表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TSヤクザの異世界生活  作者: 山本輔広
四章:龍哭の鬼姫
110/153

青い羽

 速足に進む道のり。野原を歩く三人の目にはもう少し先に幾つもの濃い緑色の葉をつけた木々が見えた。

リリアの手にした地図には森を抜け、山を越え、さらに高い山の頂に印がある。

先ず越えなければならない森が見えると三人は急ぐ気持ちのままに足を急かした。


 野原に咲いた白い花たち。

先頭を切って歩いていたプーフは、以前これらの花で花冠を作っていたことを思い出した。

名も知らぬ白い花。

この一凛にはたくさんの思い出がある。

リリアと出会い花冠の作り方を教えてもらった。作った花冠を母の頭に載せた記憶。

川の底から出たばかりのシロと三人で花冠を作ったあの日。


 とても今は花冠を作っていられる場合ではない。

でも、母が復活したならばまた作りたい。あの平穏な日々に戻れたならば、皆で花遊びがしたい。

 思いを秘める。花に向けていた視線をプーフは森へと向けた。

まだ昼過ぎではあるが、森の中は木や葉の影がいくつも重なって薄暗い。

三人よりも遥かに伸びた樹は大きく太く存在感がある。


「むかしね、プーよくもりにいたの」


 森へと進むプーフは小さな足を進めながらに後ろの二人に話し始めた。

語られるのは奴隷として脱走を繰り返していた日々。

檻の中での生活が嫌で嫌でプーフは何度も脱走を繰り返した日々を描く。


「もりにはたくさん食べるものも休むばしょもあるの」


「へぇ、プーは物知りなんだね」


 リュックを背にしたシロが答える。

シロは森にはあまり縁がない。川にはいくらでも縁はあったが、陸地での生活はまだ日が浅い。

死ぬ前には陸地で生活していた日々はあれど、そんなものは記憶のどこにもない。

数百年前のことなど忘れたシロにとって森は初めての場所である。

 薄暗くて獣でも出てきそうな雰囲気があるが、そんなものは怖いとは思わない。

今怖いのは母を失うこと。

それ以外のことなど三姉妹にとってはなんの恐怖も感じさせないくらいに小さなこと。

 

 人通りのない森の中は枯れ葉や腐葉土がやわらかく、踏み出すたびに足がわずかに埋もれる。

それだけでも歩く速度は落ちる。だが、幾度も森の中へと足を踏み入れたことのあるプーフは慣れた足取りで先へと進んでいく。

次第にプーフは前へ前へと進み、いつしかリリアとシロがずっと後ろへと下がっている形になっている。


「プー! はやいよ! ちょっと待って!」


 さっさと一人進んでしまう背中にリリアが声をかけた。

声に反応したプーフは振り返ると手を振って『はやくー!』と声をあげる。

二人にはプーフが獣のように思えた。

森の中を颯爽と進む小さな獣。イタチかウサギのような小動物に見えてしまう。

何故あれほど足を取られず、勢いよく進めるのだろうと二人は徐々に切れてきた息を漏らしながら考える。


「はーやーくー!」


 逆にプーフは何故二人があれほど遅いのかと苛立つ気持ちに声が大きくなる。

同じくらいの大きさのシロも、自分より年上であるリリアも何故そんなにゆっくりとしているのか。

早く雷の塔へと辿り着きたいプーフは二人に発破をかけるように、もう一度急かせる声をあげた。


「プー速すぎるよ。何でそんなに速いの?」


「落ち葉のすくないばしょをあるいてるだけなの。葉っぱがあるとこは土がやわらかいの」


 なるほどと二人はプーフの言う通り落ち葉の少ない道なき道を歩き出す。

すると足取りはいくらか軽くなる。やっとプーフの隣までたどり着くと三人は肩を並べて森の奥へと進んだ。


「森はどれくらい続いているの?」


 リリアの手にする地図をシロが覗き込む。

大まかな図しか描かれていない地図はあとどれほど進めば森を抜けられるのかは見当がつかない。

 

「分かんない」


「もしかしたら何日もかかるかもしれないね」


 一日で辿り着けるとは思ってはいなかったが、どれほど歩けばたどり着けるのだろうと案ずるシロ。

だが、何日かかったとしても雷の塔へたどり着く。

何がなんでも辿り着く。

今こうしている間にも母は息を引き取るかもしれない。

三姉妹のすぐ後ろに広がる母の死という闇。

闇を見ないようにして三姉妹は目の前に見えるわずかな希望へとすがる。


「何日もかけてられないの。早くママをたすけるの」


 何日もかかっていては母を助けられないと感じたプーフはさらに足を急がせた。

脳裏にはずっと母の姿がある。

出会った日から過ごした日々。いきなり忍びこんだプーフにご飯を与えてくれた母。一緒に風呂に入ってくれた母。

奴隷屋をぶちのめす母、リリアと三人で暮らし出した日々。

小さな体にたくさんの思い出が詰まっていた。

その一つ一つがプーフにとってはかけがいのないものだ。奴隷として扱われていた未来のなかった日々からは考えられない日々。

平穏で幸せだった日々。

そこに訪れた母の危機。

きっと雷の塔に行けば誰かがいて、きっと母を治してくれる。

母が治ればまたあの日々が送れる。

そう信じてひたすらに歩いた。


 ちょろちょろと水の流れるような音が耳に入る。

川が近くにあるのだろうか。三姉妹の歩いていた地面にも少しずつ水分が増していく。

踏み出すと地面からは水が湧き上がり、靴の底に泥がついている。


 ふわり一匹のアゲハチョウが舞った。

三姉妹の頭上を青い羽を羽ばたかせてふらり、ひらり。


「綺麗な蝶々」


 シロは指先を伸ばすとアゲハチョウは指先を旋回してまた森の奥へ誘うように舞っていく。

アゲハチョウに導かれるままに三姉妹は青い鱗粉の線を追う。


「わぁ」


 息を呑む景色だった。

森は開けると清流の流れる小川がある。だが三姉妹の視線は川ではなく、その上空へと導かれた。


「綺麗」


 青く輝くアゲハチョウの群れ。

百や千では物足りないほどのアゲハチョウたちが、青い羽を煌めかせながら空一杯を埋め尽くしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ