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TSヤクザの異世界生活  作者: 山本輔広
四章:龍哭の鬼姫
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シロがんばる

「りんごちゃん! しゃべれるの!?」


「喋れるぞい」


「ほんとだ!」


 目に星を飛ばして輝かせるプーフの問いかけに、りんごちゃんはさも当たり前のように返答する。

シロの言った通りに喋ることのできるリクガメのりんごちゃんには三姉妹はこれでもかというほどに興奮してりんごちゃんに話しかけては答えを待つ。

プーフにリリア、すでに知ったシロもその後幾度も質問をしてはりんごちゃんの返答に心浮きたった。


「亀も喋れるようになるなんてな。本当にどうなってんだか、この世界は」


 りんごちゃんの前にしゃがみ込んだオオシマが手のひらと同じほどの大きさの頭を撫でる。

りんごちゃんは柔らかな手に包まれて、気持ちよさそうに目を瞑るとオオシマにも同じように人の言葉で返答した。


「ほっほっほ。鬼姫と恐れられるものがよう言う。お主かて同じようなものじゃろう」


 それもそうだ、と内心納得してしまう。

前世と比べれば今いる世界など遥か異次元に思える。

オオシマ自身の力もそうであるし、現に今在るオオシマの家族でさえ改めて見てみれば異種ばかりである。

耳の尖ったエルフのプーフ、蟀谷からは角が生え背には翼を持つサキュバスのリリア、同じアノマリーで元オバケのシロ、そして元女神のミーナ。

家族となった今は違和感はないが、もし前世の常識のままであれば今いる家族も異様に思えたことだろう。


「でも、亀が喋るなんて思いもしなかったぜ」


「亀は200年も生きれば魔力を授かり喋ることは勿論、様々なことができるようになる。知能もお主らとさほど変わらぬよ」


「随分利口な亀だ」


「褒め言葉と受け取ろう」


 オオシマとのやりとりが終わると、再び三姉妹による質問攻めが固い甲羅や皮膚に容赦なく突き刺さる。

いったいどんなことができるのか、どうして喋れるようになったのか、女なのか男なのか、そもそも何故ここにいたのか、など。

質問は川の流れのように絶えることなく流れ続けた。



***



 それからというもの、オオシマが仕事で家を離れる際にはりんごちゃんによる特訓が行われていた。

そろそろ肌を焦がすような日が差してくる季節。

三姉妹は運動着を汗に濡らしながら家の周りを何周も走り、走りすぎたせいで家の周りには足跡によるコースが獣道のように出来上がっていた。


 三人が同時にスタートを切り走り出す。

最初はしばらく同じペースで走り、そこから徐々にリリアが頭を出す。

引き離すように思われたがリリアの後にはぴったりとプーフが続き、その後ろにはシロが続いている。

リリアを先頭に立たせ、そのリズムをプーフとシロにも教え込もうとしたりんごちゃんによる走行練習であった。

リリアのリズムを見て走るプーフ、プーフのリズムに合わせるシロ。

そうすることで三人は自然とリズムを取れるようになり、今までは随分遅れていたシロも今ではプーフにも追いつきそうな勢いである。


「いっちばーん!」


 一周終えたリリアがミーナの持つゴールテープを切る。

続けざまにプーフとシロがゴールイン。


「皆速くなってるわね。すごいすごい」


 手を叩いて称賛するミーナ。

リリアは当然のように胸を張っているが、プーフとシロは少しずつ慣れているのが分かり、胸のうちに達成感や自身でも感じ取れる成長を嬉しく思う。


「シロもだいぶ慣れてきたね。これならレースに出てもいい結果が出せるよ」


 リリアがシロの方に腕を回して褒める。

もう息切れもしなくなったシロも素直にその言葉を受け取ると、このままならば本当に良い結果が残せるのではないかと想像する。


「若い子っていいなぁ。私が今走ったらすぐバテちゃいそう」


「そういえば、ミーナってなんさいなの?」


 若い子という言葉に反応したプーフが質問すると、ミーナはわずかに汗を流して笑ってごまかす。


「わらってないでおしえて。ミーナはなんさいなの」


「今日のプーちゃんは詰めるわねぇ。んー、お酒が飲める年齢よ」


「おさけっていくつからいいの?」


「20を越えたらよ」


「じゃぁミーナは20なの?」


「それよりちょっと上かなぁ」


 それ以上の質問は何がなんでも阻止した。

実際は20代前半とまだまだ若さの塊ではあったが、それでも目の前の少女たちを見ればミーナは年齢を感じてしまう。

きっともう三姉妹のように活発に動けることはないだろうし、すぐに疲れてダレる姿が想像される。


「なんならミーナも走ったらどうじゃ、ワシが走り方教えちゃる」


 のっそりと歩きながらりんごちゃんもミーナに突っ込むが、そんなものは余計なお世話とミーナは右から左へと流すと、また笑ってごまかした。



 オオシマが家に戻ったのは日が傾く少し前ほどのことである。

町には聞こえなかったカエルの鳴き声や虫の鳴き声が響く自宅。ほんのりと紫色に変わりつつある空。

見えてきた二階建ての家の周りはまだ三姉妹が走り回り、ミーナとりんごちゃんが見守っている。


――あいつら頑張ってんなぁ。


 仕事帰りの母は一生懸命に走る娘たちの姿に胸がほっこりとした気持ちを覚える。

目標に対して努力する姿はなんとも素晴らしいものである。それがさらに自分の娘がやっているともなれば気持ちは倍増する。

足が遅いと悩んでいたシロが長い白髪を揺らしながら、細く小さな足を一生懸命前へ前へと運んでいる。

リリアとプーフに比べれば運動音痴なシロが少しでも速く走れるように努力している。

そんな姿をリリアとプーフも応援しながら一緒に走る。


――いい姉妹じゃねぇか。


 改まってそう思う。

いつの間にかできた血の繋がらない姉妹たちは本当の姉妹のように接し、遊び、信頼し共にいる。

プーフもリリアもシロも最近では可愛くて仕方なく思う。

まだ幼い三姉妹を見て、将来はどうなるのかとよく想像する。

少しだけ伸びた背を見て、三姉妹が――彼女たちが成長していくのが分かった。

いつかは同じくらいの背丈になるのだろうか、様々な経験を乗り越えて心も大人になっていくのだろうか。


「おーい、帰ったぞー」


「ママ! おかえり!」


 三人の重なった声に手を振って返す。

純粋な笑顔が花咲いている。この花たちはいずれどんな花になるのだろうかと思いながら、オオシマは三姉妹と共に家の中へと消えていった。

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