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TSヤクザの異世界生活  作者: 山本輔広
三章∶異世界商売録-元ヤクザだけどプリン屋始めました-
105/153

『 』

 聞きなれない名前を出されてオオシマは真顔になった。

相変わらずニヤニヤしながらカズは今言った名をオオシマに問うた。


「あれ、忘れちゃいました? オオシマさんの娘さんですよ」


「娘? 俺結婚したことねぇぞ」


 付き合った恋人は今まで何人かいるが、その先ゴールインして結婚したことなどオオシマにはない。

当然子供を授かったりしたことなどなかった。

それなのにカズがオオシマには娘がいると話して、オオシマはわけがわからずに無精髭をいじりながら首をかしげる。


「そうじゃなくて。異世界に転生してから娘ちゃんたちを迎え入れたじゃないですか?」


「異世界? 転生? カズ、オメェなんの話してんだ?」


 オオシマが疑問に思い問いかけるも、カズはニヤついた表情のままに話を続けた。

笑っているはずなのにその表情に温度を感じず、感じたことのない恐怖がオオシマの胸にこみ上げた。


「異世界にいって金髪の美少女になったオオシマさん。小さい家にやってきたエルフのプーフ」


「……プーフ?」


「虐待を受けているのを知ったオオシマさんはプーフを助けて家族にしました」


 機械のように無感情な言葉を続けるカズにオオシマは黙って耳を傾けた。


「それから奴隷屋にカチコミをかけてリリアを救いだし、同じように家族に迎え入れました」


「リリア……」


「三人で生活していたオオシマさん。そこに川の中から現れたシロ。アノマリーのシロすら助け出したオオシマさんは他の二人と同様にシロも家族に迎えました」


「シロ……?」


「三人と家族になったオオシマさん」


「家族……」


「プーフ、リリア、シロ。オオシマさん、あなたの娘さんたちです。プリンを杯代わりに家族の契りを結んだのをお忘れですか?」


「プリン、家族……」


 オオシマの頭の中に記憶の欠片たちが刺さるようにチラついた。

映像としてそれらが頭の中で再生されると頭痛がしてくる。

残ったビールを飲み込みながら頭を抱える。

娘、家族、娘、家族。プーフ、リリア、シロ。

知らない名前、知っている名前、思い出す映像、知らない映像。


「鬼姫」


 カズの言葉にまた映像が蘇る。

金髪の美少女になったオオシマの姿。華奢な体で成人男性やモンスターを倒す姿。

男のはずなのに、記憶の中では金髪の美少女になっている。

ブチギレた感情のままに娘を守ろうとして、モンスターたちをステゴロで倒す姿。


「オオシマさん、思い出しました?」


「カズ……オメェ、何を言っているんだ」


「オオシマさん、また死ぬんですか?」


「俺が……死んだ?」


組長(オヤジ)に鉄砲玉として指名されてオオシマさんは赤井組にドス一本持って乗り込んだじゃないですか」


 あぁ、そうだ。そうだった。

徐々に鮮明になる映像、わずかだった記憶が連鎖して今までの全てが芋づる式に思い出される。

鉄砲玉として死んだ。姿を変えて違う世界へと行った。

そこで娘たちに出会った。そして。


「オオシマさん、また死ぬんですか?」


 同じ言葉を繰り返すカズ。

オオシマの記憶の中には最後のシーンだけが見つからずに思い出そうとすると頭痛がして酷く頭が重くなる。

痛みをかき消そうとビールをさらに飲み込むが、味がしない。

飲み込んだのはビールのはずなのに発泡の爽快感がなくて代わりに口にドロドロとしたねちっこい感覚がある。

不快なそれを吐き出す。オオシマの口の中から出たのは血の塊だった。


「なんだ、これ……血が……か、体が……痛ぇ」


 吐き出された血、全身に蘇る痛み。混乱する頭。

床に手をついて蹲って視界に映った自分の手を見れば何か刺さったような傷穴がある。

凝固した血が大量にこびりついている。


 寒気がした。

ビールによる酔いが回ったせいではない。

何か違うものだ。もうこれで終わってしまうような。体が死んでいくようなそんな感覚。


「オオシマさん」


「カズ……オメェ……」


 手のひらに長い金髪が垂れた。

艶やかな金髪。男のオオシマは黒髪で短髪である。なのに手のひらにかかった自分の髪はまるで違う姿をしている。


「俺は……」


 吐血して床に大量の血が飛び散った。

いつのまにか浅黒かった腕は白く華奢な腕になっている。

髪は長い金髪。強面は垂れ目で白い肌をした可愛らしい顔。女らしく大きく張り出された胸、白く肉付きのいい太もも。

着ているものは白いワンピース。


「オオシマ……」


「俺は……」


「オオシマ」


 カズの声が今しがた耳にしていたものとは違う声色に変化している。

痛みに顔を歪めながら顔をあげれば、そこは自室ではなく一面に蓮の花が咲き誇る水面となっている。


 どこまでも続く蓮園。

見たこともない景色なのに、そこが何故だか懐かしく感じる。

空から一枚の白い鱗が目の前に落ちた。

血まみれの手でそれを掴む。


「これは……」


「オオシマ……」


 再び顔をあげるとそこには巨大な白龍の顔があった。

オオシマと同じように血まみれになった龍が息も絶え絶えになって目だけがオオシマを見つめている。


「オオシマ……私たちは……死ぬのか……」


 白龍が弱弱しい今にも途切れそうな声でオオシマに問う。


「私たちはこのまま死ぬのか……? まだやるべきことがあるだろう……娘たちが……ミーナが……待っているだろう」


「そうだ……俺には……戻らなきゃならない場所がある」


「死ぬわけにはいかない。まだ死ねない。私もオオシマもまだ死ねないだろう」


「あぁ、死ねない……死んでたまるか……プーフが、リリアが、シロが、ミーナが! 俺を待っている」


「ならば生きよう。生きてみせよう。さぁ」


 全ての記憶のピースが合わさって一枚の絵となる。

思い出された最期。スライムによって倒された最期。

 弱り切っていた白龍もそれらを想い返すと怒りの咆哮をあげた。

咆哮は水面を揺らし、蓮の花びらを散らし、オオシマの長い金髪を靡かせる。


「生きろ。生きるんだ」


「ったりめぇだ……こんなところで死ねるか……」


「あのスライムを……私たちの平穏を……娘たちの脅威となる者どもを……」


 白龍もオオシマも同じことを思っていた。

交わる互いの視線には鬼が宿り、憤怒の感情が一目に感じられる。

重なる言葉。同じことを思う一人と一匹は声を揃えて同じ言葉を口にした。


『  』

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