ヤクザのおつかい
森を抜けた先に広がる野原には白と紫の花が一面に入り乱れて咲いていた。
広がる花の園に二人の少女がいた。一人はセミロングの金髪に尖った耳が特徴のエルフ少女のプーフ、その対面にはショートの黒髪に蟀谷から角を生やし、背には小さな蝙蝠のような羽を生やしたサキュバスの少女リリアがいる。
二人は花の園に腰を降ろすと、花を手に取って小さな花冠を作っていた。
プーフの耳元には白い花が飾られ、リリアの耳元には紫色の花。
「ママかぶってくれるかな?」
「どうだろう……プーのママは女の人だけど、女の人っぽくないから」
「ママは、おはなよりおさかなのほうが好きだもんね。でも、ママきっとにあうの」
「……そうだね」
町から家に戻り数日。
オオシマは奴隷屋から受け取った金を元手に再び町へと買い出しに出ていた。
また何かあってはいけないとオオシマは一人で町へと出向いた。その際にプーフとリリアには町には来るなと釘を刺している。
言われなくとも二人は町へは行きたいと思わなかった。
奴隷屋に会った手前、また同じようなことに出くわしたくはない思いが二人をとどまらせていた。
プーフの希望で二人は森を抜けて花の園へと遊びに来ていた。
ママに王冠を作ってあげたいとプーフが言い出したのがきっかけだ。
「あの人は本当にプーのママなの? プーはエルフだけど、あの人は耳尖ってなかったよ」
「オオシマはプーのママなの。みみとがってないけどママなの」
「どうして?」
「かみのけ」
あぁ、そういえば同じ金髪だったなとリリアは思ったがそれでも納得はいかなかった。
「プーはオオシマとどれくらい一緒にいるの?」
「わかんない。でも、いっぱいいっしょ」
ぎこちない手つきで花を編むがプーフの編む花は花冠にはならずにただの花を合わせただけの産物へとなっている。
一方でリリアは手先が器用で花冠らしい形へと出来上がってきている。
「リリーお花つくるのじょーずだね」
「でも、私はプーみたいにお魚捕れないよ。ぬるぬるしててうまく掴めないもん」
「プーもさいしょはできなかったの。でもママがおしえてくれたの」
「プーのママは漁師だったのかな?」
「わかんない」
出会った日より前のことをプーフは尋ねたことがなかった。
そんなことに興味はなかったし、過去よりも現在のこと、現在よりも先オオシマと一緒に居られることこそがプーフにとっては重要であった。
だからオオシマが過去にどんな人生を送っていたかなど、リリアに問われるまでは考えたこともなかった。
「花冠一個できたよ」
リリアの手には白い花でできた花冠が載せられていた。出来上がった花冠をプーフの頭に載せるとエルフの少女はエルフのお姫様へと変わった。
「もう一個作ろうか?」
「うん。プーもリリーにつくってあげるからまっててね」
「頑張って」
不器用ながらも必死に花を編むプーフの姿にリリアはほほ笑んだ。
奴隷屋にいたときには考えられなかった日常がリリアの前に唐突に現れていた。
狭い部屋で舐められるように客に見られていた日々。それが今は花の園で少女二人鎖に繋がれることなく花冠を作っている。
生まれて初めて体験した自由にリリアは心が解き放たれるような気がしていた。
最初出会った時、鬼の形相のオオシマが頭から離れなかったが、その日を境にオオシマは鬼へ変わることは一切なかった。
口調は荒いが、それでも叩くこともないし鞭で打つことも、鎖でつなぐこともしない。
それにプーフが懐いている姿を見れば、リリアも少しずつ警戒が解けていく気がしていた。
「リリーはママいるの?」
「……見たことない」
「じゃぁリリーのママもオオシマだね」
「……どうして?」
「ママおうちかえったときいったもん。リリーもうちのこだって」
リリアが二人の住まう家に連れ去られたとき、オオシマがいった言葉。
『うちの子だ』
それがリリアにとってどうゆうことか分からなかったが、プーフの言う言葉が答えのような気がした。
荷車を引いたオオシマが現れたのはプーフの不器用な花冠が出来上がったころだった。
歯を食いしばりながら大量の荷物を載せた荷車が獣道を行くのは簡単なことではない。力を込めて気張るオオシマの顔はとても花の園に合ったものではない。
「ママー!」
オオシマの姿を見つけたプーフは立ち上がると花冠を手にして駆けだす。
気張るオオシマの前に立つと出来上がった花冠を掲げて誇らしそうにしながらもニヤついて、オオシマにそれを見せた。
「なんだそりゃ」
「プーね、リリーにおしえてもらって冠つくった!」
「おう、よく出来てるじゃねぇか」
「ママにあげる。かぶって」
「は? やだよ」
そうなるだろうなと思ってはいた。しかしプーフは諦めずに荷車に乗り込んでオオシマの背後に立つと頭の上に花冠を被せた。
「ママにあってるよ」
「ふざけんなよ……どこの世界に花冠するヤクザがいるんだよ……」
気張った顔がげんなりした顔になった。
花冠をさせられた金髪の美少女は笑えば絵になったのだろうが、オオシマの顔はとても花冠をして笑えるほどに乙女ではない。
しかし授けられた花冠はプーフが一生懸命に作ったのだろうなとは思えた。
不器用すぎて花は所々潰れて茎が飛び出ているが、逆にそれがプーフが頑張った証拠に感じられる。
先日の一件で傷つけてしまったという後悔もあり、オオシマはプーフの気持ちを無下にはできないと花冠をそのままに荷車を引いた。
「リリーお前も乗れ。帰るぞ」
「……はい」
プーフほど距離のつまっていないリリアは乗れと言われ従ったが、まだオオシマとどう接していいのか分からなかった。
今まで商品として扱われてきたツケはうまくコミュニケーションを取れなくさせている。
それを分かっているオオシマも余計な詮索や口利きはせずにリリアに必要なことだけを言う。
荷台にプーフとリリアを乗せるとオオシマは再び腕に力を込めて荷車を引いた。
花の園に残念な車の跡を残しながら額に汗を垂らして家へと走らせる。
「ママなにかってきたの?」
荷車に積まれているのは樽や木箱だった。釘が刺さって封がされているため中身を知ることができないプーフはそれらを覗こうと木箱の隙間に目をやりながら尋ねる。
「魚ばっか食ってるからな。野菜と肉とあとはフライパンと鍋とシャベルと……とりあえず使えそうなもん片っ端から買った」
「……ママだいじょうぶだった?」
だいじょうぶ、というのは前回のようなことがなかったかということだろう。
プーフの尋ねる声は恐れをなしたように小声だった。
「大丈夫だ。なんもねぇよ」
「よかった」
ぎこちない空気が流れてしまいそうで、オオシマは話題を変えようと思った。
今回一人で行ったのは他にもわけがある。お古しか着せていないプーフとさらに増えたリリアのために衣類や使えそうなオモチャを買うためだ。
ちょっとしたサプライズプレゼントのつもりだった。過酷な日々を過ごしていた少女たちだ。少しくらいの贅沢はさせてやりたいとオオシマはヤクザらしからぬ買い物をしていた。
といってもオオシマにティーン層が欲しがりそうな服などわかりはしない。
なので適当に似合いそうなサイズの服や女の子が欲しがりそうな手鏡や化粧品などをいくつか買って荷台の中に忍ばせていた。
「今日はよ、お前らに土産も買ってきた。家帰ったら見せてやる」
土産という言葉にプーフは目を輝かせた。荷車で黙っていたリリアもオオシマの言葉に反応すると、何があるのだろうと期待が膨らむのを感じていた。
「おみやげ! なに! なに!」
「帰ったらのお楽しみだ」
「いまききたいの!」
「ダメだ。家帰ったらだ」
「プーね! ママがきてるのとおなじ服ほしいの。ママとおそろいしたいの」
「行く前に言えよ……同じようなのなんて買ってねぇよ……」
「じゃぁママもういっかい買ってきて」
「ふざけんな」




