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TSヤクザの異世界生活  作者: 山本輔広
四章:龍哭の鬼姫
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シロのコーチ

 少しでも二人の力になろうとしてシロは練習が終わってからも一人走り続けた。

最初はプーフやリリアも付き合っていたが、夕方になってもひたすら走るシロに付き合ってくれるのは、外で草を食むミルクちゃんとリンゴちゃんだけだ。

家の前で草を食むミルクちゃんが顔をあげるとシロが何周目かのゴールを果たす。

ミーナに用意してもらった運動着には背にも脇にも汗がびっしょりだ。

両ひざに手をつき、息を整える。

心臓は通常の何倍も速いビートを刻むし、垂れた頭からは次々と汗が雫になって落ちてくる。


「はぁはぁ。私やっぱり遅いかな……」


 物言わぬリンゴちゃんとミルクちゃんに声をかける。二人は草を咀嚼するのみで答えを返してはくれない。


「私一番トロいから……はぁ……がんばらないと」


 足の速いリリア、森を駆けていたことで体力のあるプーフ。二人に比べてシロは自分の体力の無さと足の遅さを悔しがった。

魔法やアノマリーとしての力を発揮させれば同世代の子とのかけっこなど一瞬で勝敗を決することができる。

だが、それではフェアではない。

同じ土俵で持った足の速さで競う。

息を整えたシロは軽く屈伸すると再び家の周りを走り出した。


 すると、何を思ったのかりんごちゃんがシロの後を追った。

いつもはナメクジのごとくゆっくりとしたリンゴちゃんが猛烈な勢いでシロの後ろを走り、ついには隣に並んで走りだした。


「りんごちゃん!? あなたそんなに速かったの!?」


「これくらいなら走れるわい」


 走りながら一瞬固まる。

ん、誰だ。今返事したのは。りんごちゃん? りんごちゃんなのか?

考えながら足を回転させる。同様にりんごちゃんも駆ける。

聞き違うはずもない。他にしゃべる人などいない。


「シロちゃん、呼吸を整えながら走るんじゃ。鼻で二回吸って、口から二回吐くんじゃ」


 また喋るりんごちゃん。

思わずシロは目が点になる。今までりんごちゃんが喋ったことなど一度もなかった。

それが今シロと同じように走りながら、喋りかけてくる。

ただ喋りかけてくるだけではなく、それも走り方の呼吸についてアドバイスしてくる。

味わったことのない衝撃を受けて、シロは走りながらもりんごちゃんから目を離せなくしていた。


「ほれ、二回吸って二回吐いてみぃ」


「わ、わかった!」


 言われた通りに鼻で二回吸って二回吐く。

慣れない呼吸法には違和感がある。


「最初は慣れないじゃろうが、次第に慣れると呼吸しやすくなる。そのまましばらく走ってみぃ」


「わかった!」


 スッ、スッ、ハッ、ハッ。

二回吸って二回吐くのを繰り返す。

荒かった息にリズムができると少しばかり呼吸するのが楽に感じる。


「そうじゃそうじゃ。若い子は飲み込みが早いのう」


「りんごちゃんお話しできたのね! びっくりしたよ!」


「実は今日で200歳になってのう。亀は200歳を過ぎると魔力を得て色んなことができるようになるんじゃよ」


 そんな話聞いたこともないが、実際に隣を走るりんごちゃんは人の言葉を操っている。


「りんごちゃん200歳なんてすごいね! 皆に言ったらびっくりするよ!」


「ほっほっほ。そうじゃろうのう、そうじゃろのう」


 練習が終わったら皆に報告しようと考える。きっと皆驚くに違いない。

りんごちゃんと出会ってしばらく経つが、ただの亀だと思っていたりんごちゃんは今日魔力を得て話せるようになるなんて。

シロはまだ世界には知らないことがいっぱいあるんだと感じながら、本日最後のゴールを決めた。


「すぐに止まらずに少し歩き回りなさいな。そうすると疲れがたまりづらくなる」


「そうなの? わかった」


 ゴールしてもそのまま足を止めずに歩きまわる。

シロにペースを合わせながらりんごちゃんも歩く。いつの間にか足は勝手に前へ前へと進むような気がする。

シロは自分では感じてはいなかったが、最初よりも少しばかり足が速くなっている。

りんごちゃんにはそれが分かってほほ笑みながら、シロの隣を歩いて回った。


「よし、こんなもんじゃろ。体を冷やさないようにな」


「うん、わかった。ありがとうりんごちゃん。皆にりんごちゃんがお話しするって言ってもいい?」


「構わん構わん。いっておいで」


「うん、ありがとうりんごちゃん!」


 汗を垂らしながら小走りにシロは家へと向かう。

早く皆にりんごちゃんが喋れることを伝えたくて、足は勝手に前へと動いてしまう。


 いつになく乱暴に開かれた扉に、オオシマは即座に扉へと視線を向けた。

驚いたような表情、汗だらけの小さな身体。

そこから何かあったのかとオオシマはシロに詰め寄るも、シロの口から出た言葉は予想とは違うものである。


「ママ! りんごちゃんがしゃべったの!」


「りんごちゃんが? ん、どういうことだ?」


「あのね! りんごちゃんがお喋りして走り方教えてくれたの! 二回吸って二回吐けって!」


 オオシマにはリンゴちゃんが喋ったなんてとても思えずに、何を言っているのかと頭を掻いた。

もしくはシロにもアノマリーとして読心術のようなものが使えるようにでもなったのか。

少しばかり疑問に思うオオシマの手をシロが掴むと急いで表へと連れ出そうと引く。


「りんごちゃん今日で200歳になったんだって! だからお話しできるようになったんだって!」


 力強く手を引いて連れ出そうとするシロを見れば、嘘をついているようにも見えない。

そしてオオシマよりも先にプーフとリリアがそんな話題を聞いて放っておくはずがなかった。

話を耳にしたプーフとリリアは


「りんごちゃんが喋った!?」


と大声でわめくと、母の横を通り過ぎて表へと出ていく。


「ママもきて! はやく!」


 いつになく荒ぶるシロに手を引かれて、オオシマも表へと出ていく。

そこには全員を登場を待っていたようにリンゴちゃんが草を食みながら待ち構えていた。

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