これでいいの?」


「オメェ……すげぇじゃねぇか」


「私魔族だから火吐けるの」


「プーも! プーもやる!」


 リリアの真似をしてプーフも焚火向かって息を吹きかけるが、リリアのように炎を吹くことはなくわずかな息が炎を揺らすだけだ。


「プーにはできないでしょ。プー、エルフじゃん」


「どうやったら火吹けるの?」


「んー分かんない」


 二人のやりとりを他所にオオシマは燃え上がる炎に焼ける肉を細い木の棒でつついていた。

魚ばかり食べていたので、肉を食べるのは久しぶりのことであった。

ましてや調味料がない生活を送っていたものだから、塩がついた肉などオオシマにとってはご馳走に他ならない。

 フライパンの上に肉の脂が溶け出すとジュゥと音を立てながら、肉の焼ける香ばしい匂いがする。

それだけでツバが出てくる。


 いつの間にかプーフとリリアも話を止めるとオオシマを挟んでしゃがみこんで肉が焼けるのを見ている。

ほどよく焼けて肉汁が見えたところで肉をひっくり返した。

焼けていなかった面がフライパンの底で焼けて煙をあげている。

久しぶりに立ち込める肉の香りに3人は目をくぎ付けにしていた。


「プー、皿とフォークもってこい」


「はい!」


 言われるとプーフは急いで家に戻ると三人分の小皿とフォークを持ってきた。

流木をナイフで削って作ったオオシマ製のものだ。

持ってきた皿に一枚ずつ肉を乗せる。皿の上に乗っても肉はまだ音を立てて湯気をあげている。


「いただきます」


「いたきます」


「……いただきます」


 フォークで突き刺して一口に肉を口の中に押し込んだ。

久しぶりの肉の味。油の味、塩の味。

オオシマは咀嚼しながら思わず天を仰いだ。


――美味い。美味すぎる。


 噛むと肉の味と油が口いっぱいに広がる。

何年も食べていなかった気さえする肉の味に飲み込むのがもったいなく感じた。

多少塩辛くはあったが、それでも久しぶりの肉と塩の味は体に染みわたっていく。


 飲み込むと口はまた肉を欲した。

オオシマの隣にいた少女二人もさっさと肉を食べ終えると、口についた油を拭っている。


「あーダメだ。足りねぇ」


 再び家に戻って残った塊を解体した。

フライパンいっぱいに肉を敷き詰めると、三人で焼けるのを待つ。

焼けるのを待ちながらオオシマは『ここに米かビールがあればな』と思ったが、ここにはそんなものはない。

前世は世知辛くはあったが食ったりするのには困らなかったんだなぁとしみじみ思う。


 結局三人で腹いっぱいになるまで肉を食べ続けてしまった。

胃の中には肉と油がたまって臓器たちが満足そうにしている気さえする。



 外が暗くなって間もないが、プーフとリリアは腹が満たされたのもあいまってかベッドに横になるとすぐ眠りについていた。

小さなベッドには少女が二人抱きあうようにして眠っている。

顔を見てオオシマは心のうちに暖かな気持ちを覚えていた。

 自身に子供がいたらこんな気持ちなのだろうか。もし前世が人の道を外さずにいたら――任侠ではなく普通の道を歩んでいたのならばこうゆう世界が広がっていたのではないかと思う。


 歩んできた修羅の道とは対極の人生である。

ヤクザとして培ったものは根付いているが、それでもやはり女神が言うような平穏が訪れているのだなと実感する。

二人の寝顔から視線を暖炉に向けた。

暖炉の前に胡坐をかいたオオシマは手に針と糸、そして二人が試着した衣類を前にしていた。


 裁縫などした試しがない。

魚を捕ることや喧嘩に対しては誰にも負けない自信があった。しかしながら、こういった細かな作業は自信など無い。

慣れない手つきで針穴に糸を通すとワンピースのスカートの裾をあげようと針を通した。


 刺した針をいきなり指に刺した。

指先から血が滲んで玉状になっている。滲んだ血を舐めて親指で擦る。血がつかないようにしながらワンピースに針を通す。


 まさか自分が服を縫うなんて。

おかしさに笑いが起きる。もしも前世で仲間内に『編み物』をしてるなどバレたらどれだけ面子が潰れることだろう。

周りからバカにされることは間違いないだろう。

魚の刺繍に当たらないようにゆっくりとでも慎重に慣れない指先は針を押し通していく。


 慣れない指先がワンピースの裾をあげ終わったときにはすでに闇が深まっていた。

時計はないが闇の深さでなんとなくな時間は分かる。

少年時代から警察のお世話になったことは幾度もある。留置所に入れられたときは時計などなかったが、曇ったガラスの向こうに沈む夕日や、夜の闇の深さを見ればなんとなくの時間が把握できた。


 まだ日付が変わらないくらいだろうか。

思いながら出来上がったワンピースを広げてみる。なんとかプーフが来ても床を引きずることはないだろう。

ワンピースを折り畳むと今度は桜色のシャツを手に取る。

背中にナイフで切れ目を入れてリリアが羽を出せるように繕う。

裂いただけでは解れてそのうちびりびりになってしまう。裂いた部分を折り畳んで針を通す。

幾重にも針を通し、それが終わると裂いた部分の上下に布を当てて、また針を通す。


「どうですか? 平穏ですか?」


 イラつく声がした。

いつからいたのか、オオシマの隣には転生の原因となった女神が座ってほほ笑みかけている。

微笑みを見ることもなく、オオシマは真剣な眼差しで針を通し続けた。


「テメェのせいで慣れないことだらけだ」


「前世とは正反対の可愛い姿ですもんね。でもオオシマさん男のままだったら、また荒れちゃいそうだったんですもの」


「女になってもカチコミ入れたけどな」


「知ってます。見てましたから。まさか一人で奴隷屋に殴りこみをかけるなんて思いませんでした」


「俺もだよ」


 自身がしたことなのにカチコミまで入れるとは思っていなかった。

怒りのスイッチが入ってしまい、オオシマは感情のままに行動し、拳を振るったことをぼんやりと思い出した。

手にはまだ治りかけの傷がある。


「プーフちゃんもリリアちゃんも良い子ですね。オオシマさんなら良いママになれそう」


「どういう意味だよ」


「そのままの意味ですよ」


 視線を合わせないままに会話が紡がれた。


「オオシマさん、まだ今なら能力授けられますよ?」


「しつけぇな。要らねぇよ」


「そう言うと思っていました」


 予想していた答えに女神はクスッと笑った。

 手にしていたシャツを縫い終えるとシワがつかないように畳み、横に退けた。

小さな木箱に針と糸をしまうと、オオシマもやっと一仕事終えてゆっくりとではあるがやってきた眠気の方へと意識を持っていく。


「また会いましょう。オオシマさん」


 女神は空間に溶けていくようにゆっくりと姿を消していく。

せっかくやってきた女神には一度も視線を向けなかった。見たくなかったわけではないが、視線をやれば女神を調子づかせるような気がしていた。


「次死んだとしてもお前には会いたくねぇな」


 暗闇に独り言ちる。

ベッドに眠る少女二人の顔が月明かりに照らされるのを一度見て、オオシマも暖炉の前に横になり眠気が手招くほうへと入っていった。

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