決戦前夜
いよいよ明日にレースを控えた夜。ミーナは三姉妹にエネルギーをチャージさせようと腕によりをかけて幾つもの料理を作るとテーブルの上に湯気のあがる品々が並べられた。
ニンニクの利いた肉の山、即効性のある野菜と魚の粗が煮込まれたスープ、果糖とスパイスの溶かしこまれたジュース、焼かれた丸いパンには煎じた薬草が振りかけられている。
他にも諸々の料理が作られ、そのどれもが体力増強や筋力増強を意図して作られたものである。
「さぁ、娘ちゃんたち! 明日に向けてお腹いっぱい食べて!」
フリルのついたエプロン姿のミーナが頼りない力こぶを作りながら三姉妹を激励する。
三姉妹は躾通りに声を揃えて『いただきます』をすると、目の前に並ぶ品々に手を伸ばした。
肉を、魚を、野菜を、パンを。
試合を前にした三姉妹は若い胃袋に次から次へと料理を詰め込んでいく。
一瞬詰まりそうになると、ミーナお手製のジュースで流し込んで胃まで収めると、また次の料理へと手を伸ばす。
いつになく騒々しい食卓ではあるが、オオシマも気持ちはミーナと同じであった。
やるならばとことんやる。そのための下準備にぬかりは赦されない。
荒々しく食事する姿に、乙女らしくしろだとか、静かに食べなさいなどと野暮なことは言わない。
明日のためにエネルギーを充填する三姉妹を、オオシマはむしろ誇らしげに腕組みをしながら見つめている。
「さ、オオシマさんも食べましょ♡ これ精力にもいいんですよ♡」
エプロン姿のまますり寄るようにミーナが隣に腰かける。
食べましょうと言いながら、ミーナの左手はオオシマの手を掴むと5回握る。
あ、い、し、て、る、のサイン。
言えない代わりに握ることでメッセージを伝えてくるミーナにオオシマも握って返す。
「でもよ、精力に良いって言ってもよぉ。お前俺の体が女になってるって忘れちゃいやしねぇか?」
「あ。それもそうですね。でも女でも効果あるんじゃないですか?」
「どうなんだろうな。まぁ、精力は置いといて美味そうではあるな」
「でしょう♡ さ、オオシマさんも食べて食べて♡」
流木から削って作り上げた箸で料理を小皿によそい、口に運ぶ。
焦がしニンニクが聞いた味付けの濃い肉。米が欲しくなるような味の肉はそれはもうエネルギーがつきそうに感じられる。
「はい、オオシマさんこっちも♡ あーん♡」
三姉妹の前であるが、ミーナは自分の箸で魚を摘まむとオオシマの口へと運ぶ。
オオシマもそれぐらいならいいかと、口を開いて魚を入れてもらう。
煮込まれた野菜と魚の味がうまく塩や薬味で整えられた味は酒のアテに良さそうである。
味わっていると、ミーナはオオシマの口に入れた箸を咥えながら嬉しそうに咀嚼する様を見つめている。
「美味しいですか?」
「うん、悪くねぇ。どうだ、オメェらは」
食べることに夢中になっている三姉妹にも味の感想を聞く。
「ほひひーほ!(おいしーの)」
咀嚼しながらしゃべるものだから、プーフの口から色々なものが飛んでくる。
感想を言い終わるとすぐにまた次の料理へと手をつける。
食べる勢いから見れば美味いというのは聞くまでもなかったようだ。
ちゃんと口にしたものを飲み込んだリリアもプーフと同じように感想を言い、シロも同様に褒める。
しかし、一度感想を言うと三姉妹はまた次から次へと料理の皿を空にしていく。
今三姉妹の頭にあるものは明日のレースに対する想いのみ。
ミーナが出してくれた料理を腹いっぱいにため込み、力にかえて明日に臨む。
いくつもの料理が空になり、鍋やフライパンに残った料理も追加で出したが、それらも全て三姉妹の胃へと収まっていった。
「ごちそーさまでした!」
「ご馳走様!」
「ご馳走様でした!」
「はい、お粗末様。お風呂沸いてるから入っておいで」
三人は食べ終わると食休憩も挟まずにドタバタと風呂場へと駆けていく。
賑やかだったリビングはすぐにでも静かになり、代わりに風呂場から叫び声や黄色い声が響く。
「本当に元気ですね」
「あぁ、そうだな」
空になった皿をキッチンに運ぶ親二人。
風呂場からは『あしたは優勝するぞー!』という声が聞こえて、二人の親はそっと微笑む。
「なんだか運動会みてぇだな」
「あー確かに。オオシマさんの世界にはそんな文化ありましたね」
「あぁ。だとしたら俺らは運動会を観戦する保護者だろうな」
「ふふ、そうですね」
「ビデオカメラがないのが惜しいもんだ」
「オオシマさんカメラがあったら撮りまくりそうですね」
あったら撮りまくるんだろうなとオオシマは自分でも思っていた。
そりゃぁ手塩にかけて育てた自慢の娘たちが頑張るのだ。親ならばそんなシーンは残るものにしておきたいと思う。
だが、あいにくこの世界にはそのようなものは出回ってはいない。
故に明日はこの二つの眼にこれでもかというほど思い出を焼きつけておこうと思えた。
「楽しみなのはアイツらだけじゃねぇ。俺らも楽しみなんだな」
「そうですね。明日はバッチリ娘ちゃんたちの姿を目に焼き付けましょう! あ! 明日もお弁当つくらなきゃ!」
「ミーナは最近本当に母親らしくなってきたな」
弁当を作るなんてオオシマは思いもつかなかった。そういったところはまだ男な部分が抜け切れていないのだろうか。
しかし、足りない部分はミーナが補っている。
空になった皿を洗いながら、ミーナはさっそく明日は何を作ろうか思案顔だった。
「母親……なれますかね?」
「俺がなれてんだ。生粋の女のオメェなんかすぐにでもなれるさ」
「ですかねぇ。ミーナママになれるよう頑張ります!」
「期待してるぞ」
微笑むミーナはもう母親になったように慈愛に満ちていた。
少しずつ変わっていくようなミーナは普段よりも美しく、そして気品あるものに感じる。
娘たちがまだ風呂場から出てこないのを確認すると、オオシマはミーナの腰に手を回すとキスをした。
どうしてだか分からないが、ミーナが愛おしく思える。だから。
「オオシマさん精力出てきました?」
「かもしれねぇな」




