鷹の背に乗って
山の天気は変わりやすい。
そうは言っても塔から出てみる景色はそんな言葉では表せないほどの変わりようだった。
雷鳴を轟かせた暗い雲は姿を消し、湿気を含んだ空気に晴れ晴れとした日の光を注ぐ。
それだけではない、雨上がりの空には大きな虹が浮かぶ。
山の頂から見える正面の空にかかる大きな半円の虹。くっきりと浮かび上がった虹はそれだけに収まらず、外側にさらにもう一本の虹を重ねている。
二重の虹。めったにお目にかかることのできない気象に塔から出た5人は風に吹かれながら虹を見つめていた。
何かの暗示のように感じられる。
リリアの心にやどった希望が花開いたようだった。不安も暗い未来もない。きっとこの虹のように素晴らしい未来が待っているのではないかと思える。
「ん? なぁに、ガーディアン」
ちょいちょいとガーディアンは指先でミモモの肩を叩く。
禍々しい姿なのに、どことなくデフォルメされたような可愛さが感じられる。ガーディアンは振り向いたミモモが抱きしめる熊のぬいぐるみを指さしていた。
「え、そんなことできるの?」
『どんなこと?』と言いたげな三姉妹の顔が二人のやりとりを見る。
言葉を発さないが、ミモモはガーディアンと会話ができるようでふんふんと言いながらガーディアンとやりとりをしている。
「わかった。じゃぁ、はい」
熊のぬいぐるみをガーディアン向かって差し出すと、ガーディアンは熊のぬいぐるみの頭を掴んだ。
邪悪そうな黒いオーラが吹き上がる。ガーディアンの体から吹き上がったオーラは体を薄めながら、くまの中へと入っていく。
やがて全身をオーラに変えたガーディアンはぬいぐるみの中に吸い込まれた。
不思議そうに見つめる3つの顔にミモモは再びぬいぐるみを抱きしめながら答えた。
「ガーディアンがね、このままの姿じゃ一緒に行けないっていうの。だから、この中に入って一緒に行くって」
ぬいぐるみを突き出してみせると、その瞳には黒いオーラが宿っている。
「ガーディアンがぬいぐるみに宿ったの? そんなこともできるんだね」
黒い瞳をシロの茶色い瞳が見つめる。ぬいぐるみの木でできた目は視線は合わないもののオーラがふわりゆらめく。
「ガーディアンは今は弱くなっちゃったけど、昔はなんでもできる人だったんだって。今でも私も塔も守ってくれるし、凄く頼りになるの」
そりゃ、あんな禍々しい姿に守られてるならば頼りにもなるだろうと思う。
筋肉質な体に馬鹿でかい剣を持った化け物。さらには今は消えてしまった雷雲なども合わされば、その恐怖感は倍増することだろう。
ミモモは恐怖などは感じてはいない様子だ。むしろ長年連れ添った仲のように見える。
ガーディアンの素振りも、ミモモの接する姿もなんだか親子のように見える。
ピーキュルルルと鳥の鳴き声が聞こえた。
大きな翼をはためかせた鷹のような鳥が虹の向こうからやってきて小さな姿が近づいてくる。
徐々に大きく見えた鷹は5人を見つけるともう一度声をあげて鳴いた。
「おっきなとりさん!」
おっきなとりさんは虹の向こうからさらに数匹の姿を見せる。
1,2,3……数えるうちにも数は増えて、いつしか空には10を超える鷹が塔の周りへと集まっている。
塔を旋回する鷹たち。見上げる5人の許に一匹の鷹が翼を折り畳みながら降り立つ。
鷹とはいうがその身体は通常の鷹など比べ物にならないほどに大きい。人一人乗っても余裕があるほどの巨体。
「カレン様の命令により馳せ参じました。あなた方が鬼姫様の娘様たちに違いないですね?」
鷹は固そうな嘴をパクパクさせて人の言葉を話す。
カレン、そして鬼姫という名を聞いて三姉妹は鷹の大きな体の前に駆け寄った。
「あなたママをしってるの!?」
「はい。存じております」
「ママは!? ママはどうなったの!?」
「まだ状態はよろしくない様子。しかし、驚きました。まさか子供たちだけで本当に雷の塔まで辿り着けるとは」
驚く鷹にリリアは胸を張って鼻をこすった。
「ママのためならこれくらいへっちゃら!」
「逞しい娘さんたちだ」
「あなたおむかえにきてくれたの!? あのね、ミモモちゃんがママなおしてくれるの! いっしょにつれていって!」
大きな鷹の足元にしがみついたプーフがゴツゴツした足をゆすりながら言う。
「えぇ。そのつもりです。さぁ、皆さん私たちの背に」
ピューイと鳴き声をあげると、旋回していた鷹が数匹翼を畳みながら塔のもとへ降り立つ。
よじ登れるように体を伏せて首をもたれさせ、自分の背に乗るように促している。
それぞれが鷹の背に乗り込むと、鷹は一気に空へと羽ばたいていく。
飛び立つ空に羽が舞う。
太陽の光が近くに感じて三姉妹は手で光を遮った。大きく揺れる鷹の背。二重の虹が広がる空へと羽ばたいていく。
「しっかりお掴まりください! 最高速度で町に行きますよ!」
一度空中で静止すると、鷹は翼を目一杯広げたあとに弾丸のように空を駆けた。
みるみるうちに塔から遠くなっていく。プーフは今しがた飛び立ったばかりの塔を見れば、もう姿が小さくなっていく。
視線を地上へと移す。
高い山、その前に訪れたセバスのいる山。セバスと出会った野原に差し掛かった時、三姉妹は視線を剣があった場所を見つめた。
山の頂に広がる野原、そこで出会った骸骨のオバケ。
居た。野原にはセバスが姿を現し、鷹に乗って空を行くプーフたちを見つめていた。
三姉妹はセバスを見つけると笑顔で大きく手を振った。自分たちの姿が見えるように。感謝を伝えるために。
三姉妹が笑顔で手を振るのを見れば、セバスは全てうまくいったのだなと胸を撫でおろした。
小さくなっていく子供たちに向かって手を振る。
「セバスさーーーーん! ありがとおおおおお!」
「また会おうねーーー!」
「お世話になりましたー!」
プーフが、リリアが、シロが。もう小さくなって見えなくなった山に向かって声を張り上げる。
同じようにセバスも振っていた手を降ろすと、空に浮かぶ点へと声をかける。
「ありがとう。少女たち。これで私も安心して逝ける――我が主よ、またいつか逢いましょう」




