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TSヤクザの異世界生活  作者: 山本輔広
一章∶仁義なき異世界スローライフ編
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鬼姫

 あまりに凄絶な様子に行き交う人々がオオシマへと視線を注いでいた。

長い金髪の美少女が鬼の形相で男を殴り殺そうとしている。

倒れた奴隷商は血を散らし、歯を欠けて飛ばす。それでも尚オオシマは金髪を揺らしながら拳を叩きつけ続けている。


「やめないか!」


 見ていられなくなった通行人の一人がオオシマを羽交い絞めにして奴隷商から離すとオオシマは野獣のように鼻息を荒くして肩で息をしている。

倒れた奴隷商はすでに息をしているのかすら分からない。

顔面は原型がないほどに潰れ、体はピクリとも動かない。


「放せコラァ!」


 羽交い絞めにしていた男を振り払うと、鬼へと変わったオオシマは振り払った男の胸倉をつかむと片手で持ち上げて怒りのまなざしを向けている。


「奴隷屋はどこだ」


「く、苦しい!」


「奴隷屋はどこだっつってんだよ」


 持ち上げられた男は意識が遠くなりそうになりながら奴隷屋のある方角へ指を差した。

男を投げ捨てるように降ろすと、オオシマは指さされたほうへ向かって歩き出した。

その様子にどうしたらいいのか分からないプーフは動揺しながらもオオシマの後をついていく。


 返り血に染まり、こぶしを真っ赤にした美少女が町を行く姿に人々が視線を向けたが、あまりの恐ろしさにすぐに目を背けた。

ヤクザであるからかオオシマから放たれる殺気は尋常なものではない。

確実に相手を殺すと腹を決めた野獣のような雰囲気があり、それはもう人ではなく鬼のようだ。


 道の真ん中を大股で歩きながら奴隷屋を探すオオシマ。

外れのほうに看板の無い店が目に入り、用心棒らしき男が店の扉の前で仁王立ちしているのを見つけるとオオシマは他には目もくれず、その店へと足を向けた。


 人に言えないような店を経営するやりかたは誰よりも知っていた。

分かる者にしか伝わらないように看板は出さない。何かあったときに対処できるようにセキュリティー役を雇って店に立たせる。そして目立たないような場所に店を構える。

それらが合致している店を目指せば、ほぼ正解にたどり着く。


 血に染まった美少女にガタイのいい用心棒は眉を潜めて睨みを利かせた。


「おい、お嬢ちゃん、ここはお嬢ちゃんみたいなのがくる店じゃ……」


 言い終わる前に顔面を殴り飛ばした。

一撃でノックアウトになった男には目もくれずに扉を蹴破ると中へと入り込む。室内には奴隷商と思われる黒い民族衣装を着た男4人、用心棒3人、客らしい男が2人。

血に染まるオオシマを見ると只事ではないと表情を変えた用心棒が前へと出るが、オオシマの怒りは沸点に達して何物をも恐れない状態になっている。


「カチコミだコラァ!」


 美少女に似つかない低い怒鳴り声だった。

そこからはオオシマの独擅場であった。向かってきた用心棒たちを殴り飛ばし、倒れた体に何度も蹴りこみを入れ、近くにあった棒で容赦なく頭を叩き割りに行く。

ほんの数秒で用心棒は動かなくなると、怒りの矛先は奴隷商と客へと向かう。オオシマが入ってからわずかな間に室内にいた全員が血に染まって倒れていた。


「おいプー!」


 鬼の形相が後ろをついてきていたプーフへと向けられる。

今迄見たこともないオオシマの姿にプーフは蛇に睨まれたカエルのように呼吸もできずに固まった。


「他にも奴隷いんだろ。案内しろ」


 言われてプーフは無言で駆けだした。

部屋の奥にはタコ部屋のような狭い部屋があり、以前プーフがいたときはそこに鎖で繋がれて客へのショーケース代わりにされていた。

本当は絶対に足を踏み入れたくない部屋ではあるが、今のオオシマにも絶対に逆らってはならないと本能で理解していた。


 奥の小さな部屋には一人の奴隷がいた。

白い肌に黒い蝙蝠のような翼と蟀谷から角を生やし、短い黒髪をしたサキュバスの少女だ。

整った顔立ちではあるが、それでもプーフより少し年上くらいの幼さをした身体だ。


 首輪がされて鎖で部屋に監禁されていたサキュバスはいきなり現れた鬼のようなオオシマを見てビクリと体を一度震わすと、硬直して動けなくなっている。


 近づいてくるオオシマにサキュバスは涙が流れて息が荒くなった。

伸びるオオシマの手を見れば、襲われるか、もしくは殺されるくらいに思えた。しかし、オオシマはサキュバスに繋がっていた鎖に手をかけると一思いに引きちぎった。

当然人の力で引きちぎれるような代物ではなかったが、今のオオシマにはそれができた。


「プー! こいつを連れてこい! 帰るぞ!」



***



――金を受け取って油断したところをぶん殴ってやろう。


 そう考えていた。

しかし、受け取って握手を求められたときからオオシマはその後のことをよく覚えてはいなかった。

とりあえずボコボコにしてやろうとは思ったが、結果半殺しにしたあげく相手の奴隷屋にカチコミまでかましてしまった。

 

 意識が冷静になったときには家にいた。

暖炉の前に胡坐をかいて座っているオオシマの右太ももにはプーフが頭を預けて横になっていて、左側にはサキュバスの少女が体育座りして暖を取っている。


 殴り飛ばした記憶はあるが何故少女が一人増えているのかオオシマはわからなかった。

だが、プーフが自身の太ももにすがるように頭をくっつけて寄り添っている姿を見れば、悪い方向へは進んでいないのだろうなとぼんやりと考えた。


「プー……怪我ねぇか?」


「……ママもうおこってない?」


 質問に対し、プーフは質問で返す。

最初に奴隷商を殴り飛ばしたときプーフはそれを目の前で見ている。

やりすぎたんだろうな、と考える。恐らくはプーフには見せるべきではないものを見せたと感じると後悔の念を感じた。


「怒ってない。ごめんな」


 プーフの頭を撫でると手がじんわりと痛んだ。両手の拳は裂けて傷をいくつもつくって血が固まっている。


「ママ、プーといっしょにいる?」


「あぁ、いるよ」


「ずっと?」


「ずっとだ」


「ずっとここにいる?」


「ずっとここにいる」


「……わかった」


 プーフは起き上がると胡坐をかいたオオシマの脚に腰を降ろして背をオオシマに預けた。

 一芝居うって殴ろうと思ったが、その芝居はプーフの心を酷く傷つけていた。だからこうやって何度も質問するのだろうと思える。

密着した小さな体を両手で抱きしめると、プーフもオオシマの腕を離すまいと小さな手で力強く掴んだ。


「で、テメェは誰だ?」


 左にいるサキュバスの少女に声をかけた。サキュバスは横目でオオシマを見ると足を体に寄せてか細い声で話す。


「サキュバスの……リリアです……」


 リリアの体が出会ったときのプーフと同じように痣を作り、汚れているのに気付くとオオシマは腹を決めた。


「……テメェも今日から奴隷じゃねぇ。うちの子だ」


「……はい」


 鬼の形相をしていたオオシマを見ていたリリアはまだ心が恐怖に埋まっていた。

リリアは奴隷として、商品として扱われ、知らぬ人に連れ去られ、自分がどうなるのかと感じていた。


 現れた金髪の鬼オオシマ。後ろにいたプーフをサキュバスは知っていた。話したことはなかったが同じ境遇であり、プーフは売られたか死んだかと思っていた。

それが今はオオシマに寄り添っている。

奴隷と商人の関係ではないと感じられる。

それにオオシマはもう奴隷ではないと言う。『うちの子』という言葉を理解はできなかったが、以前よりは生活がマシになるのだろうかと思う。


 その場にいた三人ともが今の現状を整理できずにいた。

ただぼんやりと暖炉を前に座り、暖を取る。

静かな、静かな時間が荒んだ時間をゆっくりと流していくような気がしていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 初カキコです。 ヤクザは苦手なはずですが、何故か小説では探している自分がいます。 で、オイラはわかりました。 偽善ぶらず、筋を通す時は躊躇しない。 まさにそこなんだろうな…と。 オオシママ…
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