レースのれんしゅう
翌日の朝、棒を持ったオオシマが野原に直線を引くとそこに三姉妹を一列に並ばせた。
直線に並べられた三姉妹の視線の向こうにはミーナとリクガメのりんごちゃんが立ってテープを引いている。
近日開催されるレースに向けての特訓、もとい練習である。
引かれた線に並んだプーフとリリアはやる気が漲ったようにすでにスタンディングスタートのポーズをし、シロはそのままに立ち尽くしている。
持った棒を掲げる。振り下ろされたらスタートだ。
「いくぞー、よーい……どん!」
棒が振り下ろされると同時にリリアとプーフが駆けだす。遅れてシロも走り出す。
三姉妹はスカートをたなびかせながらゴール地点のミーナとリンゴちゃん目掛けて足を必死に前へ出す。
順位はリリア、プーフ、遅れてシロの順だ。
スピードをあげたリリアは二位のプーフを大きく引き離すと一気にテープを切る。
「いっちばーん!」
両手で万歳するリリアはまだ息も切れておらずに余裕の表情である。
数秒後に到着したプーフもまだ息は切らしてはいないが、リリアほどの余裕はなさそうだ。
そして最後にシロが息を切らしながらゆっくりとゴールを切る。
「やっぱりリリアちゃんは一番足が速いわね」
声をかけるミーナにリリアはガッツポーズをしながら答える。
「へへー。足は自信あるんだ。プーフとシロが遅れたとしても私が優勝をかっさらうから期待しててよ」
「プーもまけない!」
「はぁ……はぁ……私は足を引っ張っちゃいそうだよ」
膝に手をつきながらシロは二人の足を引っ張ってしまいそうだと不安がる。
三人一組で行われるレースは一人だけの力で勝てるものではない。
たとえリリア一人がいくら早かろうが残った二人が後れをとっては上位にランクインすることは叶わないだろう。
「ねぇ、ママ、このおようふく走りにくい」
歩いてゴールまでたどり着いたオオシマにプーフはスカートのすそを掴んでバサバサと振る。
確かに走っているときにワンピースの長いスカートは邪魔になってしまう。
万全の状態を期すのであれば、この衣装は運動には適していない。
「確かにそうだな。なんかあったかな?」
「じゃぁ私が何か動きやすそうなものを縫っておきますよ。私お裁縫得意ですから」
すっかり母のような言動になったミーナ。
裁縫を苦手とするオオシマからしたらありがたい提案である。
以前裁縫はしたことがあるが、やはり慣れたものではなかったし、出来上がったものはとても満足のいくものではなかった。
「じゃぁ頼む。ミーナもそういう所は女らしいな」
「えへ。乙女ですから」
「ママ! もう一回やろう!」
「おう。やるか」
まだ走り足りないリリアがさっそくスタート地点へとダッシュで戻る。
リリアにとってはまたとない自分の得意分野に自然と心弾んでいた。水を得た魚のようにその表情は活き活きとしているのがわかる。
再びスタート地点につくと三姉妹がスタンディングスタートをする。
「よーし、いいか、よーい……どん!」
***
夕方、そろそろ自宅にオレンジ色の光が宿る頃。
オオシマファミリーは出来上がったプリンを口にしながら作戦会議を行っていた。
レースは先に述べたように三人一組で行われる。どこに誰を配置するかでも勝敗は大きく違ってくる。
お遊びのようなものではあるが、勝負事ならばとオオシマも少しばかり熱が入っていた。
どうせならば三姉妹に勝たせてやりたい。景品をもらえるということよりも、そういった勝負事で勝利の味を味わわせてやりたいと思う。
勝負事などで勝つのは他では味わえない達成感がある。
「じゃー順番だけど」
「プー! プーいちばんがいい!」
オオシマの頭の中で一番速いリリアはアンカーとして配置しようとは思っていたが、一番手と二番手は悩みどころである。
先にシロを持ってきて、その後プーフとリリアに頑張ってもらうか。
もしくはプーフを先にして最初に勢いをつけたところで、シロを持ってくるか。
「ねぇ、ママプーいちばん! プーさいしょがいい!」
「うーん、まぁそれでもいいか」
「ママ私は何番目? 最後は嫌だなぁ」
不安に眉をハの字にしてテーブルに顎を載せるシロ。あの後何度か走っては見たがシロは常に一番遅く、二人にはとても追いつけなかった。
故に最後に走り出して恥をかくのだけは避けたいと考えていた。
「プーが一番でシロが二番だな」
「じゃぁ私は最後だね! 任せて! どれだけ後ろにいたって全員引っこ抜いてやるから!」
「リリーは足速ぇからな。本当にそんなことできちまいそうだ」
「まかせて! お姉ちゃんパワー見せつけてやるから!」
ということで、順番は一番走者プーフ、二番走者シロ、最終走者リリアと決まった。
シロが後れをとったとしても一番のプーフもそれなりに足が速いし、最後のリリアならばごぼう抜きも可能だろう。
オオシマの頭の中で開催されるレースが浮かぶ。まだ早いが三姉妹が表彰台の天辺にいる姿が描かれる。
「よし、じゃー順番はこれで決定。また明日んなったら練習しよう」
「それまでに私も運動着を用意しておきますね」
「よーし優勝目指してがんばるぞー!」
「まけないのー!」
「私も足引っ張らないように頑張るよぉ……」
作戦会議が終わり、汗をかいていた三姉妹は夕食前に風呂へと駆けこんだ。
以前の小さな家では狭かった風呂は今では三姉妹が入っても余裕のある大きさになっている。
熊たちが気をきかせてくれた大きな風呂はヒノキのような香りのする贅沢なものへと姿を変えていた。
脱衣所も広くなり、三姉妹は脱衣所に向かうと盛大に服を脱ぎ散らかす。
リビングまで響く浴室へと誰かが飛び込む音。
恐らくはプーフかリリアだろう。その音を聞いてオオシマは風呂場に向かって声をあげる。
「飛び込むなっつってんだろ!」
きゃぁきゃぁ声がする浴室から返事はない。
何度いっても直らない癖にオオシマは母親らしく溜息が出てしまう。
「元気ですね」
「元気すぎるぜ。全くあいつらがいい年になったらどうなることか」
「ふふ。きっと元気なままだと思いますよ」
「ちげぇねぇな」
三姉妹がいなくなったリビング。テーブルの上の空いたプリンカップを片付けながらミーナはオオシマと三姉妹の未来を想像した。
きっと背丈が大きくなっても元気なままなんだろうなと思う。
「オオシマさん、ご飯食べたら私たちもお風呂入りましょうね♡」
「……」
できれば一人で広い風呂を堪能したいとは思うが、ミーナは二人で入ることを望む。
二人で入ることに対して抵抗はないが、ミーナはきっと風呂に浸かるだけではなく、いちゃいちゃすることも望んでいるのだろう。
言葉からそれを感じ取る。自分の意志とは反するが、拒否しようとは思わない。
夫婦のような関係ではあるし、まぁ、そういうのもいいだろうとミーナの提案を受け入れた。
「オオシマさん、お背中流しますよ♡ いえ、お背中と言わず隅々まで洗ってあげますからね。うへ、うへへへへ♡」
きっと体中まさぐられるのだろうなと簡単に想像できる。
三姉妹が大きくなったとき、ミーナもまだ元気なままなのだろうかとオオシマは少しばかり考えていた。




